縁は巡る
「アンナ姉ちゃん!!」
「エレン! あぁよかった‥‥」
村に無事戻ることができたアンナは、家族と抱擁を交わして無事の再会を喜び合った。
キエリは、疲れから再び人型に戻り、その様子を遠くから見つめていた。
アンナは、キエリが遠くから眺めていた視線に気づき、キエリのもとへ笑顔で駆け寄ってきた。
「キエリさん、大したお礼ができなくて心苦しいのですが、よかったらあたしたちの家で疲れを癒してください」
「え‥‥でも」
キエリは、たとえ助けたとはいえ、まだキエリのことを恐ろしく思っている村人がいるのではないかと、遠慮した。
実際に、血まみれのキエリに怯えて近づく者はいない。
その不安を払うかのようにアンナはパッと笑顔を見せる。
「大丈夫ですよ! 何かあってもあたしが言い返しますし、この村でだったらあたしがキエリさんをお守りします!」
アンナの気迫に押され、キエリはアンナたちの家で過ごすこととなった。
キエリは、アンナの寝台を貸してもらって、本当に久しぶりに寝台で横になった。
しかし、キエリはかなり疲れているにもかかわらず、横になっても考え事が邪魔してなかなか寝られなかった。
(ルナさん、ソールさん、王様、王妃様、ゼノ‥‥フェリクス)
(駄目だ。わたしが全部自分から捨てたんだ‥‥わたしが‥‥)
目をつむりながら寝返りを繰り返すだけのキエリに、隣の寝台で弟と寝ていたアンナがキエリの方を向いた。
アンナが弟を起こさないように小声で囁く。
「キエリさん、眠れませんか?」
「ごめんなさい。起こしてしまったよね」
「いいえ、実はあたしも眠れてなくて‥‥やっぱり現実感がわかなくて、まだ胸がすごくドキドキしています」
「それは、そうよね‥‥」
彼女は、今日一日でどれだけの命がけの経験をしたのだろうか。
明るく振舞ってはいたが、彼女が経験したことがトラウマにならないか心配になった。
「キエリさん、あたしやっぱりあなたに会えてよかったです。自分に勇気があるなんて、自分はこんなに魔法を使えるなんて、村で普通に生活していたら、知らなかったもの」
しかし、彼女の目はキエリの憂いに反してキラキラと輝いていた。
「え‥‥?」
「だって、あたしたち女二人であんなに賊と戦ったんですよ! それってすごくないですか?」
アンナが興奮気味に言うので、キエリは思わず人差し指を口元にあてて、静かに、と手振りをした。
アンナは、慌てて口を塞ぐ。
キエリは、アンナが今回のことをあまり重く考えていないことにほっとした。
重く考えなさすぎるのもどうかと思うが、今回ばかりはトラウマになるよりかはずっとマシだ。
「でも、もうあんなことには巻き込まれない方が、ずっといい。これからは、家族を守るために力を使って」
「‥‥‥」
キエリは当然のことを言ったと思ったのだが、アンナは押し黙ってしまった。
「アンナさん、なにかあるの?」
「いっいえ、なんでも‥‥やっぱり、あります‥‥」
アンナは、急に緊張しだしてからだがこわばっている。
キエリは、よっぽどのことなのかと思い、じっとアンナの言葉を待つ。
アンナが何か覚悟を決めたように、キエリの透き通る瞳を見つめる。
「キエリさん、お願いです。キエリさんの旅にお供させてください」
キエリは驚愕して言葉も出なかった。
しかし、答えは決まっている。
「駄目」
アンナは、断られるのはわかっていたので、諦める様子はない。
「足手まといになる気はありません! ちゃんと自分の身は自分で守れるようにします」
「無理よ。それに、わたしは旅をしているのではないの、ただ、居場所がないからずっと移動し続けているだけ」
さらに、強い言葉でアンナに言い放つ。
「少し魔法が使えるからと調子に乗らない方がいい。あなたは足手まといになる。魔獣や賊がはびこるこの国をまわるだなんて、すぐにあなたは死ぬことになる」
キエリの瞳が冷たくなる。強い言葉だが、それでも事実だ。
アンナは、目をぎゅっとつむった後、ゆっくりと開く、その瞳にまだあきらめの色は見えない。
「お願いします。邪魔になったらすぐに見捨ててもらって大丈夫です。だからっ」
「途中で見捨てるくらいなら、最初から連れていく必要なんてない」
「うぅ‥‥でもっ」
「どうして、そんなに旅にでたいの? 村にいるのが嫌? 自分の魔法をもっと使ってみたい? そんなのわたしの知らないところでやってちょうだい」
「違います! 村は大好きだし、た、確かに魔法は使ってみたいですけど‥‥それよりも‥‥」
みるみるうちに、アンナの瞳に哀れみがあふれてくる。しかも、その哀れみはキエリに向けられたものだった。
「‥‥それよりも、あなたが独りになるのを黙って見ていられないんです」
キエリは、大きな瞳をさらに大きく見開きアンナを見る。
砦の時もそうだったが、アンナはキエリの苦痛や孤独を敏感に感じ取っていた。
キエリは、ぐっと拳を握って、アンナに背中を向けた。
「出会ったばかりのあなたに、何がわかるというの? くだらないこと言っていないで、早く寝なさい」
「キエリさん‥‥」
キエリは、完全に口を閉ざして、アンナとの会話を終わらせた。
次の日の朝。
無理やり眠りに落ちたキエリが目を覚ますと、アンナも弟も祖母も家にいなかった。
しかも、外が騒がしい。
まさか、また賊が出たのかと、急いでキエリが外に飛び出した。
しかし、キエリの目に飛び込んできたのは、アンナが旅に最適そうな服を着て、荷物をまとめており、村人たちに囲まれている姿だった。
キエリは、驚きで開いた口がふさがらない。
アンナがキエリに気付いて、満面の笑みを浮かべて手を振ってきた。
「キエリさん! おはようございます!」
キエリは、不信な目をアンナに向けるが、アンナは笑顔を絶やさずにキエリの元へ駆け寄った。
「どういうつもり?」
「やっぱり、あたしは何が何でもキエリさんを独りにできません! なので、勝手についていきます」
困惑するキエリの手をアンナはぎゅっと握りしめた。
「キエリさん、あたしいろいろ考えたんです。なんで、あなたのことをこんなに考えてしますのかって‥‥結論がでました。きっとあたし、キエリさんに一目ぼれしたんです!」
「は?」
キエリは、思わず間の抜けた声が出てしまった。
アンナが顔を真っ赤にしながら、言葉を訂正する。
「あっその、あんまり深く考えないでくださいね! キエリさんのあのオオカミのような姿がきれいだなって‥‥」
「もちろん、あなたに命を救われた恩もありますが、それ以上にあなたのことをもっと見ていたいという下心があります! なので、あなたの傍にいさせてください!」
アンナは、顔を赤くして言ってしまった!とあわあわするが、一向にキエリの手を離さない。
なんという強引な人なんだとキエリは言葉を失った。
アンナの弟がキエリに申し訳なさそうな、諦めたような顔をしながらキエリに話しかけてきた。
「ごめんなさい、魔獣のお姉さん。うちのアンナお姉ちゃんすごく頑固なんだ」
キエリは、とんでもない人と関わってしまったと深く後悔した。
キエリは、村から出て、またあてのない旅を始めた。
ひとつだけ今までと違うのは、隣にはつらつとした人間の女性がいることだ。
「キエリさん、これからどこに行きましょう?」
「アンナさん、村に戻るなら今の内よ。はやく帰って」
「いいえ、帰りません! あたしはもうキエリさんの付き人ですから!」
「あなたってものすごく頑固なのね。しかも、ものすごく迷惑」
キエリは、チクっとする言葉をアンナに向けた。
しかし、アンナはキエリの棘のあることばにも平気な顔をしている。
「んー、そうですね、よく頑固者とは言われます。でも、よく言えば意志が固いと言えますよ」
キエリは、深いため息をつく。もう、いっそ何か怖い目にでもあえば、帰ってくれないだろうかと考えたが、もうすでに怖い目にはあったばかりなのにこの選択をとっているので、その選択肢はないものとなった。
キエリは、人型のままで目的地もなく、ただ歩いていた。
その隣のアンナは地図を広げながら、うーんとうなっている。
キエリは、ちらっとアンナを見やる。
(変な旅仲間ができてしまった‥‥今更人間とどう一緒に過ごせというの)
キエリの視線に気づいて、アンナがキエリの顔を見た。
「キエリさん、あたしオオカミのような姿に一目ぼれしたって言いましたけど、人間の姿のキエリさんも素敵だと思います!」
アンナは、聞かれてもいないことを笑顔で話しだした。
キエリは、少しむっとして、何度目かのため息をつく。
しばらく、二人はただひたすら歩いた。
分かれ道に差し掛かると、アンナがあっと言って右の道を指さした。
「キエリさん、こっちに行きましょう!」
「なぜ?」
「いいじゃないですか! 行くところがないんですよね、だったら絶対こっちです!」
アンナはぐいぐいキエリの背を押して、無理やり右の道に進ませた。
キエリはアンナの強引さにたじろぐばかりだ。
独りで旅をしていた時よりもずっと、キエリの心が動いていた。




