2-28 vsグリッド 3
レンにとって、防御は得意分野である。
むしろ防御以外に取り柄がないと言っても過言ではない彼にとって、グレミストの攻撃を抑え続けることなど容易だった。
ただ、グリッドはこの炎獣に絶対的な自信を持っているらしい。エファとセシルが距離を取り、レンが一人で抑えているこの状況下で、彼を仕留めようという算段なのだろう。
三人で戦っていた時よりもグレミストの猛攻が激しい。それでもレンが押し負けることはない。その驚嘆すべき技術に、グリッドが苛立ちに顔を歪めるほどだ。
「レン!」
そこでようやく動き出したエファが、加勢するべくレンの下へと駆けてくる。
ちらりと後方を見ると、セシルは遠くの方で鎖を回している。
何のつもりかはわからないが、事態を打開すべく二人が動いたことだけはわかる。ならばレンはそれに乗るだけだ。
グレミストが迫るエファを迎撃しようと、背中にある針にエネルギーを集中し始める。
先程と同じ熱線を放つつもりなのだろうが、それはレンが許さない。
「うおおっ!!」
グレミストから距離を取り、上へと飛ぶ。
直後に熱線が放たれたが、その射線上にはレンがいた。
熱線の数は五本。威力はあるがレンには絶対的な防御の自信がある。
左手を横に振り、全ての熱線を鞘で防御する。エファの大剣による薙ぎ払いでようやく相殺できるような威力を全て受け止められ、グリッドは驚嘆に目を見開いた。
だが、その程度で炎獣の攻撃を全て凌ぎきれたと考えるのは甘い。グレミストにはまだその巨躯を活かした多様な攻撃が残されているのだ。
前足を上げ、グレミストはエファを迎え撃つ体勢を取る。このまま真っ直ぐ突っ込めばその前足に対処せざるを得ないし、横に回避しようにも距離を取ればまたあの熱線による攻撃が襲ってくる。
数々の対応手段を持ち、グリッドは余裕を保っていられた。だが、そこで彼は奇妙なものを目にする。
セシルが勢いをつけるために回していた鎖を投げた。そこまではいい。おかしいのはその次で、投げた鎖はエファに向かい、彼女の胴に巻き付いたのだ。
「行くわよ、エファ!」
「お願い、セシル!」
前足が振るわれると同時、セシルがぐんと鎖を引いた。それに引っ張られ、エファの体が後ろに下がる。
グレミストの前足が空振りするが、それは回避と同じだ。距離を取った以上、熱線の餌食となる。
レンはまだ空中。先程のように防御に回ることはできない。
熱線が放たれ、エファへ向かって真っ直ぐ直進する。
「飛んで!」
そこで、セシルは鎖を操り、エファの体を強引に上へと飛ばした。
力を調整した鎖によって、エファは垂直に跳び上がる。
「ヒルデブランド流―――」
大きく剣を真上へと振りかぶり、エファは真下の地面を見据えた。
そのまま重力に従い、地面へと落下する。
「―――裂海斬!!」
落下の勢いと、ありったけの流力をこめた斬撃を地面にぶつける。
その衝撃と破壊力は、いとも容易く足場を砕いた。それも、かなりの高範囲でだ。
直径にしておよそ30メートルほどの円状に罅が入り、足場が陥没する。それは戦闘領域にいる全員を巻き込むほどの範囲だった。
「なに!?」
当然、足場が崩れるとその上にいる者はバランスを崩す。その影響をまともに受けたのはグリッドだ。なんとか体勢を保ててはいるが、それに手一杯の様子。そのグリッドが操るグレミストも大きく体勢を崩している。
しかし、足場が崩れるということを事前に知っていた者はそれに対応可能だ。不安定な足場をなんとか渡り、エファは出し得る限りの最高速でグリッドへと迫る。
その前には当然グレミストがいる。それを迂回しているだけの時間はない。
「レン!!」
故に彼女は叫んだ。その障害を取り除くことができる存在に。
もちろんレンもこの崩れた足場に捉われる対象だ。しかし、彼は驚異的な反応でエファと同じように地形変動に対応していた。
この一連の流れとエファの声で完全に意図に気付いたレンが、グレミストに迫る。
「はっ!」
バランスを崩し、隙だらけのグレミストに、レンは掌底を叩き込んだ。それによって先程と同じようにグレミストの巨体がグリッドの後方へと吹き飛んでいく。
障害が完全に取り除かれたことで、エファはバランスを崩しているグリッドへと一直線に駆けることができた。
その間に、エファは先程セシルと話し合った作戦のことを思い出す。
「魔術師は基本的に身体能力があまり高くないわ。だから、足場さえ崩してしまえばその対応に追われ、隙ができる」
「だからここら一帯の足場を崩そうっていうの? 確かにあんたの言う通りにすればできないことはないけど、それでも無茶苦茶な作戦ね」
「でもそれぐらいやってのけないと、グリッドには勝てないわ。だから、足場を崩してからグリッドが体勢を立て直すまでの数秒。それこそが―――」
(―――私達にできる、最初で最後の奇襲!!)
この機を逃せば、この先に勝機は訪れない。
鍵となるのはエファだ。
後方で支援していたセシルでは間に合わず、グレミストを排除するレンはしばらく動けない。だから、グリッドに接近できるのはエファのみ。
責任が重くのしかかる。だが、その反面で体は思った以上に動く。
研ぎ澄まされていく感覚。それはきっと、これが守るための戦いだということを自覚しているから。
敗北は許されない。いや、絶対に勝利するという確かな決意が、エファの背中を押している。
迫りくるエファに気付いたグリッドは、体勢を立て直しながらも左手に炎を生む。
「ナメるんじゃ―――」
言いかけたところで、グリッドの左腕にブレードが突き刺さる。
後方にいたセシルからの援護攻撃。これによって左腕に生まれた炎が消失する。
舌打ちをして、グリッドは右手に炎を生み出した。それは剣の形を成し、横薙ぎに振るわれる。
「こんなもの!」
その炎の剣を、エファは大剣で打ち返した。いや、あまりの威力に炎の剣は両断されてしまった。
驚愕に目を見開くグリッド。これで左手、右手でそれぞれ生む炎の攻撃は放てなくなった。
完全に無防備。未だ体勢を崩したままのグリッドに、エファの攻撃を防ぐ手段はない。このまま一気に肉薄し、剣を振るうことによって勝利は確定する。
そう思われたところで、グリッドはにやりと笑った。
彼の後方に生まれた、一つの炎。おそらくこういう状況に備えて準備した、緊急用の最後の手段なのだろう。
致命的な油断。両手の攻撃さえ凌げば勝利だと考えていたエファ達にとって、これは完全に予想外。
炎が放たれる。剣の防御は間に合うが、炎の大きさからしてそれなりの威力がある。あれが爆発すれば、たとえ大剣を盾にしてガードしたとしても前へ進む勢いは失われるだろう。
もしもここで足を止めてしまえば、きっとその間にグリッドは体勢を立て直す。そうなればこの奇襲攻撃は失敗になってしまう。
極限の状況の中、エファは世界がスローになる感覚に襲われた。そこで、とあることを思い出す。
『流術の高等応用技に、魔術師対策のものがある。体内にある流力を一息の間に放出して魔力にぶつけ、それを相殺する技術。それが「バニッシュ」』
相殺。
あの炎を爆発させることなく防ぐ方法は、それしかない。
しかし、エファはまだ流術の高等応用技術など習ってはいない。そもそもバニッシュは学生レベルの技ではなく、使えるレンが異常なのだ。
それでも、とエファは走りながら大剣を盾にするように構えた。そして、感覚を研ぎ澄ます。
(体内にある流力を、一気に放出!!)
目を閉じて、力の流れをイメージし、流力を大剣へと流す。
そして炎が大剣に当たると同時。
「やぁっ!!」
パンッ! とまるで風船が割れたかのように炎が弾け、四散した。
先日レンがグリッドの炎を無効化した時と同じ現象。イチかバチかの賭けで行ったバニッシュが成功したのだ。
「なん、だとぉ!?」
「終わりよ、グリッド・A・ネームレス!!」
地面を蹴り、エファは一気にグリッドへと肉薄する。
最初で最後の奇襲。この一撃に全てがかかっている。
左下から右上へと振り上げる、エファの大剣による一閃。
だが、寸でのところでグリッドの足が地についた。そして、咄嗟にグリッドはその足で地面を蹴り、後ろに跳ぶ。
エファの大剣がわずかにグリッドの体の肉を斬る。が、それは致命傷に至るほどではない。
奇襲失敗。追い縋ろうにも、エファは自分の身体に力が入らないことに気付く。
極限の状況で研ぎ澄まされた感覚が大きく身体に負担をかけたのだろう。加えて、彼女はまだ先日の戦いの傷が癒えていない。
あるいは、数秒後には体を動かすことも可能だったかもしれない。だが、その頃にはグリッドが再び地に足をつけていることだろう。
速さが必要だ。この極限の状況の中、一秒にも満たぬ時間の間に、グリッドに追い縋れるだけの速さが。
そして、速さといえば一人。それに特化した剣術を身につけている者がいる。
「光月流、水無月の型―――」
レン サイクス。世界三大剣術流派の一つ、速さに特化した光月流の担い手。
一瞬で距離を詰め、右手に剣を持ち換えていた彼は、体勢を立て直せないグリッドにその技を放った。
「―――『時雨』」
目にも留まらぬ連続の突き。
その全てがグリッドに命中し、彼の体は大きく後ろに吹き飛んだ。
勢い良く背中から貨物の山に激突し、グリッドの体がどさりと地面に落ちる。。
それと同時に、グレミストを構成していた炎と、中央にあった太陽のような巨大な炎が霧散した。
「終わった、の?」
がくりとその場にへたり込んで、気の抜けた声でエファが問う。
レンはその質問に答えず、ただじっとグリッドのいる方向を見ていた。その横顔を見て、エファは息が詰まる。
ぞっとするような悪寒。リーナを倒した後、エファに切っ先を向けてきたあの時と同じ感覚。
グレミストとは比にならない恐怖を感じて、エファはその横顔から目を離せなくなる。
「エファ! レン!」
そんな二人に駆け寄ってくるセシル。そこでようやくレンは息を吐き出し、右手に持っていた剣を左手に持ち替える。それと同時に彼が纏っていた剣呑な空気が消えたような気がした。
「みんな、大丈夫か?」
「私は大丈夫よ。エファ、立てる?」
「え、ええ、なんとか」
セシルの手を借りて立ち上がったエファは、もう一度レンの顔を見る。
そこにはうやはり先程までの張り詰めた空気はなくなっていた。いつも通りのレンだ。
「ん、どうかしたかエファ?」
「ううん、なんでもないわ」
気のせいだったのだろうか。いや、きっと違う。それでもエファはこの件については触れないようにしようと思った。
レンに秘密があるのは前からわかっていることだし、それを聞いたところで答えてくれないのもわかっている。つまり聞くだけ無駄というヤツだ。
「とにかく、これで一件落着だな」
カランカラン、と太陽のような巨大な炎の塊から、水晶玉大の魔石が落ちる。
近づいてそれを拾って、レンは少し驚いていた。
「こんな小さな魔石が今回の騒動の心臓部だったのか。かなり純度が高い魔石なのか?」
「そのサイズで今回くらいの大規模な騒動を起こすとなると、確かに超高純度の魔石ということになるわ。でも、そんな魔石があるなんて聞いたこともないけど」
ある程度魔石に対しての知識があるのか、レンとセシルがしげしげと元凶の魔石を見つめている。
そっち方面に詳しくないエファは、二人の話についていけそうもなく、なんとなくグリッドの方へと目を向ける。
「……あれ?」
その声に、レンとセシルが反応した。
「どうした、エファ?」
「あの男、どこに行ったの?」
「え?」
言われてエファの視線を辿る二人。
そうしてグリッドが倒れていた場所を見ると、そこには既に何も残っていなかった。




