2-18 朝の密談
グリッドとの戦闘後、レン達は学園よりも近い学生寮へと戻っていた。
深刻ではないがエファの傷のこともあって、一時的に女子寮へ。普段は男子禁制の女子寮だが、レンも特例措置として一階の食堂に立ち入ることができていた。
どうやらエファは自室で付き人のリーナに手当てを受けるらしく、階段でレンと別れた。
ということもあって、いま食堂には一つの席にレンを含めた三人が集まっている。
その内の一人であるミィンが、腕を組んで難しそうな顔をした。
「まさかネームレスの残党がそんな大胆な行動に出てくるとは……」
ミィンがこの場にいる理由は単純明快。生徒会の代表として、レアード学園で起きた事件の顛末を確認するためだ。
「ただでさえあの《炎獣》は厄介だというのに、まさか目的がウチの生徒だとは」
言って、ミィンは涼しい顔をして座っている三人目、即ちセシルを見る。
「目的はセシル・A・ネームレスを連れ帰ること、かぁ。うーん」
「すみません、ミィン先輩。まさかグリッド来るなんて思ってもみなくて……」
項垂れながら謝罪するセシル。
彼女の心を読めるわけではないので確かなことは言えないが、あの戦闘を見る限りではグリッドと手を組んでいるという可能性は考えにくい。
つまり、今回の事件においてセシルは完全に被害者側である。
「それよりもレン、あなた《炎獣》の名に聞き覚えがあるようだけど、どこで聞いたの?」
「ああ、今朝ミィン先輩からだよ。ほら、ホームルーム開始直前に呼び出されていただろう」
言って、レンは今朝の出来事を思い出す。
ホームルーム開始直前、ミィンに呼び出されたレンはクラブハウス横の空きスペースにやってきていた。
背後でホームルーム開始のチャイムが鳴るのを聞きながら、足を止めたミィンに問う。
「ホームルーム、始まってしまいましたけど大丈夫なんですか?」
「言っただろう、許可は取ってあると」
「ということは結構な重要案件が入ってきたということですか?」
「さすがレン君、察しがいいね」
生徒の模範であるべき生徒会の役員がホームルームをサボってまでしなければならない話だ。それほどまでに優先度の高い話となると、つまりはそういう話なのだろうということくらいは誰でも予想はできるが。
「そうだね、まどろっこしいのは好きじゃない。結論から言わせてもらうと、昨夜リンクライン鉄道中央管制塔に侵入者が現れた」
侵入者。どうにも不穏な単語に、レンは眉を顰める。
ミィンはそんなレンに写真を見せた。
「これがその侵入者だ」
「ずいぶん大柄な男ですね」
「その大柄さに見合うくらい行動も大胆でね、彼は巡回をしていた警備員二名を殺害し、そのあと自分が通った通路の監視機器を全て破壊した。監視機器を避けるというよりその後の足取りを掴ませないことを目的とした行動だったようでね、こうして写真や映像が残りはしたんだが、その後の行方はわかっていない」
それはなんとも大雑把な行動だな、とレンは考える。
隠密行動を心がけるのであれば、監視機器の類は自分の姿を捉える前に破壊すべきだ。破壊したという痕跡は残るが、それ以上の手がかりを得ることができなければそのぶん調査は遅れる。
「最近の監視機器はかなり高性能でね、侵入者が警備員と接触した時の音声まで残っている。それによると、男は『グリッド・A・ネームレス』と名乗ったそうだ」
聞き覚えのある言葉に、レンが素早く反応する。
「ネームレスというと、セシルと同じ?」
「ああ、おそらくはネームレス盗賊団の残党だろう」
ずいぶんとタイムリーな話が舞い込んできたものだと思ったが、それはさておき。
ミィンは写真を懐に仕舞い、話を続ける。
「ネームレス盗賊団の残党はリリエイツ公国にいるはずだ。政府の監視下におかれている者ならともかく、未だ逃亡を続けている団員が国を出ることは本来であればできない。その辺は公国側の問題なのだろうが……」
「まさか、セシルが国外逃亡の援助をしていると?」
「その可能性は低いだろう。セシル君は既に団とはなんら関わりのない人物だ。確かに最近までこそこそと裏で何かをしていたようだが、少なくとも団員と連絡を取り合うような行為は確認されていない」
「そうですか、良かった」
ほっと胸を撫で下ろすレン。知り合って一日二日しか経っていないとはいえ、友人が悪事に加担しているなどという話はあまり聞きたくないものだ。
「それで、この男の目的は何なんですか?」
「今のところ調査中、つまり不明ということになる。ネームレス盗賊団というだけあって、何かを盗みにきた可能性はなくはないが……いや、彼らは現在壊滅している状態だ。そういった活動は公国内でもあまり確認されていないし、そもそもリンクラインにやってきてまで盗む必要性のあるものに見当がつかない」
「では、セシルが今回の件と関わりがある可能性は?」
「先程も言った通り、セシル君はネームレス盗賊団と手を切っていることは明らかだ。可能性は低い、と言いたいところだが……」
「五分五分、といったところですかね」
ミィンの様子から予想したレンの言葉に、彼女はこくりと頷く。
「今朝からセシル君の行動を監視させてもらっているが、特に目立った動きはない。しかし、我々の関与しないところで何かが動いていないとも言い切れない」
「だからこそ五分五分ということですか」
「ああ、つまり現状においてこの件に関する一切のことは不明ということになるな」
両手を上に持ってきて、ミィンは首を横に振った。
話が煮詰まってしまい、次の言葉が出てこない。レンはしばらく考えた後、とりあえず話題を変えてみることにした。
「そういえば、この情報はどこから入手したんですか?」
「ん? ああ、情報源は当然管制塔だよ。事件が起きたのは昨夜のことだが、リンクライン内の重要施設の連絡網は優秀でね。深夜の内には島中の施設にこの情報が行き届いている」
さすがはリンクライン島というべきか。世界六大国の陰謀が犇めき、事件が多く起こることもあってか対応力はかなり高い。
「まぁ、レアードには元ネームレス団員のセシル君もいるからね。情報が回ってくるのは早かったよ」
「……やはり、セシルは今回の一件で島中から警戒されているのでしょうか?」
「そりゃそれなりにはね。元々彼女がこの島にやってきた目的すらわかっていないのだし、以前からネームレス盗賊団の元団員ということで警戒はされていたんだ。そこにこの一件が舞い込んできたとなれば、その警戒度が上がるのも無理はないだろう」
納得のできる話だが、どうも認めたくはない話だ。それはレンがネームレス盗賊団というものをよく知らないせいかもしれないが、セシルをそこまで厄介者のように扱うことはどうにも気分が悪い。
そんな表情を察してか、ミィンはレンに歩み寄って肩を叩いた。
「あまり難しく考えない方がいい。私も今回の一件でセシル君が何かをしようと考えているようには思えないんだ。これは勘なんだけどね」
「ですが、俺にはこの一件とセシルがまったく無関係だとは思えません。勘、ですけど」
「そうだね、私もそう思う。でもそうじゃない可能性だって十分にある。私達にできることは、考え得る可能性の全てに対応することだけだ。ついては、キミにセシル君の監視をお願いしたい」
「俺に、ですか?」
「他の生徒会役員が行うとどうも不自然になってしまうからね。その点キミはセシル君と同じクラスだから一日中一緒に行動していても不自然ではないし、彼女との距離も近そうだからその動作の機微から何かを察知することができるかもしれない。適任だと思うけどね」
ミィンの口ぶりは、強制はしないと言っているようなものだった。
だが、レンの考えも彼女と同じだ。友人を監視するというのは気が進まないが、何かあった時に対処する必要はある。万が一の可能性を潰しておくことは大事だ。
「わかりました、その役目、引き受けさせてもらいます」
「ありがとう、よろしく頼んだよ。生徒会も今回の一件が解決するまでは厳戒態勢を敷くつもりだ。他の生徒に何かがある可能性もあるからね」
それじゃあ私はこれで、とミィンは手を振ってクラブハウスの入口の方へと去っていく。
おそらく生徒会でいろいろと対策を練るつもりなのだろう。
「さて、と」
ひとまずセシルの件を一任されたレンは、今が一限目の最中だということを思い出す。
途中で教室に戻ってしまっても構わないのだが、授業の妨げとなるのは少し気が引ける。
そんな理由もあって、とりあえず今朝カミトと出会ったことで中止せざるを得なかった校内の見回りに繰り出すことにした。




