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黒幻のリンクライン  作者: 水無雲夜斗
第三章 皇女来島編
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3-14 管制塔内の戦い(2)

 もうもうと立ち込める粉塵。

 会議室の中に入った瞬間、咳き込むほどのそれが襲ってきて、エファは思わず口元を腕で覆う。

 目の前にいるのはローブを羽織った二人と、彼らに捕らわれた共和国皇女(レイフィア)と帝国皇女(アイレミア)。

 その頭上――本来あるはずの天井に、大きな穴が空いている。


 察するに先程の衝撃音は爆発。彼らは12階の床――つまり11階の天井を爆破し、そのままこの階に落下してきて、混乱の中にいるSPを瞬時に撃破して両皇女を捕らえたのだろう。

 不可能ではないとはいえ、それなりの実力がなくてはできない芸当。現に、二人が放つ圧を肌で感じているエファは、それが自分より遥かに格上のものであるということを嫌でも感じさせられていた。


 「お喋りをしている場合ではないぞ、ゲルトン」


 諫(いさ)めるように発言したのは、フードを外して顔を露わにしたもう一人の襲撃者。

 それは女性だった。年齢は20代前半といったところだろうか。険のある目つきに短く雑に切り揃えたアッシュブロンドの髪。もう一人のゲルトンと呼ばれた男ほど見た目に風格はないが、圧は彼に並ぶほどある。

 相応の場数を踏んでいるのだろう。経験に満ち溢れた思慮深い瞳をしていて、この状況でも冷静さを保っているように感じる。

 注意を受けた男が彼女に向けて少し苦い顔をした。


 「少しくらいいいだろう、アール。真面目なことは君の長所だが、短所でもある。もう少し余裕を持て」

 「慢心は敗北を生む。子供だからと侮ってはいけない、ヤツらはこちらの報告にあった、今作戦における警戒対象(マークド)だ」

 「ほう、あの若さにしてか。もっとも、学生の身分でこの場に踏み入れることができている時点で、そういうことなのだろうな」


 襲撃者の二人が会話に興じている、その隙に。

 レンの足が少し動く。

 光月流の神髄である速度。それを以ってすれば、隙のある相手の意表を突くことなど容易い。そして、この場において人質であるレイフィアとアイレミアを取り戻すことができれば、形勢が一気に逆転する。

 回廊にいる二人の最強。それがこの会議室に突入してこない理由は、間違いなく護衛対象である両皇女が捕らわれているからに違いない。逆に、その二人さえ開放されれば、いかに襲撃者である二人が卓越した実力者であっても、最強の剣相手に敗北することは必至だ。

 狙うは奪還の一点。最速で懐に飛び込み、両皇女を救出する。


 その狙いは、襲撃者の二人が一瞬の内にレンに視線を向けたことで阻まれた。

 足が動く前に制止し、レンはぎりと奥歯を噛む。

 二人に油断はなく、慢心もない。そのことを思い知らされる。


 「一連の動作でわかる。素人ではないな、少年」


 男の方にそう問われ、レンは臨戦態勢を崩さないまま会話に応じる。


 「だったらどうするつもりだ」

 「君達の脅威度を修正しよう。決して慢心するつもりはない。姫君達を取り戻さんとするならば、この先は決死の覚悟で挑むがいい」


 状況は決して五分ではない。

 仮にレイフィアとアイレミアが敵の手に堕ちていなくとも、五人であの二人に挑んで勝てる見込みは薄い。対峙するだけでそう感じさせるの相手が、人質をその手にレン達の前に立ち塞がっている。

 高速の一手も失敗に終わった今、レン達が実力行使で襲撃者から二人を奪い去るのはほぼ不可能に近い。


 どうする、という視線がレンに集まる。

 直感ではあったが、五人の中で最もこういった状況への対応力が高いのはレンだということを他の四人は悟っている。そして、それは決して間違いではない。

 圧倒的不利なこの状況下にあって、レンの頭は努めて冷静に働いていた。


 「……まずは、貴方達が何者であるかを聞きたい」


 ほう、と興味深そうに男の方が眉を上げる。


 「いいだろう、我が名はゲルトン。ゲルトン マクミリアス。共和国政府反抗勢力『陽の出より顕れる支配(デイ・ブレイク)』の部隊長を務める者だ」

 「……帝国開放軍『黒の王冠(クラウン)』、ポーンの立場にある『アール(R)』だ」


 男と女がそれぞれ名乗りを上げる。

 素直に答えたのは驚きだが、それよりも彼らが所属する勢力がかなり不穏な名前であることにレンは警戒の色を濃くした。

 共和国政府反抗勢力に、帝国解放軍。どちらも非正規のものであることに疑いの余地はなく、また名前だけで国家に仇なす存在であることが窺える。つまり、彼らはテロリストということになる。


 「風の噂で聞いたことがあるのであります。共和国と帝国には、それぞれ現状を快く思わない人々がいて、それらが集まりテロリストとして活動しているのだと」


 小声でリオが全員にそれを伝える。

 するとセシルが怪訝な顔をした。


 「おかしな話ね。共和国と帝国の統治はうまくいっているという話は聞いているのだけれど」

 「表向きは、の話であります。裏では、共和国はとある人物のやり方に、帝国では皇帝と貴族勢力の贅沢三昧に反感を覚えている者も少なくないのでありますから」


 共和国出身のレンが思い詰めたような顔をして、帝国出身の二人は思い当たる節があるのか神妙な表情を浮かべる。


 「呆れた、どこの国でもそういう裏はあるものなのね」

 「それでも、テロなんてやり方は間違ってるでしょう」

 「果たしてそうかな?」


 小声で話していたつもりだったが、エファの言葉はゲルトンと名乗った男に聞こえていたようだ。

 彼は大して気にした様子もなく、さも当たり前であるかのように話す。


 「テロといえば聞こえは悪いが、だからといって待っていれば何かが変わるのか? 誰かがなんとかしてくれる、正しい方法で世界を変えてくれる。そう言い訳をして待ち望んでいることが正しいのか?」

 「それ、は……」

 「そう、断じて否だ。誰かが動かない限りは決して変わりはしないし、思考を放棄して待つことを選ぶことは悪であるとさえ言える」

 「だからといって、間違ったやり方を取る必要はないでしょう」

 「正道では時間がかかりすぎる。それでは、無駄な犠牲者を増やすだけだ。たとえ間違っていようとも、すぐに変える必要があるのだ」


 男の意志は固い。おそらく、アールと名乗った女性の方も同じようなものだろう。

 まだまだ精神的に幼いエファでは説得することができない。いや、仮に剣の極みに達し、確固たる精神を持つルミナスやアルヴィンであっても、この状況下で彼らを説き伏せることは不可能だっただろう。


 「……お前たちの言い分はよくわかった。それで、両殿下を捕らえてどうするつもりだ」


 静かにレンが問う。

 殺すのではなく捕らえたということは、彼らはレイフィアとアイレミアを人質に取ることで何かを成そうとしているということだ。

 そして、人質を取った上で相手が仕掛けてくる最も可能性の高い行動こそが、交渉である。


 「交渉が目的なら、まずはお前たちの話を聞く必要がある」

 「学生風情が交渉の仲介役を担うというのか。通常であれば鼻で笑うところだが、なるほど君はその手の事にも慣れているようだな」


 あえて沈黙するレン。

 もっとも、相手も返答を期待していたわけではない。ゲルトンは軽く息を吐いてから口を開いた。


 「なに、我々の要求は単純だ。しかしそれを叶えるのは他でもない、我々の手の内にいる両殿下だ」

 「なんだと?」

 「わからないか、君達が我らの目的を知る必要はないということだ」


 片腕でレイフィアを抱え、ゲルトンは上に向かって手を伸ばす。いや、天井に開いた12階へ続く穴に向けて何かを放り投げた。

 それは一本のロープだ。どうやら先端がアンカーになっているらしく、ゲルトンの手の内にある銃型の機器と繋がっている。勢いからして、投げたのではなく撃ったのか。それと同じ物をアールも手にしており、ゲルトンと同じタイミングで上階に向けて放っていた。

 瞬時に上階へと逃亡するのだと察したレン達は、その場から動こうとして一歩前に踏み出す。

 しかし、その足を止めたのは上階から下りてきた4人の武装兵達だった。

 ゲルトンやアールほどの力はない。おそらく、回廊で交戦していた連中と同程度の兵だろう。だが、その手には無線機がある。つまりは、ルミナス達と同じ状況に追いやられたのだ。


 「ではさらばだ、レアードの諸君。姫殿下との交渉が完了するまで、その場で大人しくしていてもらおうか」

 「……」


 ゲルトンとアールがそれぞれ機器のスイッチを押すと、アンカーが巻き取られてその身が上階へ吸い込まれていく。

 反射的に動こうとしたレンだったが、武装兵が無線機を口元へとやったことで動きを止める。


 「動くな。心配はいらない、交渉はすぐに終わるさ」

 「くっ――!」


 それでもレンは戦闘態勢を解くことがない。

 己の速さを以ってすれば、あるいは武装兵4人程度であれば一瞬の間に距離を詰め、5秒もあれば制圧ができるかもしれない。

 あるいは、ではない。この非常事態だ。この際手段を問わずに、いっそ彼らを――

 ざわりと黒い衝動がレンを飲み込もうとした時、リオが彼の半歩ほど前に身を乗り出す。


 「落ち着くのであります。貴方にしては冷静さを欠いた、らしくない行動でありますよ」


 牙を剥き出しにし、後先考えず目の前の標的に襲い掛かるような愚昧さ。

 常に合理的に思考し、最善を見つけ出して行動に移るレンにしては、確かにらしくない有り様だ。

 しばらく鞘を握りしめる手に力が籠ったままだったレンだが、やがて目を瞑るとふっと全身の力を抜いた。


 「すまない、確かに少し取り乱したようだ」


 レンの戦闘態勢が解けたことにより、その場の緊張感が一気に和らぐ。

 だが、それは膠着状態が訪れたことを意味する。二人の姫君を捕らわれているこの状況で、それはあまり歓迎したくないものだった。


 「それで、ここからどうするつもりよ」


 小声でエファが訊ねる。

 警戒をある程度解いたとはいえ、4人の武装兵は依然としてこちらに気を張り続けている。この状況下で現れたということは、それなりに経験も豊富なのだろう。

 彼我の距離は10メートル以上は離れている。これだけの距離があれば、彼らの集中が途切れる一瞬の隙を突くのも難しい。少なくとも、エファにはできる気がしなかった。そして実行しないということは、レンやリオとて同じはずだ。

 打開は困難。人質がいる以上、無謀に突っ込むわけにもいかない。


 「……機会を待つ」


 故にレンが導き出した結論は至って単純。というより、選択肢がそれしかない。

 もちろんそんな選択肢を選びたくないからこそ、エファは他の策がないかと訊ねたわけだが、そのくらいのことはレンとて重々承知だ。


 「無策というわけじゃない。必ず、その時は来る。それまではひたすら待つしかないだろうな」


 なんらかの確信がある瞳で、そう言い切るレン。

 無策ではない。だが、レンの言う機会とやらがいつやってくるのか。それまでに敵の思惑は成立するのか。

 一同の間に焦燥が募る。それをぐっと堪えて、ただひたすらにその時を待った。

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