2-22 使い魔の襲撃
窓の外を見ると、リンクライン島の最端、位置にしてシーベルト王国とのリンクラインが繋がる駅から煙が上がっている。
ここまで爆音が響いてくるほどの爆発。明らかに異常事態が発生している。それを証明するかのように、生徒会室に二つの電子音が鳴った。
片方はアークの傍らにあった銀色の四角い機械のようなものから。もう一方はミナがポケットの中から取り出した小型の四角い機械のようなものからだ。
アークは無言で、ミナは「失礼します」と一言添えてからそれぞれ機械を耳に当てる。その動作から察するに、携帯型の電話機なのだろう。
二人は電話越しに何者かと二言三言やりとりをし、電話を切る。
「あ、あの!」
「ミナ君の方にも同じ報告があったようだな、ひとまず俺の方から説明しよう」
そう言われて、ミナは大人しく引き下がる。それを確認したアークが語り始めた。
「リンクライン鉄道、シーベルト港駅で何者かの襲撃があった」
「このタイミングってことは、やっぱり?」
「ああ、襲撃してきたのは炎の獣のようなものらしい。おそらくだが、グリッド・A・ネームレスの犯行だろう」
それを聞いて、一同に緊張が走る。
「グリッド本人の姿は確認されていないのかい?」
「どうやらそうらしい。確認されたのは魔術で構成された炎の獣のみで、現在駅内にいる警備兵が対処にあたっている」
「これまた派手に動いてくれたものだね。それにしても、どうしてシーベルト港駅に襲撃を……?」
「おそらくだが陽動だろう。だが、対処しないわけにもいくまい」
「それもそうだね、陽動とわかっていて放置していたら、炎の魔術が暴れて被害が大きくなる」
ミィンの言葉に、アークがこくりと頷く。
「だが、グリッド・A・ネームレス本人がやってきている可能性も無視できない。なんらかの手がかりを得るためにも、俺は君達に現場に向かってもらいたいと思っている」
君達とは、もちろんレン達のことだ。
確かにこちらが持っているグリッドに関する情報は少ない。グリッドの意図が何にせよ、彼が行動を起こした場所に駆け付けることによって何らかの情報を得ることができる可能性は大きい。
アークの意見に、三人は異存がなかった。
「了解した、とりあえず私達はシーベルト港駅に向かう」
「あ、あの!」
さっそく行動を始めようとしたところで、ミナが声を張る。
ぴたりと足を止めた三人に、ミナは力強い意志を湛えた瞳で訴えた。
「それなら、私もつれていってください!」
いきなりの提案に、三人は顔を見合わせる。
意図を図りかねている様子の三人に、ミナは説明を加えた。
「その、先程の連絡でこの島にあるいろいろなところで異常が起きているという話がありまして。それで、他のバウンサーの方々はそちらの対処で精一杯なんです! だから、私もバウンサーの端くれとしてこの事件の解決に尽力したいんです!」
「他の場所でも異常って、まったく手の込んだ大仕掛けだね。タイミング的にグリッドの仕業だろうし、よくやってくれるよ」
「ふむ、だがこの状況下で動ける人員を遊ばせておく手はない。ミナ君、同行を許可しよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ぺこりと思い切り頭を下げるミナ。
こうしてミナもレン達のパーティーに加わる。
「話は以上かい? じゃあ時間が惜しいし、早く行こ―――」
再び言いかけたところで、外から爆発音がした。
今度はかなり近い。おそらく、学内と思われる距離だ。
全員が慌てて窓の外を見ると、閉ざされていたはずの校門が破壊され、内部に侵入してくる何かがいた。
「炎の、獣?」
エファが呟くと同時、レンが弾かれるように生徒会室を飛び出した。
ミィンが「ちょっと!」と声を掛けるがレンは脇目も振らずにクラブハウスの中を駆け、階段を下っていく。
だが、彼の行動は間違いなく正解だ。今はあれこれ考えるよりも目先の脅威に対応するのが先決。
先を越されてしまったことで複雑な心境になったミィンは、それを振り払うように頭を振って足を前に出した。
「エファ君、ミナ君、私達も校門に向かうよ!」
「了解!」
「了解です!」
三人もレンに続き、生徒会室を出て階段を下りる。
クラブハウスの外に出て現場に急行すると、既にレンが一体の炎獣を仕留めていたところだった。
不意打ちがうまく決まった形だったのだろうが、その先が続かない。炎の獣は十数体存在していて、一体がやられたことに動揺したりもせず冷静にレンのことを取り囲んでいた。
まるで訓練を受けた軍用犬のような動きだ、などとぼんやりと考えたミィンだったが、すぐに思考を切り替えて右手のブレスレットにはめ込んでいた魔石に意識を集中させる。
それに呼応するように魔石が光り、ミィンの右腕に武装が現れる。
先端に剣のついた籠手とでもいうべきだろうか。それをミィンは走りながら前方へと向ける。
「穿て!」
掛け声と共に、籠手から刃が射出された。
伸びるようにして放たれた刃は、炎の獣の内一体を貫いてしまう。
それで包囲網の一部が崩れ、エファ達はレンの元へと駆け寄ることに成功した。
「まったく、独断先行はいけないよ、レン君」
「すみません、つい」
「まぁいい、エファ君、ミナ君も戦闘準備!」
言われて、二人は返事をするとそれぞれ武器を取り出す。
エファは予め持ってきていたアタッシュケースの中から大剣を。ミナはスカートのポケットから魔石を取り出し、それが光ったかと思えば巨大な扇に変化した。
「それ、魔石? 武器に変化するなんてずいぶん便利なのね」
「ええっ! 知らないんですか!? ホルダー魔石ですよ。ミィンさんも使っていたじゃないですか!」
言われてみれば、ミィンも武器を出す時に魔石のようなものを光らせていた。
それに同じような武器の取り出し方を、セシルと担任教師のエイゼル、そしてエファの従者であるリーナも行っていたような気がする。
「ホルダー魔石って、何?」
「魔石の一種で、中に物体を保管しておくことができる優れものなんですよ! 取り出す時はちょっと魔力を籠めるだけ、誰でも簡単に扱える超便利道具の一つです! 魔石なので形を加工すればアクセサリにして持ち歩くこともできますよ!」
確かに、エファはいつも自分の大剣をアタッシュケースに入れて持ち歩いているが、正直嵩張る上に邪魔だと思うことは多々ある。
慣れてしまったので多少の不便は我慢しているが、それでもホルダー魔石とやらはなかなかに魅力的だと思ってしまう。
そういえば、エファと同じくいつも武器を持ち歩いているレンだが、彼もホルダー魔石の存在を知らなかったのだろうか。ちらりと様子を窺ってみるが、彼は周囲を警戒する姿勢を崩していない。
「お喋りはそこまでだよ、二人共」
ミィンの注意で、エファは意識を引き締める。
ぐっと、炎の獣たちが関節に力を入れるような動作をした。
「来るぞ!」
レンの声を合図にするかのように、数体の炎獣が飛び掛かってくる。
まずミィンが前に出て、獣の一体を刃で横薙ぎにする。
先程もそうだったが、この炎の獣たちはそれほど耐久度が高くない。主に胴体の部分に致命的なダメージを与えてやれば、簡単に霧散する。
ミィンに続くように、エファとミナが飛び掛かってきた二体にそれぞれ対応した。
動きそのものは獣のそれとそう変わらず、牙や爪が武器であるらしい獣たちよりは武器を持つエファ達の方がリーチが長い。
獣が体に触れるよりも早く、エファとミナはそれぞれ武器を振るって炎を薙ぎ払う。
レンは、とエファが彼の方に視線を向けると、ちょうど獣に蹴りを見舞っているところだった。
炎でできた獣に体術を!? と驚きはしたが、レンの足が獣に命中すると同時に「パァン!」という空気が爆発するような音が響く。そして炎の獣は蹴られた、というよりは巨大な衝撃波を受けたような形で姿を消した。
「うむ、見事なバニッシュだね」
ミィンが関心したように頷く。そのついでと襲い掛かってきた獣を一体斬り裂いた。
その拍子に、コロンと何かが地面に転がった。
残りの獣たちもレン達が片付け、その転がった何かを拾い上げているミィンの元へと集まる。
それは赤い色をした玉のような石だった。しげしげとそれを見入るミィンに、レンが問いかける。
「ミィン先輩、それは?」
「どうやら魔石のようだね。うーん、やっぱりというべきかこの獣たちは使い魔だったというわけだ」
「使い魔?」
「ああ、魔石に特定の行動を行うよう指示し、魔力を籠めて動物の形を与える。それを使役する魔術の一種さ。どうしてシーベルト港駅を襲撃している最中にレアードにこいつらがやってきたのか疑問だったけど、これで一つ謎が解けたね」
つまり、その魔石が使い魔の心臓部だったということだろう。
と、そこでレンが何かに反応して首を動かした。遅れてミィンが、そして次にエファとミナが同時に気付く。
校門から接近する多数の炎の獣たち。その数は先程の倍はくだらない。
「これは驚きだね、どうやら我々レアードは犯人にとってよほど厄介な相手と認識されているらしい」
次々と集まってくる炎に、ミィンは苦い笑みを浮かべながら武器を構える。
決して厄介な相手ではないが、レン達の目的はグリッド・A・ネームレス及びセシルの痕跡を追うことだ。そのためにひとまずシーベルト港駅に向かわなければならないのだが、この数の使い魔たちを相手にしていると時間をかなり取られてしまう。
それこそが相手の狙いなのだろうが、これを無視するわけにもいかない。レアードからリンクライン島主街区へと続く道は一本しかないのだ。これらを突破しなければ先には進めない。
「仕方ない、なるべく手早く仕留めるよ、みんな!」
「その必要はありません」
号令をかけ、使い魔たちを蹴散らそうとしたところで、横合いから何者かが使い魔の集団に飛び掛かった。
次の瞬間に轟く爆音。それは思い鉄塊が地面に激突した音だった。
もうもうと立ち込める土煙の中心、そこには一撃で使い魔を数体粉砕した片眼鏡をかけた教官―――エイゼル マストウェイが立っていた。
「まったく何の騒ぎかと思えば、よもやレアードに攻め込んでくる使い魔がいるとは」
「無謀ですよねぇ、私達を舐めるなって言いたいところです~」
エイゼルに続くようにしてやってくる教官陣。各々武器を携えている。
「教官達!」
「ラクティアさん、ここは私達に任せてください。あなた方ははやく街へ」
「感謝します、エイゼル教官!」
「レン君、くれぐれも無茶だけはしないでくださいよ~」
その声を背中に受けながら、四人が走る。
門を抜ける際に使い魔が数体襲い掛かってきたが、後方から飛んできた風の刃によってそれらは消滅する。
開けた道を走り、レン達はリンクライン島主街区へと向かった。




