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【完結】オオカミはフードを被る  作者: Nadi
オオカミはフードを被る

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36/99

誰のため

あれから一年経ってます。

 キエリが城に来てから1年が経った。


 過ぎ去った1年間は、キエリにとって目まぐるしく、新しい事が起こっては過ぎの繰り返しであった。


キエリは、魔獣と魔法の研究に勤しんだ。


惜しむらくは、魔獣の研究をしていても、結局魔獣の王についての手がかりは得られなかったことだが、以前道半ばであり、このまま研究を続けていけば、魔獣を傷つけることなく諫められるようになる兆しが見えた。


他にも王妃になるための教育までこなし、外に出て領地を見て回ったり、舞踏会にデビューしたりもした。


キエリにとって心残りであった村への帰省も一度だけ戻ることができ、大好きな村人たちと互いの再会を喜ぶことができた。

 

 そんな忙しい日々が続いていたある日、国の騎士団はいくつかあるのだが、今度はフェリクスが所属する騎士団がまた魔獣狩りに出発する番が回ってきて、フェリクスやソール、ルナと離れることとなった。


 フェリクスが「魔獣狩り」に参加することがキエリにとって辛いことではないかと、出発する直前まで苦悩していたが、キエリは「わたしは大丈夫です。それに、この国の人ためになるなら‥‥死なないでください」と言って、フェリクスを見送った。




 キエリがフェリクスたちを見送って数日たったある日、いつものように研究室に向かった。


キエリが研究室の扉を開けた途端、一人の魔法使いが興奮気味に話しかけてきた。


 「キエリ! やったぞ! 君のおかげだ!」


キエリは、何のことかと首を傾げて質問した。


 「君の魔法をもとに作った魔道具あったろ? 魔獣を鎮静化させられる魔法をこめたさ?」


 魔道具は、魔法が使えない人も魔法を利用できるようにと開発されたものの総称で、身近なものだとランプがある。


魔獣を弱体化させる聖水もその一つだ。


キエリは、城の魔法使いたちと研究を重ね、魔獣を落ち着かせる魔法を魔道具として作り出す研究をしている。


魔獣を落ち着かせることのできる魔道具があれば、魔獣はもう暴れることはなくなるので、戦う必要もなくなると考えていた。


 開発中の魔道具は、小さな匂い袋で、それにキエリの魔法を込めたものだ。


弓矢の先に匂い袋を括りつけ、魔獣に向かって射れば、匂い袋は破裂し魔法が広範囲に拡散する。


持ち運びも簡単で使いやすいが、まだ問題があった。


 「ええ、でもまだ、魔力の強さがうまく調整できていなくて、実践には使えませんが‥‥」


 (あまりに威力が強くなって、あれじゃあ、魔獣が酔っぱらうみたいに動けなくなってしまう‥‥)


 「実はさ、試作品を試しに騎士団の人たちに使ってもらうように渡しといたんだけど、騎士団たちが帰ってきて、やっと結果が聞けたんだ‥‥‥」

 「騎士団に渡した‥‥? でも、あれは‥‥」

 「実は、成功したんだよ! 魔獣が大量発生に出くわしたらしくてさ! でも、そんときに一か八かで使ってくれたんだって! 50匹もいた魔獣が一網打尽! 一発で動かなくなってその後は難なく全滅させることができたって! 被害も極力抑えられた! 研究が実ったんだよ!」

 「!!」


キエリはあまりの衝撃に息をのむ。


世界が反転するように視界がぐるりと回り、立っていられなくなってふらついた。


 「だっ大丈夫かい?」


魔法使いが心配するが、キエリの顔は真っ青になり、からだは震えている。


 「‥‥‥すみません。今日は休ませてください」

 「あ、あぁ‥‥本当に大丈夫か? 部屋まで送ろうか?」


魔法使いは気遣いを見せるが、キエリは首を横に振って、そのまま研究室からふらふらした足取りで立ち去った。


 キエリは、重い足取りで廊下を歩く。


周りの音が聞こえなくなり、どんどん視界が暗くなっていく。


 (わたしの研究のせいで多くの魔獣が命を落とした‥‥)


一歩進むたびに何か心の中から大切な何かが零れ落ちていく感覚がした。


 (わたし、なんのために研究していたんだっけ‥‥)

 (魔獣のため? 人間のため?‥‥わたし自身のため?)


たくさんの魔獣が無抵抗のまま騎士団の剣に貫かれ血が噴き出すのを想像してしまう。


 「うぅ‥‥‥」


気分が悪くなり、廊下の隅でうずくまる。


 (わたしが馬鹿だったんだ。今まで研究してきたことが役に立って、魔法使いの人たちと一緒にこのまま研究が進んで行けば、きっと魔獣と人間が争わずに済む方法が見つかるって、思ってた‥‥)

 (そもそも、目的が違ったんだ。彼らは魔獣を殺す方法を考えてたんだから‥‥‥)


キエリは、うずくまりながらぐっと痛いほど拳を握り、強く唇を噛みしめた。


 (違う! わたしだ‥‥わたしが変わってしまったんだ。この一年、人間の社会にどっぷりつかって、魔獣と距離が遠のいていたんだ。魔獣が遠い存在になり始めているんだ‥‥‥だから、フェリクスが魔獣狩りに行くのも反対しなかったんだ)


 「わたしは、魔獣なのに‥‥‥」


誰にも聞こえないようなか細い声で独り言を呟いた。


 キエリはしばらく、気分が優れなくて立ち上がることができなかったが、ここにいても誰かに心配されて迷惑になるだろうと、部屋に向かおうと、鉛の様に重いからだを無理やり立たせた。


すると「キエリ? どうしたの?」と、王妃が使用人たちと共にキエリの顔を覗き込んでいた。


王妃が近くにいることも気づけないほど、キエリは意識が遠くにいってしまっていた。


おそらくずっと話しかけてくれていた王妃たちに、慌ててキエリは謝罪する。


 「もっ申し訳ありません王妃様、気分が優れずせっかくのお心遣いに気付かないままで‥‥」


キエリが頭を下げようとするのを王妃は止めさせる。


 「いいわ、そんなこと、とにかくからだを休ませないと、顔が真っ青。それに、唇から血が出てるわ」

 「あ‥‥」


キエリが王妃に言われて唇に触れると、キエリの指先にしっとりと赤い血がついた。


その血をみるとまたあの想像がよみがえってきて、気分が沈んでいく。


 王妃は、心底キエリを心配しているようで、キエリのからだを支えるようにして、とりあえず一番近い休める部屋に連れて行った。


 王妃は、元々平民出身なだけあって、この国の王の妻となるとき、たいそう苦労したらしく、同じ状況のキエリをとてもよく気にかけてくれる。


キエリも王妃の優しさに何度も助けられた。


 王妃は、キエリを部屋の寝台に寝かせ、使用人の一人に傷薬を持ってくるように指示した。


 「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません、王妃様」


王妃はにっこりと優しい笑みをキエリに向けて、キエリの頭を優しく撫でる。


王妃の笑顔はキエリの最愛の人を思い出させる。


 「キエリ、あなたはこの国にとっても私たち夫婦にとっても、もちろん息子にとっても、大事な人よ。だから、そんな遠慮しないで」

 「‥‥ありがとうございます。でも、わたしは大丈夫です。お忙しいのに、ひきとめてしまっては悪いです」


キエリの遠慮が止まらないので、王妃は困ったように笑う。


 キエリは、フェリクスの父と母であるこの国の王と王妃に自分の正体を言ってはいない。


その負い目があって、キエリは、優しくしてくれる義理の父と母になる二人に見えない壁を作ってしまう。


 「いいのよ、だって今はキエリに会いに来たのよ。だから、今はキエリと過ごす時間なの」

 「わたしに?」


キエリは、何か予定を忘れているのかとぐるぐると頭の中を探ったが思いつかない。


 「それをちょうだい」


王妃が使用人から何やら厚い冊子を三冊受け取った。


キエリが起き上がろうとしたが、王妃がそのままで、と止めた。


 「これはね、フェリクスの今までの記録」

 「フェリクスさんの?」

 「ええ、生まれた時からつけている大事な記録‥‥内容は読んでもらえばわかるわ」


キエリはじっとその冊子を見つめる。


内容を読まないと、どう大事なのかがわからなかった。


 「でも、タイミングが悪かったわね。ここに置いておくから、気分が良くなってからゆっくり目を通してね」


王妃は寝台のわきの机に冊子を置いた。


 「わかりました」


 その後、使用人が持ってきた傷薬で傷を治療し、鍵をかけておくからゆっくり眠ってねと言って、王妃たちは部屋を出ていった。


 一人になったキエリは、まだ何も考えたくなくなって、ゆっくり瞼を閉じた。

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