壁
砦と街の奪還作戦が完全に終わるころには、日が暮れていた。
砦にあふれていた魔獣の死骸は外に出され燃やされ、暗闇を照らす。
血に濡れた廊下や部屋も隊員たちが片づける。
砦にそこら中に生えていた植物は取り除ききるには時間がかかるので、全ては取り除けずにいた。
フェリクスたちが砦に帰還し、他の主要な隊員らも続々と砦に集まってきた。
その中には、ルナ、マギ、そしてインテルの姿もあった。
他にもフェリクスが所属していた騎士団の人たちや、城にいた時に見知った貴族たちもちらほらといた。
ルナは、フェリクスに捕まっているキエリを見るとどこか不安そうにしていて、マギは驚いて目を見開き、インテルは一瞬顔が歪んだが、すぐに真顔に戻った。
ウィルトスの隊員のキエリに対する視線はさまざまであった。
キエリの正体を知っている者は何故正体を明かしているのかと驚愕し、キエリのことも正体も知らない者たちはあれは魔獣が何故ここにいるのかと動揺し、キエリのことを知っており正体を知らない者はフェリクスとの関係を思い出し、疑念がわいてくる。
フェリクスは、周囲のキエリとフェリクスに対する視線など物ともせず、キエリを連れて砦の中をまわりながら指示を出す。
キエリは、アンナとも引き離されてしまったので、大人しくフェリクスの傍についていた。
一通り片づけが終わった後、一室で状況報告のためにフェリクスとマギ、ウンブラと他の貴族が集まった。
キエリはフェリクスから報告の時も一緒に居ろと言われ、フェリクスの隣を離れられなかった。
部屋の中でも貴族たちから注がれる視線は痛いものだった。
マギがとりあえず被害報告を先に終えさせた。
そして、キエリの話題は避けられるはずもなく、ウンブラが髭をさすりながら唸る。
「殿下‥‥それで、キエリさんのことですが」
ウンブラ卿も他の貴族たちもキエリと面識のある人たちばかりだった。
フェリクスがさも当然かのように話し出す。
「キエリは、人間ではない。魔獣だ。だが、彼女は幼いころから人間社会で生活し、人間の言葉も話せる。城にいた時は、魔法で正体を隠していた」
貴族たちは動揺し、ざわめく。
そのなかで正体を知っているマギといつも冷静なウンブラだけが静かにフェリクスとキエリを見ていた。
「だが、皆も知っているだろう。彼女は魔獣だが、魔道具の開発に、新しい解毒魔法の開発と国の研究に大いに貢献し、多くの人間の命を救ってくれた」
「彼女は、人間の敵ではない」
全員が押し黙った。
キエリの功績は確かに素晴らしいものであったし、貴族の中には、騎士団に所属していた自身の子供が命を救われていた貴族もいた。
それでも、魔獣という事実は、今の魔獣対人間の戦争下では不信の理由になってしまう。
「彼女の今までの功績は、わかっておりますとも殿下。しかし、我々は今魔獣と戦争しているのです。それに、ウィルトスの中でキエリ殿のことをよく思わない者の反発はでてくることでしょうし、なにより、魔獣と親しい関係などということが広まれば、殿下自身に対する反発まで生まれますぞ」
ウンブラの言葉は直球だが、これから起こるであろう事実だ。
キエリは、話しをじっと聞いて考えていた。
(こうなることは、フェリクスだってわかっていたはずだ。それでも、わたしを傍に置いておきたいの?‥‥わたしに、復讐したい? それともまさか、まだわたしのことを‥‥)
(変な考えはやめよう‥‥とにかく、せめてフェリクスの立場を悪くしないようにしないと、彼は国を背負っていかなければならないのだから‥‥)
キエリが静かに口を開く。
「皆さま、まず、正体を隠していて誠に申し訳ございませんでした」
キエリは礼儀正しく、深く頭を下げた。
キエリは、ゆっくり顔を上げて、貴族たち一人一人の顔を見やる。
それぞれ、困惑しているという面持ちだった。
「わたしのことは捕虜としてください。そうすれば、まだ、わたしがここにとどまっても不思議ではありません。ここにいる間は、捕虜としてあなたがたに協力します」
貴族たちは、キエリがまさか自分からそんな提案してくるとは考えておらず、思わずたじろぐ。
「それと、訂正させていただきたいのですが、わたしと殿下の縁は四年前に切れております‥‥なので、心配なさるような関係ではありません」
自分で言った言葉に胸が締め付けられる。
そして、良かれと思って言ったが、突き刺さるような視線が頭上から降り注ぐ。
「ふざけるなよ‥‥俺は縁を切った覚えはないぞ、キエリ」
横を向くとキエリを冷たく睨みつけているフェリクスの顔があった。
しかし、ここでひるんでは、フェリクスの立場を守れない。
「殿下、あなたはこの国を魔獣から取り戻して、復興させていかなければならないのです。その隣はわたしではなく、他の方がいるべきです。魔獣ではなく、人間の方が‥‥」
「お前が俺の隣にいたいと言ったあの日に、俺も俺の隣はキエリだけだと決めた。キエリ以外にはありえない」
キエリは、フェリクスがまだ自分のことをそう思ってくれていることに心がどうしようもなく揺さぶられる半面、それでもフェリクス自身のことを考えてほしいと思った。
「‥‥国を取り戻すまでは、あなたの傍で捕虜としてできることに尽力します。だから、あなたはこの国を率いる者として尽力してください」
キエリは、まっすぐフェリクスを見た。
透き通った瞳は以前と変わらない。
フェリクスは、瞳に怒りを持っていたが、傍に居るといったキエリの言葉を聞いて少しだけ落ち着きを取り戻したのか、静かに「わかった」と言った。
その様子を心配そうに見ていた貴族たちは胸をなでおろした。
一方、ウンブラとマギは何か考えているようだった。
会議が終了し、貴族たちは解散した。
フェリクスとキエリが部屋の外に出ると、ルナが待っていた。
「ルナさん‥‥」
「キエリさん、よかった戻ってきてくれたんですね‥‥」
「今までごめんなさい、ルナさん。たくさん傷つけてしまって‥‥」
ルナもフェリクスも何も悪いことはしていない。ただ、運命が悪い方向に流れていただけなのだ。
ルナは、キエリの手を優しく握り、首を横に振る。
「いいです。多分お互い大変でしたでしょうから。それに、あなたがフェリクスの傍にいてくれると思ったら、安心できます」
「‥‥‥」
キエリは、返事ができなかった。
しばらくは傍にいるとは言ったが、それでいいとは思えない壁がいくつもあると感じた。
両親が亡くなった理由、魔獣と人間、国を背負うという宿命どれも分厚い壁だ。
ルナは、返事をしないキエリに穏やかに語り掛ける。
「キエリさん、たとえ魔獣でも、あなたは必要なひとです。それは、間違いないですから」
ルナは、キエリの手を離し、キエリとフェリクスにまた明日と言って去っていった。
フェリクスは、ただいま精神不安定です。




