理想✿
最後に挿絵が入っています。見たくない方注意です。
「んふふ、ひさしぶりね。アタクシの可愛いキエリ」
「ゼ‥‥ノ‥‥?」
そこにいたのは紛れもなくキエリの育ての親のゼノだった。
キエリは、周りの音が遠のいて、時が止まったような感覚にとらわれた。
「キエリ!!」
「‥‥っ!」
フェリクスの呼びかけで、キエリは我に返った。
そして、フェリクスはキエリをかばうように、キエリの前に出た。
「フェリクス‥‥」
「キエリ、しっかりしろ。ゼノ殿は、味方ではないかもしれないぞ」
「何を‥‥」
キエリが唐突な衝撃でゼノしか見えていなかったが、ゼノの隣には明らかに人間ではない者がいた。
「あれは、何?」
人間くらいの大きさなのだが、全身が鎧の様にドラゴンの黒い鱗で覆われていて、顔も何もわからない。
しっぽをしならせて、唸り声が聞こえてくる。
ゼノは、そんな異質な存在から逃げるわけでもなく、隣に、まるで仲間かのように自然といる。
「んもう! フェリクス、アタクシとキエリの感動的再会を邪魔しないでいただける?」
「邪魔しなかったさ。もし、あなたが敵ではないと確信が持てたらな‥‥」
フェリクスは、刃を向けて、完全にゼノを敵として見ている。
「ゼノ‥‥あなたはまさか、敵‥‥なの?」
ゼノはにこっりと満面の笑みを浮かべる。
「アタクシがキエリの敵だったことがあって? もちろん、キエリ、あなたの味方よ」
「‥‥お願いゼノ、人間の‥‥フェリクスたちの味方だと言って‥‥」
キエリの声は震えていた。ゼノの答えがキエリが願うものであってほしいと、心の中で強く祈った。
しかし、ゼノはキエリの問いに答えず、少し困った顔をした。
キエリの心に不安がたまって溢れてしまう。
「お願いよ‥‥」
だが、ゼノは困ったように笑うだけでキエリの願いには答えてくれなかった。
そして、浅くため息をつく。
「ねぇ、キエリ、アナタはまだ怒ってるわよね? ずっと隠し事をして、騙していたんだもの‥‥許してくれるわけないわよね」
ゼノの言葉を聞くと、また音が遠のく。
目の前にフェリクスがいて、周りは戦いの荒んだ空気で包まれているはずなのに、それさえも気にならなくなっていく。
「キエリ‥‥アタクシね、あの日アナタに拒絶されてから考えたの‥‥いったい何が悪かったんだろうって」
「ゼノ‥‥」
「拒絶」という言葉は、キエリにあの日のことを鮮明に思い出させる。
秘密を隠していたゼノを突き飛ばし、罵り、謝罪さえも受け入れなかった。
キエリは、秘密を隠し続けても、十何年とキエリの家族としていてくれた彼女をその時、許すことができなかった。
自分の心の整理がつかず、娘同然に愛してくれた彼女を冷たく拒絶してしまった。
「ゼノ‥‥あの時はごめんなさい。ゼノは、わたしのことを愛してくれたから、秘密にしていたのに、わたし、あなたにとても酷いことをしてしまった‥‥」
「本当に‥‥ごめんなさい」
キエリは、自分の愚かさを思い出して大きなからだが震え、ゼノに頭を下げた。
「キエリ‥‥お願い、頭を上げて、アナタが謝ることなんて、ひとつもないわ」
キエリが顔を上げると、ゼノは優しく微笑み両手を広げた。
「こんな愚かなアタクシを許してくれるのね‥‥」
「キエリ、愛しいアナタを抱きしめさせてちょうだい‥‥おいで」
「ゼノ‥‥」
キエリは、人型に戻り、ふらふらとゼノに向かって一歩、二歩と歩き出した。
(ゼノ‥‥わたしの大事な家族‥‥やっぱり優しいあのゼノだ‥‥)
「キエリっ!!」
フェリクスに、急に手を掴まれ、頬を思いっきり平手打ちでぶたれた。
はっとして、フェリクスを見る。
周りの音がキエリの耳に戻ってきて、じんわりと頬が熱い。
しかし、おかげで意識がはっきりしてきた。
「フェリ‥‥クス?」
「キエリ、ここは戦場だ。気をしっかり保て!」
フェリクスは、すぐにゼノに向き直った。
笑顔だったゼノは、俯き、ゆっくりと顔を上げると、その顔は見たことがないほど険しく、怒りに満ち溢れていた。
「だぁーかぁーらぁー‥‥フェリクス!! アタクシとキエリの邪魔しないで!!」
その怒りはフェリクスに向けられたもので、ゼノは風の斬撃をフェリクスに向かって放ってきた。
キエリがすかさずフェリクスの前に出て、同じ風の魔法を放ち、ゼノの攻撃を相殺した。
「んふふ、アタクシが教えた魔法、あぁ、ちゃんと使ってくれてたのね」
ゼノは、自身の魔法を止めたキエリに対し、恍惚とした表情を浮かべる。
「ゼノ! やめて! 何故あなたがフェリクスたちの敵になる必要があるの? だって、あなたは人間でしょう? もし、わたしのことが憎いなら、わたしを狙ってよ!」
キエリがゼノに必死に疑問を投げかける。
ゼノは、キエリに話しかける時はすっかりフェリクスに向けた怒りを隠して、笑顔に戻る。
「いやぁだわ、キエリ。大事なアナタのことが憎いわけないじゃない?」
「それに、アナタこそ魔獣でしょ? なぜ、わざわざ人間の味方をするのかしら?」
ゼノは、手を空中でくるっと回し、何か合図を出すと、無数のワシ型魔獣がフェリクスを一斉に襲いだした。
「くっ!」
「フェリクス!」
魔獣たちは、フェリクスをキエリと分断させようとフェリクスの肩に爪を立て、引きずっていった。
キエリがフェリクスに駆け寄ろうとしたが、突然腰をぐっと掴まれて、からだが空中に浮いた。
「なにっ!?」
キエリが自分を捕まえた正体を確認しようと振り返ると、ゼノの隣で唸っていた魔獣のしっぽが伸び、キエリの腰に巻き付いていた。
キエリは風の魔法をまといながら、オオカミ型になって、しっぽの拘束を逃れた。
(ゼノ‥‥魔獣に指示を出している)
(それに、さっきの‥‥もしかして、わたしに魔法を使っていた?)
キエリがフェリクスの方を見ると、ウンブラが助けに入っていた。
キエリは、ゼノに今にも飛び掛かれる姿勢をして、向き直る。
ゼノが子供を少し叱るような口調で話しながら、子供のように地団駄を踏む。
「キエリ、もうっ駄目じゃない。ちゃんとこっちに来なさい!」
「ゼノ、説明して、どうしてあなたが魔獣に味方しているのか?」
ゼノは、んーと人差し指でほっぺをとんとんつつきながら、考え事をする。
「カンタンに言えば、アタクシこの世界がおかしいってことに気付いてしまったから?かしら」
「世界がおかしいって‥‥わからないよゼノ‥‥どういうこと?」
「さっき、アタクシ言ったでしょう? 何が悪かったのか考えたって、結局一人で考えても結論は出なかったんだけど、魔獣のひとたちと出会って、その答えが出たの!」
「そもそも、この世界がおかしいのよ。魔獣だの人間だの‥‥世界がわかれてるのもおかしい。なんで、こんな簡単なことに気が付かなかったのかしら?」
ゼノは笑っているが、それが歪んでいるようにキエリには見えた。
「何を言っているの? ゼノ?」
「こう、考えたことはない? もしも、魔獣がこちらに来た時に、暴れるようなことがなければ、もしも、魔獣と人間が問題なく関係を築けていたら、もしも、世界がもともとひとつだったら‥‥」
「‥‥‥」
キエリも、そんな夢のようなことを思い描かないはずがなかった。
そうすれば多くの人が魔獣が、自分の父と母も血を流す必要がなかったかもしれない。
「でも、それとゼノの今の状況、何がつながるというの?」
ゼノがくすくす笑いながら、贈り物を背中に隠すように手を後ろでもじもじする。
「んふふ、聞いても驚かないでよ、あぁ、やっぱり驚いて! 魔獣の王の目的はね、人間と魔獣の垣根をなくして、魔獣の世界と人間の世界をひとつにすることなのよ!」
「!?」
キエリは、驚きで声も出なかった。
(世界をひとつに? どういうこと?)
(そのために、フェリクスたちの国を滅茶苦茶にしたの? そのために何人もの人と魔獣が犠牲になったというの!?)
「ま、犠牲も多少はでちゃうけど、できないことじゃないのよ。それに見て! 目標達成の成功例が今! アナタの目の前にいるのよ!」
ゼノは、嬉しそうににっこり笑って、隣にいる魔獣を紹介するように、手を向ける。
「成功例? そのひとは魔獣‥‥だよね?」
「んふふ、実はね、もともとは人間だったのだけれど、研究の結果、魔獣化させることに成功したの!」
「人間が一人残らず魔獣になってしまえば、もうあんな馬鹿なことは起きないわ! あぁ、アタクシって天才!!」
「‥‥っそんな」
ゼノと魔獣の王の恐ろしい計画に戦慄しキエリは、からだが硬直した。
目の前にいる元人間の魔獣は、ただ、ゼノの指示を待ち唸るだけの生き物だ。
「‥‥っ‥‥ゼノ、違うよゼノ。こんなやり方じゃ‥‥」
「じゃあ、どうしろというの?」
ゼノの声が初めてキエリに向かって冷たくなった。
瞳は冷ややかにキエリを見つめた。
そして、やれやれというように、小さくため息をつく。
「キエリ、アタクシたち、かなり頑張ったと思わない? 魔獣のため人間のため、どちらも争わないようにできないか。ずっと探し続けてきた。けど、結局そのやり方じゃ、見つけられなかったじゃない」
「‥‥確かに、良かれと思っていた研究は、結局魔獣を殺すために使われた。わたしやゼノの努力は何だったのかと、打ちひしがれた」
キエリは、四年前、自分の研究が結果として何匹もの魔獣の命を奪ったことを思い出す。
ずっと、その事実はキエリの心に刺さっている。
(それでも‥‥)
しかし、キエリにはどうしてもゼノのやり方こそが正しいとは思えなかった。
「多くの人間や魔獣が犠牲になるこのやり方は間違ってるって言えるよ」
ゼノは、ショックを受けたように一歩下がる。
「どうして‥‥? どうして理解してくれないの? アナタのためなのに‥‥」
キエリは、一歩踏みだす。
「ゼノ、わたしはゼノを止める。もう、これ以上はそんなことさせない」
ゼノは、キエリの言葉をぐっと飲み込んで、顔を手で覆いながら上げる。
「わかったわ‥‥きっと、これが反抗期というものなのね‥‥んふふ」
「んふふふふ、いいわ、ちょっと親子ケンカしてみるのもいいかもね」
ゼノの指の隙間から見える瞳が妖しく光った。
「う‥‥あァ‥‥‥」
からだがびくっと震えると、ゼノのからだの下半分が大蛇のように変化した。
「あぁ、ゼノ‥‥あなた自身まで‥‥」
キエリは、人でなくなる選択をとったゼノを哀れまずにはいられなかった。
ゼノは、人型の時よりも口が裂けて、にまっとした笑みを浮かべると、相手を怯えさせる。
「んふふ、ステキでしょ? さ、アタクシの成功例ちゃんと一緒に遊びマショ」




