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黒幻のリンクライン  作者: 水無雲夜斗
第三章 皇女来島編
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3-4 白薔薇の皇女

 作業員通路を通り、レン達が到着した時には既にアニエスタからの特別車両はターンテーブル上に停車していた。

 こちらの車両も、鋼鉄で外部を覆った装甲車両だ。帝国のそれと違うのは、これが本物の特別車両ということだろう。

 レンは知っていた。その車両の名を。

 共和国皇族家専用特別装甲列車《カルトフォート号》。

 その名の通り、共和国皇族家のみが使用することのできる、超特別装甲列車だ。


 プシュ、と音がして、列車の全ての扉が開く。

 最初に中から出てきたのは、兵士ではなく執事服を着た一団だ。


 帝国のそれとはまるで違う雰囲気。その中から、メインである人物が姿を現す。

 それは白い薔薇だった。

 白のドレスを身に纏い、老執事の手を取って階段を降りるその姿は、可憐な姫君そのもの。

 光を受ければ煌めきそうな銀色の長髪に、見つめられれば射抜かれてしまいそうなほど魅惑の輝きを持つ金色の瞳。美しさの全てを兼ね備えたかのような彼女は、リンクラインの地を踏むと同時に大きく息を吸って吐いた。






 その姿を見た瞬間、レンは逃げ出した。






 「ちょ、ちょっとレン!?」


 一切の躊躇いもなく、脇目も振らない速度である。

 彼の周りにいたエファ達も、突然のことに驚きと混乱が脳を支配して止める暇すらない。


 「捕らえなさい」


 凛と透き通る甘い声で、にこやかな笑顔を湛えながら白薔薇の姫はそう命令する。

 次の瞬間、レンの頭上からメイドが降ってきた。そのまま全体重を乗せてレンを抑え込み、捕獲に成功する。

 ちなみにそのメイドはレンの専属従者であるエリアル ストラインである。


 「ええっ!?」


 そこでようやく声を出すことのできたエファは、未だ混乱と驚愕に支配されていた。

 あまりにも突然の出来事。流れるようなやりとり。

 一体何が起こっているのか、それを理解できているのは共和国側の人間だけである。


 「くそっ、エリア、どいてくれ! こんなことになるんだったら護衛の任務なんて請け負うんじゃなかった!」

 「申し訳ありませんレン様、これも姫様のご命令ですので」

 「往生際が悪いですよ、レン君。どちらにせよ国からの命令に背くことはキミに許されてはいません」


 いつの間にかレンの傍にいたエイゼルが、レンを諭す。

 そうしてようやく観念したようなレンは、エリアが離れると同時に立ち上がり、二人に連行されるような形で階段を下りていく。


 「レンお兄様!」


 そうして白薔薇の姫の前に差し出されると、その姫がレンに飛びついた。

 エファ達がぎょっとする。

 間違いなく白いドレスを纏ったこの少女は今回の使節団の代表だ。それも、レン達よりも少し若いにも関わらず。

 只者ではないことは見て明らか。そんな彼女が、いきなりレンに飛びついたのだ。事情を知らない者なら驚くのも無理はない。いや、エファの場合はそうでなくても驚いていたが。

 それはともかく、心底困り果てた様子のレンに対し、その少女は本当に嬉しそうにレンにぎゅっと抱き着いている。


 「お久しぶりですわ、レンお兄様! わたくし、今日という日をずっと楽しみにしていましたのよ。だって四ヵ月ぶりにレンお兄様にお会いできるのですもの!」

 「そ、そうか、それは良かったな」

 「もう、反応が薄いですわ。まぁそれもお兄様らしいですし、構いませんけれど」


 ぱっとレンから離れて、ぷくりと膨れる白薔薇の姫。

 まったく状況についていけず、ぽかんとする護衛団と帝国使節団に彼女は向き直ると、先程までの雰囲気はどこへやら。すっと空気が変わったように、スカートの端を摘まみ、ぺこりと一礼をする。


 「初めまして、アニエスタ共和国皇女――レイフィア エルハルトと申しますわ。この度はお招きに応じていただき、真にありがとうございます」


 それはそれは見事なカーテシーだった。

 レンは今までにエリアやサイクス家のメイドが同じ動作をすることを何度か目にしたことがあるが、それでも思わず見惚れるほどの華麗さ。

 まさに皇女といったその振る舞いに、周囲が一気に彼女に飲み込まれる。

 先程までレンと再会してはしゃいでいた少女とは思えないほどの空間掌握力。

 ただアニエスタ共和国の皇女というだけではない。それを可能とするほどの圧倒的な何かが、彼女にはある。

 唯一、それに呑まれていなかったのは、同格の気品さを持つ帝国の皇女だ。


 「こちらこそ、お招きいただき感謝いたしますわ。お噂はかねがね、『冷愛皇女(れいあいこうじょ)』殿下」

 「あらあら、随分と手厳しいんですのね、帝国の皇女殿下は」


 互いに笑顔ながらも、見えない火花を散らす二人。

 二大国の代表同士が揃うこの場で何もないわけがないとは思っていたが、なんとも険悪な雰囲気からのスタートである。

 もっとも、皇女同士からすると挨拶程度の牽制なのかもしれないが。


 「挨拶は済んだのかい?」


 と、そのタイミングで新たに列車から降りてくる人物がいた。

 黒髪に黒瞳、黒い髭を生やした、腰に二本の剣を差した年配の男性。

 その剣士が出てきたことに、レンはとても驚いていた。


 「父さん……!」

 「おう、レン、久しぶりだな」


 ゆっくりとした動作でレンに歩み寄る年配の男。

 雰囲気からして只者ではないとわかる彼のことを、レンは父と呼んだ。

 それに真っ先に反応したのは、エファである。


 「父さんって、もしかしてサイクス家のご当主!?」

 「その通りよ、エファちゃん」


 横からぬっと出てきたルミナスが、それを肯定する。

 するとそれに気が付いた年配の男が、旧友に偶然会ったかのように片手を軽く挙げて挨拶をする。


 「おお、ルミナスじゃねぇか。お前もひっさしぶりだなぁ」

 「そちらこそ相変わらずみたいで。腕も鈍ってないみたいねぇ」

 「あたぼうよ、未だバリバリ現役だっつの」


 国の代表同士である皇女たちとは違い、こちらは良好な雰囲気である。


 「ところで、そちらさんが?」

 「そ、うちの長女のエファちゃんよ」

 「へぇ、噂の嬢ちゃんってことかい」


 じっと見つめられ、エファが若干たじろぐ。

 すると年配の男は何かに気付いたように態度を改めた。


 「おっとこりゃ失礼、まだ名乗ってなかったな。俺はアルヴィン サイクス。共和国で貴族なんて似合わねぇ地位をもらって、サイクス流の師範をやってるしがねぇ剣士だ」

 「しがない剣士だなんて、とんだ謙遜ねぇ」


 ルミナスが横から茶々を入れる。

 実際その通りで、サイクスの当主ともなればルミナスと肩を並べるほどの力の持ち主だ。我が母のことをよく知るエファであれば、その凄さは身に染みてわかっている。


 「エファ・ヒルデブランドですわ。サイクス家のご当主様ともあればお噂はかねがね。こうしてお会いできて光栄でございます」


 初対面ということと緊張のせいあってか、お嬢様モードになるエファ。

 レイフィアやアイレミアといった皇女たちがいる手前、彼女の動作は若干見劣りするものがあるが、それは比較対象のレベルが高すぎるだけの話。こうしてみると、エファもちゃんと貴族の娘だということがわかる。

 しかしその態度はあまり好かなかったようで、アルヴィンは苦い顔をした。


 「いいって、そんな畏まらなくても。レンにしてるみたいに気軽にやってくれや。まったくの無関係って間柄でもないだろうしな」

 「はぁ、そうおっしゃるのであれば……」


 若干くだけた態度になるエファ。

 と同時に彼女は引っかかった言葉を反復する。


 「無関係という間柄でもない?」

 「おうよ、なんせうちの息子と婚姻関係なんだろ?」


 一瞬エファの動きが止まって、次の瞬間にぼっと顔が赤くなる。


 「そ、それはあくまで体裁上仕方なく……」

 「わーってるって、ただ嬢ちゃんみたいなべっぴんさんが相手なら申し分ないけどな!」


 がっはっはと大仰に笑うアルヴィン。

 すっかり赤くなってしまったエファを見かねてか、レンがその父の肩に手刀を入れた。


 「父さん、エファが困っているからその辺にしてくれ。それよりも、どうして父さんがこんなところにいるんだ?」

 「なんだい、聞いてなかったのかよ」

 「フィアが来るという話すら聞かされてなかったよ。隠されてた、と言った方が正しいかもしれないけど」


 恨みを籠めた視線をエイゼルに送るレン。エイゼルはその視線を受け流すように下手な口笛を吹いていた。


 「そりゃ災難だったな。ま、お前の予想通りさ。そっちのルミナスと同じで、俺も姫さんのボディーガードだよ」


 予想通りの返答。両国とも最強の剣士をボディーガードとして駆り出してきたということは、その称号に見合う程度には重要な人物がやってきたということだろう(というより、国家最重要人物クラスである)。

 周囲の様子を見るに、帝国使節団の兵士や共和国使節団の執事達もそれなりに戦闘訓練を積んでいるらしい。学生である自分達がここにいてもいいのかと、エファ達は少し肩身が狭くなる。


 「レンお兄様!」


 再びレイフィアに呼ばれ、レンは多少引き攣った笑顔で対応する。


 「なにかな、フィア」

 「わたくし、レンお兄様とお話したいことがいっぱいございますのよ。よければこの後ふたりっきりで――」


 言いかけたところで、二人の間に割って入るエリア。

 むっとレイフィアが顔を顰めて、二人が睨み合う。

 先手を打ったのはエリアの方であった。


 「レイフィア殿下、レン様はボディーガードという任務を『仕方なく』請け負って『嫌々』この一連の流れに乗っているのです。これ以上レン様にご迷惑をおかけしないでいただきたいのですが?」

 「あらあらこれはこれは、いつもいつもレンお兄様のお手を煩わせているストーカーメイドの口から出る言葉とは思えませんわね。そういうことを言う前に、まず自分の日頃の行いを改めてはいかがかしら?」

 「うふふふ」

 「くすくす」


 満面の笑みの二人の間で火花が飛び散る。

 共和国組でないエファ、セシル、ケイスはただ困惑するだけである。


 「ね、ねぇレン、あなたたちっていったいどういう関係なの?」

 「いや、まぁ、その」


 レンが言葉を濁そうとしたところで、レイフィアがキッとエファを睨む。


 「あなたがレンお兄様と不当に婚姻関係を結んだエファ・ヒルデブランドですわね?」

 「え? えっと……?」

 「でも所詮は事件の解決のために仕方なく結ばれたもの。幼い頃より約束していたわたくしにこそレンお兄様の妻たる資格があるのです!」

 「いいえ、常にレン様の付き人として支えてきた私こそ妻にふさわしいですわ!」


 むんと胸を張る二人。

 なにがなにやらわからないエファは、雰囲気に流されるだけ流されて茫然と立ち尽くす。

 いよいよ事態が混乱を極めてきたことを見かねて、レンは二人の頭蓋に手刀を入れた。


 「落ち着け二人共、エファが困ってるだろ」

 「うう、申し訳ありませんレン様」

 「レンお兄様の手刀、お久しいですわ。痛いですけれどこれも愛……」


 頭を抑えながらうっとりとするレイフィア。

 一国の皇女に手刀をかましたレンもレンだが、それを受けて怒るどころか恍惚とするとは、この皇女もかなり癖のありそうな人物だとエファは苦笑しながらも思う。

 それよりもまずは挨拶である。


 「申し遅れました、私はエファ・ヒルデブランド。帝国名門ヒルデブランド家の長女でございます。共和国皇女殿下にお目にかかることができ、大変光栄でございます」

 「さすがは帝国貴族のご令嬢、いかなる状況でも礼節を弁えていますわね。それで、そちらの方々は?」


 レイフィアはエファの後ろ、セシルにケイス、リオに目を向ける。

 どうやら彼女の興味は彼らにも向いているようだ。というわけで、自己紹介の時間である。


 「セシル・A・ネームレスです。共和国の皇女殿下に面と向かって挨拶できるなんて、なんだか刺激的ね」

 「ケイス・ラースヘルっす。平民出身なんで、礼節弁えてないのは多めに見てください」

 「公国軍大公家直属近衛騎士団所属、リオート・M・リュドミールであります」


 それぞれ挨拶の挨拶を見て、レイフィアは満足そうに頷く。


 「あなた方がレンお兄様のご学友ですのね。改めまして、わたくし共和国天皇陛下――バルエン エルハルトが第一子、レイフィア エルハルトと申しますわ。お見知りおきを」


 ぺこりと頭を下げるレイフィア。


 「もう少し皆さんとお話したいところですが、残念ながら帝国の方々をお待たせしてしまっているので、またの機会に」

 「おう姫さん、もういいのかい?」

 「ええ、参りましょう」


 と言って、忙しなく帝国使節団の方に合流するレイフィア。

 一方でその場に取り残された全員は、レン以外が呆気に取られていた。


 「なんつーか、すげぇ皇女さんだな」


 それ以外の言葉で表せないといった風に、ケイスが感想を零す。


 「ところでレン、お前あの皇女さんとやけに親しげだったじゃねぇか。お兄様なんて呼ばれてたし、いったいどういう関係なんだ?」


 そしてド直球の質問。

 なんとなく踏み込んではいけない領域のようだったが、こういう時のケイスの空気の読まなさはなかなかに役に立つ。

 その場にいた全員が耳を傾ける中、レンはレイフィアの背中を見送りながら、ぽつりと返答をした。


 「昔からの、ちょっとした因縁の相手さ」

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