3-15 管制塔内の戦い(3)
一時間。
手近なところに時計がない確認できないが、大体それぐらいの時間が経った。
この長い時間の中で変化は何一つない。依然としてレン達は敵を目前にして一歩も動けない状況にあり、音沙汰のないことから回廊にいたルミナス達5人も同様の状況であると推測できる。
エファとしてはレンやリオが敵の集中力が切れたところを突くのかとも考えたが、彼らは瞑目したままその場から微動だにしない。
気配から察するに、隙あらば斬り込む腹積もりでいることは間違いないとは思うが、敵がその隙を見せてくれないのだろう。二人が動けない以上、それ以下の戦力であるエファ達が動くこともできない。
どうしようもない膠着状態。レンはいずれ機会が巡ってくると言っていたが、今となってはそんなものが本当に来るのかも疑わしい。
焦燥が苛立ちとなってエファの精神を蝕む。――いいや、エファだけではない。隣にいるセシルも、どこか不快な表情を浮かべている。この状況に飽き飽きしているといったところだろうか。
その時、レンがゆっくりと目を開いた。
「みんな、状況が動いたらすかさず相手の懐に飛び込んでくれ。狙いは無線機で、制圧は迅速かつ隠密に。決して回廊に音が漏れるような攻撃はしないように」
え――、と声を出す暇もなかった。
12階へと続く天井の大穴から影が飛び降りてくると同時、レンは地を蹴っていた。
慌てて武装兵が無線機を口元へと運んだが、腕が胸のあたりまで上がったところで武装兵の後頭部を強い衝撃が襲った。上から落ちてきた何者かによる攻撃だ。
続いて声を出す暇もなく、その両脇にいた武装兵もそれぞれ何者かによって頭部に一撃を受けて意識を失う。
最後の一人が状況を把握する前に、既に肉薄していたレンが当て身を加えて気絶へと追いやった。
どさりと倒れる音がしなかったのは、武装兵が倒れる間際で、リオが魔術の鎖によってその身体を宙に繋ぎとめていたからだ。
「お見事です、レン様、リュドミール様」
意識を失った武装兵達の中心に立っていたのは、レンの傍付きメイド――エリアル ストラインだった。
なぜ彼女がこんなところにという疑問と、そういえば先程までエイゼル達に同行していたのにいつの間にかいなくなっていた、という思考がエファの中で被る。
その疑問を口に出す前に、レンがエリアの額に軽い手刀を落とした。
「遅い、それと一人撃ち漏らしているのは失点だ」
「うーん、それはレン様が速すぎただけだと思いますが。私一人でもあの程度の人数なら仕留めきれましたのに」
慣れたやりとりをする二人。他の者達にとっては、何がなにやらだ。咄嗟に反応することができたリオですら状況を掴みかねている。
なにはともあれ、これでレアード学園Bチームを拘束していた状況は打開できた。長らく繋ぎ止められていた足を動かし、エファ達がレンに歩み寄る。
「ちょっとレン、一体どうなってるのか説明してもらえる?」
「そうね、説明の義務があると思うわ」
エファとセシルがレンに迫る。
なにかと秘密が多く、質問してもはぐらかすことの多いレンだが、こればかりは答えざるを得ない。
「簡単に言うと、エリアには非常事態に備えて待機してもらっていたんだ。まさか本当に必要になるとは思わなかったけどな」
「皆さんが10階へと向かった後、しばらく11階にて状況を見ていたのですが、殿下が攫われた時点で行動を開始致しました。敵が12階に向かったので停止しているエレベーターではなく非常階段からの侵入を試みたのですが、防火扉によって封鎖されていたので別ルートを模索し、見つけたはいいのですがそれがエレベーターでして……」
「でも、エレベーターは使えないんじゃないの?」
「はい、ですのでドアを破壊し、身体一つで上りました」
無茶苦茶である。
確かに手段の一つとして使えないことはないだろうが、エレベーターのドアはそんなに簡単に壊れるものではない。
エファの力でも壊せないこともないが、ヒルデブランド流の力技で壊せば派手に音が立つ。いや、ヒルデブランド流でなくともドアを壊すとなると基本的に力技になって音が立つはずだが、そんな音は聞こえてこなかった。彼女は一体どうやって破壊したというのだろうか。
「なにはともあれ12階に上るのに30分ほど時間を要し、そのあと上階の武装兵数人を無力化するのにさらに時間がかかり、こんな時間になってしまったというわけです」
「上にも敵がいたっていうの?」
「ええ、十数人ほど」
さらりととんでもないことを言ってのけるエリア。
遠目に見ていた限りでは、回廊でルミナスやアルヴィンと戦っていた武装兵は全員それなりに訓練を受けていた様子だったし、先程までエファ達の前にいた者達も同様だ。仮にエファが正面からぶつかったとして、ギリギリ一人倒せる程度といったところだろうか。
それを十数人ほどというのは、それなりに常外の話である。
若干エファが引いたが、エリアは気にした様子もなく話を先に進める。
「ではこの先はどのようにいたしますか、レン様?」
「そうだな、もちろん両殿下の救出を行うわけだが、時間はかけていられない。少数精鋭で行くべきだろう」
「具体的には?」
「俺、エリア、リオの三人で上に行く」
この言葉に、名前を呼ばれなかった三人が激しく反応する。中でも一番感情を剥き出しにしたのはエファだ。
「どういうことよ! どうして三人で行くの!?」
声を荒げ、回廊に聞こえかねない声量で叫ぶ。
まだ冷静だったセシルとケイスが落ち着けと声を掛けるが、彼女はそれでも止まらない。
「私達が足手纏いだって言いたいの、レン?」
怒りを露わにしてレンをキツく睨むエファ。だが、それでもレンの態度が崩れることはない。
彼は至って冷静に、いつも通りに判断し、言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだ」
激昂したエファが、レンの頬目掛けて左手を振るう。
それをレンは回避しようとも、防御しようともしなかった。だが、代わりにエリアが手首を掴んでそれを止める。
「私の目の前で、レン様を傷つけることは許しません」
「なによ、それ」
強引にその手を振りほどいて、エファは一歩後ろに下がる。
「大体、どうして貴女も行くのよ。A組でもなければ戦闘特化のD組でもない。総合成績だって確か24位だったはずじゃない」
「成績イコール実力ではない。それはエファ様もご存知のはずですか?」
それに、とエリアは手を上に挙げる。
彼女の手首にあったブレスレットが光り、何もない空間から巨大な大鎌が出現する。どうやら、ブレスレットにはホルダー魔石が仕込まれていたらしい。
問題はそこではない。現れた大鎌を手に取ると、くるくると器用に回して後ろ手に構える。
単純に視覚だけで捕らえるのならば、身の丈に合わない鎌を持った異様な少女だ。しかし、エファが鍛え上げてきたあらゆる感覚が、その異常さを嫌というほど痛感させてくる。
普通ではない。隠すことを辞めた彼女の圧は、一ヵ月前に戦った《炎獣》グリッド・A・ネームレスと同等か、それ以上。
そもそもおかしいとは思っていた。コミカルな展開のせいで気にすることはなかったが、エリアはいつも突然傍に現れ、エファ達を驚かせていた。だが、エファとて気配を読む術くらいは身に付けている。10メートル以上離れた状態で気配を隠されては気付くこともできないが、よほど隠形の達人でもない限りは、彼女がいつも気配もなく現れる5メートル以内まで接近されれば普通は気付く。
また、彼女の身体能力。やはり彼女の雰囲気で今まで誤魔化されていたが、レイフィアが来島した際に全速力で逃げたシンを捕らえたり、先程は不意打ちとはいえ武装兵三人を一瞬で無力化させたりと、その動きはおおよそ常人のものではない。
「こう見えても、共和国でA級指定戦力の資格を持っております。レン様やリュドミール様の足を引っ張ることはありませんわ」
足を引っ張るどころか、あるいはこの場にいる誰よりも強いのではないか。
確かに、戦力としては申し分ないほどの実力者であるらしい。だが、それでも――
「私だって、足は引っ張らない」
ぐっと拳を握りしめ、エファは強い目でレンを見る。
「だからお願い、私も連れていって」
実力が認められないのが悔しいというのはある。皇女の護衛任務を請け負っておきながら、まんまと敵に出し抜かれたことに対する負い目も理由の一つだ。
そして一番の理由は、レンがエファの仲間であるからだ。少なくともエファはそう思っているし、レンとてそう考えてくれていると信じている。
だからこそ背中を合わせて戦いたい。決して足手纏いなどではないと認めてほしい。
「ダメだ、キミは連れていけない」
そんな彼女の切望を、レンは逡巡の間もなく切り捨てる。
「ニュービーキラー事件の時は、巻き込まれただけだった。ネームレス襲撃事件では、戦力として申し分なかった。だが、今回はレベルが違う」
「相手がいくら強くたって、私は――」
「二つの国の、国家級重要人物の命がかかっているんだ」
エファの言葉を遮り、レンが強く言う。
「一歩でも間違えれば、決して失われてはいけない命が失われてしまう。それだけは、絶対に避けなければいけないんだ」
だからキミは連れていけない、と。そう言われてしまっては、エファも何も言い返すことができない。
自分の命を懸けることは簡単だ。二ヵ月前のリーナとの戦いも、一ヵ月前のグリッドとの戦いも、負けて失われるのはせいぜい命を含めた自分の所有物くらいのものだった。
だが、今回は違う。敗北の先にあるのは共和国と帝国の皇女の命という、失うにはあまりに大きすぎるものだ。
皇女達を捕らえた二人は、かなりの使い手だ。エファ一人ではもちろん、レンやリオと力を合わせても届くかどうかわからない。そんな相手に、自分の力が十全に通じるなどとはエファも思っていない。そして、そんな相手より上を行くことができるとは到底思えない。
「……反論は、ないみたいですね」
押し黙るエファを見て、エリアがそう結論を出す。
踵を返して12階へと続く天井の大穴の真下に立つと、懐から拳銃を三つ取り出す。形状を見るに、先程ゲルトンとアールが使ったのと同じものだ。察するに、敵から奪い取ったのだろう。それをレンとリオに投げ渡し、二人が受け取ったことを確認すると、銃口を上に向ける。
「それでは、行って参ります」
パシュ、と小さな発砲音と共にアンカーが射出され、天井に突き刺さる。それを確認した後にトリガーを引くと、エリアの身体が持ち上げられてゆき、12階へと消えていく。
続いてレンも大穴の下に立って、エリアと同じ動作で12階へと上る。
最後に残ったリオも、同じように12階へと向かおうとするが、その途中で足を止めた。
「レンの言ったことは、間違っていないのであります」
「……」
それはエファにだって理解できることだ。だからこそ何も言い返せずに閉口したのだから。
だが、リオはそれを踏まえた上でこう続ける。
「ですが、決定した未来などないのであります。足手纏いになるかどうかは、貴女達次第」
「……え?」
「待っているのでありますよ、私達はチームでありますから」
それだけ言い残して、リオの姿も12階へと吸い込まれていく。
後の三人の間に妙な沈黙が生まれ、静寂が場を支配する。
ただ三人の視線が、レン達が向かった12階へと続く穴に吸い込まれ、届きそうで届かないその場所に手を伸ばす代わりに、エファはきつく拳を握り締めた。




