2-26 vsグリッド 1
「こっちに戻ってこい、キミにはそうする権利がある」
ぐっと、セシルは胸を抑えて息を呑む。その瞳に表れたのは迷い。
確信などなかった。レン達の実力がグリッドより劣っているのは事実だ。勝てる確率はかなり低いと考えて間違いはない。
でも、とセシルは思ってしまう。信じてしまう何かが、レンの言葉にはあった。
「ごちゃごちゃと」
ゴウッ、と炎を唸らせ、やりとりを見ていたグリッドが動く。
「戦闘中に喋ってるんじゃねぇよ!」
左手の炎を薙ぐようにして放つ。まるで鞭のようにしてしなる一本の炎が、レンに襲いかかる。
しかしそれもレンには通用しない。先程と同じようにバニッシュによって炎を防御する。
その隙にレンの左側を抜けたエファが、グリッド目掛けて駆けていく。
当然、それを見逃すグリッドではない。
「aven(鳥よ)―――」
鳥の形を成した炎の群れが、エファめがけて飛ぶ。
それを回避しようとエファが左へと跳躍する。しかし、魔石を使った使い魔とは違うが、グリッドの意思によって操ることができる魔力の炎だ。炎は途中で進路を変え、エファ目掛けて突っ込んでくる。
連続する爆発音。確実に命中したという手ごたえを感じたグリッドだったが、次の瞬間に煙幕の中から出てきたレンとエファの姿に目を見開く。
おそらく、レンがあの鳥の群れを全て防御したのだろう。エファとの距離はそれなりにあったはずだが、彼の速力をもってすれば造作もないことだ。
このままでは二人の接近を阻止できないと踏んだグリッドは、再び両手に炎を生み出した。
「gladio(剣よ)―――!」
炎の形を変え、二対の大剣を生み出す。
その間にグリッドに肉薄していたエファは、既に大剣を大きく振りかぶっていた。
横一文字に振るわれるエファの大剣。それを、グリッドは右手の大剣で防御する。
何度も経験した、質量を持つ炎。しかしそれでも片手でエファの一撃を受け止めるのは、やはりグリッドとの力の差が大きいことを証明しているのだろう。
この少女は大したことはない。そう考えたグリッドは、にやりと唇を歪めて左手の炎剣をエファ目掛けて振るおうとする。
しかしその剣が少し進んだところで、派手な衝撃音を立てて止まった。
またもレンが鞘でもってその炎を受け止めていたのだ。
「ぐっ、ガキが!」
「無月の型―――『天衝』!」
鞘を持つ左手に右手を勢いよく当て、接触物に大きな衝撃を与える光月の技。それは流力を伴ったもので、つまりは巨大な力を持ったバニッシュだった。
パァンと割れた風船のように炎の剣がはじけ飛び、グリッドがバランスを崩す。
そこに右手の炎剣をいなしたエファが懐に入って、剣を構えた。
「ナメ、るなぁ!!」
グリッドの咆哮と共に、彼の右手の炎剣が弾ける。
巨大な爆風に煽られたエファは、その勢いに抗うことができずに吹き飛ばされる。
20メートルほど空中を舞い、そこでトンと勢いが止まった感覚があった。
見ると、レンがエファを受け止めていた。
「あ、ありがとう」
「いいや、それよりもやっぱり一筋縄ではいかないみたいだな」
抱えていた手を離し、レンはエファをゆっくりと地に立たせる。
どうやらレンも今の爆風で吹き飛ばされたようで、距離を離されたことに苦い表情を浮かべていた。
魔術師にとって、距離は武器だ。魔力は遠く離れているものに対して放つことができるし、わざわざ接近戦をする必要はない。グリッドは接近戦も行えるようだが、それでも魔術師本来の戦闘スタイルは中距離からの射撃がメインとなる。
故に魔術師との距離はなるべく離れていない方がいい。それはわかっているが、当然グリッドの方がそのことをよくわかっている。だからこそ爆風を利用して距離を取ったのだろう。
「ふぅ、あぶねぇあぶねぇ。大剣の嬢ちゃんはともかく、太刀の小僧はかなりやるな」
「大したことはないさ、それにエファのことを甘く見ていると痛い目を見るぞ?」
「そうかよ」
ぽっ、とグリッドの右肩の上あたりに小さな炎が灯る。
それと同じサイズの炎が、グリッドの周囲に次々と出現した。
「どちらにせよお前らは殺す。一切の容赦はなしだ」
「できるものなら―――」
「―――やってみなさい!」
小さな炎をグリッドが一斉射出するのと、レンとエファが駆け出すのは同時だった。
確かに炎の数は多かったが、これらの炎を全て打ち落とすのはいかにレンであろうと手間だ。その場に立ち止まっての防御ではグリッドに次の一手を打たせる時間を与えることになってしまう。
故に二人が選んだのは前進だった。迫りくる炎の群れを躱し、時に打ち落とし、切り払い、出来得る限りの全速力で前へと進む。
もちろんタダで接近を許すグリッドではない。彼は無数の炎を生み出しつつも、右手に巨大な炎の剣を発生させていた。
「ぅおらっ!」
全長にして10メートルはあるであろうその剣を、グリッドは横に薙ぐ。
左側にいたエファに直撃するコース。上に飛んで回避するという手段はあったが、それよりも早くレンが防御に回った。
炎が鞘に激突すると同時に炸裂する轟音。レンはバニッシュを使ってそれを受け止めていたが、炎の剣が弾けることはなかった。それ故にレンは炎の剣の防御に全力を注がなければならない状況に陥る。
その間にも小さな炎の群れは飛来してくる。
「くっ!」
エファがレンの前に出て、大剣を盾にする。
そうすることで飛来する炎にエファが対処し、炎の剣にレンが対処するという状況ができあがったが、そこで二人の動きは膠着してしまう。
グリッドはにやりとほくそ笑むと、左手にもう一つ巨大な炎の剣を生み出した。
「詰みだな」
それをレン達に向けて振るう。
二人はそれぞれ左方と前方の防御に手一杯で、それに対処することはできない。
あと一秒もしない内に二人に炎が届く、その直前で。
「あ?」
ぴたりと炎の剣が止まった。
見ると、グリッドの左腕に鎖が巻き付いている。それは、セシルが使っているチェーンブレードのものだった。
「何のつもりだ、セシル?」
グリッドの視線の先、セシルは躊躇うような、しかし確かな決意を秘めた瞳を彼に向けていた。
「もうやめて、グリッド。あなたの目的は私を団に連れ帰ることだったはずでしょう。なのにリンクライン島を混乱に陥れて、その上レンとエファを殺そうだなんて、さすがにやりすぎだわ」
「何度も言ってんだろ、邪魔するヤツは排除する。こいつらを殺すのはてめーを団に連れ戻すために必要なプロセスなんだよ」
「なら、仮にレンとエファがあなたを見逃したとして、私がおとなしくあなたについて行くと言ったら、あなたは全ての戦闘行動をやめてくれるの?」
「無理に決まってんだろ。百歩譲ってこいつらを見逃したとして、契約があるから使い魔どもを止めることはできねぇ」
「契約……?」
訝しむようにセシルが言うと、グリッドは「おっと」といかにも口を滑らしてしまったといった風な反応を見せた。
「なんにせよ、ここまでやっちまったからにはもう後戻りはできねぇんだよ。それはお前だってよくわかってんだろ、セシル」
反論はなかった。
仮にここで戦闘行動をやめ、各駅を襲撃させている使い魔を止めたとしても、グリッドを見逃そうなどと考える者は誰一人としていない。逆にそんなことをすれば不利になるのは彼の方だ。
「だったら」
セシルの瞳に宿る決意が、より一層強くなる。
「だったら、私もグリッドと戦う。あなたを倒して、この事件を終わらせるわ」




