取り調べ
日が暮れ、キエリはフェリクスが言っていたようにルナに呼ばれた。
少し他の天幕と離れた小さな天幕でルナとソールとキエリが向かい合う形で椅子に座った。
ルナがキエリが緊張しないように優しく微笑みかける。
「キエリさんは怪我人の治療をしてくれたそうですね、しかも全員」
「わたしに今できることを探した結果です」
キエリは、ルナの優しさには気づかないほど緊張して、俯いてきゅっと両手で拳を作る。
ソールがにこやかに明るくキエリに話しかける。
「そんな固まらなくていいですよ、キエリさん。ちょっと質問したら終わりますから。それと、この会話は記録させていただきますね。決まりですので」
そのちょっとした質問が怖い、とキエリは心の中で思ったが、はいと答えて二人に向き直った。
ルナがキエリを気遣って、柔らかい声で質問する。
「まず、キエリさん。あなたは森に魔法使いのゼノ殿と二人で棲んでいんですね?」
「はい」
「そして、魔法使いのゼノ殿は、高度な魔法の技術を会得しており、森から発生する魔獣を、森中に特殊な魔法の罠をはることで食い止めていた」
「そうです」
「本日の朝に発生した魔獣は目撃情報からすると、村に突然現れたらしいのですが‥‥」
「魔獣を発見したときの、あなたの行動を教えてください」
(うまく隠さないといけないことは隠さないと、気を付けないと‥‥彼らは鋭い、特にソールさん‥‥)
キエリは、ルナに視線を合わせないもののしかっりとした口調で答える。
「村についたあと、魔獣の姿が見えて一旦物陰に隠れました。けれど、怪我に苦しむみんなをこれ以上みていられなくて、何とか魔獣を止められないかと思って、一人で魔獣に立ち向かいました」
「いやー、普通だったら恐怖に足がすくんでしまうのに、すごい勇気をお持ちなんですね」
ソールがキエリの行動にうなる。
声色から皮肉で言っているわけではないように聞こえる。
「魔法が多少は使えますし、魔獣は何度か森で見たことありましたから」
ルナは顔をしかめ、少し口調が強くなって、キエリに釘を刺す。
「とは言え、キエリさんが魔獣にしがみついたときは肝が冷えました。今後あのようなことはお控えください」
キエリはルナに咎められ、委縮する。
「す、みません‥‥」
ソールがあははと笑いながら手を横に振る。
「キエリさん、顔は怖いですが、ルナは心配してるだけですから」
「なっ、そんな怖い顔なんて‥‥し、してましたか?」
キエリは恐る恐るルナの顔を見ると、ルナは、さっきとはうってかわって、おろおろとしていた。
なんだか、それが可愛らしく思えて、キエリはふふっと笑った。
しかし、あっと思ったキエリがまた視線を二人からそらした。
ルナとソールが目をぱちくりさせていたが、ルナが咳払いして、質問を続ける。
「失礼しました。それでどうして魔獣にしがみついたりしたのですか?」
「わたしの魔法は直接触れないと使えないので」
「‥‥あなたはどのような魔法を魔獣にかけたのですか?」
(この質問‥‥慎重に答えないと‥‥)
キエリは、疑われないように先ほどと同じく淡々と答える。
「あれは、幻覚を見せる魔法です。それで一時的に魔獣の動きを止めました」
キエリがちらりと二人をみると、ソールがにこっと笑いかけていた。
「すごいじゃないですか! 治療だけじゃなくて、幻覚を見せることもできるなんて、やっぱりキエリさんも優秀な魔法使いですね!」
(よかった、信じてる‥‥)
キエリが心の中でほっとしていると、ソールがぐいっとキエリに寄ってきた。
「ね、それ俺にもかけてみてくださいよ! かかってみたい!」
「え!?」
なんということを言い出すのかと驚いて、キエリは思ったより大きい声がでてしまった。
一方ソールは、何に対する期待なのかわからないが、目が輝いている。
「一回かかってみたかったんですよ、やってみてくださいよ!」
キエリは、ソールの勢いにたじろぐ、ルナが止めてくれるかと思ったが、何故か止めようとしない。
(もしかして、疑われてる!? 本当は幻覚の魔法なんて使えない、なんとかして言い訳を‥‥)
キエリは、心臓がばくばくし、握りしめる手に汗をかいたが、なんとか冷静を装って、言い訳を探した。
「魔獣に‥‥かけるような魔法をソールさんにやるわけにはいきません」
キエリは、ソールの目をプレッシャーで見られない。
「そんなぁ、でも、キエリさんなら何かあっても治してくれるでしょう?」
ソールは相変わらず屈託のない笑顔を向ける。
「精神に異常をきたしたら、わたしでも治すことはできませんから、無理です‥‥」
それをきいて、やっと諦めたのかソールは後ろに下がった。
「そうですか、残念」
ルナが呆れた様子でソールを横目で見る。
「ソール、お前幻覚見てみたいなんて、どういう思考回路をしているんだ?」
「え? ルナはやってみたくないの? 面白そうじゃん、人生何でも経験ってマギも言ってた」
(普通に話してる‥‥疑われたなんて、考えすぎかな? ソールさんの考えてること、ずっとわからないし‥‥)
「それで、キエリさん、幻覚魔法であなたは魔獣を誘導したのですか?」
ルナから再び質問が続けられる。
「そうです。あのまま魔獣がいれば、村にもっと被害が出るかもしれませんでしたから、森に誘導すれば罠もありますし」
「そうですか‥‥その後は罠のある場所に向かって?」
「罠にかけて、魔獣を‥‥退治しました」
「なるほど」
ルナは、じっとキエリを見る。
精悍な彼女の顔はソールとはまた違う圧がある。
「罠‥‥というのは具体的にどういうものか教えていただきますか?」
「‥‥種類は複数ありますが、わたしが利用したのは、一定の範囲内に入った魔獣を炎の魔法で焼失させます」
「わぁ、すっご‥‥」
ソールから驚嘆の声がもれる。
ルナは少し考えるようにして、さらに質問を重ねた。
「跡形もなく、ですか?」
「‥‥そうです」
この質問の意図がわからなくて、少しキエリは固まった。
それにルナが気づいて付け加える。
「あぁ、魔獣は人に甚大な危害を加えますが、種類によっては、毛皮や皮から防寒具や防具が作れますし、研究の末、魔獣から薬の材料が取れることも判明しているので、少し残念に思えたんです」
ソールがうんうんと頷く。
「あぁ、確かに、あの魔獣はいい毛皮が取れそうだったしな。まぁ、魔獣の被害の方が大きいけど、役に立つこともあるんですよ」
「そう‥‥なんですか?」
キエリは、魔獣がそんな使われ方をされていたことに心底驚いた表情をする。
二人がキエリの反応に意外そうな顔をする。
「あれ? 魔法使いのゼノ殿なら知っていそうなものですが? 今まで、魔獣を全部丸焦げにしていたんですか?」
「‥‥はい‥‥」
キエリはこの時激しい波が押し寄せるような動揺に襲われていた。
ゼノは、なんにでも興味のある人だ。特に薬関係に。
そんな人が魔獣が薬の材料になることを知らないはずがなかった。
そして、魔法や魔獣に関する研究をキエリと一緒に今までやってきた。
知識はゼノとキエリがお互いに出し合って協力してきた。ゼノは魔獣が薬に使われることを全くキエリに話したことはなかった。
(偶然その話にならなかった? ううん、それはない、それにゼノはなんだって話してくれた。なんだか引っかかる。まさか、隠してた‥‥? でも、どうして?)
(それに、薬‥‥くすり? ころ‥‥されて、くすりにされる?)
キエリの思考がぐるぐる回り、黙りこくってしまった。
心配そうにソールが話しかける。
「キエリさん、顔が真っ青ですが大丈夫ですか?」
ソールに声をかけられて、キエリは我に返った。
顔を上げれば、心配そうにキエリを見つめるルナとソールの顔があった。
「あ‥‥すみません。大丈夫です。考え事をしてました‥‥」
「キエリさん、私たちからの質問は以上です。お疲れかと思いますので、天幕でお休みください」
ルナは、立ち上がり、キエリを気遣うように手を差しだした。
キエリもその手をとって、立ち上がる。
「ありがとうございます‥‥あの、いつになったら家に帰れますか?」
キエリは不安げにルナに尋ねた。ルナは申し訳なさそうに答える。
「またこれから会議を開きます。問題ないと思いますが、もうしばらく天幕でお待ちください」
「わかりました‥‥」
キエリは、眉をひそめて俯いた。




