心動く
アンナは勝手な行動しがちです。
フェリクスたちが砦で戦っているころ、丘で座り込んでいたはずのキエリは数十体にも及ぶ魔獣の一派に追われていた。
キエリは、オオカミ型になり必死に魔獣たちから逃げていた。
(なんで追ってくるの!?)
『トラエロ‥‥トラエロ‥‥』
『来ないで! あなた達を殺したくない!』
(前もこうやって追われたことがあったけどこの魔獣たちは話が全く通じないし、近づいて魔法を使おうとしても、こっちが捕まえられる! 説得しようがない‥‥!)
(それに変な感じがする‥‥本当にこの子たちも魔獣なの!?)
キエリが街から遠くに逃げようとしたが、先回りされ、街の方へ逃げるしかなくなる。
(このまま街に行ったら街に被害が出てしまう‥‥! まさか、この魔獣たちわざと街に追い込んでる?)
キエリがどうしようかと迷っていると、突然魔獣たちの動きがぴたっと止まった。
「なに? 急に動きが止まった?」
魔獣たちは何故かキエリを追うのをやめ、頭を抱えて唸っている。
「ア、ア、アゥ‥‥」
「今のうちに逃げよう‥‥あぁ、でも、アンナさんを見つけないと」
こんな街の近くに魔獣が出るということは街は魔獣に支配されている可能性が高い。
キエリは、街をぐるりと囲う壁にある関所となる門の前に来た。
「アンナさん! アンナさん! どこにいるの!?」
門の前にはアンナの姿はない。
「もしかして、街の中に?」
(街に入れなかったら戻ってくるはず、でも戻ってきていないってことは、やっぱり何かあったんだわ。まさか、魔獣に捕まって街に?)
キエリは、壁を風魔法でからだを持ち上げ、勢いをつけながら爪でよじ登った。
壁の上に登り切った時、空に赤い光の玉が弾けた。
(あれはなに? 嫌な予感がする。早くアンナさんを見つけてこの街を出よう)
キエリは、街を見渡す。
やはり、そこかしこに魔獣がいるのが見えるが、キエリを追っていた魔獣の様にうずくまっているのものもいれば、訳も分からず暴れているものもいる。
人間も街にはいるようだが、建物の中に隠れているようだ。
(アンナさん‥‥どこ?)
キエリは、意を決して街におりた。
「アンナさん! どこなの!?」
返事がないので街の中へと進み、走りながらアンナの名を呼ぶ。
「アンナさーん! アンナさーん!! お願い返事して!」
「ウアガアア!」
「くっ!」
魔獣が暴れまわり無差別に暴れまわっているのにキエリが巻き込まれそうになった。
「グガ!?」
キエリに襲いかかった魔獣の頭に矢が刺さった。
「っ! あれは! ウィルトス!?」
弓矢を射ったのはウィルトスの隊員であった。隊員は次はキエリに向かって弓矢を向けている。
キエリは、踵を返し、ウィルトスの隊員から逃げる。
弓矢が放たれて矢がキエリに届きそうになったが、からだに風をまとわせて防いだ。
(まさか、魔獣とウィルトスの戦闘に巻き込まれるなんて!)
キエリは、家と家の間の物陰に隠れて人型になって息をひそめ、隊員たちが過ぎるのを待った。
(どうしよう‥‥ほとぼりが冷めてからアンナさんを探すべきかな)
(ウィルトスがここにいるっていうことは、もしかしたらルナさんも‥‥フェリクスもいるかもしれない)
「フェリクス‥‥」
首元のネックレスがある場所に手が伸びる。
胸が熱くなると同時に頭は心と分裂してしまったかのように冷える。
(隠れていよう。きっとアンナは大丈夫。魔法も使えるし、人間だし、大丈夫‥‥)
キエリがアンナを探し出すことを諦めかけたその時、少し遠くから声が聞こえた。
「きゃあああ!」
(アンナさんの声だ!)
キエリは、アンナの緊急を知らせる切羽詰まった叫びのせいで先ほどの諦めはどこかに吹き飛んでしまい、道に飛び出した。
辺りを見渡し、アンナの声を拾おうと耳をぴくつかせる。
「たすけ‥‥」
「アンナさん!」
声が聞こえた方にまたオオカミ型に戻って走って向かった。
途中にウィルトスの隊員に攻撃されそうになったり、魔獣に阻まれたりしたが、ひたすらに走り続けた。
「アンナさん! アンナさん!」
「キエリさん! ここです!」
アンナは、先ほどのキエリの様に家と家の間の物陰に隠れていた。
そばには魔獣が倒れている。
魔獣の頭が焼け焦げているので、アンナがやったのだろう。
キエリは急いでアンナのもとに駆け寄り、再び人型になって一緒に物陰に隠れた。
「よかった。アンナさん無事だったのね」
「キエリさんごめんなさい。あたし、自分の身は自分で守るって言ったのに‥‥」
アンナは足を怪我したようで、足に手を添えている。
キエリが困ったような顔をする。
「何言ってるの、自分で守ってたじゃない? 十分よ。アンナさん、足を見せて」
アンナはおずおずとキエリに足を見せる。
アンナの足からは血があふれていて、痛々しい。
キエリは、アンナの足の傍に手を添える。
手に美しい光の魔力が込められ、魔力はアンナの足にそそがれて、アンナの足を癒した。
「すごい‥‥キエリさんはこんなことまで出来るんですね。惚れ直しました‥‥」
「冗談言ってないで、ここから逃げる方法を考えないと‥‥」
アンナは、急に沈んだ顔をして、俯く。
ぎゅっと手を握り、深呼吸をした。
「キエリさん、ウィルトスの人たちと話してみませんか?」
急なアンナの発言に、キエリは驚いて目を見開いた。
「どういうこと? どうしてあなたがそんなこと言うの?」
アンナは申し訳なさそうにしながら、話し始めた。
「賊の砦で会ったウィルトスの人、ルナさんとの会話を隣で聞いていましたから‥‥お友達なんですよね?」
「それに、フェリクスさん?も‥‥」
キエリの顔がみるみる険しくなり、アンナと距離をとる。
「やめて、何も知らないくせに首を突っ込もうとしないで!」
「やっぱり、やっぱりキエリさんを苦しめているのはそのお友達についてなんですよね?」
「違うわ、あの人たちは何も悪くない‥‥これは、どうしようもないことなの‥‥」
アンナは、キエリとの距離を縮めるように近づく。
「キエリさん、隠してたことがあるんです‥‥本当は、ここにウィルトスの人がいるんじゃないかって思ってこの街を目指していたんです。あの賊の砦を制圧しに来たのだったら、本隊も近くにいるんじゃないかって思ったんです。もし近くに魔獣に支配されている街があれば、そこに現れるんじゃないかって‥‥」
「なっ‥‥!?」
「だって、これ以上あなたが苦しんでいるのを見ていられません! もしかしたら、ちゃんと話せばその心に刺さった棘が取れるかもしれないと思って」
「ちゃんと‥‥話せば?」
キエリは、水の中にいるように胸が詰まって、呼吸が苦しくなった。
目をつぶれば、フェリクスたちと過ごした忙しくも温かい日々が思い出される。
黙り込んでしまったキエリの手をアンナがとった。
アンナの手は温かかった。
しかし、キエリの脳裏には、あの凍てつくような寒さの雪の日、父親のこびりつくような叫び声と母の冷たくなったからだを思い出してしまう。
それがキエリの心をいっそう冷たくさせる。
(そうよ‥‥わたしは大事なひとを失った。しかも、信じていた人の手引きによって‥‥そして、お父さんは愛していた人の血肉となった‥‥)
(でも、それよりもわたし‥‥)
キエリに受け入れがたい考えがよぎる。
自分の気持ちに気付きそうになり、恐怖で手が震える。
(そうだ、わたし‥‥やだ、そんなの許されるわけ‥‥っ‥‥)
アンナは、震えるキエリの手を両手でしっかりと握りしめた。
「大丈夫です! あたしも一緒に行きますから。あなたを絶対に独りにしたりしません、ね?」
アンナは必死にキエリに呼びかけるが、キエリの震えは止まらない。
どんどん顔が青白くなっていく。
「いやだ‥‥‥怖い!」
キエリは、アンナの手を振り払った。
後ずさり、先ほどよりも距離をとり、自信を守るように自分を抱きしめる。
「話し合うって何? 真実を伝えるってこと? そんなの‥‥そんなの‥‥!」
「‥‥あ‥‥」
(ゼノは、こんな気持ちだったんだ‥‥こんな息が詰まるような苦痛をゼノはずっと耐えてたんだ)
(わたし、本当にずるくて酷い‥‥)
キエリは、あの城を出た日から感情が少しずつ削れていっていた。
笑うことはもちろんなくなったが、泣くこともなくなった。
ただただ、心は冷たくなり、心が揺れ動くことは極端に少なくなった。
だが、ここ数日は心が揺さぶられる出来事ばかりだった。
少ない水が入った器でも、激しく揺れ動けば、いずれ水は外に飛び出す。
キエリの大きな瞳から、涙が静かに流れた。
アンナがキエリが泣きだしたのに慌てて、駆け寄る。
「キエリさん! ごっごめんなさい! 泣かせるつもりじゃあ、あぁどうしよう‥‥」
アンナは、うーんと少し考えた後、がばっとキエリを抱きしめた。
そして、背中を優しく撫でた。
キエリは、アンナの行動に特に驚く様子もなく、アンナの胸の中でただ涙を流している。
「えと‥‥その‥‥ごめんなさい。キエリさんを悲しませたいわけじゃないんです。あなたを助けたいだけなんです‥‥」
「‥‥‥」
「けど、こんなに辛くなるくらいなら、無理することなかったですね‥‥勝手なことして、ごめんなさい」
「‥‥‥‥」
「あたしは、何があってもあなたの味方でいますから、このまま逃げ出したいなら、逃げちゃいましょう」
「‥‥‥あなたって、少しわたしの大事な育ての親に似てる。自分勝手なところも、優しいところも‥‥」
「へ?」
キエリは、抱きしめられるだけだったアンナの背中に手を回し、力少ないが抱きしめた。
「アンナさん、もう少しだけ‥‥泣きたい」
「もちろんです! どんどん泣いてください!」
アンナは嬉しそうに微笑んでキエリの頭を優しく撫でた。
街からはまだ魔獣と人の叫び声が響く。
その街の中、家と家の間の物陰でアンナに抱きしめられながら、ひっそりとキエリは泣いていた。




