2-23 シーベルト港駅突入
リンクライン島主街区はある種の混乱状態だった。
なにせ島の重要施設である海洋横断鉄道の駅が襲撃を受けたのだ。
安全確認のために一部交通機関は麻痺しているらしく、道路にも交通規制が敷かれ、警察官が自動車や歩行者の誘導を行っている。
その中を逆走するように、レン達は走る。
「思っていた以上に派手にやっているね、やっぱり駅を襲っているのは使い魔なのかな?」
「わかりませんが、ここに来る途中で他のバウンサーからも連絡がありました! どうやらシーベルト港駅だけでなくアンデルス港駅、風陣港駅、モルティー港駅の三つが使い魔の襲撃に遭っているそうです!」
「なるほど、それは大変だ。ただ、様子を見る限り一番派手なのはやっぱり最初に襲撃があったシーベルト港駅らしいね。私達の行き先に変更はないよ!」
人混みをかき分け、ミィンを先頭とする四人は開けた場所に出る。
そこにはバリケードによって交通規制が儲けられ、警察官が二人ほど見張りとして立っている道路があった。
シーベルト港駅がかなり近づいてきたため、交通規制が行われている場所に行き当たる覚悟はあったので、ミィンが素早くそこに近寄る。
すると警察官が行く手を阻むように前に出た。
「こらキミ! この先は危ないから―――」
「我々はレアード学園生徒会の者だ、特務によりシーベルト港駅の混乱の収束、原因の調査のためにやってきた。ここを通していただきたい!」
「学生だと? それにレアード学園生徒会か。目的は何だ?」
「今回の事件、レアード学園の生徒が巻き込まれている可能性が非常に高い。それ故に臨時特例第一条の適用を要求する」
臨時特例第一条という言葉に、警察官達が顔を見合わせた。
レン達には何のことかさっぱりだが、警察官達はかなり深刻な顔をしている。どうやらかなり影響力のあるものらしい。
一言二言交わした警察官が、やがて道を空ける。
「レアードの学生だというのであれば腕も立つのだろうが、気を付けるんだぞ。この先は炎の化け物がうじゃうじゃいやがるからな」
「感謝する。さぁ、みんな行こう!」
警察官の横を抜け、レン達は駅へと向かう。
とはいっても封鎖地点から駅までは大した距離がない。すぐに駅の外装が見えてきて、その入口で内部から出てくる炎の使い魔たちと警察官が交戦しているのが見えた。
どうやら使い魔たちに阻まれて中に入れないというよりは、駅の中から溢れ出てくる使い魔に対応しているといった風だ。それほどまでに大量の使い魔が発生しているということだろうか。
するとミィンが右手を構え、走る速度を上げる。
「穿て!」
その声を合図に、ミィンの籠手から剣が射出された。それは警察官の防衛線をうまくすり抜け、使い魔の一体を貫く。
ミィンはそのまま跳び上がると、ぐっと体を左方向に傾け、伸びた剣で地面を横薙ぎにする。それに巻き込まれた使い魔数体が一気に消滅した。
「はぁぁぁ!!!」
そして左に持ってきた右腕を、今度は一気に右方向へと振りぬく。それに合わせて地面を薙ぎ払った剣が、使い魔を十体ほど一気に消滅させた。
伸びた剣を手元に戻すと、ミィンは警察官が警備車両で敷いている防衛線の前に降り立つ。
警察官の間に動揺が走るが、ミィンはすぐさま右腕にはめた腕章を示した。
「私はレアード学園生徒会の者だ。臨時特例第一条に基づきこれより駅内部の調査を行う!」
防衛線の前に立ったということは、一番危険な位置に身を置くということ。
使い魔はある程度一掃したが、それでも全滅したわけではない。残っていたであろう鳥型の使い魔がミィンに向けて突進してくる。
しかし、それがミィンに肉薄したところでレンが跳び込んできて掌底を加えた。バニッシュを伴うその一撃で、炎の鳥は霧散する。
その後、立ち込める煙の中から数匹の使い魔が飛び出してきた。しかし、それらは防衛線に接近するよりもはるか手前でエファの大剣とミナの扇によって薙ぎ払われる。
突如乱入してきた学生四人(一人はバウンサーだが)に唖然としていた警察官達を後目に、レン達はミィンを先頭にして駅の内部へと進んでいく。
内部に入ると、まず聞こえてきたのはけたたましく鳴り響く警報器の音だ。おそらく周囲に立ち込める煙に火災報知器が反応したのだろう。
「おかしいね、スプリンクラーが作動していない」
「スプリンクラー?」
「火災に反応して水を散布する機械のことよ」
レンのいつもの反応に、エファが肩をすくめながら説明する。
そんな二人のやりとりはともかく、ミィンはまず地面を見て、次に天井を見る。
スプリンクラーの装置は天井に取り付けられていて、火災報知器が火災を検知した再に水を散布するという仕組みになっているはずだ。
しかし、天井のスプリンクラーは見事に破壊されていた。と、同時に地面に少し湿った後があることをミィンは見ていた。
「どうやら、連中はスプリンクラーを破壊したようだね。炎だし水に弱いのは当然だが、そこまで高度な命令を実行できるとは」
「どういうことですか?」
「使い魔に命令できる指示というものは結構限られてくるものなんだよ。せいぜい『人を襲え』とか『動くものを攻撃しろ』とかその程度。でも、それは一般のレベル。使い魔の魔術にも練度があって、特訓すればそれなりに高度な命令を入力することも可能になる」
「???」
「要するに、敵はすごい使い魔を使役できる高度な魔術師だってことさ」
そこまで聞いて、レンは納得した。
確かに昨日相対したグリッドの力は一般のそれを遥かに凌駕していた。彼が高度な魔術師であるということは、レン自身が体感している。
とはいえ、これほどまでに大規模なことを行えるほどの実力の持ち主だとは少々考え難い。
大量の使い魔を使役して四つの駅を襲撃し、さらにはレアード学園にまで手を出す余裕。それほどまでの余裕を得るには、何か裏があるのではないか―――
「とにかく、先に進もう。煙がひどいから、全員周囲の警戒を怠らないように!」
ミィンが号令を出し、駅の奥へと向けて走り出す。
そこでレンも思考を打ち切り、ミィンの隣に並んだ。後衛にエファとミナが付く形だ。
走りながらでも思考をすることはできたが、どうせこの場で考えていたところで答えは出てきやしない。それならばとレンは気分を変えようと答えの得ることのできる疑問にあたってみる。
「ところでミィン先輩、『臨時特例第一条』とは何ですか?」
先程からミィンが警官隊を説得するために使っているこの言葉、レンにとってはこれも気になる話だ。
周囲の警戒を怠らないように気を張り巡らせながら、ミィンは話に乗る。
「ああ、そうだね、簡単に言えばレアードの生徒に危害が及びそうな状況に、レアード学園の関係者が介入できるようになる制度、かな」
「そんなものが存在しているんですか?」
「その名の通り臨時特例だけどね。そして、この特例を使うのは基本的に教官陣だよ。私達生徒が使っていいものじゃない」
「ならどうしてミィン先輩は行使できたんですか?」
「これも例外中の例外で、緊急時においてのみ生徒会もこの権限を行使することができるのさ。ま、後でいろいろと面倒な手続きをしなきゃいけないけどね」
などと話していると、二人は前方から多数の気配が接近してくることを感じ取った。
咄嗟に前を向くと、煙の中から使い魔が五体ほど飛び出してくる。
合図はなかった。二人は示し合わせたように左の三体をミィンが、右の二体をレンが対応するように動く。
「はぁっ!」
まずミィンが右腕を突き出し、狼型の使い魔を貫く。遅れて飛び掛かってきたもう一匹の狼型使い魔の爪を回避し、右手の剣を振るって消滅させる。最後の鳥型の使い魔は、真正面から突撃してくるのを空中へと逃れて回避し、地面に下りる過程で右腕から剣を射出、後ろのエファやミナの元へと使い魔が届く前に仕留める。
レンはまず先頭にいた猫型の使い魔に正面から掌底を打ち込み、バニッシュの衝撃によって消滅させる。続けて飛び掛かってきた蜥蜴のような使い魔を回し蹴りで仕留める。
あまりにも素早く適切な対応に、後ろの二人は唖然とするばかりである。
「す、すごいですね、レンさんとミィンさん! 並のバウンサーにも引けを取ってませんよ!」
並のバウンサーというのがどれほどのレベルなのかエファはよく知らないが、二人がすごいのは認めるところだ。
使い魔を消滅させてその場で周囲を警戒する二人に近づく。
「流石ね、レン」
「いや、俺よりもミィン先輩の方が撃破数が多いよ。というか先輩、その武装、さっきから思ってましたけど珍しいものですね」
「ああ、これかい?」
ガシャリとミィンは右腕を上げ、装備している武装をよく見えるようにする。
「ブレードアンカーといってね、見ての通り、籠手の先端についている剣を射出することのできる武器なのさ」
「見たところ射出のタイミングと距離を自分の意思で調整できるみたいですけど、制御は魔術で行っているんですか?」
「ご名答、さすがレン君だね」
言って、ミィンはコツコツと籠手の中間あたりにはめ込んである魔石を左人差し指で示す。
「これが制御を行うための魔石さ。まぁ長さの調節とかは若干訓練が必要だったけど、慣れてしまえばこの通りだよ」
確かに原理自体は単純な武器だが、それでも扱いはそれなりに難しいだろう。
それを自在に使いこなし、これほどの腕前を身に着けるためにミィンが行った努力は、きっと壮絶なものだったはずだ。
「私はそれよりもミナ君の武器の方が気になるなぁ」
突然話の矛先が向いて、ミナがきょとんとする。
ミナの武器は長さにして70センチほどある巨大な扇だ。使い魔を倒す時はそれを畳んで棒のようになった状態のものを振るっていた。
「扇を戦闘に使うなんて話はあまり聞いたことはないけど、それはどういったものなんだい?」
「えっと、それは―――」
言いかけたところで、今度は四人ともが接近してくる気配に気が付いた。
煙の中から飛び出してくる使い魔たち。今度は三体いる。
レン達が戦闘体勢に移行しようとしたところで、ミナが前に出る。
「やぁ!」
広げた扇を縦に振り、風を巻き起こす。
しかしそれはただの風ではなかった。暴風とでも呼ぶべき荒れ狂う勢いのある風。その風が使い魔たちに衝突すると、文字通り火の粉を散らすかのように使い魔が三体とも消滅した。
「魔術?」
その風に異質なものが混じっていることを感じ取ったレンが、ぽつりと呟く。
くるりと振り返ったミナが、その疑問ににこりと笑って答えた。
「その通りです! 私の武器は風系統の魔術を操る扇です! 鋼でできてるんでちょっと重いんですけどね」
証明にと、ミナは折りたたんだ扇を地面に突き立てる。それだけで「ガン!」と重々しい音が鳴った。
「扇を使っての近接戦闘もできますが、私は基本的に魔術師ということになります! こう見えても戦闘時の応急治癒魔術なんかも使えたりするんですよ!」
「ふむ、となるとミナ君にはサポートに回ってもらった方がいいということかな?」
「そうですね! 私も近距離よりは中距離戦の方が得意ですし、皆さんのことばりばりサポートしちゃいます!」
ふんすふんすと気合を入れるミナ。微笑ましい光景に全員の表情が少し緩んだ。
だが、ここでのんびりとしている暇はない。今のはあくまでも小休止だというかのように、ミィンが表情を引き締める。
「ところで、使い魔の襲撃頻度が増えてきたね。どうやら奥に進むほど使い魔の数が増えているようだし―――」
そこで言葉を切り、ミィンは後ろ目に駅の奥側を見る。
つられて全員がそちらに意識を向けると、小さいながらも人の怒号らしき声や、銃の発砲音が聞こえてくる。




