3-6 滞在期間一日目――レアード学園にて(1)
翌日、昨晩の事件がなかったかのように、レン達はいつも通りにレアード学園へと登校していた。
無論あの襲撃のことは既に各所に報告済みで、それはエイゼルの耳にも届いていたが、予定に変更はないとのこと。
あのようなことがあった後だ。レン達も警備に加わると申し出たのだが、現状においてそれは十分であるという判断が下されているらしい。よって、レン達の意見は却下され、エイゼルに言われた通りこうして登校してきたというわけだ。
朝のホームルーム前に集まったいつもの四人は、少しだけ深刻そうな顔をしていた。
当然といえば当然。あのようなことがあった後でこうして平穏な日常を過ごしていることが、もどかしくて仕方ないからだ。
「はぁ~あ、エイゼル教官はああ言ったけどよぉ、ほんとに大丈夫なのかよ」
大きなため息と共に、ケイスが不満を吐き出す。
その気持ちはエファも同じで、セシルも同意できる部分があったようだ。
唯一違った意見を持っていたのはレンだ。
「多分、大丈夫なんだろう」
「どうしてそんなことが言い切れるんだよ」
「確かに、敵の目的も規模も不明だが、一つだけ確かなのは、敵はまだ本格的に動き出していないってことだ」
レンの言葉に、セシルが首を傾げる。
「どういうこと?」
「昨日のあれはあくまで偵察。事を起こすのはまだまだ後ってことさ。まぁ、その偵察の段階で凄まじい実力者が出てきたのは驚きだったけど、彼らにとっては偵察部隊が捕らえられたことが想定外だったんだろう。ヤツらの目的が何にせよ、両殿下を狙うのであれば、本格的に動き始めるまで自分達の存在を隠しておいた方が有利なはずだからな」
「言われてみれば、そうね。刺客がいるかいないかわからない状況では迂闊に警備の手を増やすわけにはいかないけれど、確実にいるとわかれば増えるのが自然。今回はそうならなかったけれど、仮に増やされていれば、動きにくくなるのは彼らの方ね」
「唯一解せないのは、仲間を助けるためとはいえ、あれほどの実力者が出てきたことだな。それほどに人的余裕がないのか、あの男達の持っている情報をこちらに掴ませないためか……」
予想に行き詰り、四人は黙り込む。
そんなタイミングで、教室の扉が開いた。
「まったくあなた方は、朝から無益な会話をしているのでありますね」
まるで今までの会話を聞いていたかのような口ぶりで入ってきたのは、レン達の見覚えのある――しかしこの教室では初めて見る人物。
「リュドミール?」
「おはようございます、皆さん。昨晩はお疲れ様でした」
教室中の注目を浴びながらもそれを気にしない態度で、リュドミールはレン達の元へと歩いてくる。
いや、教室中どころの話ではない。どこで噂を聞きつけたのか、今年度の一年生第一位を見るために他クラスの生徒も教室の前に集まっている。
レン並の注目度を誇っていながら、なおも平然とした様子。むしろ慣れているような気すらある。
「昨夜の事件については、現在バウンサーズギルドが全力で捜査にあたっているのであります。既に同勢力と思しき人物達とも交戦しているようでもありますね」
「さすがバウンサーだな。手が早い」
「ただ、厄介な使い手が複数いるとのことで、未だ検挙数はゼロ。今のところは島内の各地で小競り合いをしつつ、互いににらみ合っている状態といったところでありましょうか」
バウンサーはなかなか尻尾を掴めず、謎の集団は彼らに邪魔され目的を果たせない。そういった意味でのにらみ合いということだろう。
ただ、状況は完全に前者の有利。検挙できないにせよ、その行動を阻害できているのであれば、三日間を乗り切ることはできる。
「そういうわけなので、我々が心配することは何もないということでありますよ」
「ぐ、ムカつく言い方だけどその通りみたいね。それに万が一殿下たちに魔の手が迫っても、お母様たちの守りを突破できるとは思えないしね」
少し納得がいかないようだが、それでも安心感のある声でそう言うエファ。
負けず嫌いの気があるエファがそこまで言うのも珍しいと感じて、セシルは首を傾げる。
「そんなに強いの、あなたのお母さん?」
「ええ、それに同格であるレンのお父様もね。なんといっても世界で三本指に入る剣士ですもの」
「言われたところで実感ねぇよなぁ。俺ん中で化け物みてーに強いヤツの代表格っていったらここにいるレンだしな」
ぽんぽんと座っているレンの頭を叩くケイス。
その手を払いのけ、レンは神妙な表情をつくる。
「俺なんか父さんの足元にも及ばないさ。そうだな、昨日管制塔の前で戦った六人のメンバーで父さんに挑んだところで、傷一つ与えられないって言ったら納得できるか?」
んなアホな、とケイスはレンの言葉を冗談半分に受け止めてもう一人の実力者であるリュドミールの方を見ると、彼女は真剣な顔で頷いた。
「事実であります。共和国最強の剣士――アルヴィン サイクス。同じく帝国最強の剣士――ルミナス・ヒルデブランド。どちらもS級戦力の資格を持つ方々ですので」
S級戦力という言葉が出て、ケイスとセシルが瞠目する。
「それって、昨日言ってた一番高い実力を持つ人のことじゃなかったかしら?」
「その通りよ、そして私のお母様とレンのお父様がそれに値するわね」
ルミナス・ヒルデブランドにアルヴィン サイクス。
どちらも剣術を修める者であれば名を知らぬ者はいないほどの使い手である。それこそ、世情に疎いレンがルミナスのことを知っていたほどに。
「ちなみに、あなたたちの親ってどれくらい強いの?」
興味本位でセシルが聞く。
その言葉に、二人は数瞬黙り込む。迷っているというよりかは、何かに困っている様子。
間を置いた後、先に答えたのはエファだった。
「実を言うと、私もよく知らないの。私よりも遥か高みにいる剣士だっていうことはわかるのだけれど、お母様が本気を出して戦っているところなんて見たことがないから」
それは彼女の経験則によるものだ。
ヒルデブランドの正統後継者であり、使い手でもある彼女は当然ルミナスによる指導を受けている。
その折に母の力に振れることはあったのだろう。しかし、稽古で門下生に本気を出す師はそういない。彼女が触れたルミナスの力は、かなり大きく開いた実力差があるが故に加減することができた、本来の力にほど遠いものだったのだろう。
よってエファは自身の母であるはずのルミナスの実力を知ることができていない。
だが、レンは違っていたようで、
「――父さんは、防御を主体とするサイクス流剣術の使い手だ」
攻のヒルデブランドに、防のサイクス。これは世界的にも有名なもので、サイクス流が防御主体であるという話は前々からレンがしていた話だ。
その上で、レンはこう続ける。
「でも、だからといって攻撃力がないわけじゃない。実際はその逆。確かにヒルデブランド流には及ばないだろうが、サイクス流にも攻に通ずる術はある。それは剣術である以上絶対必要なものだからだ」
「そうよね、守りだけなら剣である必要はない。いっそ盾を使った方が効率的だわ」
「サイクス流の本質は『後の先』。といっても攻撃を避けるだけでなく、防御も行うわけだが、つまりは相手の攻撃の先にある反撃だ」
それを聞いてエファが真っ先に思い浮かべたのが、レンのバトルスタイルである。
強者には通用しないが、レンは防御の後にカウンターを行う、光月流の『無月の型』を使う。それはサイクス流をベースとして編み出されたものだと彼は以前語っていたが、彼の戦い方はまさにそれだ。
というよりも、レンは光月流よりもサイクス流に近い戦い方をしている。ともすれば光月流の担い手であるということが嘘であるかと疑ってしまうほどに。
もちろん、彼が光月流の担い手であるという証拠はある。
彼がこの三ヶ月で二度だけ見せたことのある『奥の手』。右手で剣を持つ、光月流本来のものであると予想できる構え。それはサイクス流の『後の先』よりも、よほど攻撃的なスタイルだ。
「だけど、剣術っていうのはただ相手の攻撃を待っているだけで勝てるものじゃない。だから、サイクス流にも先手を取る型はある」
待ちだけで全ての戦いに勝てるわけではない。
戦いとは時に自分から仕掛けなければならないものだ。それを理解しているからこそ、サイクス流は世界三大剣術に上り詰めたのだろう。
「そして、サイクス流の全ての型を修めた父さんの実力は、共和国でも屈指――いや、あるいは頂点」
共和国といえば、世界でも一、二を争う規模を誇る大国。
もちろん軍事力も圧倒的で、その中の頂点というのは流石に――
「いやいやいや、レン、そいつは言い過ぎだろ。身内贔屓ってヤツなんじゃねぇのか?」
あまりにも信じられない話に、ケイスが疑問をぶつける。
しかしレンは至って冷静に、まるで重い現実を叩きつけるかのような口調で言う。
「事実さ。仮に現レアード学園の総力を結集して父さんに挑んだとして、勝てる可能性は――おそらくゼロだ」
あまりにも途轍もない話。
レアードの全ての戦力を把握しているわけではない一同だが、生徒会のアークにミィン、一年A組の中でも抜きんでているレンとリュドミール。そして同年代の中ではトップクラスの実力を誇るはずのエファやセシルにケイス。
これだけの戦力を揃えて、たった一人に敗北するというのは考えられない。
レンとてその戦力がいかほどであるかは理解しているはず。いや、あるいは教師陣も含めるのであれば、この中で一番エイゼルの実力を把握しているレンがそこまで言うのはおかしい。
おかしいが、だからこそ彼の言葉が真実であると物語っている。
たった二ヵ月程度の付き合いだが、レンがこの手の冗談を言う性格ではないということは三人がよく知っている。
だからこそ、彼が言うことは真実であって、つまりアルヴィン サイクス、ひいてはルミナス・ヒルデブランドの力とは、
「正真正銘の怪物。それが俺達の親の力だよ、エファ」
世界の広さを物語る頂きであり、同時に目指すべき目標でもあった。
●
昨日の出来事が嘘であったかのようにレアードの日常は恙なく進み、五限の真っ最中。
レアードの午後の授業は戦闘訓練になるわけだが、午前の授業からエファはそれ勉学に身が入らないでいた。
朝に語られた自身の母の力。
遥かなる高みにあるということは理解していた。それでも、追いつけないものではないと信じていた。
だが、話を聞いた後で改めて考え直してみて、エファは思ってしまったのだ。
果たして、自分はそこに到達できるのだろうかと。
「ヒルデブランドさん!」
「は、はい!」
ぼーっとしていたところを担任教師のエイゼルに大声で呼ばれ、エファは反射的にぴんと背筋を伸ばす。
その反応に、エイゼルはやれやれと肩を竦めた。
「今は授業中ですよ、何を思い悩んでいるのかは知りませんが、集中していないことは関心しませんね」
「す、すみません」
エイゼルの小言はまったくもって正論であったので、エファは素直に謝罪をする。
それによってお咎めを終えたエイゼルは、再び授業の概要に関する説明に戻った。
どうやら今日は遠距離攻撃への対処法についての講習らしい。一月ほど前に戦った炎の魔術師――グリッド・A・ネームレスが得意とした戦術で、彼との交戦時にさんざん苦戦させられたエファにとっては有用な内容であるはずなのだが、どうしても話が耳に入ってこない。
ちらりと左斜め前方にいたレンを見る。
彼はいつも通り真面目な態度で授業を受けていて、その姿に目を惹かれる。
「あらあら、ついさっき注意されたばかりだっていうのに、随分と他のことに熱心なのね」
横合いから小声でエファに話しかけてきたのは、前を向いたままのセシルだ。視線の向きは、授業をちゃんと受けているフリだろう。
「そんなにレンのことを見て、ほんと一途よね貴女」
「ち! ……違うわよ」
思わず大声を出しそうになったのを抑えてそう反論する。
確かにレンの方を見ていたのは事実だが、そういう意味ではない。多分。
だからといってどうしてレンの方を見ていたのかと問われれば、その答えを持ち合わせているわけでもなく、思考を切り替えるかのようにエファは頭を振る。その様子がおかしかったのか、セシルは思わず小さく噴き出してしまった。
「ほんと、エファって面白いわ」
「どういう意味よ」
「言った通りの意味で、褒め言葉。でも、エイゼル教官の言う通り思い悩んでるみたいね」
反論できず、無言によって肯定してしまう。
「ねぇセシル……私って強いと思う?」
「藪から棒ね。どうしてそんなことを聞くの?」
「いいから、答えてよ」
「そうね、強いんじゃないかしら。仮にも全国から才ある若者が集うレアードの、総合成績11位なのだもの。これで弱いだなんて言ってしまえば、あなたよりも下の成績の人達に対して失礼よ」
確かにその通りだ。そして、それは以前レンにも言われたことである。
しかし、エファが聞きたいのはそういった一般論ではない。
「じゃあ、レンと比べたら?」
その質問に、一瞬間が開く。
授業を受けているポーズを取るためにエファは前を向いているので、セシルの表情を窺い知ることはできないが、なんとなく呆れている様子が伝わってきた。
「もしかしてそんなことで悩んでいたの?」
「……まぁ、そんなところ」
明らかに呆れている空気がセシルから伝わってきた。
そういう反応を取られるとわかっていたから今まで口にしなかったのだが、今のエファには余裕がなかった。
セシルは少しだけ困ったように身じろぎをして、やがて仕方がないとでも言いたげに口を開いた。
「あの人は別格よ。確かに、あなたも私も彼に負けたわけじゃないし、実際闘っても負けはしないと思う」
事実、レンは二ヵ月前にエファと模擬戦を行って、引き分けたことがある。
それは彼が強者の前では必ず隙の生まれる攻撃しかできないという弱点を抱えているが故の結果だ。
だが同時に、エファはレンに勝利する術を持ち合わせていなかった。
彼の圧倒的なまでの防御力を前に全ての剣術は意味を為さず、仮に最後の相打ちを寸止めで終わらせていなかったとしても、それでレンの命が奪えていたとしても、エファはそれを勝利と誇ることができないでいただろう。
隙さえ見せなければ、レンは無敵の防御術を持っている。
それはエファだけでなく、格上の存在であるエイゼルやグリッドですらも破ることのできないものだ。
「そして、レンの一番の脅威は、事態に臨機応変に立ち回ることができる対応能力よ」
「対応能力?」
「リンクラインに来てから彼が解決した数々の事件。小さなものならまだしも、ニュービーキラー事件やグリッドの襲撃事件といった大きな事件は、ただ圧倒的な防御術を持つだけの剣士に解決できるものじゃないわ」
確かに、レンは起きた事態に対して動き出すのが人一倍早い。
ニュービーキラー事件では、一生徒にしてはかなり早い段階で事態に気付き、動き出していた生徒会よりも先に犯人と接触した。
ネームレス襲撃事件では、セシルとエファが襲われた時に真っ先に現場に駆けつけて窮地を救った。
そして、昨晩の管制塔前の騒動でも――同じく規格外であるリュドミールとほぼ同時ではあったが――誰よりも早く異分子に発見して拘束に一役を買った。
いかに圧倒的な防御能力を持っていても、それらの事態に対応できるかどうかは話が別だ。
つまり、レンがこれまで活躍をしてこれたのは、彼の剣の腕のおかげというわけではない。それを活かし、事態に対応するその能力が、彼を別格たらしめているのだ。
「あのレンの対応能力は、ただの才能ってわけじゃないでしょうね。それなりの死線を潜って、その上に培われた力。ねぇエファ、あなたはこの学園に入学してから二度、大きな事件に遭遇しているけれど、それ以前に死線に出会ったことはあるかしら?」
「それは……」
エファはレアードに来る前は、ひたすら実家の道場でヒルデブランドの技を磨いていた。
母から受け継いだ才もあり、同年代の中でも抜きんでて大きな力を持っていたエファだが、実戦経験はまったくなかった。
「貴女とレンの差はそこでしょうね。といっても、同じく実戦経験のある私でも、レンには到底かなわないわ。一体どんな過去があるのか、気になるわよね」
愉しそうに横目でレンを見るセシル。
それはいつしかレンが自分の過去を明かしてくれるという確信があるが故の言葉。その予感はエファにもある。
ただ、果たしてその過去は本当に愉しいものなのだろうか。
思い出すのは殺気に満ちたレンの姿。
エファとその姉の如き存在であるリーナを救ってくれたあの夜、切っ先と共に向けられたあの冷え凍えるかのような瞳。
気にならないと言えば嘘になる。いつか教えてくれるとも信じている。だが、同時にそれは明かさせてはいけないような――
「ヒルデブランドさん、ネームレスさん。そろそろお喋りは済みましたか?」
エイゼルの怒りに満ちた声に、思考が遮られる。
見ると、A組の担任教官は額に血筋を浮かべて鬼の形相でこちらを見ていた。
一度目ではなく、二度目の注意。
やってしまったかと苦い顔をするエファとは対照的に、セシルは相変わらず愉しそうに唇を吊り上がらせている。
考えてみれば、エイゼルほどの使い手が、大勢に紛れているとはいえ目の前で話していればそれに気付かないはずはない。
わかっていてやったな、とセシルを睨むと、彼女は何のことやらと目を逸らした。確信犯である。
「まったく、しっかりしていたがかないと困りますよ。特に今日はゲストがいらっしゃる日なんですから」
「ゲスト、ですか?」
レンが問うと同時に、体育館の扉が開く。
「ちょうどいらっしゃったみたいですね」
体育館の入口はエイゼルの真正面、つまりはレン達の後ろになるため、生徒達はそちらを振り返る。
その入口に立っていたのは、十人ほどの護衛を引き連れた、絢爛な二人の姫だった。
共和国の皇女――レイフィア エルハルト。
帝国の皇女――アイレミア・フォン・クリミアレイス。
先日この島を訪れたばかりのゲストが、この場にいた。
開いた口が塞がらなくなるような驚愕がレン達を襲うと同時に、何故という疑問が大きく表に出てくる。
その心情を読んだかのように、エイゼルが答えを口にした。
「本日の授業は共和国のレイフィア皇女殿下と、帝国のアイレミア皇女殿下が見学なされます。両殿下は厳しいスケジュールの中、どうしてもレアードの新星をご覧になりたいと時間を割いてくださったのです。皆さん、無礼のないように、そしてレアードの生徒として恥のないように訓練に取り掛かってください」
あまりにも唐突なサプライズ。
にっこりとレンに笑顔を向けるレイフィアに、彼は顔をひくつかせる。
ここまで見学のことを内密にしていたのは、きっと彼女の仕業に違いない。
いたずら好きの共和国の姫。それに付き合う帝国の姫。
後者はともかく、前者をよく知るレンはただ祈る。どうか滞在期間中、彼女がいたずらが常にこの程度で済みますようにと。




