2-19 公国の《炎獣》
「なるほど、だから一限目は戻ってこなかったのね」
レンが語り終えて、セシルが納得したように言う。
「ということはあなた、今日はずっと私のことを監視してたの?」
「ああ、すまないな。疑うつもりはなかったんだが」
「いいえ、妥当な判断だと思うわ。でも、監視されていることにはまったく気づかなかったわね。昼休みなんてクラブハウスの屋根の上に行く時にかなり周囲を警戒したのだけれど」
クラブハウスの屋根の上にのぼったという話を聞いて、ミィンが顔を顰める。しかし話の途中だったために咎めるようなことはしなかったようだ。
代わりにその行為を見逃したレンを責めるような眼差しで見つめる。それをレンは苦笑で受け流した。
「まさかあんなところに上るとは思ってなかったから一瞬焦ったけどな」
「でも、一日中監視してたってことは私達が襲撃された時も見ていたってことでしょう? それにしては駆け付けるのが遅かったようだけど」
「あの時は学園の屋上から見ていたんだ。正直あんな往来で襲撃があるなんて考えていなかったから、到着がずいぶん遅れてしまった」
確かに学園の屋上であれば、ある程度通学路を見渡せる。
かなり下っていくと森の木々が遮ってしまうかもしれないが、その時は屋上から下りて後を尾ければいいだけだ。セシルがレンの立場ならそうする。
「あの男が現れてから急いで駆け付けたんだが、森の中に入ってしまったために発見が遅れたんだ。すぐに狼煙が上がったからなんとか間に合ったけどな」
「そう、そういうことなら許してあげる」
そう言ってセシルは不敵に笑った。
最初からそこまで怒っているわけではなさそうだったので、これも冗談の一種なのだろう。
と、そこで食堂の扉が開いた。
まだ夕食時までは時間があるはずなので、食堂に入ってくる生徒は少ない。そのため、自然と視線はそちらに集まる。
入ってきたのは体のところどころに包帯を巻いたエファと、それに付き添う赤紫色の髪の女性―――エファの付き人であるリーナ・エニスタだった。
「エファ、もう体の方はいいの?」
心配そうにセシルが駆け寄る。
包帯を巻いている姿は痛々しかったが、エファの足取りはしっかりしている。どうやらそこまで大きな傷を負っているというわけではないらしい。
「ええ、平気よ。それよりもレン、あなたまだいたの?」
「これでもキミのことを心配して残っていたんだけどな……。とりあえず、大事なさそうでなによりだよ」
「いいえ、大事あります。お嬢様の玉の肌にこんなに痛々しい火傷を……どこの不逞の輩かは知りませんが、絶対に許しませんわ」
妙な怒りを湛えて、リーナが拳を握る。
それほどまでにエファのことを大事にしているということらしいが、エファは若干うっとおしそうに顔を顰めた。
「とにかく、私は無事。それよりも、アイツの話を聞かせてもらってもいい?」
「そうだな、情報は共有しておこう」
言って、レンは席に着いたエファに状況を簡単に説明する。
全てを聞き終えたエファは、顎に手を当てて考えるような仕草を取った。
「やっぱりネームレス盗賊団の残党なのね……。《炎獣》なんて大仰な二つ名があるみたいだけど、そんなに有名なの?」
「有名も有名さ、ネームレス盗賊団の《炎獣》といえば公国でもかなりの被害をもたらした部隊の隊長を務めていた男だからね」
と、ここまでが一般の知識。
その先の説明を求め、全員の視線がセシルに集まる。
しばらく躊躇うような間を置いた後、セシルはゆっくりと口を開いた。
「《炎獣》グリッド・A・ネームレス。ネームレス盗賊団の中でもかなりの古株で、年長組の一人。中規模部隊『ファング』の隊長を任されてた実力者で、やり方はミィン先輩の言った通りね。私も一度グリッドの部隊に参加したことがあるけど、その時は村一つが壊滅したわ」
「村一つの壊滅に、あなたが助力したってこと?」
「私は盗み専門だったけど、結果的にはそうなるわね」
「そんなことをして、心は痛まなかったの?」
「当時の私は生きることに必死だったから。だから、村が壊滅しようと人が死のうとまるで他人事のような感じだったわ」
ガタンと音を立ててエファが立ち上がる。
しかし、その次の行動をレンが片手で制する。
「確かにセシルの行った行為は非道なことかもしれないが、まだ年端もいかない子供の頃の話だ。過去は過去と切り捨てることは良くないと思うけど、大事なのは今なんじゃないのか?」
「レン……」
「そうね、今にして考えれば私の過去の行いは悔いるべきことよ。どんな非難をされようと、私に言い返す権利なんてない」
本気で悔いるような真剣な表情でそう言われてしまっては、エファも何も言うことはできない。
気まずい顔で席に座ると、セシルがエファの方を見て少し微笑んだ。まるで「ありがとう」と言われたような気がして、エファは顔を逸らす。
「続けるわ。グリッドは部隊長を任されるほどの実力者で、公国ではA級賞金首として指名手配されていたわ」
「それってどれくらいすごいの?」
「そうね、私でC級首だったって言えばすごさがわかるかしら?」
得意気にセシルが言うが、実感が持てずエファは難しい顔をする。
それを見たミィンが補足に入った。
「A級首というと、キミ達の担任であるマストウェイ教官と同じくらいの実力なんじゃないかな。少なくとも学生がどうこうできるレベルじゃないよ」
エファはエイゼルの力を全て把握しているわけではないが、日頃から彼の授業を受けている身としては、その脅威は存分に理解できる。
実際にグリッドと戦ったからこそわかることだが、名門校レアード学園の一年生でエリートクラスに所属しているエファとセシルが二人がかりで食らい付くのがやっと、という相手だ。学生レベルでどうこうできる相手ではないという言葉は十分な重みをもってエファの胸にのしかかる。
「グリッドのやり方は体感してもらった通りかなり強引よ。邪魔なものは全て焼き払って手に入れたいものを手に入れる」
「もはや強盗ね」
「今回は大人しく退いてくれたけど、次はもっと確実な方法で、多少強引にでも攻めてくると思うわ」
重い沈黙が一同を支配する。
あれほどの実力者が手段を問わず、強引な方法で攻めてくるというのだ。対応は可能かもしれないが、完全に犠牲を出さずにやり過ごすというのはかなり難しい。
だからといってセシルを素直に差し出すなどということはできない。元ネームレス盗賊団といえど、彼女は今やレアード学園の一生徒なのだ。
ミィンは熟考の末に組んでいた腕を解き、身を乗り出す。
「とりあえず、私は教官陣にこのことを報告させてもらう。もはや生徒会だけの手に負える問題ではないからね。グリッド・A・ネームレスについては、しばらくは襲撃もないだろう。今回の一件はバウンサーも動いているし、そうそう自由に身動きが取れることはないだろうさ」
結局は、それ以外に方法はないだろう。学生の手に負えないのであれば、大人達に頼るほかない。
それでも不安そうな顔をするセシルに、レンが声を掛ける。
「心配するな、セシル。キミはもうレアードの生徒で、俺達の仲間なんだ。何があろうと絶対に守ってみせるさ」
優しい言葉でそう語りかけられて、それでもセシルの顔は晴れない。
結局、この件はミィンに全てを任せてその場は解散という流れになった。




