魔獣
「わたしの魔法について説明する前に、魔獣がどこから来るのかをお話ししなければなりません。人間たちにとって、魔獣がどこから来るか、ずっと解明されていない謎であったと思います。彼らはこの世界とは別の世界から来るのです。空間にできる暗い穴を通って、いや、来るというより、来てしまった、というのがほとんどかと思います」
マギが顔をぐっとしかめる。
他の人たちも動揺しているようだ。
「魔獣は確かにこの世の者じゃねぇと思っていたが、別世界?から来たっていうのか、だが、『来てしまった』というのはなんなんだ?」
「魔獣が自らこちらの世界に来ようとするのはよほどのことがあった時だけです。ほとんどの魔獣たちは自分の意志ではなく、偶然向こうの世界と人間の世界をつなぐ穴に落ちてしまった結果なのです。この人間の世界の空気は魔獣にとって毒のようなものなので、むしろ、来たくはないはずです」
キエリが話す魔獣の情報に新しい情報が多すぎて周囲はどういうことかと混乱している。
マギがつとめて冷静にキエリに話を進めさせる。
「ふぅー、ちぃと新しい情報がいっぱい過ぎておれもてんてこ舞いなんだが、つまりあれか? 今まで来た魔獣は全部『迷子』だったてか?」
キエリは、こくりと頷く。
「んで、人間の世界、おれたちの世界の空気が毒ってぇのはどういうことだ? 魔獣が人間の世界に来ていきなり死ぬなんてとこは見たことねぇから、死ぬ毒ってわけではないんだろう」
「そうです‥‥感覚で言えば、急に息苦しくなって、からだ中を針で刺されるような感覚です。実際には、魔力の制御ができなくなり、乱れた魔力はからだの中で暴れまわります。そのために魔獣たちは苦しみで我を忘れて暴れまわってしまうのです」
マギが苦々しい面持ちでキエリに確認する。
「さっきから、魔獣がまるで人間に対して敵意がないというように聞こえるんだが、まさか‥‥」
「すべての魔獣がそうだとは言いません。でも、多くの魔獣は人間を襲おうと考えて襲っているとは、わたしは考えていません」
「‥‥っざけるなよ」
今までじっと話を聞いていたインテルが立ち上がってキエリに詰め寄ってきた。
細い目から見える瞳は暗く、その手には短剣が握られている。
フェリクスがとっさにキエリを背中に隠す。
「魔獣は可哀そうな迷子なので、全く悪くないです、とでも言いたいのですか? いったい何人の人間が殺されたと思っているんですか? あぁ、我慢ならない! こんな吐き気がするようなことを聞くくらいだったら、初めから私がそれの息の根を止めておけばよかった!」
フェリクスは、顔が険しくなりインテルを鋭く睨みつける。
「インテル殿、彼女を傷つけてみろ‥‥お前の首が飛ぶことになる」
「本当に、それも! あなたも! さっきから腹立たしいですね。随分と頭の中がお花畑のようですが、自分の立場をお忘れのようで‥‥今、すべきなのはそれを守ることではなく、それの煩わしい口を永遠に閉ざさせることです」
「二人ともそこまでにしな!!」
マギの怒号がとんで、空気がピリッとする。
フェリクスとインテルの動きが止まる。
「インテル、その物騒なもんしまえ」
「‥‥‥っ」
マギの低い迫力のある命令にインテルは不服そうにしながらも、短剣をしまい、もとの位置に座った。
「フェリクスも頭に血が上りすぎだ。頭冷やせ」
「‥‥すみません」
フェリクスもキエリから離れ、部隊長らが座る位置に座り直した。
マギは座りながら前に身を乗り出しキエリにすごむ。
「娘さん、魔獣に本当に敵意がないかどうかは正直人間のおれたちにはわからねぇ、だが、騎士団の中には家族や大事な人間が魔獣に殺されたという人間もいることを忘れないでくれ」
キエリは、周りの視線が痛く感じた。
これは、友好的ではないことは確かだ。
特に、インテルからの視線はキエリに対して憎悪を向けている。
(大事な人が‥‥インテルさんも‥‥もちろん、ソールさんもルナさんもフェリクスさんも他の人も魔獣と殺し合いをしてきたのだから、当然の反応だ‥‥むしろ、わたしに優してくれるあの三人がいてくれることのほうが不思議なんだ‥‥‥)
「はい‥‥魔獣が、人を‥‥傷つけてることも、殺すことも、理解しています‥‥‥だから、みなさんが魔獣を殺さなくてはいけないことも‥‥‥」
マギは頭をかいて、大きく息を吐き出した。
「すまんな、話が中断した。続けてくれ」
キエリは、ゆっくり息をすい、吐いて、周りの刃先を向けるような視線に耐えながら、再び話始めた。
「‥‥それで、わたしがあの魔獣に使った魔法ですが‥‥」
「特殊な匂いを作るってやつか」
「はい、あれは、魔獣たちが暮らす世界には独特な匂いが漂っていて、それを魔法で作ったんです。人間にある感覚なのかわかりませんが、この魔法は強く故郷を思い出させて、魔獣に心の安心をもたらします」
「そんなものがあるのか‥‥というか、その匂いだけであいつらは落ち着くのか‥‥まぁ、実際にあんたはそれであの魔獣を落ち着かせたわけか」
「はい、それであの魔獣を森に誘導しました。あの森に仕掛けてある罠はわたしとゼノで研究、開発した魔法で、魔獣をもとの世界に戻すことができます」
「あんたたちはずっとあの森で魔獣を退治ではなく、元の世界に戻していたのか」
「そうです」
マギが顎髭をさすりうーむと考え込んだ後、膝をばんっとたたき、ぐんと顔を上げてまっすぐキエリを見た。
「おい娘さんよ」
「はっ、はい」
「悪いが俺たちは立場上、たとえあんたが危険じゃなくとも、『はい、そーですか』って帰すわけにはいかねぇんだ」
「魔獣に人間が苦しめられているのは事実、しかも、それが年々増えている。今までいろんな人間が魔獣について研究してきたが、まだまだ正直謎なことばかりだ。だが、話ができる魔獣がいれば、もしかしたら、魔獣の謎にせまるカギになるかもしれない」
「わたしが‥‥」
「娘さん、あんたには協力してもらう。あんたは望まないかもしれないが、それが俺らの仕事だ」
「わたしはそんなみなさんに役立つようなこと‥‥」
「その判断は俺たちがする」
「‥‥」
キエリは魔獣について確かに普通の人間よりも知っていることは多い。
それを人間に教えて研究が進めば、もし被害が抑えられるようなことになれば、それはキエリも喜ばしいことだとは思った。
しかし、マギが自分の身の安全といつ自分を解放してくれるのか明言はしてくれなかった。
キエリは、それがどうしようもなく不安に思えた。




