微かな希望
キエリは、二対一の苦戦を強いられていた。
ゼノは、蛇となったからだをしならせ、素早く地面を這いずっては風の魔法をキエリに容赦なく打ってきて、バランスを崩しそうに少しでもなれば、魔獣化した人間がキエリとの距離を詰め、蹴りや鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。
オオカミ型となったキエリは、二匹の猛攻のせいで、逃げに徹するほかなかった。
「んふふ、キエリ、アタクシを止めるんじゃなかったの? それじゃ逃げるばかりじゃない」
「くっ!」
「ほうら!」
ゼノの魔法がキエリにからだをかすめた。
そのせいで、キエリは、横に倒れてしまい、魔獣が距離を詰め、キエリに一撃を食らわせようとしたその時だった。
魔獣の爪は、ルナの剣によって阻まれた。
「ルナさん!」
「‥‥っつ!重い!」
キエリは、すぐに魔獣の腹に牙をたてようと飛び掛かったが、魔獣はすぐに距離をとった。
「すみません、ルナさん」
「いいんですよ。無事でよかった‥‥あれは、魔獣ですか?」
「‥‥元人間だそうです」
魔獣は、キエリたちと距離をとり、唸り声をあげている。
ゼノは、ルナがこちらに来ても気にしていないようで、不気味に笑っている。
「キエリさん、先にゼノ殿を倒します。いいですね?」
「はい!」
ルナは、キエリの背に乗りキエリに耳打ちすると、キエリは、ゼノの周りを円を描くように回る。
ルナが装備していた弓矢に持ち替え、ゼノに矢を休みなく放つ。
「んふふ、矢がアタクシに届くわけないでしょ」
ゼノが言った通り、矢はゼノが風の魔法を周りにまとわせているせいでゼノに届くことがない。
しかし、キエリは知っていることがあった。
(ゼノは風をまとわせている間、こちらに攻撃はできない)
魔獣は、矢を放つルナを先に始末しようとしているのか、ルナを狙って攻撃を仕掛けてきた。
しかし、キエリが魔獣の動きだけに集中できる分、うまく攻撃を避けられる。
(そろそろだ)
ルナの矢筒から弓矢がなくなった。
ルナがしまったという顔をして、走っていたキエリもぐっと動きが止まる。
「あら、もうおしまいのようね!」
ゼノが周りの風魔法を解き、攻撃態勢に移る。魔獣もルナとキエリに襲いかかろうと飛び掛かる。
「ごふっ‥‥あら?」
ゼノが自身の腹を見ると、血に濡れた槍の穂先が背中から腹に貫通しているのが見えた。
「やだ‥‥っ‥‥」
槍が放たれたであろう方向を見ると、魔獣の積み重なった死骸の間から、フェリクスの鋭い眼光が見えた。
(あーぁ、狙ってたのね‥‥やっぱり、戦闘なんてアタクシの仕事ではないわね‥‥)
ゼノの動きが止まると同時に、魔獣の動きも鈍くなった。
すかさず、キエリが魔獣を押さえつけ、一か八かで魔獣を落ち着かせるために使っていた魔法を使ってみる。
(効いてくれたら、正気に戻るかもしれない!)
穏やかな光が魔獣を包みこむ。
魔獣がかなり暴れるので、キエリは必死に魔獣を抑え込み、その勢いが激しいためルナは、キエリから降りた。
「ウガアアアアアア!!」
しかし、しばらくしても魔獣は苦しそうにもがくだけで、落ち着く様子がない。
「くっ! ダメなのっ!?」
「キエリさん、どいてください。私がとどめを‥‥」
「ウガア!!」
ドラゴンの鱗のような鎧の顔全体を包んでいる部分にひびが入った。
「アァ、ウガア‥‥」
「キエリさん、顔にひびが‥‥」
ルナが何を思ったのか、剣の柄の部分で、魔獣の頭を思いっきり打ち付けた。
鎧が砕け、中が見えた。
くだけた部分から、眩しいほどの金髪がさらりとはみ出し、ほんの少しだけ瞳の部分が見えた。
「!!」
「!!」
キエリが驚いた拍子に力が一瞬抜けた。
魔獣は、するりとしっぽを伸ばし、キエリとルナを薙ぎ払い、ゼノのもとに戻った。
「‥‥」
ルナは、ぐっと剣を握りしめて、魔獣とゼノに剣を向ける。
キエリも混乱していたが、戦闘態勢をとかずにいる。
深手を負ったゼノは、ヘビ型の姿から人型に戻っていた。
まだ、腹には槍が貫通しており、血がとめどなく流れて、地面に血だまりをつくっている。
「ハァ、ハァ‥‥しょうがないわね‥‥またねキエリ」
ゼノと魔獣がいる空間が歪み、二人の姿は消え、他の砦を襲っていた魔獣たちの姿も次々と消えていった。
「‥‥っ‥‥はぁ、はぁ、はぁ」
ルナが糸が切れたように、膝をおって地面に座り込んだ。
キエリは人型に戻り、ルナに駆け寄る。
「ルナさんっ」
ルナは、キエリの肩を弱弱しく掴んで顔を上げる。
その両目にはいっぱいの涙があふれていた。
「生きてました‥‥ソールが‥‥ソールが生きててくれたっ」
「はい‥‥よかった。よかったです」
「う‥‥ふ‥‥うぅ‥‥」
ルナは、キエリの胸の中で子供のように泣きじゃくっていた。
キエリまで、涙が流れてきた。
死者も重傷者もでて、キエリは育ての親が敵にまわったが、微かな望みだけが残った。
キエリは、怪我人の治療のために怪我人が運ばれてくる玄関ホールに急いだ。
王と王妃の死、ゼノが魔獣側についたこと、ソールが生きていたが魔獣化してしまっていること。
頭に考えたいことが洪水のようにあふれてくるが、とにかく今はそれに無理やり蓋をして、重傷者の治療にあたることにした。
だいぶ魔力を戦いのときに使ったが、キエリもこの数年でずっと魔力の量が増えて、何とか重傷者は全員治療できそうだった。
ただ重傷者数が多く、しかも簡単にはいかなかった。
魔獣のキエリを訝しんで、治療を受けることに消極的だったり、痛みで混乱して罵倒をあびせたりする人間もいたが、安心させるように言葉をかけるか、時には他の人に押さえてもらって、何とか治療した。
キエリが重症者の治療を終え、軽傷者の治療にあたるころには、かなり息も上がっていたが、知っている人物が怪我をしていないかを確かめつつ、できるだけ多くの人を治療するために駆け回った。
「はぁ‥‥はぁ‥‥他に、怪我をされている方はいらっしゃいませんか?」
「キエリ、大丈夫か?」
「殿下‥‥」
フェリクスがキエリを心配そうに見下ろしていた。
片手には傷薬を持っている。
フェリクスは、怪我をしていたが、重傷者を先に治療してやってくれ、と自分を後回しにしていた。
「殿下の治療も致しますので、そこにお座りください」
フェリクスは、キエリが息を切らしてふらつきながら治療を施していることに心配の色を示す。
「大丈夫なのか? もう、辛いのなら俺は、別に‥‥」
キエリは、首を横に振って、とんとんと床を叩いて、床に座るように促した。
フェリクスは、これ以上いっても彼女は聞かないのだろう、とわかったので、大人しく座る。
フェリクスは、ワシ型魔獣に思い切り肩を掴まれていたので、肩にナイフを刺したような傷ができ、血がしみだしている。
キエリは、フェリクスの背中側からそっと手を添え、優しく魔力を込める。
もう、公には堂々と触れることができない温かさを周囲にはバレないように、ひっそりと感じ取る。
(フェリクス‥‥わたしの大事なひと‥‥)
(アーラの噓かもしれないけど、王様と王妃様のこと、どう伝えればいいのかな‥‥いや、今は伝えない方がいいんだ。フェリクスの心を今、悲しませることはしないほうがいいから、ウンブラさんは秘密にするように言ったんだ)
(秘密‥‥どうして、生きているとこんなにも隠し事をしていかなければいけないんだろう)
(でも、隠しておいた方が、いいときもある‥‥わたしの両親のことも)
キエリが治療を終えると名残惜しそうにしてはいけない、とすぐにフェリクスから手を離した。
「治療は終わりました」
フェリクスは、動きを確かめるように肩を数回まわした。
「うん、ありがとう」
「‥‥それでは、失礼します」
「キエリ」
呼び止められて、ぴたっと止まる。
名前が呼ばれるだけで嬉しく感じてしまうのをださないように、ぎゅっとしっぽを握りしめる。
「キエリ、頬をぶってしまってすまなかった。この傷薬を使うといい」
キエリの頬は、戦闘の時キエリがゼノの魔法にかけられたのを解くためにぶたれたため、赤く痛々しく腫れていいる。
フェリクスは、キエリに傷薬を手渡した。
キエリは、嬉しさを周囲に悟られないように、無表情で受け取る。
「ありがとうございます。あの時は、ご迷惑をおかけしました‥‥失礼します」
(フェリクスとは、お互い怪しまれないようにすると約束したけれど、やっぱり寂しい‥‥)
(国を取り戻すまで‥‥長いけれど、我慢しなきゃ)
キエリは、足早に次の治療をするべく立ち去った。




