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黒幻のリンクライン  作者: 水無雲夜斗
第三章 皇女来島編
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3-11 曇天の朝

 日が明けて翌日。

 昨日までは危うかっただけの天気も、今日になってついに崩れてしまったかのようで、しとしとと雨が地を濡らしていた。

 皇女達のレアード学園訪問があった後、何事もなく管制塔へと戻った使節団に続き、昨夜はレン達も管制塔に泊まることになった。

 本格的に警護任務が始まったことになるのだが、夜間の警備までは任されることはなく、レアード組はそれぞれ割り振られた部屋で就寝した。


 管制塔8階には来客が長期滞在する場合に備えて宿泊施設がある。

 部屋に二つある二段ベッドの内、片方のベッドの下段で身体を起こしたレンは、ぐるりと周囲を見渡す。

 最新技術が集う管制塔の施設というだけあって、部屋の造りはレンが普段寝泊まりしているレアード学園の学生寮よりも豪華だ。

 まず目につくのはベッドの傍にあるガラス窓。今は天気が悪くて水滴が光を滲ませ景色が曇ってしまっているが、8階から眺めるリンクライン島の街並みは、晴天時であればなかなかに壮観な眺めになるだろう。

 続いてテーブルが中央にあるリビングスペースには、多彩な家具が置かれている。さらには観葉植物まで置いてあるので、それが豪華さに拍車をかけているのだろう。

 そしてカウンターを挟んで向こう側にあるのがキッチンスペース。昨夜使用させてもらったが、まるで未来のキッチンに立っているような気分にさせられたくらいには最新鋭の設備が揃っていた。


 ちなみにここは男性に与えられた部屋で、二段ベッドの上にはケイスが。隣のベッドには下段にアーク、上段にエイゼルが横になっている。

 まだ早朝ということもあって、誰一人として目を覚ましてはいない。レンが起きたのは、日課の早朝訓練の時間だからだ。

 といっても今日は警備の都合上、管制塔から外に出ることもできず、室内で訓練しようにも物音を立てて三人を起こしてしまうかもしれないのでできない。

 それならばもうひと眠りしてもいいのだが、目が冴えてしまってそれもできそうにない。

 仕方がないとベッドから這い出て、身支度を整える。


 部屋にいても特にやることはないうえ、他の三人の眠りを妨げる可能性もある。そう思って部屋を出ようとした矢先、外からかすかな物音が聞こえた。自動扉が開いて廊下から靴の音が聞こえてくることから察するに、隣の部屋から誰かが出たのだろう。

 隣の部屋にはレアード学園の女性陣が宿泊している。メンバーは四人で、エファ、セシル、リュドミール、ミィンが一所に固まっているわけだが、よくよく考えてみればかなり異色なメンバーだ。

 男性陣ですら昨夜はケイスがエイゼルとアークの二人に気まずさを隠しきれなかったというのに、接点の薄い女性陣は大丈夫だったのだろうかと心配になる。

 それを確認する意味でも、外に出た人物と話をしてみようとレンも部屋の外へと出ることにした。


 パシュ、という空気を吐き出すような音と共に、金属の扉が横にスライドする。これも管制塔の最新技術の一つだが、こんなものがほぼ全ての部屋に実用化されているというのはなかなかに驚くべきことだ。

 一晩経った今では少し慣れたものだったが、それでも物珍し気に壁に収納された扉を見つつ、レンは部屋の外に出る。


 「おや」


 すると、ちょうど扉の前を通りがかったリュドミールにばったり出くわした。

 少々予想外の人物に呆気に取られたレンだったが、ここで何も言わないというのもおかしなことだ。それに元々誰であれ話をする予定だったので、意を決して声を掛ける。


 「やぁ、リュドミール。朝早いんだな」

 「そういう貴方こそ、本日の任務開始時刻までまだ時間はありますよ」

 「いつもこれくらいの時間には早朝訓練で起きているから、自然と目が覚めてしまったんだ。もっとも、この建物の中で訓練はできそうにないけどね」

 「随分と熱心なのでありますね。その点については素直に関心するでありますが……」


 相変わらずというべきか、リュドミールはレンことを鋭い視線で睨んでいる。最初に出会った頃よりは幾分か柔らかくなってはいるが、それでもなんらかの警戒をされているのは間違いない。

 まったく心当たりがない以上どうしようもなく、愛想笑いでそれを受け流す。ついでに、気になっていることについても聞くことにした。


 「ところで、昨夜は大丈夫だったか。あの三人と同室だったみたいだけど」

 「貴方が心配するほど不自由なことはなかったでありますよ。ミィン先輩やセシルさんが中心となって盛り上げてくれましたし、悪くない時間を過ごせたのであります」

 「そ、そうか。それは良かった」


 女子というものは割と簡単に仲良くなるものだという話はどこかで聞いたことはあるが、あながちそれも間違いではなかったということだろうか。

 などと推察するのもともかく、妙な空気のまま会話が途切れてしまい、気まずい雰囲気が辺りを支配する。


 「レン サイクス」


 何か話題を切り出さねばと思案しているところに、遠慮がちにリュドミールがレンの名を呼ぶ。


 「その……非常に訊ねにくいことなのでありますが、貴方はエファさんのことを愛しているのですか?」


 瞬間、レンの思考が凍り付いた。

 何か話題を作らねばと思っていたところに出されたリュドミールからの助け舟。かと思っていたら、その船がまさかの暴走超特急戦艦だった。などという比喩が出てくる程度にはレンは混乱している。

 いろいろと考えてみた末に、レンはぐるぐるとする頭から一番大きな思考を吐き出すようにして疑問を形にする。


 「えっと、その質問の意図は?」

 「単純に気になるのでありますよ。貴方はなにやら後ろ暗い秘密を抱えている様子。そのような方が安易に誰かを婚約者に選ぶとは少し考えにくい」


 後ろ暗い秘密のある者は、誰かと親密な関係を築くことを良しとしない。というのが一般論であると少なくともリュドミールは考えている。

 人との繋がりが深くなるということは、自分のことを知られるということ。秘密を守り通したいのであれば、他人は遠ざけることが一番だ。

 だというのに、レンはエファと――擬似的なものとはいえ――婚約関係を結ぶことを躊躇わなかった。


 「秘密を隠し通す自信があるのであればまだわからなくもないでありますが、貴方はおおよそ隠し事ができるような性格ではない。現に、出会った全員に貴方に秘密があることを容易に看破されています。それだけならまだいいでありますが、ニュービーキラー事件で貴方が見せたという力。それをきっかけに今、各国は貴方の秘密を探ろうと動いているのであります」

 「……なるほど、キミはシーベルト王国から俺の秘密を探る任務を請け負っているというわけか」


 思えば、リュドミールの行動はどれも唐突で不思議なものばかりだった。

 これまでレアード学園を休学していたかと思えば、今回の護衛任務をきっかけに突然復学。その護衛任務も、自国とはまったく関係のない共和国と帝国の要人が対象だ。

 なぜそのような任務に参加しているのか疑問はあったが、レンに手っ取り早く接近するためにはうってつけの内容だったというわけだ。

 つまり、彼女の第一目的は護衛ではなくレン サイクス個人ということになる。


 「単刀直入に聞くであります、貴方の目的は一体何なのでありますか?」


 すっと細められる瞳。

 返答次第では、と言葉で語らずとも訴えかけられる覇気。なるほど、おそらくこれは王国の意向とは関係なく、レンが良からぬことを考えているのであればこの場で滅してしまうことすら厭わないということだろう。

 もっとも、それこそ無用な心配というものだ。


 「多分知っているとは思うけど、俺がこの島にやってきた目的はただ強くなるため。それ以上でも以下でもないさ」

 「そのような理由で納得するとでも?」

 「俺は嘘を吐くのが下手だと言ったのはキミだと思うけど?」


 揚げ足を取られたことで、リュドミールが押し黙る。

 今の答えでレンの秘密に至れないのは確かだが、レン自身の目的がそこにあることは確かだ。そこに嘘偽りがないということも間違いなく真実。

 もっとも、何が目的で強くなりたいかと語るためには秘密を暴露しなくてはならなくなるため、そこだけは譲れない。それでも、リュドミールが心配するような悪意がそこにないことだけは確かである。

 その意思を籠めて視線を逸らさずじっとエメラルドグリーンの瞳を見つめ返す。

 しばらく視線を合わせていた二人だったが、やがてリュドミールが根負けしたかのように息を吐き出した。


 「承知したであります。貴方の秘密とやらが明かされない以上は警戒を解くわけにはいかないでありますが、ひとまず信じることといたしましょう」

 「そうしてくれると助かるよ、リュドミール」

 「リオ、でいいのでありますよレン サイクス。エファさんやセシルさんは既にそう呼んでいるでありますし」

 「だったら、俺のこともレンでいいさ。まだ認められないのは残念だけど、同じクラスメイトとして仲良くやっていけたらいいとは思ってる」


 言って、レンは手を差し出す。

 その手を見て最初は訝しげにしていたリュドミール――もといリオだったが、やがてそれが握手のためのものだと気付くと、おずおずと手を出した。

 二人の手が結ばれて、ここに一つの絆が生まれる。

 ずいぶんと細いもののように感じられたが、それでもこれが大きな一歩であることをレンは確信していた。


 そうして、今日という日が始まる。

 共和国と帝国という二大国の関係が決まる一日が。

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