似た者同士
ドラゴンは暴れ狂っていた。
爪で地面をえぐり、空に向かって叫び。何者も近づかせないようにしている。
騎士団は、ドラゴンを爪の届かない範囲で囲み、聖水を括りつけた弓矢で狙うが、ドラゴンの強靭な鱗が弓矢が刺さるのを妨害し、さらに聖水を無効にしていた。
「くっ、あの鱗が聖水をはじいているのか!? 近接戦にうつるぞ! あいつの攻撃範囲の広さに注意!」
ルナが号令を出し、団員たちは剣を片手にドラゴンに切りかかる。
しかし、ドラゴンがくるりとからだを回せば、そのしっぽが団員に直撃し、簡単に吹き飛ばされてしまった。
ルナとソールはドラゴンの攻撃をかわし、ドラゴンの胴の前へと走り抜け、剣を突き刺す。
だが、剣は深く刺さることはなく、すぐにドラゴンがからだを大きく振り、二人はドラゴンから距離をとらざる終えなくなった。
「くっそ、かってー」
「だが、傷を負わせられることはわかった。それにあそこに聖水をあびせられれば、弱体化が狙える!」
いちるの希望を見出したと思った途端にドラゴンがまた咆哮し、団員たちは耳を塞ぎ動けなくなる。
そこに、すかさずドラゴンが団員たちに突進をしかけ、団員たちはいとも簡単に空中に放り出されていった。
「やばっ!」
ドラゴンがルナとソールの目の前に来たその瞬間、マギが大剣でドラゴンの胴に叩きつけるように切りつけた。
「ゴガウ!」
ドラゴンは声を上げたが、それでも傷は浅く、マギをしっぽで薙ぎ払い、距離をとらせた。
「チッ! まだ元気なのかよ、全くやんなるね硬ぇやつってのは! おいインテル! 傷口に塩ぬってやれ!」
「言われなくとも‥‥」
インテルが手に持つ弓を引き絞り、ドラゴンの傷口にめがけて弓を放った。
「グアウ!!」
命中した弓矢に括りつけられていた聖水が傷口からドラゴンを苦しめる。
「勝機! 畳みかけるぞ!!」
マギたちがドラゴンに切りかかろうと走り出した。
「グオオオオオ!」
ドラゴンの前足が光を帯び、前足で地面を叩きつけると、地面が盛り上がり、割れ、中から泥水が噴き出した。
そして、その大量の泥水は濁流となって、騎士団全員を襲った。
「なっ、これは魔法!?」
濁流が襲った後は、その場が静まり返った。
「くっそ‥‥」
ドラゴンは、邪魔ものがいなくなったと言わんばかりにまた動き出した。
ここにいる全員の頭に死がよぎった。
すると、マギたちの耳に聞こえてきたのは馬の足音だった。
マギが重いからだを少しだけ上げ、音がした方向をみる。
「あのバカ野郎め‥‥」
フェリクスとキエリが馬に乗ってこちらに走ってくる。
「キエリさんっ、周りの泥のせいで馬であそこまでは行けそうにないから降りるぞ」
泥の手前で馬から降る。
二人には悲惨な状況に心を痛ませる暇もなかった。
「何とかして、あのドラゴンの注意をこちらに向けられますか?」
「やってみよう」
フェリクスは、携えていた弓矢でドラゴンを狙う。
フェリクスは腕に血管が浮かぶほどぐっと弓矢を引き絞る。
そして、放たれた矢は距離があったにもかかわらず、ドラゴンの鱗を裂いて血肉にまで至った。
「グアアウ!」
痛みが走ったドラゴンは、その痛みの原因となったフェリクスたちを見て、突進してきた。
「来るぞ!キエリさん!」
「はい!」
フェリクスがキエリを片手で抱え、すんでのところでドラゴンの突進をかわし、フェリクスはそのまま大きな鱗を鷲掴みキエリと一緒に背に乗った。
キエリがフェリクスの内側に覆いかぶされるようになりながらドラゴンにしがみつく。
「お願い! 止まって!!」
キエリの手から優しい光があふれ、ドラゴンを包み込もうとする。
ドラゴンは、混乱し、しっぽを鞭のようにしならせて背に乗るフェリクスたちを攻撃する。
攻撃がキエリにあたらないようにフェリクスが必死でキエリをかばう。
「くっ‥‥!」
「フェリクスさん!」
「大丈夫だ、そのまま続けてくれ」
(お願い‥‥!)
やがて、光がドラゴンを完全に包み込み、ドラゴンの動きがぴたっと止まった。
「やった‥‥」
ドラゴンは大人しくなり、その眼にはもう凶暴さがうかがえない。
ゆっくりとからだを下げ、キエリたちが下りるよう促した。
「キエリさん、やったのか?」
「はい、フェリクスさんのおかげです」
ドラゴンがキエリに頭をすり寄せる。キエリは、ドラゴンの硬い頭を撫でてあげた。
「ごめんなさい、少し待っていて、あの人たちを助けないと‥‥」
キエリは、怪我と濁流のせいで身動きが取れなくなっている騎士団員たちを見る。
ドラゴンも騎士団員たちの方を見た。
『ワタシ、ナオス』
『! あなた治癒の魔法が使えるの?』
ドラゴンは、前足に魔力を込める。
「キエリさんっ、ドラゴンが!」
フェリクスが、ドラゴンが何か攻撃しようとしてると勘違いして身構える。
それを慌ててキエリが止める。
「大丈夫です!彼女はみんなを治療しようとしてます」
ドラゴンが前足で地面を叩くと、濁流は砂となって消えてしまった。
そして、もう一度光を手に宿し、地面を叩く。
すると、ドラゴンの足元から緑色の美しい蛍のような光と草花が生えはじめ、それが円の様に騎士団員たちに広がる。
そして、ひとりずつ倒れて動けなくなっていた団員たちが起き上がって行った。
「すごい‥‥」
フェリクスとキエリから驚嘆のため息がもれた。
『ミンナ、ナオッタ』
また、ドラゴンから言葉が聞こえた。
『ありがとう。でも、大丈夫? 自分の魔力で、自分は治せない‥‥あなたの傷は治っていない。治してあげるから待っててね』
『ダイジョウブ ワタシノ キズ マホウナシデモ スグナオル』
『そっか‥‥あなた本当にすごいのね。こんな素敵な魔法が使えるなんて』
フェリクスが不思議そうな顔をしてキエリに質問する。
「キエリさん、まさか、このドラゴンと話しているのか?」
あっと思ってキエリはフェリクスを見る。
(そうか、人間には魔獣の言葉がわからないんだ‥‥わたしもゼノに教えてもらって、やっと人間の言葉を話せるようになったもの、ゼノも魔獣の言葉話せるようになったけど‥‥)
「はい、魔獣の言葉です。魔獣には感情もあるし、会話もできるんですよ。人間とは言語が違いますが‥‥」
「あぁ、でも落ち着いてくれてよかった」
キエリは、本当に嬉しそうに笑う。それを見て、フェリクスも笑みがこぼれる。
「グギャウ!」
キエリの嬉しい気持ちがドラゴンの悲鳴で阻まれた。
ドラゴンの傷口にさらに弓矢が刺さっていた。
「弓矢が!」
キエリはドラゴンが矢を受けたところに駆け寄る。
弓矢が放たれた方向を見ると、それはインテルが放ったものだった。
「化け物ふぜいが、敵である我々の傷を治す!? なんという屈辱か!?」
インテルは、地面に膝をつけ、唇を噛みしめ、怒りのあまり、顔が青くなっていた。
周りを見ると、ドラゴンに近づく騎士団員はひとりもおらず、遠くからキエリたちを見ている。
そして、団員たちには、恐れと怯えの色が顔に塗られている。
キエリが思わず、あ‥‥と声がもれる。
(今にも殺されそうだったのに、急に恐怖がなくなることも、殺意がなくなることもない‥‥殺し合い、してたんだから)
インテルがキエリに向かって叫ぶ。
「やっぱり、お前は生かすべきじゃなかった。見ろ! あいつはドラゴンを従えてやがるんだ! 人間の敵だ!」
「違う! 彼女は命を懸けてみんなを救ったんだ! 命がけでドラゴンを止めたんだぞ!」
フェリクスが反論するが騎士団員たちは狼狽えるばかりだ。
「もし、彼女が来なかったら、みんなは、街はどうなっていた!?」
「くそっくそっくそ! だまれぇ!」
インテルがキエリに向かって弓矢を放った。
「っぐあ!」
キエリの左肩に弓矢が刺さった。
「キエリさん! 貴様!!」
フェリクスは、キエリに駆け寄り、見る見るうちに顔に怒りが表れ、インテルを切り殺そうという形相で剣に手をかけて歩き出そうとしたが、キエリがフェリクスの服を掴んで止めた。
「‥‥っキエリさん!」
「‥‥はぁ、大丈夫です」
ドラゴンがキエリの血が流れるのを見て、おろおろして、顔を近づける。
『ダイジョウブ? アノニンゲン ワルイヤツ?』
『大丈夫だよ。ありがとう、優しい子。あの人は‥‥悪い人、ではないと思う』
キエリは、矢を肩から抜き、ゆっくりと騎士団員たちが集まっている方へ、インテルのいる方へ歩いていった。
キエリが団員たちの集まるところにたどり着くと、団員たちは狼狽えて海を裂くように一歩下がって彼女を避けるが、誰も歩みを止められなかった。
キエリは、インテルの前まできて、同じように膝をつき、目線をなるべく近くなるようにした。
インテルは、このキエリの行動が理解できず、動揺しており、細い目から見える瞳が揺れる。
キエリは怪我のために汗が額から流れているが、穏やかにインテルに微笑みかけている。
「なっ、なんなんだお前は! なんで笑っている!? そうか、私を殺しに来たのか! ほら、やるがいい! お前の化けの皮が剝がれるところを皆に見せてやるといい!!」
インテルは懐から短剣を取り出し、刃先を自分に向けてキエリの目の前に出す。
「インテルさん、わたしはあなたに死んでほしくないです。あなたは、たぶんわたしに似てる‥‥」
「は? なにを‥‥何を言い出すんだ」
「あなたが何故、魔獣をこんなにも憎むのか、考えてたんです‥‥もしかして、誰か大切な人を魔獣に殺されたのですか?」
「!?‥‥っつ‥‥」
インテルの顔が激しく歪む。
キエリの質問に対する答えが、肯定であると、示していた。
キエリの瞳に悲しみが映り、顔を伏せ何か感情をぐっと飲み込み、顔を上げてゆっくりと話す。
「そんなの、魔獣のことが憎いに決まってます‥‥この世から、消してしまいたいほどに」
「お前にお前に何がわかる!! 私は一生忘れない! 私の愛した家族がっ、苦しみながら死んでいった姿を!!」
インテルは、怒鳴り散らし、今度は短剣の刃をキエリに向けた。
キエリののど元に短剣が今にも刺さりそうな距離だ。
だが、キエリは動かない。
「インテルさん、魔獣だって人間と同じようにいろんな魔獣がいるんです。悪い魔獣もいい魔獣も‥‥」
「だから何だ? いい魔獣だから、自分を殺さないでくださいっていうのか!? 魔獣は魔獣だ! 全部消えてなくなればいい!」
「わたしも、人間が憎くてたまらなかった時がありました。わたしのお父さんとお母さんは人間に殺されましたから‥‥騎士団の人たちに‥‥」
「‥‥っつ!?」
「でも、ゼノと出会って、村の人と過ごして、騎士団の人たち‥‥フェリクスさんやルナさん、ソールさんやマギさん、それにあなたに出会って、世の中にはいろんな人がいることがわかりました。騎士団の人たちは正直出会った時は恐ろしくて、憎くてたまらなかったけど、話していくうちに、あぁ、この人たちも普通の人なんだって思えたんです」
「でももし、人間のみんなと出会っていなかったら、わたしも復讐のために生きていたかもしれません」
「だから‥‥」
キエリの額から汗がつたう。
しかし、キエリの澄んだ瞳はまっすぐインテルを見つめる。
「インテルさんも知ってください。わたしのこと、魔獣のこと‥‥きっとそれが、あなたの心の助けになるかもしれませんから」
インテルはキエリに向けた刃が震えていた。
「そんなのっ、押し付けだ‥‥!」
「そうかも、しれません」
キエリは困ったように笑った。
「‥‥っ‥‥」
「‥‥‥‥」
インテルは、ゆっくりと短剣をしまった。
「もし、あなたが誰かを傷つけるようなことがあれば、ためらいなく殺しますよ」
「はい」
キエリはこの物騒な物言いに、笑顔で返事をした。
まさかの二人に奇妙なつながりができたことに、周囲は驚きざわめいた。
しかし、先ほどまであった張り詰めた空気が少し緩んだ。
キエリは、さすがに血が多く流れてしまってよろめいたが、ルナが支えた。
「ルナさん‥‥すみません」
「キエリさん、本当に申し訳ありませんでした! 少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしい‥‥!」
ソールもキエリの前に来て正座する。
「本当にすんません! オレ、あのドラゴンを大人しくさせたキエリさんを見て、正直びびってました‥‥ドラゴンもまだあそこにいるし」
「オレ達、キエリさんに助けてもらったのに、キエリさんが怪我しても、助けに動けなかったなんて‥‥最低でした‥‥」
ルナとソールが頭を下げ、それを見たキエリは、慌てふためく。
「そんなっ、そんな謝らないでください! 驚くのも無理ありませんから‥‥だから、謝らないでください」
キエリが逆に申し訳なさそうにしてしまい、ルナとソールは顔をやっと上げた。
ソールが目がきらきらさせて、キエリを見る。
「わぁ、やっぱ、キエリさんって天使ですね!! 優しい、優しすぎる! 不安になるくらい!」
「え!?」
キエリは、どきっとしてしまって、しっぽを自分に巻き付けてもじもじしだす。
「キエリさん、ソールの戯言は聞き流してください。まず止血しましょう」
「あはは、そうですね。さすがに痛みと血が抜けたせいでくらくらしてきました‥‥自分で治せればいいんですけど、わたしはそんなことできないんですよね」
キエリの顔は先ほどからどんどん青白くなっていた。
フェリクスがキエリの隣に座り、キエリの傷の具合を見る。
「キエリさん、ドラゴンに頼んで治してもらうことはできないのか?」
「き、きいてみます」
ドラゴンは、キエリの様子が気なっていたのか、こっちまで歩いてきた。
周りの騎士団員が怯えて、ざざっと後ずさりするが、ドラゴンは気にしていないようだった。
『ダイジョウブ?』
『ううん‥‥だいぶ痛いかも』
『アナタノケガ ワタシガ ナオス?』
『お願いできるかな? それにこの人、フェリクスさんも傷ついてるから‥‥』
『ワカッタ』
またドラゴンが魔力を込めて、キエリたちの傷を治してくれた。
『ありがとう』
キエリとドラゴンがよくわからない言語で会話できていることに、周囲はぽかんとしてしまっている。
黙ってじっとキエリとドラゴンの様子を観察していたインテルが口を開く。
「会話をしているのですね。その魔獣と」
インテルが普通に質問してきてくれたことが嬉しく思えて、キエリの耳がぴんとたった。
「はい、魔獣の言葉です。不思議に聞こえますか? わたしも初めは人間の言葉が不思議だったんですよ」
「そうですか‥‥」
キエリは、会話は短かったが進展だと思った。
にっこりと笑顔になり、少ししっぽが左右に揺れる。
フェリクスは、その様子を見て心の隅がざわつくのを感じた。




