2-25 管制塔での対面
リンクライン・シーベルト港駅は島の最端にある施設であり、島中心部にある管制塔まではそれなりに距離がある。
街中にある溝の下を通る線路を真っ直ぐ走ったレンとエファだったが、管制塔に到着するまでにはそれなりに時間がかかった。
およそ十分ほどだろうか。ようやく管制塔下部にある施設の中に入り、レン達は足を止める。
そこは貨物列車や特別列車などががターンテーブルによって路線を変える、リンクライン鉄道において重要な役割を担う施設だ。
一か月ほど前にこの場所は監視カメラ越しに見ているが、実際に目にしてみるとかなりのスケールがある。
広さは先程までいたシーベルト港駅のホームよりも巨大で、ところどころにコンテナやら作業道具やらが散らばっていて、全体を見通すことはできない。
しばらく歩を進めると、レン達は広いスペースに出た。そこに円状の線が地面にあって、それが列車が路線を変えるターンテーブルであるということが一目見てわかった。
異様なのは、昼間だというのにかなり静寂な雰囲気に包まれているということだ。
作業員の姿はなく、騒動のためか列車も動いていない。施設全体の動きがストップしている。
「レン、あれ」
そんな中、エファが施設中央の方を指差した。
積み重なった荷物の上から少しはみ出るようにして見えるもの。それは巨大な炎だった。
妙なのは、それは一般的な炎ではなく丸みを帯びたものであったということだ。まるで水平線に沈む直前の太陽のような形をしている。
おおよそ、その在り様はシーベルト港駅のホームにあった卵型の炎の塊にも似ていた。
「おそらく、あれが魔力供給の大元なんだろうな」
「とりあえず、あそこまで行ってみましょう」
というエファの意見に合意し、二人は再び駆け出す。
地上はいろいろな荷物に遮られ、一種の迷宮のようになっていたので、途中で階段を上がって作業用通路を進む。
カツカツカツ、と金属を踏む音が静かな空間に響くが、今は時間がないのでそういったことを気にしている余裕はない。
だが、結果としてそれは状況を悪化させる要素となってしまった。
「―――! エファ!!」
叫び、レンはエファの前に出て鞘を構える。
同時に爆発音。鳥型の使い魔が猛スピードでレン達に突っ込んだのだ。
もうもうと立ち込める煙があったが、やがてそれが晴れると無傷のレンとエファが姿を現す。
それを見計らうかのように、下方から拍手が鳴った。
「お見事お見事。完全な不意打ちを咄嗟に察知し、完璧に防ぎきるとはなかなかやるじゃねぇか。やっぱお前は只者じゃねぇよなぁ」
「……グリッド・A・ネームレス」
太陽のように真円の形をした巨大な炎の手前、そこに今回の騒動の元凶である大男、グリッド・A・ネームレスが立っていた。
そして、その傍らにはセシルの姿もある。
彼女は無傷だった。それどころか服に煤一つついていない。とりあえず無事であることに安堵しつつ、レンは作業用通路から飛び降りる。
「グリッド・A・ネームレス、お前の目的は何だ?」
「そりゃあ、セシルを国に連れ帰ることだ。前にも言ったろ」
「だったら、この大がかりな仕掛けは何だ? どうして島中にある駅やレアード学園を襲撃する?」
「決まってんだろ、安全に国に帰るための策略だっての」
その言葉に偽りはないとレンは感じた。だが、同時に全てを語っているわけではないという直感もあった。
「安全にリリエイツ公国に帰るためというなら、ここまでの大仕掛けを行う必要はない。もっと別の手段があるはずだ」
「やれやれ、敵わないねぇ。その通りだ、っつっても俺もこれ以外の方法を知らねーってだけなんだがな」
話し合いには応じるが、情報を引き出すことは困難。
そう判断したレンは、これ以上の時間稼ぎをさせまいと話を切り替える。
「今すぐその大きな炎を止めろ」
「そりゃできねぇ相談だな」
会話をしている間に、エファがレンの横に下りてくる。
予想はしていたが、やはり一筋縄ではいかない。なにはともあれあの巨大な炎をどうにかしなければならないわけだが。
下りてきたエファに、レンは小声で問う。
「エファ、あの炎の核はおそらく魔石だ。キミならその魔石を破壊することはできるか?」
「あの周りに纏わりついてる炎を斬り払えば可能よ。でも、その作業をあの男が黙って見ているとは思えないわね」
確かに、その通りだ。
あの炎をどうにかするためには、ひとまずグリッドを撃破する必要がある。
それが容易ではないことは、二人にはよくわかっていた。
「もういいでしょう、グリッド」
そこで、レン達とは目を合わせようともせず俯いているセシルが、初めて声を発する。
「私はあなたの元へ下ったわ。あとは私と共にリリエイツに帰国すればいいだけのこと。これ以上、無関係な人を巻き込まないで」
「だから、そりゃできねぇ相談なんだって。お前と一緒にこの島を出るためには、この島ででけぇ騒動を起こしてリリエイツ港駅の警備を薄くしておく必要があるんだよ」
それが目的であるということは、レンも薄々気付いてはいた。
おそらくバウンサーズギルドでもそうであっただろうが、それでも他の場所で事件が起きればどうしてもその現場に人員を割く必要が出てくる。そうなると必然的にリリエイツ港駅の警備は薄くなってしまう。
だが、その程度で彼をリンクラインから逃さないための警備の網を抜けられるとは思えない。何かもう一つの札を所持していると考えるべきなのだろうが。
「まぁどのみち、俺はこの島から出るために手段は問わねぇよ。なぜなら、俺はそういう類の人間だからなぁ。それがわかっているからこそ、俺のところに来たんだろ、セシル?」
その言葉を肯定するかのように、セシルはきつく唇を引き結んだ。
「どうして、セシル?」
そんな彼女を見かねたかのように、エファが声を発する。
「あなた、レアード学園にいたいって言ったじゃない。帰りたくないって言ってたじゃない、なのにどうしてそんな簡単に―――」
「仕方ないの」
遮るように、セシルは依然俯いたまま口を開く。
「グリッドが手段を問わないと言った以上、それは事実。どんな形であれ、誰かが犠牲になっていたわ。私が意地を張ってレアードに残っていれば、それだけ被害者が増えていた」
事実として、グリッドは手段を問わずリリエイツへの帰国を果たそうとしている。その結果が今回の騒動だ。
そして確かに、最初の襲撃の際にグリッドは「手段は問わない」という言葉を口にしていた。その時にレン達は言葉の重みを理解していなかったが、過去にグリッドと行動を共にしていたセシルにとっては、その言葉の持つ意味を十分に理解していたということなのだろう。
だからこそ抵抗もせず、一人でグリッドの元へと下った。
「確かに、私は盗賊団に戻りたくない。できればずっとレアードにいたい。でも、私がそう願うことによって犠牲が出てしまうのは嫌」
「セシル……」
「だから、私は帰るわ。短い間だったけど今までありがとう、エファ、レン」
そう言って弱くと笑うセシルの表情に―――エファは激怒した。
「ふざけないでよ」
ガシャリと剣を構え、柄を握る手に力が入る。
「ふざけないで、そんな理由で簡単に諦めたりして、セシルの願いってその程度のものだったの?」
「それ、は……」
「私は認めない。要は、その男を倒して今回の事件を丸く収めれば、アンタが帰る必要もなくなるんでしょう」
エファは大剣の切っ先をグリッドへと向ける。
「だったら話は早いわ。これ以上の問答は不要よ、私は全力でこいつを倒す」
そんなエファの戦線布告に、グリッドは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
しかしその直後に顔を抑え、徐々に笑い声を漏らす。
「くっ、ははは!! 正気かお前。昨日俺に手も足も出なかったたかが学生が、よくもまぁ俺を倒すなんて大口を叩けたもんだな」
じゃらりと音を鳴らしたグリッドの魔石が、光を放って炎を生み出す。
両手に炎を持ったグリッドが、一歩二歩と前に出る。
「まぁ、俺もまどろっこしいのは嫌いだ。邪魔しねぇってんなら見逃してやらんこともなかったが、そうじゃねぇってことは仕方ねぇよなぁ」
右手を振りかぶり、グリッドは静かに宣言する。
「死ね」
振りかぶった右手を下ろすと同時に、エファに向かって火炎が投げられる。
それを強い瞳で直視していたエファは、回避をしなかった。何故なら、回避する必要などなかったからだ。
エファの前に出たレンが、鞘で炎を受け止める。
バニッシュによって生み出された流力の衝撃波が、炎をかき消す。防御において絶対的な自信のあるレンだからこそ可能な技。
「セシル、キミがこの男に囚われる必要はない」
腰を低くして、ゆっくりとレンは構えを取る。
「エファの言う通りだ。この男を倒し、事件を丸く収める。そうすればキミはレアードに居続けることができる」
「そんなこと、できるわけがない。レンはグリッドの力を知らないからそんなことが言えるのよ!」
「できるさ、だからセシル」
言って、レンはセシルへと手を差し伸べる。
「こっちに戻ってこい、キミにはそうする権利がある」




