2-30 Everyday to visid
「これは一体どういうことなのかしら?」
リンクライン島を襲った『炎獣襲撃事件』から三日。
本日もよく晴れ渡った天の下、レン達はリンクライン島総合病院と呼ばれている施設にいた。
島で最も大きな病院施設であり、事件後多くの患者が運び込まれたというだけあってまだ慌しさの残るこの場所で、エファは苛立ちを孕んだ声を出していた。
現在彼女は個室にあるベッドにいて、全身に包帯を巻いている状態だ。
担当医師曰く、一週間は絶対安静。
どうやらグリッドとの戦いでかなり身体に負荷をかけたらしく、見た目以上にところどころが痛んでいるとのことだ。
というわけで入院生活の真っ最中なのだが、その傍らにはいたずらっぽい笑みを湛えた少女が一人。
「ほらほら、恥ずかしがらないで。あ~ん」
串を突き刺した一口大の林檎をエファの口元まで持っていき、餌付けを行おうとしているのは藍色の髪の少女セシルだ。
甲斐甲斐しく看病―――というよりは、単に面白がっているだけである。というのも、エファは絶対安静というだけで身体を動かすことはできるので、食事は自分で行うことができる。
それを無視して強引に看病を行っているとなると、もはやエファが恥ずかしがっている様を楽しんでいるだけなのだろう。
「だから、自分で食べれるって言ってるでしょ!」
「いいえ、ダメよ。エファは絶対安静なんだから、腕一本すら動かすことも許されない状況だわ」
「別に身体を動かしちゃダメだなんて言われてないわよ!」
「医師が何と言おうと、怪我を侮ってはいけないのよ。もしかしたら腕を動かしただけで痛みが増して、入院期間が延びるかもしれないでしょう?」
「ありえない、ありえないから!」
などとわーぎゃー騒がしくやりとりしている様を、レンは壁に背中を預けながら見ている。
二人が仲良くなった経緯について、詳しいことは知らない。だが、こうして仲睦まじい様を見ているのはとても良いものだ。
本当にこの風景を守れて良かったとレンは心から思う。そう思うと、いつの間にか頬が緩んでしまっていた。
「ちょっとレン、なにそっちでにやにやしてるのよ!」
「あら、美女二人が仲睦まじくしている様を見て頬を緩めるなんて、レンもいい趣味を持っているわね」
「……おおよそ間違ってはいないが解釈に大きな違いがあると思うぞ」
なぜかいじりの対象がこちらに向いてしまったので、レンはさっそく話題を変えることにした。
「ところで、セシルの方はもう大丈夫なのか?」
「平気よ、もともと私は傷一つ負っていないもの。誰かさんと違ってね」
「私は一番危険な役を買って出たんだからこの傷は―――んごんぐ」
反論のために大きな口を開けたところで、エファの口に林檎を突っ込むセシル。
その様子に苦笑しつつ、レンは彼女の言葉を否定した。
「そうじゃなくて、心の方だ。大丈夫なのか?」
「ああ―――」
言われて、セシルは一つのことに思い当たったようだ。
そのことを説明するためには、二日ほど時を遡る必要がある。
二日前、炎獣襲撃事件から一夜明けて翌日のこと。
レンは生徒会室にいた。例によって例のごとく、今回の事の顛末を報告するためだ。
生徒会室にはアーク、ミィンのいつものメンバーに加え、エイゼル、ミナもいた。エイゼルは今回の事件のレアード学園側の総監督として、ミナはギルド側の連絡役としてこの場にいる。
管制塔地下のリフトスペースであったことをレンがあらかた説明し終えた後、最初に反応を見せたのはアークだった。
「そうか、少々危険な橋を渡ったことはあまり褒められたことではないが、よくやってくれた。レアード生徒会役員がここまでの活躍をしてくれたこと、生徒会長としてとても誇りに思う」
「とはいっても、無茶が過ぎたことは関心しませんね。今回は運よく無事でいられたものの、A級犯罪者に生徒だけで挑むなんて、無謀にも程がありますよ」
そうレンを叱責したのはエイゼルだった。
教師という立場からすれば当然の言葉だし、レンも無茶をしたことについては認めている。だが、その甲斐あって今回も最善の結果を出せたとは思っている。故に、後悔はなかった。
そのことを察してか、エイゼルもこれ以上責めるようなことはしない。そうして場が一段落ついたところで、ミィンが話を先に進めようと口を開く。
「とにかく、『炎獣』については決着がついたと考えていいだろう。今回は規模が規模だけに後処理が大変だが、ミナ君、ギルドの方はどうなっているんだい?」
「今は騒動の後処理に追われています! といっても、捕縛すべき対象がいなくなってしまったことでそれほど大変というわけではありませんが! ただ、結局この騒動の裏で動いていた何者かの尻尾は掴めず仕舞いです……」
「裏で動いていた何者か? そんなものがいるのかい?」
「いえ、こちらの話です! とにかく、グリッド・A・ネームレスがあのような結末を迎えたことによって、ギルドの方はこの事件は決着がついたものと考えていますね!」
ふーむ、とミィンは顎に手を当てる。
「グリッド・A・ネームレスの最期、か」
「無残なものでしたね、まさか死体となって発見されるとは」
惜しむような声で、エイゼルが言う。
あの後、現場から逃走したグリッド・A・ネームレスは管制塔付近の市街地のとある路地裏で発見された。
それも首から上を切断された、死体という状態でだ。
犯人は不明。これによって炎獣襲撃事件は終結したわけだが、未だ多くの謎が残されたままだ。
「結局、グリッドはどうやってこの島から出るつもりだったんでしょうか?」
その謎の一つについて、レンは疑問を口にする。
「うーん、彼が亡くなった以上、それについて聞き出すこともできなくなってしまったからね。ただ、ミナ君の話が本当なら、そのバックにいた何かに頼ろうとしていたんじゃないかい?」
言って、ミィンはちらとミナの方を見る。
しかしミナは口を閉ざしたままだ。機密情報ということなのだろうか、しかしレンはミィンの予想が当たっていると考えて間違いはないと思っていた。
「あの魔石……」
ぽつりと、レンは呟く。
「全ての駅に魔力供給を行っていたあれは、普通の魔石ではありませんでした。そして、グリッドは『契約』という言葉を口にしています。ミナの言う通り、彼のバックに何者かがいたとして、その何者かが俺達の予想もつかないような力を持っていることは確かでしょう」
「確かにその通りだね。実際、あの大きさで今回の騒動を引き起こせるほどの魔力を持った魔石というのは存在していないし製造することもできない。そんなものを一介の盗賊が持っているという時点で既におかしい。アーク、その魔石の鑑定についてはどうなっているんだい?」
「現在リンクラインにある研究施設にて鑑識作業が行われているが、どうやらあの石は魔石ではないらしい」
「どういうことだい?」
「どんな魔石でも使い切った後だったり、砕けてしまっていたとしても、ある程度の魔力は魔石に残るものだ。しかし、あの石は完品でありながら魔力反応が一切検知されなかったそうだ」
「それは、おかしな話だね」
「魔石は存在するだけで周囲から魔力を取り込み、その中に魔力を蓄える。その性質すらあの石からは検知されていない。つまり、あれは魔石らしき何かであるとしか説明できないそうだ。今はより詳しい調査をしているらしいが、これ以上の結論はおそらく出ないだろう」
一同が押し黙る。
結局のところ、何もかもがわからず仕舞いで終わってしまった今回の事件。すっきりとしない結末に、誰もが複雑な想いを抱えたことだろう。
といっても、レンは一つだけ知っていることがある。それは、誰がグリッドを殺害したかということだ。
しかし、この場でその名前を出すことはできない。そうすれば事態がよりややこしくなってしまうからだ。
今回の事件は表向きはネームレス盗賊団が引き起こしたものとして扱われているが、裏では国家やミナの言う何者かの意志が蠢いたものだ。それこそ、国家機密扱いになる情報が多く残ったほどの。
おそらく、この場にいる全員が互いに話せない情報を持っているに違いない。それがわかっていながら、レンには口を閉ざす以外の選択肢がなかった。
「まぁ、とりあえずだ」
ぱんと手を叩いて、ミィンが場の空気を変える。
「グリッドの最期についてはともかく、事件が一件落着したことは事実。ここはプラスに考えていこうじゃないか。ひとまず、情報交換はこんなところでいいかな?」
「はい! すみません、こちらも碌な情報をお出しすることができなくて」
「それはお互い様さ、ところでレン君」
急に名指しされ、レンは顔を上げる。
「なんでしょうか?」
「グリッドの件だが、セシル君にはどう伝えようか?」
「あ……」
今回の事件の当事者であるセシルは、まだこのことを知らない。
なんせ昨日の今日だ。情報はまだ一部にしか出回っていない。だが、これほどの大事件ともなれば、マスコミに情報を渡らせないように手配することも難しい。
セシルがグリッドの死亡について知ることは確定だ。だが、セシルにとってグリッドは家族のような存在だった。その死を知った時、彼女がどんな反応をするか。
正直なところ、心苦しい。だが、伝えないというわけにもいかないだろう。
「……セシルには、俺から伝えます」
悩んだ末、レンはそう結論を出した。
ミィンもレンがそう言うのを予想していたかのように、こくりと頷く。
「ん、それがいいだろう」
そうして炎獣襲撃事件に関する報告会は完了した。
あれから一日して、レンは昨日にグリッドのことをセシルに話した。
その時点では特に大きな反応を見せなかったセシルだったが、レンは彼女の心情を測りかねている。
グリッドの死に微塵も心が動かなかったということはないだろう。彼女とネームレス盗賊団の間にある絆というものが如何ほどのものかレンは知らないが、家族のような存在であったという彼女の言葉に嘘はないはずだ。
「大丈夫、と言うと少し嘘になるかしら」
串を皿の上に置いて、セシルは微笑を浮かべたまま俯いた。
「あれだけの騒動を起こしたのだから、どのみちグリッドはもう表の世界に出てこれないということは覚悟してた。その上で私はグリッドと戦った。でも、グリッドを殺したくて戦ったわけじゃなかった。むしろ、生きてほしかったから戦った」
「……そうか」
「でも、心配しないで。どこかで覚悟はできていたことだから」
そう言う彼女は、しかしどこかまだ踏ん切りがついていない様子だ。
心配そうな表情をしているレンが、何か声を掛けようとしたところで、先にエファが素早い動作で皿の上の串を掴み、林檎をぱくりと口の中に放り込んだ。
「まったく、辛気臭い顔しないでくれる? せっかくの林檎が不味くなるじゃない」
きょとんと呆気に取られるレンとセシル。
エファは片目を閉じてくるくると串を宙で回す。
「私にはセシルの心情とか、ネームレス盗賊団の中での関係とか、そういったことはよくわからないけど、とりあえずセシルが無事でいてくれたことは良かったと思ってるわ」
「エファ、確かにセシルの身体の方は何ともなかったけど、心は―――」
「だから、無事だったんだからこれからどうにでもなるって言ってるの。その、友達なんだから、もし家族の死を乗り越えられそうにないっていうんだったら、私も一緒になって乗り越える方法を考えてあげるわよ」
照れ臭そうに言って、エファは顔を逸らす。
再び呆気に取られたレンとセシルは顔を見合わせ、その後ふっと笑った。
「そうね、頼らせてもらうわ、エファ。それにレンも」
「ああ、友人としてそれくらいのことはさせてくれ」
「ふん、レンみたいにデリカシーのない人間がそんなデリケートな問題を解決できるとは思えないけど」
「それは心外だなエファ、俺だってデリケートな問題の相談に乗るくらいはできるぞ」
「どうだか。だいたい私の問題に関してもこ、こんや……」
「婚約なんて強引な話で解決したのだものね」
「ストレートに言わないでよセシル!!」
病室に笑い声が木霊する。
いろいろと未解決の問題が山積みとなってしまった今回の事件だが、結末としては上々だろう。
なにしろ、友達がこうして笑っていられるのだ。その笑顔を守れただけでも、レンが努力をした甲斐があるというものだ。
山積みとなった問題はひとまず置いておいて、今はこの喜びを噛みしめよう。そう思ったレンだった。
二章はここまでとなります。




