疑問
王と王妃とお茶を楽しんだ後、フェリクスは、これから仕事があるらしく、キエリとわかれなければならなかった。
しかし、別れ際に、キエリに夜に打ち上げられる花火を見に行こうと約束をしてくれて、心が躍った。
キエリは、一人になると自分にできることを考えた。
(ゼノが教えてくれた研究室に行ってみよう。ここに来たのは、もともとそのためだもの)
キエリは、迷路のような広い城の中を使用人に道を尋ねながら城の研究室へと向かった。
魔法、魔獣の研究を行う研究室は城の地下に設置してある。
研究に使用する書物や重要な書類を日光でなるべく劣化させないようにするためだ。
地下に下る階段の前に見張りの兵士がいたが、事情を説明すると、あらかじめ騎士団長のマギが言ってくれていたらしく、すんなりと通ることができた。
(地下だからひんやりするな)
暗く、ランプで照らされる廊下を歩いて行くと、部屋の扉の前に行きついた。
(ここかな?)
キエリが扉を軽くトントンと叩く。
人の気配はするが、返事がない。
もう一度扉を叩くが同じだった。
キエリは、ここで待っていてもしょうがないと、意を決して、扉を開いた。
研究室は、広いようなのだが、信じられないくらい書類と本が散らかっているせいで狭く感じる。
研究室の魔法使いであろう人たち、ざっと見て20人くらいだろうか、が書類とにらめっこしたり、何か紙に書き込んだりして、研究に集中している。
「あの、この度魔獣の研究に参加させていただきますキエリです!」
とにかく、誰かにキエリがいるというのを伝えようと大声で自己紹介するが、誰もこちらに気付く様子がない。
(すごく、集中してる‥‥‥)
すると、深刻そうに頭を抱えていた魔法使いの一人が突然大声をだす。
「だあーっ!! もう、この魔獣の構造は何なんだ!? どう考えてもこの魔獣の魔力構造から、解毒する方法がわからないじゃないか! くそっ、このままじゃ‥‥」
キエリは、悩みに頭を抱える魔法使いに近寄り、魔法使いが忌々しく睨みつける書類を覗き込む。
そこには蛇型魔獣の魔力構造(魔力がどのように成り立っているのか)を数式化と図式化したものがずらりと書かれている。
そして、傍らには小型の蓋つき瓶が置かれていて、その中には毒々しい黄色と紫色の液体が入っている。
蛇型魔獣の魔力を液状化したものを閉じ込めてあるのだろうか。
キエリもじっと書類を見つめる。
(‥‥‥そうか、人間の持つ魔力と魔獣の魔力にはいくつか違いがあるんだ。魔獣の魔力構造の考え方を変えないと‥‥この場合は‥‥)
「あの、こことここの数値を変えてみてください。こんな風に‥‥‥」
キエリは、近くにあった羽ペンと白紙をとって、がりがりと数式をかき始めた。
書き終えて、魔法使いに差し出すと、魔法使いはやっと反応してくれて、キエリから紙を奪い取り、食い入るように見る。
「うむ‥‥いや、しかしこれは‥‥‥」
「かなり変わっているかもしれませんが、それで一度解毒の魔法を考えてみてくれませんか? 」
「わかった」
魔法使いはキエリの言葉を素直にきいてくれて、考え込んでは、紙に書きなぐるように彼の頭の中にあるものを外に出す。
(すごい勢いで魔法を作り出そうとしてる‥‥‥ゼノもこうやって新しい魔法を作ってたな)
「できた‥‥」
魔法使いがぽつりとつぶやいた。
そして、部屋にいるほかの魔法使いに叫ぶようにして伝える。
「おい! できたぞ! 見てくれ!」
研究に集中していた他の魔法使いたちが素早く駆け寄ってきた。
魔法使いは、手に魔力を込め、そっと魔獣の魔力が入った小瓶を握る。
すると、小瓶の中の禍々しい魔力はきれいに透き通った水の様になった。周囲から歓声がわいた。
「やったぞ! これで、魔獣の毒で苦しんでいる騎士を助けられる! よし、おまえら行くぞ!」
魔法使いたちは、一斉に研究室から飛び出していった。
キエリは、あまりの勢いについていけず、ひとり研究室に取り残された。
(よかった、ゼノと一緒に魔獣の研究を自分たちなりにしてきたのが、役に立ったんだ。わたし、ここでもちゃんと役に立てたんだよ、ね?)
キエリは、書類と本で散乱する室内をぐるりと見渡す。
「すごい数の本と紙‥‥」
てきとうに書類に目を通すと様々な魔獣について書かれている。
(あ、この魔獣わたしは知らないな、こういう子もいるんだ)
「整理整頓した方が見やすいと思うけど、勝手にいじっても怒られちゃうよね‥‥‥」
とりあえず、書類をもとの場所に置き、室内をまわることにした。
足の踏み場もなく四苦八苦したが、なんとかして進む。奥には本棚があり、魔法や薬草、魔獣についての本まで並べられている。
「あれ? これって」
ある本の背表紙に目がいく。
「ゼノ? ゼノが本出してたの? しかも、題名が‥‥‥」
キエリは、その本を手に取り、その表紙に書かれている題名をまじまじと見つめる。
題名をなぞる手が震え、口が乾く。
「魔獣の‥‥薬としての有効性について」
キエリは、鳥肌が立った。
もちろん、人間にとって魔獣は「獣」であり、殺されもするし、殺しもする。
危険な存在の魔獣を生活や薬として役立てることは、人間の涙ぐましい努力であり、キエリにとって理解できる。
それに、キエリも魚や動物の肉を食べるし、皮も使う。薬にしても、動物のものを使う場合もある。
人間とさして変わらない。
しかし、それでも何かが引っかかる。
こればかりは、勘としか言いようがない。
キエリがゆっくりとページをめくる。
「‥‥‥」
魔獣の特定の部位が人間のどのような病に効くというのが魔獣ごとに見やすくまとめられている。
「ウサギ型‥‥クマ型‥‥ドラゴンまで‥‥‥あれ?」
なぜか数ページ分ごっそりと抜けている。
ページの端にあるページの数がとんでいるのだ。
「誰かが、この部分だけ抜き取った? でも、誰が、何のために‥‥‥?」
キエリの疑問に答える者はいない。
(ゼノに聞けばわかるよね。ゼノは記憶力がいいし、自分の書いた本なんだもの、覚えているはず)
その本をわかるところに置いておいて、他の本に視線を移し、魔獣の薬としての使われ方について書かれた本がないかと探した。
「これも?」
ゼノが書いた本と別の本もすっぽりとページが抜けていた。
他にも数冊か魔獣の薬用に関する書物を確かめたが、なんともない本もあれば、抜けている本もあった。
(どうして? 何かの情報を消そうとしてる? 魔獣の薬用に関するなにかを‥‥‥)
キエリは、眉をひそめて、ゼノの本だけ持って、研究室をあとにした。




