2-21 朝の緊急招集
翌日、レンは緊急招集という名目でまたもやホームルーム前に教室を抜け出し、生徒会室にやってきていた。
昨日と違うのは、なぜかエファも一緒だということだ。それで大体のことを察することはできたが。
しかし、例の件に関する話であるのなら、セシルの姿が見えないのはおかしい。そう思っていると、アークともう一人、レンの見知った顔が生徒会室に入ってきた。
若草色の髪の、レンと同年代の少女。一か月前にバウンサーズギルドで知り合った、見習いバウンサーの少女。
「ミナ?」
相浦ミナ。レアード学園とはまったく関係のない彼女は、初めて訪れる場所に少し居心地が悪そうにしながら、レン達の姿を認めるとぺこりと頭を下げた。
「お久しぶりです、レンさん、エファさん! お元気そうで本当になによりです!」
「ミナの方こそ相変わらずみたいだな。でも、どうしてここに?」
「彼女はバウンサーズギルドの代表だ」
レンの隣を横切りながら、アークが簡単に説明する。
「今回の一件はバウンサーズギルドが大々的に動いている。よって、彼女にこうして出向いてもらったというわけだ」
「アーク、それじゃあ説明に不足があるよ」
行儀の悪いことに風紀委員長の机の上に座っていたミィンが、足をぷらぷらさせながらじとっとアークを睨めつける。
「バウンサーズギルドは島の治安維持にも尽力してくれていてね、いってみればリンクライン島全体を管理する生徒会みたいなものかな。そして今回のミナ君の役目は連絡役ってわけさ」
なるほど、とレンは頷く。簡単な説明だったが、それでレン達には事情が伝わった。
つまり、昨夜の時点でレアード学園とバウンサーズギルドは情報を共有し、そしてこのたび正式に共同戦線を張ったということだろう。
バウサーズギルドの目的は、グリッド・A・ネームレスの確保。そしてそのグリッドの目的はセシルだ。となればバウンサーが学園にまで来るのは至極当然のことだといえるだろう。
ただ、それならばミィンからレン達に軽く報告をすれば良い話。緊急招集をかけてまで話すようなことではない。
物々しい雰囲気を察し、レンは顔を引き締めた。
「バウンサーズギルドの方で何か掴んだのか?」
「いえ、掴んだのは私達の方ではなく―――」
「我々の方だ、レン君」
生徒会長の椅子に座ったアークが、重々しく言い放つ。
「ミナ君にここに来てもらったのは、君達とまとめて状況を説明するためだ」
「何があったんですか?」
「結論から言おう、今朝セシル・A・ネームレスが失踪した」
アークの言葉に、その場にいたミィン以外の全員が息を呑んだ。
空気が変わったことを肌で感じながら、アークは続ける。
「正確には明朝、レアード学園女子寮の見張りについていた生徒会役員の一人がセシル・A・ネームレスと遭遇したそうだ。だが、次の瞬間には意識を刈り取られたらしい」
「なっ……それはまたあの男が現れたということですか!?」
必死の形相でエファがアークに詰め寄る。
しかしアークはエファの言葉に首を振った。
「状況から察するに、例の男の襲撃はなかったと思われる」
「確かに、あの男の犯行にしては、あまりにも手口が鮮やかすぎる。もしも見張りがいたのなら、焼き殺してでも排除していたはずだ」
レンの言葉に、こくりとアークが頷く。
「もちろんそうならないために見張りには精鋭たる生徒会役員がついていた。にも拘わらず一瞬の間に意識を奪われたということは―――」
「油断しているところを後ろから突かれた、ですかね」
またもレンの言葉にアークが首肯する。
エファは戸惑っていた。それらの話を統合してみると、つまり、こういうことになるのではないか。
「セシルが、生徒会役員を気絶させて失踪したってことですか?」
「残念ながら、そういうことになるね」
机に座っていたミィンが、神妙な顔で頷く。
ありえない、とエファは思う。同時にどうしてという疑問もわき上がってきた。
おそらくこの場で最もセシルのことを理解しているのはエファだ。昨夜、大浴場でセシルはエファに一切の感情を包み隠さず話してくれた。
その話から、エファはセシルが本当にネームレス盗賊団に戻る気がないということを知った。
であれば、自らを危険に晒すような行動には出ないはずだ。生徒会やレアード学園を離れるという行為は、何をするにしてもグリッドに対して大きな隙を見せることになってしまう。それは愚行以外の何物でもない。
あるいは、その愚行を自ら行った?
「セシル君の足取りは現状不明。ただ、リンクライン島からはまだ出ていないと予想できる」
「その根拠は何ですか?」
「簡単なことだよ、エファ君。グリッド・A・ネームレスがどうやってこの島に密入できたのかは不明だが、彼の目的はセシル君をリリエイツ公国に連れ帰ることだ。だとすれば、公国行きの列車を厳重警戒していればいい」
それは確かに初歩的なことだ。だが、それでも絶対ではない。
「あの男―――グリッドの密入経路は不明だと聞きました。リンクライン島の警備はかなり厳重なはずです。それこそ、犯罪者の密入島なんて本来なら考えられないほどに。だというのに侵入できたということは、その手口があるはず。それを突き止めることができていないのに、まだ島内にいると言い切ることはできないと思いますが」
「うーん、そこを突かれると痛いね。ごもっともだよ、グリッド・A・ネームレスがリンクライン島を去っている可能性はないことはない。が、現状において公国行きの列車はまだ二本しか出ていない。それらのチェックも厳重に行われた。よって、我々の目を掻い潜って島の外に出た可能性は限りなく低い、ということしか言えないのが本音のところだね」
話を聞いていたレンが、少し考えてから発言をする。
「事件が一段落するまで公国行きの列車を止めることはできないんですか?」
「残念ながら、それは不可能だ。たかが、と言ってしまっては何だが、犯罪者一人のために大切な交通網であるリンクラインの一本を止めることはできない」
納得はできない話だが、それも仕方のないことだ。
リンクライン鉄道はいわば他国との交易の要だ。それが麻痺するということは、国交が一時的に途絶するということに繋がる。
公国にも他国との交易を主な仕事とする企業は当然存在している。もしリンクライン鉄道が止まってしまえば、その企業に多大な損害を与えることは確かだ。それだけでなく、企業が国にもたらしている莫大な利益も途絶してしまうことになる。つまり、国の機能の一部が麻痺することになるのだ。
帝国で譬えるならば、食料難である帝国に安定して供給されている他国からの輸入食料が、国に入らなくなってしまう。そうなると国の経済にも多大な影響が表れ、下手をすれば民間人に食料が行き届かなくなる可能性すら出てくる。
海洋横断鉄道を止めるということは、そういうことを意味するのだ。
「でも、それじゃあセシルは……!」
エファがぐっと拳を握りしめる。
まだセシルがグリッドの手に渡ったということが確定したわけではない。だが、どのような形にしろセシルは必ずグリッドに接触するはずだ。自ら彼の元に行くにせよ、隠れているのを見つかるにしろ。
そんな確信がエファの中にはあった。そして、これは勘だが接触はそう遠くない未来に起きる。いや、もう既に起きている可能性もある。
どのような形にせよ、グリッドに接触すれば間違いなくセシルは公国に連れ去られることだろう。それほどまでに実力差がある。
セシルの思惑はまだ見えないが、一刻も早く彼女の身柄を確保する必要がある。それがこの場にいる全員の総意だ。
「落ち着け、エファ」
その上で、レンはエファの肩を軽く叩く。
「セシルは必ず俺達で守る。そのために、こうして生徒会やバウンサーズギルドが動いているんだ」
「そ、そうですよ! 私達バウンサーズギルドを甘く見ないでください、必ずやセシルさんを見つけてみせるんですから!」
「その通りだ、生徒会もこの件には全力を尽くす。我々ならば、間違いなくセシル君を見つけ出すことができるはずだ」
レンの言葉に、ミナとアークが続く。
確かに心強い面々だが、落ち着いていられないという気持ちはエファの中でずっと燻っている。
それを察したように、レンが言った。
「すみません、アーク先輩。俺とエファは今からセシルの捜索に向かいたいと思います。また生徒会の指示には従わないということになりますが……」
「いや、構わないだろう。どのみちキミにはセシル君の捜索を願うつもりだった。だが、仮にセシル君を発見できたとして、彼女が《炎獣》と行動を共にしていた場合、果たして君達に彼を打倒できるか?」
ごもっともな意見だ。実際、エファは昨日の時点でグリッドに敗北しているし、レンは大きな隙を作ってしまうがために強者相手には攻撃ができないという欠点がある。
リーナとの戦闘時にレンが使った奥の手がないことはないが、あれは基本的には禁じ手であるとレンは語っていた。そう易々と披露していいものではないのだが……。
「必要とあらば、俺の全力で打倒します」
それはエファの時と同じで、セシルを救うためにあの力を発揮するという決意。
しかし、エファの気持ちは複雑だった。あの力はレンの師が意図して禁じたものだが、一度その目で見たことによってエファにはその理由がよくわかってしまった。
あの力は他者を傷つけるだけでなく、自身も大きく傷つく諸刃の剣だ。一歩間違えれば死にも直結するあまりにも危険な技術。それを使ってほしくないと願う気持ちが、エファにはよくわかる。
「キミの全力というと、ニュービーキラー事件の時に使ったというあれのことだね。残念ながら、あの力の使用は許可できない」
だがしかし、エファが止めるか否かを迷っている間に、ミィンがきっぱりとレンを止めてしまう。
「報告書を読ませてもらったけど、キミの力はあまりにも危険だね。自分も傷つくし相手も傷つく。そんな荒っぽい力、使わせるわけにはいかないよ」
「しかし……!」
「あと、これに関してはマストウェイ教官からキツく言付けられている。私達の許可なしにキミがあの力を振るうことは二度とあってはならないとね」
そう言われて、レンは口惜しそうにしながらもおとなしく引き下がった。
確かミィンの出身はアニエスタ共和国だったはずだが、私達というのは生徒会をことを指すのか、それとも―――
考えていても仕方がない。それよりも、これでレンとエファだけで行動するわけにはいかなくなった。セシルの捜索を行うのであれば、少なくともグリッドを逃がさないよう足止めできるだけの戦力が必要だ。
レンは防御専門で逃亡相手への追撃は向いていないし、エファは力不足で返り討ちに遭う可能性が高い。よって、リスクを考慮すると二人だけでセシルを負うことはできない。
「だから、私が行こう」
そんな懸念を振り払うように、机からぴょんと立ち上がったミィンが明るい声で言った。
「今年度一年生きっての実力派である二人に私が加われば、グリッド・A・ネームレスにも引けを取らないはずだ。そうだよね、アーク」
「……まぁ、少なくとも返り討ちに遭うことはないだろう」
「ひっどいなぁ、私がいればA級首なんてちょちょいのちょいだよ」
ぐっと力こぶをつくるジェスチャーをするミィン。
確かにレアードの三年生ともなるとそれなりに力が成熟している者も多いが、それでも学生レベルであることには変わりない。
不安な視線をアークに向けると、それを察したのか彼は力強く頷いた。
「ミィンの実力は俺が保証しよう。彼女が君達に付くというのであれば、何の懸念もない」
「その通り、伊達に武術に長けたレアードの問題児達を取り締まる風紀委員の長はやっていないというわけなのだよ」
ふふんと誇らしげにミィンは胸を張る。
レン達はミィンの実力を把握してはいないが、彼女の言う通りレアード学園にはそれなりに武芸者が揃っている。風紀委員ともなればそれらを取り締まる必要も出てくるわけで、となればそれなりの実力を伴っていなければならないというわけだ。
その長ともなれば、腕の方は保証されていると言っても過言ではないだろう。事実生徒会長であるアークが彼女のことを厚く信頼している。
「そういうわけで、よろしく頼むよ二人共」
にっこりと笑って、ミィンはレンとエファのチームに加わるような位置に立った。
半ば強制的な同行だったが、断る理由はない。むしろ心強い限りだ。
「ええ、よろしくお願いします、先輩」
「よろしく、お願いします」
力強くレンが、やや戸惑いがちにエファが認めると、ミィンは満足気に頷いた。
「それじゃあ、行動開始と―――」
言いかけたところで、遠方で「ドォン!」という派手な爆発音が鳴った。




