毛繕い
王都に向けて再び出発し、道中で野宿をすることとなった。
キエリは、ルナに櫛を貸してもらって、毛繕いしようと思っていた。
(毛だまりが出るだろうから、外でやらないと)
外の椅子が置いてある区画に行き、椅子にちょこんと座って、しっぽを櫛でときを始める。
フェリクスがたまたま通りかかるのが見えた。
最近、他の騎士団員ばかりと話していて、フェリクスと会話ができていなかったので、フェリクスを見つけると嬉しさでしっぽが揺れ動いた。
「フェリクスさん!」
キエリは、手を大きく振って笑顔でフェリクスを呼んだ。
フェリクスもこちらに気付いて、キエリのもとに来てくれた。
「キエリさん、櫛を持って何しているんだ?」
フェリクスは、穏やかにキエリに話しかけてくれる。
キエリは、フェリクスの優しい声がきけて、思わずしっぽが揺れる。
「毛繕いです。こまめにしないと絡まってしまうので」
「そうなのか」
フェリクスは置いてあった椅子をキエリの隣に置き、腰掛けた。
「ふふ、キエリさんは、しっぽに感情が出ているんだな」
「え! や、やっぱりわかりやすいですか‥‥?」
「悲しいときは、しっぽが下がるし、嬉しいときはしっぽが左右に揺れる」
「うあぁ、なんだかそれは恥ずかしいですね」
キエリがしっぽを自分に巻き付けて毛先をなぶってもじもじする。
「それは、恥ずかしいときかな?」
キエリの顔が赤くなる。
「うーん、しっぽが隠れているときの方がいいですよね、なんだかわかりやすすぎるのは‥‥うーん‥‥」
キエリが唸って悩みだす。
「いや、それはそれで可愛らしいと俺は思うのだが‥‥」
「ふぇ!?」
キエリの頭から湯気が出てきそうなくらい、顔が赤く熱くなった。
ぱたぱたと自分の顔を仰ぎ、何とか熱を冷まそうとする。
混乱した頭で何とか考え、別のことに話をそらすことにした。
「あ、あ、あの、フェリクスさんってどこの出身なんですか? そういえば、フェリクスさんのことわたし知らないなーなんて」
焦って言葉の語尾がおかしくなる。
「そうだな、俺は王都出身だよ、ずっとそこで暮らしてた」
「そうなんですね。わたし、王都に行ったことなくて‥‥フェリクスさんの生まれ育ったところなら、より見てみたいです」
キエリは、とりあえず視線を自分のしっぽに向けて、櫛を通す。
フェリクスは、その様子をじっと見ている。
(あ、あれ? なんだろ、フェリクスさんとお話し出来て嬉しいはずなのに、心臓が落ち着かない!)
「あの‥‥キエリさん」
「はい!」
「変な、お願いになってしまうのはわかっているんだが‥‥その‥‥」
フェリクスが珍しく口ごもる。
そんな言いにくいことなのだろうか?
「なんでも言ってください! フェリクスさんには助けてもらってばかりですから、わたしにできることなら、お手伝いしますよ!」
「‥‥では、その、キエリさんのしっぽを梳かすのをやらせてもらえないだろうか?」
「わたしのしっぽですか? むしろいいんですか?」
「いや、じゃないか?」
「ゼノにもやってもらったことがあるんですけど、人にやってもらった方が気持ちいいです」
キエリは、何事かと思っていたお願いがむしろキエリにとってもいいことだったので、ぱぁっと明るい笑顔になった。
キエリは、フェリクスに櫛を渡し、フェリクスの前に椅子を移動させて座り、しっぽをフェリクスの膝に乗せた。
フェリクスの大きな手がキエリのしっぽを撫でる。
(あ‥‥れ?)
何回かフェリクスは手櫛をするように撫でた後、キエリのしっぽを抱え込むようにして、毛先から丁寧に櫛で梳かし出した。
(うわぁ‥‥なんだろ、また心臓がおかしい)
またキエリの顔が熱をもつ。
「今日って、なんだか暑いですね‥‥」
「そうか? 今は涼しいくらいだと思うが?」
「あはは、わたしだけですかね?」
フェリクスがハッとして手が止まる。
「まさか、キエリさん体調が悪いのか? 慣れない旅をさせてしまっているから‥‥」
「だっ大丈夫です! 元気です!」
「本当に? 無理をさせてばかりだから、体調が悪かったら、すぐに言ってくれ」
「はい」
フェリクスの手がまた動きだす。フェリクスの手は優しくキエリはとても心地よかったが、心臓のうるささでその心地よさに身をゆだねきることはできなかった。
フェリクスと話をすることで、少しだけ気持ちを紛らわせていた。
「キエリさんは、何か好きな食べ物はあるか?」
「好きなものですか? うーんと、果物ですね。特に桃、甘くておいしいです。フェリクスさんは?」
「俺は、そうだな、魚の料理が好きだな、ムニエルとか、肉も‥‥王都についたらおいしい店があるんだ。よければ、案内しよう」
「本当ですか! 嬉しいです! ルナさんもソールさんも一緒に行けたら、楽しそうですね」
キエリは思いをはせて、嬉しそうに笑う。
嬉しそうなのがしっぽ伝いにフェリクスにも届く。
「ふふ、キエリさんしっぽが揺れてる」
「あ、ごめんなさい、どうしてもしっぽが揺れてしまうんです」
「いや、咎めているわけじゃない。愛らしいなと思っただけだ」
もう、キエリは耐えられなくて、フェリクスの方に振り返る。
「あぁ、あ、あの、そのそういわれてしまうと、どきっとしてしまうというか、恥ずかしくなってしまうというか‥‥心臓が、さっきから、あの、おかしくて‥‥」
キエリは、振り向いたはいいものの、まだ恥ずかしさが抜けず、頬は赤く、フェリクスの顔が見られなくて、伏し目になる。
フェリクスは、そんなキエリを静かに見る。
その視線が熱くて、キエリは耐えきれず、また前を向いた。
フェリクスがゆっくり話し出す。
「キエリさんが可愛らしいのは、事実だよ‥‥みんな言ってたしな」
「そ、そうなんですか‥‥」
「さぁ、終わったよ、どうだろうか?」
キエリがしっぽの様子を見ると、とてもきれいでふさふさになっていた。
「わぁ、すごい! とっても上手です! ありがとうございます」
「いや、俺の方こそありがとう‥‥それじゃあ」
フェリクスは、キエリに櫛を返して、立ち去ってしまった。
(あ、でも、結局なんでわたしのしっぽを毛繕いしたかったんだろう? ふさふさのしっぽ触ってみたかったのかな?)と、キエリはのんきに考えていた。
フェリクスは、自分の天幕に戻り、顔を両手で覆いしゃがみ込み、一人で悶えていた。
(ああぁ!俺はこんなにも変態だったのか! キエリさんのしっぽをじっくり触ってみたいだなんて!)
(だが‥‥嫌がってはなかった、のか? 俺は、キエリさんの優しさに付け込んでいるだけなのか!?)
(それに危なかった! キエリさんがキエリさんの顔を見たら、抱きしめたくなってしまった!)
「重症だ‥‥」




