3-3 帝国使節団
そういうことで放課後。
さっそくレン達は要人がやってくるというリンクライン中央管制塔地下にて、特別車両を迎えるべく待機していた。
そう、レン「達」だ。
「それにしても帝国の要人って誰なのかしら。私の家には何の連絡も来てないみたいだけど」
「私もその辺の情報は仕入れてないわね。大したことないのが来るんじゃないかしら」
「でもよ、レアード学園の生徒会が警護に出てくるくらいの話だぜ。これで来るのが小物だったら肩透かしもいいところじゃねぇか?」
行き交う鉄道網の邪魔にならないように、二階部分にあたる金網でできた作業員用通路。そこにいたのはレンだけではない。
薄紫色の髪に紫色の瞳--帝国貴族ヒルデブランド家の子息である少女、エファ・ヒルデブランド。
藍色の髪と瞳--二年前までリリエイツ公国を荒らしていた大盗賊団の元団員の少女、セシル・A・ネームレス。
毛先が白みがかった茶髪に琥珀色の瞳--今年度新入生の中でも最も優秀とされる一年A組の中で最下位の称号を持つ、ケイス・ラースヘル。
レンのクラスメイトであり、友人でもある彼らが何故かレンの隣に控えている。
勘違いのないように述べておくと、この場所は関係者以外は立ち入り禁止の場所で、一般人の範疇であるレアード学園の生徒が入れるような場所ではない。
今回レンがここに立ち入れたのは、あくまで任務という名目があってのことだ。つまり、レン以外の三人がここにいるのはおかしいわけだが。
「エファ、セシル、ケイス。なんでみんなここにいるんだ……」
若干呆れ気味に聞いてみると、セシルが不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「なんでって、面白そうだからに決まってるじゃない」
「そういう意味じゃなくて、どうやって情報を手に入れたのかと、ここに侵入できたのかを聞いているんだが」
「愚問ね、私は一ヵ月前まではカミトの元で諜報活動をしていたのよ。この程度の情報を手に入れるなんてお茶の子さいさい」
ぶいサインを作るセシル。
元ネームレス盗賊団という経歴を持ち、レアードに入学してからはカミト・S・エイデンという、レン達のクラスメイトである少年の元で諜報活動を行っていたセシルならば、その程度の情報は掴んでいて当然なのかもしれない。
「あと、ここにはきちんとエイゼル教官の許可を得て入ったわ」
なぜに、とレンが少し離れた場所で待機しているエイゼルの方を見ると、今の話が聞こえていたのかいないのか、彼はにっこり笑顔で手を振っていた。
仮に知っていたとするなら、おそらく彼女達を入れた理由としては「おもしろそうだから」に尽きるだろう。それでいいのか超名門校レアード学園の教官。
なんにせよ付いてきてしまったものは仕方がない。それに、今回の一件は今のところそこまで危険度が高いというわけでもなさそうだ。
仮に危険があったとしても、三人は名門校であるレアード学園のエリートクラスである一年A組に所属する生徒だ。その実力は折り紙付きだし、問題はないだろう。エイゼルもそのつもりで許可を出したに違いない。
「それで、今日一日気になっていたんだけど」
唐突にエファが話題を変え、視線を移す。
彼女からレンを挟んで向かい側、そこに立っている少女――リオート・M・リュドミールへと。
「どうして学年総合一位様がここにいるわけ?」
「むしろ彼女がここにいる方がエファ達よりも自然なんだけどな」
などというレンの独り言は流し、リュドミールは話題が自分に移ったことでそこに反応を示した。
「なんのことはありません、今回の要人護衛は上からのお達しであります」
「その『上』って何なのよ」
「公国軍のことでしょう」
エファの問いに答えたのは、リュドミールではなくセシルだった。
「公国最高位--アルテリオ大公家直属の近衛騎士団所属、リオート・M・リュドミール。名前くらいは聞いたことはあるわ」
「大公家直属の近衛騎士団!?」
仰天するかのように大きなリアクションを取るエファ。
わかっていないような顔をしているのは、レンとケイスくらいのものである。
ケイスはともかくレンがこの手の事情を知らないのはもはや恒例のことなので、エファは説明フェイズへ移行した。
「リリエイツ公国のアルテリオ大公家といえば、国家元首のようなものよ。いわばアンデルス帝国でいうところの皇帝家のようなものね。そこの近衛騎士団ともなると、精鋭揃いよ」
「実際、リオート・M・リュドミールといえば若手ながらも14歳にしてA級戦力の資格を得るほどの超新星。世界的にも結構有名だったりするわ」
「A級戦力……?」
と首を傾げたのはケイスだ。
この反応を取ったのがレンでないことは少し疑問に思わないでもなかったが、疑問が出たのであれば答えるべきだろう。
「A級戦力資格っていうのは、いわゆる国から発行される『この人はこれくらいの強さを持ってます』っていう証明ね。ランクは最下位がD、最高位がSよ。といっても、S級戦力の資格を持っている人間なんてこの世界にほんの一握りくらいしかいないから、実質A級が最高みたいな扱いなのだけど」
「なるほどな、じゃあA級ってどれくらい強いもんなんだ?」
「そうね、たった一人で戦車四台率いる一個中隊を壊滅に追い込んだことがある私達の担任教官がそうかしら」
まじかよ、と思わずケイスの口から声が漏れる。
「んじゃあ、リュドミールだったか? お前もそんくらい強いってことなのかよ」
「かの『鉄塊』殿と比べられると少し重いですが……それに、A級はあくまで基準であります。同じA級だからといって全員の実力が拮抗しているというわけではありません」
「そういうもんなのか」
「でも、A級がかなりの実力者の証明であることは確かよ。国によって基準は違うけど、大体一人で一個中隊並の戦力と言われているわ」
エファの補足説明に、ケイスがどしぇーと驚く。
「ちなみに俺だと何級くらいになんの?」
「そうね、D級くらいじゃない?」
辛辣な評価だったが、実際妥当な線らしく誰一人としてフォローを入れる者はいなかった。
「ちなみに正式に資格を持っているわけではないけれど、ざっと見て私はC級、エファもC級くらいじゃないかしら。レンは……ちょっとよくわからないけど」
「そうね、隠し事多いものね」
「だからその件についてはあまり突かないでほしいんだけどなぁ」
レンが半分諦めたようにぼやくのをスルーして、セシルが話を続ける。
「ついでに言うとアーク先輩はA級、ミィン先輩はB級らしいわ。しかもどちらも正式な資格持ち」
「ってことは、三年で主席のアークティス=パンツァーゲイルとリュドミールの実力は同等ってことかよ!」
「ですから、A級だからといって同等の実力を持っているとは限りません。かのアークティス=パンツァーゲイルといえば、現レアード最強の生徒。 彼の出身国である王国でも、その将来を期待されている超一流の使い手でありますから」
リュドミールの説明に、レンは納得したように頷く。
「実際にアーク先輩が戦うところを見たことはないけど、多分実力はエイゼル教官と同等くらいか、もしくはそれ以上ありそうな気はするな」
「マジかよ……一年A組の上位勢だけでも化け物揃いだと思ってたのに、身近にもっとすげぇ化け物がいるもんだなぁ」
というケイスの言葉に、その場にいた全員が同意する。
決して一年A組というエリートクラスに所属する生徒が弱いわけではない。実際、今年度のレアード新入生はかなりレベルが高いという話だ。
それでも上には上がいる。世界というものは彼らが思っているほど狭いものではない。
「んで、その化け物陣が勢揃いして護衛にあたるような要人って、一体どういうヤツなんだよ?」
期待を込めて、ケイスはレンに訊ねる。
しかしレンもその情報は持っていない。エイゼルやアーク、ミィンあたりは把握しているようだが、何故かレンだけはぐらかされてしまったからだ。
というわけでもう一人、知っていそうなリュドミールの方に目を向ける。
すると彼女は頭を振りながら答えた。
「今回の護衛対象は、アニエスタ、アンデルス両国にとって重要な人物でありながら、それほど重要な役割を持たない人物であります」
「どういう意味だ?」
「それは――」
言いかけたところで、ピンポンパンポンと地下空間内にアナウンスが入った。
『間もなく、アンデルス帝国発、特別列車が到着致します。ライン3を通過いたしますので、近辺の作業員の皆様は、速やかに二階作業用通路に移動してください。繰り返します――』
そのアナウンスで、一階にいた作業員たちが階段を上り始める。
「と、どうやら来たようでありますね」
徐々に近づいてくる駆動音。
ちょうどレン達の正面、帝国方面の線路から列車がやってくる。
それは明らかに貨物列車ではなかった。どちらかといえば、人間を乗せる通常列車に近い。
しかし特別車両というだけあって、通常列車のそれとは明らかに見た目が違っている。
まず見た目がかなりしっかりしていて、かなり分厚い装甲がある。
簡単に外部からは傷つけることができないであろうそれに紅いカラーリングが施されており、先頭車両も近未来的な丸みを帯びた造りになっている。
その車両は徐々にスピードを落とし、レン達のいる場所の下にある円盤の上で停車した。
プシュ、と空気が漏れる音がして、車両の扉が全て開く。
まず始めに中から出てきたのは、赤を基調とした軍服を纏った軍人だ。彼らは列車を降りると周囲を警戒するように陣を組む。
しばらく周囲を警戒した後、各所で手による合図が挙がる。それを見た車両の近くにいた軍人が、車両の中へと戻っていく。
非常に物々しい雰囲気に包まれる中、一分ほどしてその人物が姿を現した。
まずレンは、猛々しく咲き誇る一輪の華のようだという印象を抱いた。
カツカツと段差を降り、ゆっくりとリンクラインの地に足を下ろしたその少女は、一目見ただけで特別な存在だということが理解できる。
「うそ……」
隣にいたエファが、茫然としたように呟いた。
さらに何故か、ケイスも驚いたような顔をしている。
「二人とも、どうしたんだ?」
「いや、どうしたもこうしたも……」
「まさか、あの方が来訪されるなんて……」
深紅の衣を身に纏い、儀礼用と思しき剣を腰に差した少女は、悠然とした動作でこちらまでやってくると、顔を上げる。
「お出迎えありがとうございます。私はアイレミア・フォン・クリミアレイス。帝国皇帝家に名を連ねる者です」
●
皇女。
つまりは帝国における皇族家の一人。アンデルス帝国の最高権力者の身内。
一言で表すなら大物である。むしろ護衛がたったのこれだけという方が驚きだ。
「久しぶり~、エファちゃ~ん!」
作業用通路から階段を下りて、護衛対象である皇女殿下にいる場所に赴いたレン達に、一つの人影が突撃してきた。
正確にはエファに。
その人影は彼女を真正面から抱きしめると、すりすりと体全体で愛情を表現した。豊満な胸に顔を埋めさせられ、エファは「むぎゅ」と苦しそうにしている。
それでも抱擁を解こうとしないその人物は、なんというかどことなく見たことのあるような女性だった。
「ルミナス少将、その程度にしてくださいまし。エファが死んでしまいますわ」
金色の髪に栗色の瞳の皇女――アイレミア・フォン・クリミアレイスが促すと、その女性は名残惜しそうにしながらもエファを開放した。
しかし完全に抱擁を解いたわけではない。抱きしめたまま、密着していた身体をほんの少しだけ離す。そうすることによってその女性を見上げることができるようになったエファは、その顔を見て再び驚愕に表情を染めた。
「お、お母様!?」
薄紫色のウェーブのかかった髪に、紫色の瞳。見たことがあるというレンの感想は間違っておらず、その人物は紛れもなく――
「はーい、お母様ですよ。エファちゃん、元気にしてた?」
にっこりと満面の笑みを湛え、ほんわりとした雰囲気を醸し出すその女性こそ、エファの母親。
彼女は久方ぶりの親子の再開を心の底から喜ぶように、再度エファを抱きしめる。
「あーん、それにしても本当に久しぶり! それでどうなの、学園での生活はうまくいってる?」
「な、なにも問題はありません。むしろ恵まれた環境で良く学ばせていただいてます。それよりお母様、恥ずかしいから離して……」
「それは良かったわぁ! それでぇ、例の彼はどこにいるの?」
「れ、例の彼?」
「エファちゃんの婚約者よぉ。入学して早々婚約を申し込まれたって聞いた時はもうほんとに驚いたわぁ。でも、さすが私のエファちゃん、やっぱり世の男の子はこのかわいさを見逃さなかったわね」
がっ、と肩を掴み、エファの顔を見てうんうんと頷くエファの母。なんというか、ものすごい溺愛ぶりである。
「で、噂のレン サイクス君でしたっけ? 彼は……」
と、そこでその女性がレンの方を見る。
名前を呼ばれたことで少し反応したのを見逃さなかったのだろう。
「あなたがそうね!」
エファを離して、その女性はものすごい速度でレンの傍までやってくる。
がっしりと両手を掴むと、これまた満面の笑みを向けてきた。
「初めまして、私がエファちゃんの母親のルミナス・ヒルデブランドよ。よろしくね」
「はぁ、よろしくお願いします」
「それにしても男前ねぇ。うんうん、エファちゃんの相手として申し分ないわ!」
ぶんぶんと掴んだ手を上下に振るルミナス。改めてその顔を見てみると、その見た目はかなり若く、母というよりは姉と言われた方が納得がいく。
さすがに困り果てていたレンを見かねてか、それとも暴走を止めるためか、アイレミア皇女が咳払いをした。
「ルミナス少将、そのあたりにしていただけると助かるのですけど」
「あらやだごめんねアイラちゃん、私ったらつい盛り上がっちゃって」
ぱっと手を離し、ルミナスはバツが悪そうに笑みを浮かべる。
それよりもレンは今の会話の中で気になる部分があった。
「少将……?」
そう、確かにアイレミア皇女はルミナスのことをそう呼んだ。
気になってレンがエファの方に目を向けると、彼女はこくりと頷いた。
「階級に間違いはないわ。だって、お母様はヒルデブランド流の現当主であり、帝国最強の剣士でもあるのだもの」
「そ、そうなのか?」
思わず驚いて、レンは再びルミナスの方を見る。
ほんわりとした雰囲気に、警戒という文字とは縁遠さを感じさせる和やかさ。彼女の帯びている空気は、明らかに武人のそれとはかけ離れている。
レンのイメージでは、ヒルデブランド流の当主というものは男で、ものすごい豪胆で筋肉質な剣士だった。それはヒルデブランドの剛剣から来たものだが、違っていても男であるという点は間違っていないと思っていた。
そんなイメージとはまるで違った現ヒルデブランド流当主。
いったいこれをどう受け取ればいいのか。
「あらぁ、あなた……」
じっと、ルミナスが顔を近づけてレンのことを覗き込んでくる。
そういえば、先程といい今といい、不意を突かれたとはいえレンはルミナスの接近をあまりにも容易に許していた。いや、そうではなくルミナスが自然とそうなるように身体を操ったのか。
ともあれ、至近距離に顔を近づけられ、レンは一歩後ずさる。それを詰めるようにルミナスも半歩踏み出して、レンの瞳を覗き込ぎこむ。
「ずいぶんと怯えているのね」
--驚いた。
半歩ではなく一気に後ろに退いて、ぐっとルミナスを睨む。
尋常ではない雰囲気に、レンとルミナス以外の者がついていけないまま怪訝な顔をしていた。
「レン?」
エファに呼ばれてはっとしたレンは、上げかけていた手から力を抜いた。
「失礼しました、つい……」
「うふふ、いいのよぉ。こちらこそいじわるなことを言ってしまって悪かったわぁ」
「いえ、流石はヒルデブランドの当主。まさか一目で看破されるとは」
「これでもいろんな剣士を育ててきていますもの。あなたくらい顕著だと隠していてもわかってしまうわ」
やはり周囲の者達は二人の会話についていけない。
だが、エファは「隠している」という言葉に敏感に反応していた。
レンの隠しているもの、その正体を母が見破ったというのであれば、知りたいと思ってしまうものだ。
「ルミナス少将」
しかし、それを母の口から聞き出す前に、皇女が三度目の注意を下した。
さすがにこれには素直に従わざるを得ないといった風に、ルミナスは「はぁい」と笑顔のまま彼女の傍に付く。
先程は皇女の護衛が不足していると感じたレンだったが、ヒルデブランド家の現当主が傍付きというのであればまるで不足はない。
「それで、わたくし達は上階へ向かえばよろしいんですの?」
レン達が今いるここは、リンクライン島中央管制塔の地下。そして管制塔の上階にはどうやらVIPが利用する宿泊施設があるという。
確かに予定では要人達はそこに宿泊する手筈になっているのだが。
「いえ、申し訳ありませんがもうじきアニエスタからの使節団が到着します。その方々と共に移動していただくことになっております」
こちら側の代表であるエイゼルが、畏まった態度でそう告げる。
「ですので、アニエスタからの一団が到着するまでお待ちいただいても構いませんか?」
「そういうことでしたら、構わないでしょう。到着予定時刻はいつ頃ですの?」
「もうすぐのはずですが」
と、二人が話していると、またアナウンスが鳴った。
『間もなく、アニエスタ共和国発、特別車両が到着いたします。ライン5を通過いたしますので、付近の作業員の皆様は、速やかに二階作業用通路に移動してください。繰り返します――』
噂をすれば、というヤツである。
まるで図ったかのようなタイミングに、レンは怪訝な顔をする。
もしこれが意図されたものだとしたら、このやり方はどこかで――。
いや、きっと気のせいだろう。そう自分に言い聞かせる。
「到着したようですわね。それでは参りましょうか」
「それじゃあまたあとでね、エファちゃん」
そう言ってさっさと歩き出してしまう帝国使節団。
まだまだ話し足りないという顔をしていた一同だったが、本来の任務である護衛を果たすべく、その後に続くことにした。




