3-12 一方的な会議
今回のメインイベントである二大国間会議は、管制塔10階にある大会議室にて執り行われる。
共和国代表――レイフィア エルハルト。
帝国代表――アイレミア・フォン・クリミアレイス。
両名の入島から三日。ついにその日がやってきた。
生憎の雨ではあったが、会議は室内で行われるものであるため問題はない。厳重な警備が布かれたその階に、二人の可憐な皇女が現れる。
両開きの扉を開いて、おおよそ二人で使うには広すぎる会議室に皇女達が入室する。
その傍らには共和国最強の剣士――アルヴィン サイクスと、帝国最強の剣士――ルミナス・ヒルデブランドが控えている。
U字型の長テーブルに、両皇女が向き合って座る。
それだけでも緊張感がある光景だったが、何よりも張り詰めているのは警備だといえる。
建物内だというのに、会議室のある10階だけでも二十名近い人員が配備されており、管制塔全体ではその数倍の人数が目を光らせている。蟻一匹通さないとはまさにこのことだろう。
会議室は2フロアを抜いた造りになっており、管制塔11階からは窓越しに広いその部屋を見下ろすことのできる部屋がある。
レン達がひとまず配備されたのはその部屋だ。彼がガラス越しに会議室を見下ろしていると、ちょうど対面にいたレイフィアと視線が合い、にこりと笑って手を振られたので、苦笑しつつ軽く手を振り返す。
なんとも緊張感のないやりとりだったが、それでもなおぴりぴりとした雰囲気が弱まることはなかった。
表情自体は柔らかいものの、二人の少女が放つ雰囲気は並大抵のものではない。普段から高貴な気配を持つ二人だが、今はそれ以上に存在を遠くに感じる何かで包まれているかのようだ。
この会議の議題は、ニュービキラー事件によって成立しかけているサイクス、ヒルデブランド両家の関係性。ひいてはそれに牽引される形で成ろうとしている共和国と帝国の協定の取り決めだ。
まだ自分が当事者であるという実感は持てないレンだったが、こうして二大国の皇女が対面する光景を見ていると、嫌でも大事にしてしまったという現実を思い知らされてしまう。
自身の判断を安易なものだったとは思わない。あの夜の誓いがあったからこそエファはこうして横にいるし、今の自分がある。
とはいえ、自分の尻拭いを父に――いや、自分よりも年下のレイフィアにさせるというのは少し心苦しい。
「でも、本当に不思議な光景ね」
レンの隣で同じように会議室を見下ろしていたセシルが、怪訝な顔をしてそう零す。
「この会議は二大国の代表が執り行うもので、ある種において両国の命運を決めるものでしょう。それを皇女とはいえ、まだ十代の二人が代表としてあそこに座っているなんて」
それはもっともな話だ。通常であれば、こういう会議は大人が出てきて難しい言葉を織り交ぜつつ行われるもの。まだ精神的に未成熟な子供に任せていいものなどでは決してない。よって事情を知らないエファ達は、皇女がその場にいるのはあくまで体裁上の都合で、実際に会議を行うのはルミナスとアルヴィンの二人であると考えていた。
だが、会場の様子を見る限り、どう見ても話し合いをするのは二人の皇女といった雰囲気だ。
「まぁ、見ていればわかるさ」
事情をある程度知っているレンは、言葉を濁して窓から視線を外す。
それよりも気にするべきは警備の任務についてだ。
レアード学園からこの警備の任に就いているのは8人。それだけの人数が一所に固まるというのも無駄の多い話なので、二つのグループに分かれている。
まずはエイゼル、アーク、ミィンの三人で構成されたAグループ。そしてレン、エファ、セシル、ケイス、リオの五人で構成されたBグループだ。
Bグループは11階、会議室の右翼にある待機室に集まっている。とはいえ、この部屋が彼らの担当というわけではない。
「さて、俺達が請け負った任務は遊撃だ。フロアを巡回しつつ、不審人物や不審物を見かけたら報告――場合によっては対処しなければならない」
「敵のスパイを探し出したり、爆発物を解除したりすんだな。小説の主人公になったみてーで燃えてきたぜ!」
「現実は物語の中みたいにうまくいかないことだってあるからな、ケイス。それでも失敗は許されない、気を引き締めてくれ」
「へーい、めんどくせぇけど了解しましたよ」
気のないケイスの返事と共に、レン達は行動を開始する。
今回の会議の間、管制塔全階に警備の目があるわけだが、最も重要なのは会議の行われている10階で、次点で9階、11階となる。つまりは10階周辺だ。
この三フロアは特に警備が厳重なのだが、念には念をということで巡回警備員としてレアード学園の部隊が採用された。よって、レン達は会議の間その範囲を見て回ることになる。
まずは今いる11階。ここは管制塔10階にある大会議室が使用される際に、その様子を見るために設けられたフロアで、主に会議には参加しないがその関係者が利用することが多い。よって、簡素な休憩室や待機室といった設備で構成されている。
吹き抜けになっている会議室を一周ぐるりと囲うようにして存在する回廊に出て、レン達はひとまず各部屋を回ることにする。
部屋が建物の中央付近に固まっていて、その周囲に回廊が存在する造りになっているため、スペースの都合上部屋数6つとはそう多くはない。レン達がスタートした待機室を除いてあと五つ、見て回るのにそう時間はかからない。
時計回りに周回することにしたレン達は、隣の部屋をノックした後に入る。
ここにもやはり警備員が3人ほどいるが、特に異常はない。二言三言交わした後に、その場を任せて後にする。
そんなことを繰り返すうちに、11階の巡回は10分程度で終わってしまった。
最後の部屋の中で集まった五人は、二人いた警備員の邪魔にならないよう端の方で話をまとめることにする。
「あっという間じゃねーか。なんにもねーし、つまんねーよ」
「そうね。警備も厳重だし、私達が必要ないんじゃないかってくらい。アクシデントの一つや二つ、期待してたけど拍子抜けね」
つまらなそうにぼやくケイスとセシル。
物語の中では護衛任務というものは緊張感があって読者を愉しませるものかもしれないが、現実ではかなり地味なものだ。リオは軍属であるから慣れているだろうし、レンやエファもこういう地味なものは不得意ではないため文句が出てくることはないが、そうでない者にとっては少し辛いものかもしれない。
「そもそも、事件なんて起こるのかよ。こんだけ警備が厳重なら、俺らの出番なんてねーんじゃねぇの?」
それはごもっともだ。仮に敵がいたとして、侵入してくるのであれば間違いなく一階からということになる。つまり、実際に会議が行われているこの階層は、実質的に最終防衛ラインといってしまっても過言ではないだろう。
もちろん、敵が既に内部に侵入している可能性も捨てきれない。だが、その可能性はもちろん警備の全員が考慮していることで、敵が行動を起こそうにも迂闊には動けないはずだ。
「まぁ、それでも警戒するに越したことはないさ。俺達がこうして動いていることで敵が動けないのかもしれないし、万が一が起こるよりはずっとましさ」
というよりも、護衛任務などというものはそれがメインだ。
何かが起きればもちろん対処するが、何事も起きないのに越したことはない。こちらの戦力を見て相手が諦めるというのであれば、それで護衛任務は達成したようなものだ。
「そんなもんですかね」
両手を頭の後ろで組み、つまらなそうにケイスはそっぽを向く。その視線の先は偶然会議室の方に向いていて、何かに興味を惹かれたのか彼は窓の方へと歩を進めた。
つられるように全員もそちらに移動すると、既に会議が始まっており、レイフィアとアイレミアが向かい合って口論を交わしているようだった。
「では、共和国の意向としては受け入れる気はない、と?」
「残念ながら、共和国は現在非常に不安定な状況にあります。その上で新たな問題を抱え込むというわけにはまいりません」
「しかし共和国が帝国への協力を拒否するのであれば、世界大戦の可能性が浮上します。見せかけだけでも、私達が協力体制にあることをアピールしておくべきでは?」
どうやら、話はアイレミアがレイフィアを説得する形に移っているらしい。
ニュービーキラー事件において、帝国貴族の関係者であるリーナ・エニスタは他国の貴族を傷つけてしまった。もちろん、自国の貴族を傷つけられたとあって、黙っている国などいない。一応は問題を起こしたヒルデブランド家と、レンが巻き込んだ共和国貴族であるサイクス家が賠償を支払ったが、その火種はまだ燻り続けている。
というのも、現在において世界情勢は非常に不安定であるからだ。
百年前の魔石革命によって人類の文明レベルが著しく向上し、六大国はここ数十年で飛躍的に国力を安定させた。それはもちろん軍備とて例外ではなく、魔力学によって発展した様々な兵器を所有し、各国家は戦争に備えて様々な準備をしている。
しかし、魔石革命が起きて以来、国家間での戦争は一度も発生していない。つまり、どの国家も戦力を持て余している状態にあるのだ。
とはいえ、軍事力を持て余しているからなどという理由で戦争を起こすわけにもいかない。そんなことをすれば他の全ての国家から狙い撃ちにされ、袋叩きに遭うからだ。それに国家の都合で戦争を引き起こしては、国民からの反感も買いかねない。
実質にらみ合いの状況の中で国家が求めているのは、戦争を起こせる大義名分だ。
その点において、ニュービーキラー事件はかなり都合のいい火種となった。なんといっても先に仕掛けてきたのは帝国で、しかも被害に遭ったのはシーベルト王国、リリエイツ公国、モルティー連邦の三国。確実に帝国を潰すために共闘する口実までできたときている。
これほどまでに開戦するにあたって都合のいい話はそうない。それを防ぐために、レンは少しでも戦力を拮抗させ三国に戦争を思い留めさせるために帝国と共和国の繋がりを作ったわけだが。
「どういうこと、共和国は世界の情勢が崩れることを黙認するっていうの?」
☆エファが疑問を挟む。
無論、共和国が帝国の味方ということはない。帝国との関係は良くもなく悪くもないというのが実情で、他国と同じく軍事力を持て余している共和国としては、むしろ開戦の口実さえあればいつ戦争に発展させてもおかしくはない。
だからといって世界大戦を好んで起こしたいというわけでもない。
要は共和国は自国が一番得をする道を取りたいのだ。自らの力で帝国を潰して接収できるのなら良しだが、他国に帝国の力を取り込まれてはその後の展開が自然と不利になる。故に口実さえあれば帝国との同盟はありえなくはない話で、その口実にしても今現在両国の貴族が--暫定的にではあるが--婚約関係にあるというものが目の前にある。
この話を蹴るというのは、逆に不自然な気もするが。
エファの問いに答えを出せず、全員は再び会議室の方に意識を向ける。
「ごもっともな意見ではありますが、此度の問題は帝国が引き起こしたもの。暫定的に我々が同盟関係にあるとはいえ、何の見返りもなく貴国に力をお貸しすることは、おかしな話ではないでしょうか?」
「それは――」
アイレミアが言葉に詰まる。
おおよそレイフィアが言い分は正しい。国家間の問題である以上、他国が起こした問題に無償で手を貸すなどということはありえない。
「ですが、仮に帝国が戦争で敗北した場合、困るのは共和国も同じことではなくて?」
「その通りです。しかし、共和国とて慈善団体ではありません。貴国に手を貸す以上、何らかの見返りがなければ納得しない国民もいます」
「私達が協定を結ぶことで戦争が回避できる。それ以上に大きな見返りでもあると?」
「単純に、釣り合っていないのですよ」
急に論点が変わったことで、アイレミアが怪訝な顔をする。
「釣り合っていない、とは?」
「帝国のヒルデブランド家のご息女、エファ・ヒルデブランドさん。確かに剣の才に満ち溢れた素晴らしい逸材ですが、我が国のレン サイクスとは釣り合いが取れません」
自分達が話題の中心に立ったことで、レンとエファは少し驚いたような顔をする。
ただしレンのそれは、次の瞬間には苦いものに変わっていた。
「まさか、フィアの奴……」
「え、何?」
ぽつりと零したレンの呟きを隣にいたエファがなんとか拾ったが、それに答える前に会議室での口論が再開される。
「レン サイクスは現在――ここ、リンクライン島にて様々な事件を解決しております。それは、彼が今のエファ・ヒルデブランドさんとは比較にならないほどの力を持つが故」
「……何が、言いたいのでしょう?」
「今回の協定は、レン サイクスとエファ・ヒルデブランドあって成り立つもの。二人は両国を繋ぐパイプになると同時に、両国の共有財産になるといっても過言ではありません」
これも決して間違いではない。婚約関係である以上、エファに何かがあった時はたとえ帝国の問題であろうとレンはそれを助けるし、その逆もまた然りだ。そして、ヒルデブランド家が帝国において重要な貴族である以上、帝国の問題はヒルデブランドの問題にも繋がる。
実質的に、レンは共和国の人間であると同時に、帝国の人間でもあるといえる。
それはエファもまた同様で、この協定によってレンとエファが両国が保有する権利を得たという話は何も飛躍した話ではない。
「そうであるならば、レン サイクスとエファ・ヒルデブランドの両名は国家間でトレードが成り立ったようなもの。このトレードによってより大きな利益を得たのは、間違いなく強い力を持つレン サイクスを手に入れた帝国の側ではありませんか?」
少し強引な話の運び方ではあったが、レイフィアの言い分に間違いは何もなかった。
アイレミアもこれに反論はない。というより、それが事実であり否定することはできない。無理に否定してこの話を強引に進めようものなら、共和国民から何らかの不満が出て国家間の関係が悪化する可能性すらある。
「……では、貴国は帝国と協定を結ばないと?」
「そうは言っておりません」
言い返す言葉が思いつかず苦い顔をして訊ねたアイレミアに、レイフィアは呆気なくそう返す。
「相応の対価を。共和国が求めているのはその一つです」
「……いいでしょう。して、共和国は対価として何を望むのですの?」
「そうですね、今回の一件はヒルデブランドが引き起こしたもの。であれば、その責任を負うのもヒルデブランドが妥当。そこで一つ提案ですが、ヒルデブランド家を共和国貴族として迎え入れるというのはどうでしょう?」
その話を聞いていた全員が息を詰まらせた。
あまりにも突拍子のない提案だ。そんなものが通るはずもない。
激昂したアイレミアが、机を叩いて立ち上がる。
「戯れ言を吐くのはやめてくださいまし。そんなものが認められるわけがないでしょう」
「あら、戯れ言ではございませんよ。我々共和国が帝国に他の対価――たとえば物資資源などを求めれば、当然帝国民に反感を買うでしょう。『どうして一貴族が起こした事件のせいで、国民の財を差し出さなければならないのか』と。そして、その怒りの矛先はやがて事件を起こした当事者であるヒルデブランドに向く。そうなれば、帝国内でのヒルデブランド家の立場は危ういものとなる。であれば、ヒルデブランド家を対価そのものとして、共和国に籍を移してしまえば、ヒルデブランドの立場を保ちつつ、円満に事を収めることができる」
前者を取るならヒルデブランドは帝国内での失墜を免れない。だが、後者であるなら責任を取るのはあくまでヒルデブランド家であり、国民ではない。
「ですが、ヒルデブランドという力を帝国が失うことは大きな損失ですわ!」
「失うわけではありません。この協定によってサイクス家とヒルデブランド家は共和国と帝国の共有財産となる。もちろん、大事がない限りはヒルデブランド家が共和国に移ってもらう必要はありませんし、これまで通り帝国の業務を行ってもらって構いません」
レイフィアの言い分を纏めると、ヒルデブランド家は帝国の対価として共和国に名を移すだけで、活動自体はこれまでと何ら変わることなく帝国で行うことができるというものだ。
一見すると帝国にはほぼデメリットのない話のように思えるが、実際の所はそう単純な事ではない。
協定を結んでいる間は確かにヒルデブランドは帝国で活動を続けることができるだろう。だが、いざ共和国と帝国の間に何らかの亀裂が入り、協定が反故とされた場合、ヒルデブランドは即時共和国の戦力として加わることになる。共和国に籍を置くということはそういうことだ。
どちらにせよ共和国は対価がなければ納得できない。ならば、手頃なもので妥協しようと、そうレイフィアは提案している。
しかし共和国にヒルデブランドの名を渡すということは、有事の際にはヒルデブランドは帝国よりも共和国を優先して動かなければならないということになる。
「ひどいわね」
「ああ、帝国側はボッコボコじゃねぇか」
待機室からその話を聞いていたセシルとケイスが、顔を曇らせつつそう呻く。
そしてエファはガラスに拳を叩きつけ、ぎりと奥歯を強く噛みしめた。
「馬鹿げてる。こんな、こんなのが共和国のやり方だっていうの?」
「いいえ、レイフィア殿下のやり方ですわ」
エファの言葉の途中で部屋に入ってきたのは、レン達と同じように巡回任務にあたっていたエイゼル、アーク、ミィンと、何故かそれに付き添うエリアだった。
「御機嫌よう、皆さま。両殿下の護衛という大任、お勤め御苦労様でございます」
「……なんでお前がここにいる?」
「あら嫌ですわレン様、貴方様がおられる場所にいるのが私の務め。何ら不思議なことはございません」
明らかに煙に撒くような物言い。大体の理由は察しているし、面倒なので追及するような真似もしない。
それよりも、エファが気になっている話をすべきだろう。
「レイフィア殿下のやり方って、どういう意味なの」
頭に血が上っているのか、険のある語調。それに全くひるんだ様子もなくエリアは答える。
「言葉通りの意味ですわ、エファ様。レイフィア殿下はああいったお方。今見てもらったものが全てです」
「それじゃあ、共和国はあんなやり方を認めるような卑劣な国家だと?」
「イエスと答えることもできますし、ノーと答えることもできます」
曖昧な物言いに、エファは怪訝な顔をした。
構わずエリアは続ける。
「皆さんは『冷愛皇女』という二つ名を耳にしたことはございますか?」
その単語を聞いて反応を見せたのはレン、エイゼルの二名のみ。その他は難しい顔をしている。
知らないことは確かなのだが、最近どこかで聞いたことがある。そんな反応だ。そして、それを証明するようにリオが顎に手を当てながら口を開く。
「確か、最初にレイフィア殿下とアイレミア殿下が対面された時、アイレミア殿下がレイフィア殿下のことをそう呼んでいたのであります」
「よく憶えておいでですね、その通りでございます。諜報機関を利用する国家の高い身分の方などは知ることでしょう。その名こそ、レイフィア殿下の裏の顔につけられた二つ名です」
なんとも不穏な話に、全員の眉が歪む。
出会いから日も浅く、なかなか掴めない少女ではあったが、レイフィアは年相応の無邪気さを持つ、少し理知的なただの女の子というのが全員の共通認識だった。
それを真っ向から否定する、彼女の裏の顔。
「レイフィア殿下は、あのお歳で国政に関与されておられます。それこそ、帝国のアイレミア殿下と同じように――いいえ、それ以上ですわね。なんといっても今の共和国の繁栄はあの方あってのものです」
「なんじゃそりゃあ」
「帝国のアイレミア殿下もレイフィア殿下と同じく国の政務に関わっていらしいですが、それでも皇帝陛下に大部分への関与を禁じられておられると伺っています。対しレイフィア殿下は、共和国の大半の政務を担っておいでです」
信じられないといったように顔を歪めたケイスの表情が、さらに歪む。
弱冠17歳にして政務を行っているというアイレミアも十分だが、それよりも年下である15歳のレイフィアがそれを行っている――いや、それ以上のことを行っているという話を信じろというのは、些か常識に欠ける。
ただ、この場の状況を踏まえれば説得力はある。会議室で続けられている議論は、圧倒的にレイフィアの優勢だ。もちろん帝国が不利条件の下に今回の会議に挑んているということもあるが、その弱い部分を的確に射貫く技術は一流の政治家に匹敵する。
「アイラ殿下もこの手の交渉事は不得意というわけではないわ。それを圧倒的に押しているというのはすさまじいことだとは思うけれど……」
「それでも、俄には納得できないのであります。あのようなやり方を使うような方が、国を繁栄に導くなど」
エファが顎に手を当てて考えるように言って、リオがそれを補足する。
はっきり言ってしまえば、レイフィアのやり方は邪道だ。他者の弱みに付け込んで財を奪い、自分の利益とする。世間一般から見れば汚いやり口だと罵られても無理はない。
そんなやり方をしていれば、いくら繁栄の方向へと持っていっても国民から少なからず反感も出るはず。その疑問は最もだったが、それに対する答えも当然のように用意されていた。
「レイフィア殿下の行為は、全ての国民に伏せられております。よって、彼女の非道を知っているのはごく一部の人間だけということになりますね」
「伏せられている? そんなことが可能なのでありますか?」
「それはもう。レイフィア殿下は表では天使のようなお方です。国民からの信頼が厚く、その愛嬌の良さから国の至宝とまで呼ばれる存在ですから」
この島に来てからのレイフィアの印象は曖昧なもので、はっきりとしたことは言えないが、エファ達が彼女に抱くイメージは、どちらかというと今エリアが述べたものに近い。
レンに無邪気に甘える姿が特に印象的で、それは年相応の少女のように見えた。また、好奇心旺盛でいたずら好きなトコロも、多少やりすぎな気もするが愛嬌があると言えるだろう。
とはいえ、そこまで国民からの信頼が厚いというイメージはないが。
「猫を被ってるってことかしら?」
「お前って結構容赦ねぇよな、セシル……」
ずばりと斬り込んだセシルの発言に、ツッコミを入れるケイス。その言葉に苦笑を返した共和国組の反応を見るに、間違いではないのだろう。
「まぁ、そういうわけでフィアの国内での人気はすこぶる高い。アイレミア殿下がご存知であるように、他国でフィアのやり方を知っている者もいるけど、仮にフィアが不利になるように情報操作をしたところで無意味だろうな」
「どういうこと?」
「情報操作でできるのは、せいぜい噂話程度だ。その程度じゃ、国民の心は揺らがないってことさ。悪い噂話を聞いたところで『優しいあの子がそんなことをするわけがない』って反応が返ってくるだけだろうな」
つまり、それほどまでに印象操作が完璧に行われているということだろう。
それもあるし、レイフィアの年齢で政務をしているという話が出たところで与太話と笑われるのがオチだ。アイレミアという実例がいるものの、十代で政務を行うなどという話は現実的ではない。
「でも、フィアは悪人というわけじゃない。彼女の国民に対する愛は本物だ。だからこそ彼女は国のために尽くし、それが伝わっているからこそまた国民から愛される」
「あんなひどいやり方をしているのに、国民を愛してるって、随分歪んでるわね」
「そうでもないさ。歪んでいるという点は否定しきれないが、彼女の行動原理は全て国とそこに住む人々のためだからな」
エファの呟きに、レンが即座に返す。その様子は、まるでレイフィアを擁護しているようにも見えた。
「フィアは、国を愛しているが故に国のために尽くす。国が繁栄するのであればあらゆる手を行使する。たとえそれが誰かを苦しめることになろうとも、切り捨てる。大きな愛を持ちながらも、冷たい心を持っている」
「故にこそ、レイフィア殿下につけられた名が『冷愛皇女』。もちろん、この名を知るのも一部の人間のみです」
レンの話を、エリアが綺麗に締め括る。
こんな話を部外者であるエファ達が聞いてしまっても良かったのだろうかと心配になるが、それもバレてしまっても問題ないという絶対的な自信からだろう。
共和国の、ではない。レイフィア エルハルトという一人の少女の実力がそれほどまでに高いが故に、ここで数人に話が渡った程度で彼女の圧倒的な地位は揺るがないのだ。
「まぁ、ここであーだこーだ言ったところで我々にできることは何もありませんよ」
ぱんぱんと手を叩き、エイゼルが全員の意識を集中させる。
「それよりも護衛任務についてです。先程、こちらにも情報が回ってきましたよ」
そう、あくまでもレン達の任務は護衛。会議の行く末を見届けるのでも、変えるのでもない。歯痒いが、それでも自分に与えられた役目をこなさなければならない。
心が乱れていたエファだったが、すぐにそれを整える。それを察知してか、エイゼルが微笑んで後ろにいたミィンを促した。それを受けて、彼女が一歩前に出る。
「リンクライン島の現在の状況について報告させてもらうよ。現在、リンクライン島ではバウンサーズギルド協会の下、大規模な掃討作戦が行われている」
「掃討作戦って……」
「予想の通りだよ、エファ君。先日キミ達が交戦した謎の人物達、その仲間が多くこの島に潜入していてね。おそらくだが、共和国と帝国の反抗組織なのではないかと睨んでいる」
おそらく、ということは敵も尻尾を見せてはいないということだ。
「ここ管制塔付近で行われた戦闘は、一昨日キミ達が行った正面玄関でのもののみ。他はここからあまり近くないが、両殿下が島内を視察に回った時には少しだけ派手な衝突もあった。もちろん、事無きを得たけどね」
まさに水面下の戦いというわけだ。表沙汰になることがなかったのでその情報の伝わっていなかったエファ達はイマイチ緊張感を持つことができなかったが、そういう話であればここ管制塔の警備が厳重なことにも頷ける。
「掃討作戦はうまくいっていて、敵は逃げの一手。今はここ管制塔から離れた場所に交戦領域が移っている。彼らが会議中に手を出すことは不可能だろうね」
「なんだよ、じゃあ俺らの出番はないってことか?」
「表面上だけを見れば、そうなるね」
一抹の不安を臭わせて、ミィンは重苦しい口調で言った。
「確かに、見えてる敵の手は遠ざかっている。だけど、あまりにも露骨だね」
「ああ、リンクライン島のバウンサーは優秀な使い手が多く、それ故に敵が押されているというのは納得ができる。だが、問題はそのバウンサーの戦闘域が移動しているということだ」
ミィンの言葉に、アークが付け加える。
それの何が問題なんだ、と首を捻っているケイスとは対称に、勘のいいエファやリオははっと気付く。
「戦闘域が管制塔から離れているということは――」
「それ自体が、ヤツらの目的なのでありますか?」
「大当たり、十中八九ヤツらの目的は優秀なバウンサー達を目的地から遠ざけることさ」
人差し指を立ててウィンクをし、正解者を讃えるミィン。
随分と呑気な仕草だが、それが本当だとすれば状況はよくない。
「それじゃあ、本命は――」
ドォン! と。
エファが言いかけたところで、管制塔が大きく揺れた。
派手な爆発音が下から振動と共に伝わってくる。激しく揺れたが、塔が崩れるほどではない。どうやら基部を破壊されたというわけではないらしい。
途端に、全員の表情が険しくなる。
「噂をすれば影ってヤツかな」
「仕方ない、行くとしましょうか」
塔はまだ揺れていたが、エイゼルとアーク、そしてミィンは驚異的な体幹と身体能力で即座に部屋から飛び出していく。
おそらくレンやリオにもそれは可能であったのだが、彼らはエファやセシル、ケイスとチームを組んでいる。いかに緊急事態とはいえ、仲間を置いていくわけにはいかない。
「敵が来るとしたら、おそらく下からだ。目的は間違いなく10階会議室、フィアとアイレミア殿下だ。何があっても死守するぞ!」
その言葉が終わるのを見計らったかのように揺れが収まり、エファ達が立て直す。
各自意識を完全に切り替え、先に部屋を飛び出していったエイゼル達を追った。




