3-1 銀髪の姫と中年護衛
アニエスタ共和国――港湾都市ビルクホルン。
共和国の中でも最東にあるその街には、リンクライン島へと繋がる海洋横断鉄道がある。
つまり、この街は共和国の玄関口。
各国から運び込まれた資源や、これから各国へと送るものなどがコンテナに積まれ、重機を使ってそれらを運ぶ光景が目立つ。
それだけではない。他国からこの国へと渡ってきた者、またこの国から他国へと渡ろうという者。様々な人々が入り乱れる。
さらに共和国の玄関口という重要な街というだけあって、様々な企業がビルを構え、そこで働く者達が慌しく道路を歩き回っている。
非常に活気のある街だった。もっとも、共和国と外を繋ぐ唯一の街だと考えればそれも当たり前のことだろう。共和国も、この街を重要都市として扱っている。
そんな重要都市の一角、ホテル街の中でも特に港に近い安宿の窓から、ストリートを見下ろす少女がいた。
一言で表すなら、一輪の華のような少女だった。
光を受ければ煌めきそうな銀色の長髪に、輝くような金色の瞳。控え目なドレスに身を包み、彼女はストリートを行き交う人々を見ながらくすりと笑った。
「今日もこの国は平和ですわね、おじさま」
「そりゃそうでしょうよ、全ては姫さんのご尽力あってのもの。だってぇのに姫さんはこんな場末の安宿を選ぶなんて、ほんといい趣味してますなぁ」
少女の後ろ、部屋の唯一の入口の横に背中を預け、腕を組みながら答えたのは、黒髪に髭を生やした年配の男だった。
彼の腰には二本の剣。
部屋の中だというのに武装しているのは、彼が銀髪の少女の護衛であるから。
だからこそ、警備の薄い場末の宿ではなく、中心街のしっかりとしたホテルに滞在してほしかったという中年の男の考えを、銀髪の少女は見抜いていた。
「くすくす、おじさまったら相変わらず心配性ね。大丈夫ですわ、だってわたくしには最強の護衛がついているのですもの」
「それは光栄の極みですがね」
「護衛はおじさまで十分。であれば、あとはどの宿を選ぶかはわたくしの自由でしょう。だったら、この宿で構いませんわ。だって、ここは一番港駅に近い宿ですもの」
銀髪の少女は部屋を歩き、やがて先程覗いていた窓とは別方向にある窓から外を見る。
その先には果てしなく続く海原の上を走る海洋横断鉄道があった。
「効率が良いことこそわたくしの求めるもの。だからこの宿を選びましたの」
「そりゃまた、姫様らしいこって」
呆れたように肩をすくめる中年の剣士。
だが、彼女の言うことは理に適っている。実際、護衛面や品格を度外視すればこの宿に泊まることが国外に出るにあたって最も効率的だ。
「おじさま、予定の時刻より早く到着したことですし、出発時間も早めてもいいと思いません?」
「いやしかし、特別列車を動かすにはダイヤの調整が……」
「大丈夫ですわ、ちょうどこの時間帯、一本だけ列車を動かすことができる時間帯がありますの。わたくしが駅長に話をつければ、民衆に迷惑をかけることなく出発することができると思うんですの」
「いやしかし向こう側の受け入れ準備の時間なんかもありますし……」
「既にあちら側には『早く到着するかもしれない』という話はしてあります。問題はないでしょう」
きっぱりと言ってのける少女。
急な予定変更というより、事前に準備していたかのような手筈の良さ。
相も変わらず頭が切れると、中年の剣士は諦めのため息をつきながらも関心する。
そんなため息には見向きもせず、銀髪の少女は海の遥か彼方を見ている。
「ああ、早く、早く会いたいですわ……」
まるで想い人にかけるような甘く蕩けた口調で。
少女は、その人物の名を口にする。
「レンお兄様に」
遠く離れた海の向こう側。
世界の中心の島――リンクライン島。そこにいるレン サイクスに、一国の皇女は想いを馳せていた。




