2-27 vsグリッド 2
「だったら、私もグリッドと戦う。あなたを倒して、この事件を終わらせるわ」
ぐっと、鎖を引く力が強くなった。
完全に敵対する行動。グリッドはそれに眉を顰めた。
「正気か、セシル」
「本当なら、元とはいえ団員であり家族であったあなたを逃がしてあげたかった。だから私は無抵抗であなたに下ったし、島で起こしている騒動のことについても目を瞑っていたわ。でも、やっぱりそれは間違ってる。団が壊滅して、私達の罪はある程度清算された。私達ネームレス盗賊団はもう犯罪なんかに手を染めずに正しく生きていく必要があるの」
「はっ、何を言うかと思えば。んなのできるわけねぇだろ、俺達は国に捨てられ、盗賊団を始めると誓ったあの時から犯罪者なんだからよぉ!」
今度はグリッドが左腕に力を入れる。
徐々にではあるが、剣が再びレン達へと迫る。セシルは両手で鎖を持ち、グリッドの片腕と力比べをしているというのに、わずかに力がグリッドに劣っている。それはあたかも意思の強さの差を表しているかのようだった。
「できるわ」
大剣を盾にし、未だ降り注ぐ無数の炎を凌いでいたエファが口を開く。
「確かに、あなたたちは犯罪者。その悪事によって傷ついた人がいる限り、その罪が無くなることはないのかもしれない。だけど、どんな人にだって正しく生きていく権利はある」
「はっ、何を根拠に―――」
「セシルはそうして正しく生きようとして、その結果私と友達になれた! だったら私はそんなセシルの正しく生きていこうとする意志を全力で応援するまでよ!」
言って、エファは盾にしていた大剣を引いた。それによって小さな炎が彼女の身に命中する。
だが、エファはただ防御を解いたわけではなかった。剣を振り上げ、地面に叩きつける。
爆音と共に舞い散る砂塵。同時に、グリッドは右腕の間隔が軽くなるのを感じた。
そして次の瞬間、砂塵の中から飛び出る影が一つ。空中を滑るようにして跳躍してくるエファだ。
「あめぇよ!」
グリッドは後方に控えさせていた無数の炎を一斉にエファへと放つ。だが、エファはそれを大剣を盾にすることによって凌いだ。それも、突進の勢いを殺さないまま。
威力不足。レンの防御力を警戒し、質より量で勝負を仕掛けたことで、エファを押し戻すだけの力がなくなってしまった。
「やぁぁぁ!!」
「ちっ!」
エファが剣の向きを変え、刃を上に振り上げる。それを回避するように、グリッドは後ろに跳んだ。
しかし一つ失念していたのは、左腕に巻き付いた鎖だ。グリッドの体が宙に浮いたことにより、踏ん張ることができなくなり、セシルが鎖を引くことによって簡単にそちらに引っ張られる。
舌打ちをして、グリッドは鎖を伝わせるようにして炎を放った。
咄嗟にセシルはグリッドの腕から鎖を解く。そうすることによってコントロールを失った炎は消えたが、彼女に迫るグリッドの勢いは止まらない。
彼は右手に巨大な炎を生み出すと、それをセシルに叩きつけるようにして振るった。
寸でのところでセシルが飛び退き、その直後に地面に炎が激突する。爆発音と凄まじい爆炎が炸裂する。
「てめぇ、セシル。本気で俺とやりあおうってのか?」
その爆炎の中から、平然と姿を現すグリッド。
一方セシルはレンとエファに合流し、三人で共闘する構えを取っていた。
「ええ、決意は変わらないわ。それに、エファが友達って言ってくれたんだもの。こちら側に付く理由はそれで充分よ」
「恥ずかしいからあんまり蒸し返さないでくれる?」
二人のやりとりに、レンが苦笑する。
だが、これで状況はかなり改善された。正直なところ、レンとエファの二人ではグリッドを倒すことのできる可能性は限りなく低いものだった。だが、セシルの実力はA組の中でもかなり高い方だとレンは考えている。
そのセシルがこちら側に加わってくれたとなれば、戦力はかなり底上げされたと考えていい。必ず勝てるというほどのものではないが、戦力差がかなり縮まったのは確かだ。
「なるほどな」
ゆらりと、グリッドの手が動く。
その動作に、レンは不穏なものを感じ取った。
「だったらこっちも容赦はしねぇ。そこの二人をぶっ殺して、てめぇを気絶させてでも目的は果たさせてもらう」
そう言ってグリッドが懐から取り出したのは、手のひら大ほどのサイズがある紅い魔石だった。
それは彼がアクセサリーとして身に着けている魔石よりも倍以上のサイズがある。
彼がつけている魔石はどれも高純度のもので、それ故に小さなサイズでもかなりの高火力を発揮できる。もし仮にあのサイズの魔石がグリッドの身に着けている小さな魔石と同じくらいの純度を持っているとしたら。
まずいと思った時にはもう遅かった。グリッドは軽くその魔石を前方へと投げる。それは放物線を描いて空中を進むと、グリッドの手前5メートルほどのところで停止した。
「俺が《炎獣》の二つ名を持つ理由、てめぇらにわかるか?」
劫ッ、と炎が生まれる。
しかしその様子は今までのものとは全く違っていた。一瞬にして形を成すわけではなく、まるで放られた魔石に集まっていくかのような動き。
「俺は魔力を動かすことが得意でな。とりわけ炎に動物の形を与えてそれを操ることが一番うまかった」
確かに、グリッドの攻撃で一番厄介だったのは自立して動く炎の獣たちだった。獣は一度生めばあとは命令通りに敵を襲うので、敵がそれに対処している間に次の一手を準備できる。魔術師としてはこの時間稼ぎこそが一番重要だ。
さらにその動きが厄介なだけでなく、炎の獣は動く爆弾としても機能する。それによってエファは昨日大きなダメージを負ってしまった。
魔力は基本的に生み出し、放つ直線的な攻撃が主となるが、グリッドの炎の獣は生き物特有の変則的な動きをしてくる。その対処ができないわけではないが、低コストでそういった厄介なものを生み出せるというのは大きな利点だろう。
「だがな、本領はそこじゃねぇ。俺が生み出す炎の動物たちによる攻撃も、魔石をコアとする使い魔も、出力が小さすぎるんだよ」
魔石を中心として、炎が徐々に勢いを増していく。それは次第に形を成し、地に足をつけた。
「つまりは、これが俺が《炎獣》たる所以だ」
咆哮。
それは巨大な獣だった。
大きさだけならレンが一か月前に戦った巨大魔獣ライオテイルに匹敵する、炎の獣。
しかし魔獣とはまるで圧が違う。
燃え盛る熱が肌を焼くかのような、圧倒的な威圧感。四足で立つ獅子のようなその獣は、ここに来るまでに見たどの使い魔とも明らかに格が違うものだった。
間違いなくグリッドの切り札であり、最強の魔術。そう思わせるだけの力の差を感じ、エファが一歩退いてしまった。
「なによ、こいつ……」
「炎獣。俺が使役する最強の使い魔だ」
ズン、とグレミストが一歩を踏み出す。
炎で構成されている体を持つ獣だが、その一歩の衝撃で質量を持っているということがわかる。
再び咆哮。思わず耳を塞ぎたくなるような大音量と共に、炎獣は突進を開始する。
狙いは真正面にいたエファ。しかし彼女は恐怖と驚愕から、その場を退くことを忘れたかのように足を動かすことができなかった。
迫る炎獣の頭蓋。それが激突する寸前で、エファの前にレンが割って入った。
爆発音のような轟音が響き渡り、レンの鞘と炎獣の頭蓋が激突する。
「怯むな!」
その巨躯を受け止め、なお一歩も後ろに下がることのなかったレンが、エファを叱咤する。
「キミの言ったことは何も間違っていない。俺達は、セシルの友達だ。だったら、ここは勝たなくてはならない! それが、セシルを救うということなんだろう!」
レンの言葉に、エファははっとする。
救う。そうだ、エファがやりたかったことはそれだ。
エファは一人の友達として、セシルを救いたかった。一か月前、レンが自分にそうしてくれたように、自分も誰かを救いたいと思って行動をしていたのではなかったのか。
恐れはある。この獣はきっと自分よりはるかに強い。だが、それが何だ。
相手が自分より強いからといって、ここで退いたらセシルはどうなる。
救いたいのなら勝つまで。実に簡単な話だ。
「―――っ!! ああぁ!!」
竦んでいた足を前に動かす。震えていた腕に目一杯力を込める。
そうするだけで、いつものエファの一撃が完成した。いや、あるいはいつも以上か。
炎獣の頭蓋を、下から上へ振り上げることで両断する。
それで勢いが止まったのか、レンの鞘にかかっていた重さが消えた。その隙を逃さず、レンは炎獣に掌底を放つ。
巨大魔獣をも吹き飛ばした一撃は、バニッシュを伴って炎獣にも同じような末路を辿らせた。あの時ほど豪快ではないが、その巨躯が10メートルほど吹き飛ばされる。
もうもうと立ち込める土煙の中、頭を両断されたはずのグレミストがのそりと立ち上がる。
「嘘でしょ、頭を斬ったのに……」
「当然ね、あれは炎の塊だもの。その証拠に、ほら」
セシルがグレミストの頭を指す。それを見ると、確かに両断したはずの頭が徐々に形を取り戻していた。
「再生能力アリってこと?」
「そうよ、それこそがグリッドの炎獣グレミストの脅威。あれを倒すには二つしか手段がないわ」
「倒せるなら話は早いじゃない。で、それって?」
「グレミストのコアである魔石を破壊するか、術者であるグリッド本人を倒すことね」
至ってシンプルな解だった。だが、その難易度がいかほどのものか、その場にいた全員が正しく把握している。
炎獣グレミストのコアは、おそらくあの炎の塊の中心部にあるはずだ。そこに一撃を叩き込むには、質量のある炎をどうにかする必要がある。
またグリッドを叩く戦法は、かなり厄介だ。ただでさえ三人がかりでようやく届くかどうかという実力者なのに、グレミストの相手もしながら戦わなければならないとなると、正直厳しい話である。
「さぁ、どうするの、レン?」
「……グリッドを叩く」
しばらく考えた末に、レンが出した結論はそれだった。
「あの炎の獣―――グレミストは、グリッドを倒せば消滅する。そして、俺達の目的はグリッドを倒すことだ。なら、それが一番手っ取り早い」
「でも、グリッドは強いわ。グレミストを相手にしながら倒すのはほぼ不可能に近いと思うけれど?」
「それでもやり遂げるしかない」
そう言って、レンは武器を構える。
グレミストが吼え、完全に再生が完了した。
「行くぞ!」
レンが先頭を走り、後に二人が続く。
狙うはグリッド。だが、その行く手を遮るのはグレミストだ。
炎獣は唸り、三人を薙ぎ払うように前足を振るう。咄嗟にそれを防御したレンと合わせるように、エファが前に出て前足を両断せんと大剣を振り下ろす。
しかしさっと腕を引いたグレミストに大剣が命中することはなかった。そのやりとりの間にセシルが脇を抜けようとしたが、素早く首を振り向かせた炎獣に補足される。
前足を上から下へ、セシルを踏みつぶそうと振り下ろされたが、彼女はそれをギリギリのところで回避する。その間に、レンがもう片方の前足に掌底を放った。
軸足の一本をやられ、バランスを崩す炎獣。
「今だ!」
レンが叫ぶと、エファとセシルが一斉にグリッドの下へと走った。
だが、グリッドもただ立ち尽くしているだけではない。
右手に炎を生むと、それを地面に投げ捨てる。すると地面に当たった炎が爆発し、猛烈な爆風を生んだ。
エファはその場で大剣を地面に突き刺し、盾にしてなんとか踏みとどまったが、セシルは風に吹き飛ばされる。
その間に体勢を立て直した炎獣が、飛ばされるセシルに狙いを定めた。
後ろ足で立ちあがり、二足歩行になったグレミストは、空中にいたセシルに向けて前足を振るう。確実に直撃すると思われたが、レンが飛び込みセシルの体を抱えてその場を離脱したことによって、その前足は空を切った。
「大丈夫か?」
「ええ、ありがとう」
セシルを地面に立たせ、レンは再び地を蹴る。
グレミストは既に四足歩行に戻り、真正面から突っ込んできていた。
首を少し右に向け、全体重を乗せた炎獣の突進。それにレンは真っ向から立ち向かう。
再び激突。レンの足は1メートルほど後方に下がったが、それでも彼は当たり前のようにその巨体を鞘で受け止めきった。
改めてレンの異常さを思い知りながら、セシルはグリッドの方へと走る。
その先では、既にエファがグリッドの相手をしていた。
「しつけぇガキだな!」
なんとか肉薄することに成功したエファだったようだが、大剣が振るわれるよりも前に鳥の形をした炎の群れに囲まれる。
昨日エファを仕留めたあの技だ。
「エファ!」
叫び、セシルはブレードを投げる。それが炎の鳥の包囲網の一部を突き崩し、エファはそちらに跳んで包囲から抜け出た。
だが、相手は生物のように動かすことのできる炎だ。獲物が包囲から抜けたと見るや、ぐるりと方向を変えて一斉にエファへと襲い掛かる。
「そう何度も同じ手でやられると思わないでよね!」
言うと、エファは横一文字に大きく剣を振る。それによって生まれた衝撃波が、炎の鳥の群れに直撃し、それが引き金となって全ての鳥が爆発をした。
「グレミスト!!」
しかし、状況は好転しない。グリッドが叫ぶと、炎獣はエファに狙いを定め、背中―――というよりは腰のあたりにぐっと力を入れた。
グレミストの腰には五本の針がついた円状の装飾があったが、それはただの飾りではなかった。
その五本の針の先端に光が灯ると、カッと光って熱線が放たれる。
咄嗟の判断で横に跳び、剣を振って熱線を打ち払うことによって三本の回避、一本の無効化に成功するが、もう一本はどうにもならない。
直撃するとエファは覚悟を決めるが、その直前で左に強く引っ張られる感覚があった。
ズドンという音がして、今までエファがいた場所を熱線が襲う。転がるようにしてその場から離脱できたエファは、左手に鎖が絡まっていることに気付いた。セシルが放ったチェーンブレードのものだ。
「ありがとう、セシル」
「ええ、どういたしまして」
ギリギリのところで助けてくれたセシルに礼を言って、エファは立ち上がる。
目の前ではレンがグレミストの気を引いていた。エファに追撃させまいという考えだろう。
「思った以上に厄介ね、あのグレミストとかいうの」
「それはそうよ、グリッドの切り札だもの」
始めから厄介なことはわかりきっていたことだったが、こうもあの炎獣に邪魔されてはグリッドを狙うことも難しい。
どうにも、このままでは埒が明かない。そう考えていたエファの思考に同意するように、セシルが頷く。
「そうね、やっぱり作戦が必要だと私は思うわ」
「作戦って、そんなのあるの?」
「あるわ、ギャンブルみたいなものだけどね。優等生のエファはそういうの嫌かと思って黙っていたの」
「こんな時に冗談言わないでよ」
「あら、ごめんなさい。でも、私はあまりこの作戦を採用したくはない。ねぇエファ、あなたは私に命を預けることができる?」
真剣な瞳だったが、そこに不安はないように思えた。
答えなど聞く前から知っている、とでも言わんばかりの目だ。
「ええ、預けられるわ」
そして、エファはその期待に応えるようにして返事をする。
グリッドが怪訝そうにこちらを見ていたが、今は動かない二人よりもレンが抑えているグレミストの方に集中しているのか、攻撃はしてこない。
その間に二人は作戦会議を終えた。




