2-17 エファ&セシル vs グリッド
「そうか? 俺の部隊じゃ割と普通のやり方だったぜ。なんにせよ、抗うってんなら話は単純だ。そっちの女殺して、お前を引きずって帰る」
右手の炎が形を変え、巨大な剣となる。それをエファ目掛けて振り下ろすグリッド。
恐ろしい凶器だが、巨大なぶん動きは遅い。難なく右に避け、地を蹴ってエファは再びグリッドへと接近を試みる。
それを援護するように、セシルも動いた。左方に駆け、小さく回したチェーンブレードをグリッド目掛けて投げる。
「ハッ!」
愉快そうにグリッドが笑うと、炎剣が横薙ぎへと軌道を変えた。ちょうどエファが避けた方向一帯を薙ぐような形になる。
炎剣が通った後は草一本残らない焼け野原と化す。そのことからしゃがんで回避することができないと察したエファは、やや前方寄りに上へと飛んだ。
それと同時、セシルの放ったブレードがグリッドに迫るが、彼はそちらに見向きもせず、しかしバスケットボールほどの炎球を一つ発生させてそれを即座に爆発させた。
爆風に煽られブレードの軌道が逸れる。それを確認したセシルはすぐさま手元にブレードを引き寄せ、スカートのポケットから3つほど魔石を取り出した。
前方へと跳躍したエファは、放物線を描く軌道でグリッドに迫っていた。剣を振りかぶり、縦一文字に振り下ろす構え。しかしその接近を許すグリッドではない。炎剣を握っていた右手をぱっと放し、新たな火炎を生み出す。
今度のそれは一つではなく、無数の火球だ。テニスボールほどの大きさのそれを、グリッドはエファ目掛けて放つ。
「っ―――、はぁっ!!」
咄嗟に振りかぶった剣を空中で横に薙ぎ、その衝撃で火球を全て打ち落とす。
「aven(鳥と化せ)―――」
その行動もグリッドの行動の内。エファが払った火炎の残滓が、鳥のような形を成して彼女を包囲する。
数にしておよそ20。全方位に展開したそれを、エファが迎撃しうる手段はない。
火炎の残滓から生まれた鳥が、一斉にエファに襲い掛かる。
そして爆発。エファの体が爆炎に呑まれ、何も見えなくなる。
「エファ!!」
叫んで、しかし既にグリッドに肉薄していたセシルは、ブレードを彼目掛けて横に振る。
それがグリッドの脇腹に食い込む寸前で、炎が刃を遮った。
先程エファの大剣を受け止めたものと同じ炎だ。しかし、セシルにとってそれは予想の範囲内。左手の指に挟んだ、先程ポケットから取り出した丸い三つの魔石を光らせ、小さな刃を三つ出現させる。
体を離すと同時、それをグリッド目掛けて放つ。グリッドは火花を生み出し、小さな爆風を起こしてそれらを撃ち落とす。
3メートルほど後方に着地したセシルは、ドサリという音を立てて地面に落ちたエファの姿を見た。
かなりダメージを負っているようだが、おそらは無事だ。しかしこれ以上の戦闘続行は望めない。
「よそ見してる場合か?」
はっとしてグリッドの方に向き直ると、彼は地面に三つの炎の塊を落としていた。
「lupus(狼よ)―――」
それらは形を成し、三体の狼に成る。
狼達は唸るようにその場で地面を踏みしめ、やがてセシルを睨んだ。
「行け」
グリッドの単純な命令で、狼達がセシルに襲い掛かる。
セシルは後ろでチェーンブレードを振り回し、それを一番右側の狼目掛けて投げる。
それを回避できるほどの知性と技能を持ち合わせていたなかったのか、あっさりと一匹目の狼はブレードに貫かれて形を失った。
続けて二、三匹目の狼を処理するために、セシルは宙へと跳躍する。
放ったブレードをそのままに、鎖に力をこめてブレードの進行方向を制御。ブレードが横に移動するように力を加え、それはセシルの思惑通り二匹目の狼の腹に食い込んだ。
炎の塊が消失すると、セシルは遠心力を利用してブレードを自分の元へと引き寄せる。
うまく空中で刃をキャッチすると、そのまま重力に任せて三匹目の狼の元へと落ちていく。
「はっ!」
空中で再びブレードを真下に向けて投擲。それは容易に三匹目の狼に命中し、火炎の塊は姿を消失する。
しかし、それらを処理している間にグリッドは次の炎を生み出していた。
これでは後手だ、とセシルは次の状況にどう対応すべきかを考え、そこで気づいた。
「やぁぁぁ!!」
体のあちこちに火傷を負い、ボロボロになったエファがいつの間にか立ち上がり、グリッド目掛けて剣を振り下ろす。
それに気付いたグリッドが、対応するために咄嗟に後ろを振り向いた。
「clypeus(盾よ)―――!」
左手に炎の盾を生み出し、それによって大剣をガード。
しかしエファの不意打ちはある程度の効果をもたらしたようで、そこに付け入る隙が生まれたと感じたセシルは、チェーンブレードを回転させつつグリッドへと迫った。
距離は5メートル。そこでセシルは前方のグリッドに向けてブレードを投擲する。だが、グリッドの対応力は予想通りに高く、そのブレードは彼が背中に発生させた炎によって止められてしまう。
それも予想の範疇だと、セシルは既に上方へと跳躍していた。そこで体を地面と水平になるようにして、ぐるりと一回転をする。その回転につられて、チェーンがセシルの体の周りを一回転し、勢いのついたブレードを叩きつけるようにグリッドの頭上から襲い掛かる。
遠心力を利用した、セシルの武装最大威力の攻撃。そして未だエファの剣をガードしているグリッドにとって、それほどセシルの攻撃に対応できるほどの余力があるとは思えない。
その予想に反するように、グリッドはにやりと唇の端を釣り上げた。
「弾けろ」
ドンッ! とグリッドの炎の盾が爆発した。
巨大な爆発だ。それはセシルのブレードの軌道を逸らし、エファの体を吹き飛ばすに十分な破壊力を有している。
爆発のあおりを受けたセシルは、なんとか直撃を免れて地面へと着地する。しかし、エファはもろに直撃を受けてしまい、数メートル吹き飛び、地面を転がるようにして倒れた。
「エファ!」
咄嗟にセシルがエファへと駆け寄る。
上半身を抱き上げるようにして起こすと、まだ意識があるようで目はしっかりと開いている。しかし、痛みで体が動かないといった風だ。
「なに、してるの……はやく逃げなさい」
「エファを置いて逃げることなんてできないわ。ちょっと待ってて、すぐに―――あっ!」
バチィン、とセシルの頬がグリッドの手の甲に叩かれる。
数メートル横合いに飛ばされたセシルは、ごろごろと地面を転がって制止する。
「やれやれ、ほんと腑抜けちまったもんだねぇ。だが、おままごとはここまでだ、セシル」
眼下のエファを見下し、グリッドは右手を上に掲げて巨大な炎の剣を生み出す。
「ひとまず嬢ちゃんにはここで死んでもらう。悪く思うなよ」
「やめて、グリッドーーー!!!」
セシルの叫びも空しく、炎剣がエファ目掛けて振り下ろされる。
が、それがエファの体に突き刺さることはなかった。
「あ?」
炎剣とエファの間に割り込んできた影。突如として現れたそれは、その鞘で炎の切っ先を受け止めている。
エファとセシルが驚きに目を見張った。
唯一その場で乱入者の正体を知らないグリッドが、眉を顰めて問いかける。
「何モンだ、てめぇ」
「レアード学園生徒会、臨時役員のレン サイクスだ」
ボッ! と音を立ててグリッドの炎剣が消失する。
驚いたグリッドが、警戒を強くしてレンから距離を取った。
今のはグリッドの意志で炎を消したわけではない。目の前に立つ黒髪の少年・レンが何かをしたのだ。
「レン、どうしてここに……?」
よろよろと立ち上がったセシルが、レンの元へと駆け寄る。
レンはそんな彼女を一瞥し、傷の度合いがかなり軽いものであることを確認すると、次に後ろにいたエファを抱き起こす。
「その話は後だな、それよりもセシルの方は大丈夫そうでなによりだ。エファは……」
「これくらい、平気、よ……」
「そうか。それは良かった」
満身創痍といってしまえばそこまでだが、エファの傷も命に別状はなさそうだ。そう判断したレンはエファをセシルに任せると、立ち上がって前に出る。
「とりあえずは、この状況からどう脱するかが先決か」
見据えるは目の前に立つ炎の大男。
警戒か、余裕か。レンがエファやセシルと会話をしている間、その場でずっと様子を見ていた彼は、煙草をぷっと口から吐き出した。
「めんどくせぇなぁ、お前も俺とやりあおうってのか?」
「ああ、そっちがその気ならな」
「はっ、そりゃそうだろう。俺は邪魔者を全て排除してセシルを連れ戻すのが目的だ。てめぇが俺の邪魔をするってんなら、てめぇを消し炭にするだけだ」
「ずいぶんと余裕だな」
「そりゃそうだ、たかが学生如きに遅れを取るほどネームレス盗賊団は落ちぶれちゃいねぇんだよ!」
再びグリッドの周囲に炎が巻き起こる。
それは無数の炎弾となってレンに襲い掛かった。
回避は可能だが、それだと背後にいるエファ達に流れ弾が当たる可能性がある。
ならば全て打ち落とすまで。
レンは鞘を構え、火炎弾の一つ一つを確実に見て捉える。
「ふっ!」
火炎弾がレンの鞘に触れると同時に、弾けるようにして消失していく。
その様を見て、グリッドは眉をぴくりと動かした。
新たに巨大な火炎を発生させ、それをレンへと投げつける。
テニスボールほどの火炎球ならまだしも、巨大な炎の塊を防御することは不可能。そう思われたが、レンはすっと息を吸い込み、太刀を前方に構えると短く息を吐いた。
そして鞘に炎が触れた瞬間、まるで風船が割れるようにして炎が弾け飛ぶ。
その様を見て、グリッドが関心したように顎をさすった。
「その技術、やっぱりバニッシュか」
全ての火炎を撃ち落とし、レンは再びグリッドを見据える。
グリッドは愉快そうに両手を広げて嗤っていた。
「驚いたぜ、まさかたかが学生がバニッシュを使えるなんてな。ほんとにお前学生か?」
驚いていたのはグリッドだけではない。その様子を見ていたエファも、セシルも信じられないようなものを見るように目を見開いている。
「今、レンは何をしたの?」
独り言のように呟いたのはエファだ。
レンの防御術は確かにすごい。それはエファも身をもって実感しているし、彼の防御を抜けたのは9人がかりでようやく隙をついたリーナくらいである。
だが、そのレンの防御術がいかに凄まじいものであろうと、物理でないもの―――即ち炎を防御することはできないはずだ。
エファの大剣のように質量のある物体であるなら、あるいはそれを盾に熱を凌ぐことはできるかもしれない。だが、レンの太刀は手で握れる程度の太さしかない。あれで火炎の塊を防ぐことは不可能だ。
「バニッシュよ」
その理由を、セシルが語る。
「流術の高等応用技に、魔術師対策のものがある。体内にある流力を一息の間に放出して魔力にぶつけ、それを相殺する技術。それが『バニッシュ』。レンが今使った技ね」
「高等応用技って、そんなものヒルデブランド流でも教わっていないわ」
「当たり前よ、十代の子供が習得するには早すぎる技だもの。何年も流術を使っていて、その扱いに慣れた者が一年くらいかけてようやく習得できるような代物よ」
実感は湧かないが、どうやらとんでもない技術であることは確からしい。
もっとも、あの秘密だらけのレンがどんな技術を持っていようとおかしくはない話なのだが、同じ剣の道を志す同年代のエファとしては悔しい気持ちがある。
「ま、そんな大道芸ができたところでなんだって話だがな」
両手に炎を発現させ、グリッドが再び臨戦態勢に戻る。
「確かにバニッシュができるヤツは脅威だが、俺が一度もバニッシュの使い手と戦ったことがないとでも思うか? それに、さっきからてめぇは防戦一方でまるで攻撃してくる気配がねぇ」
「……」
「なら、このままあぶり続けてやるからそこでサンドバッグにでもなってるんだな」
「そんな時間があるのか?」
「なんだと?」
「俺がここに来たのは、騒ぎを聞きつけたからだ。下校時の通学路での騒動は、生徒会の処理案件だ。そして、森の中で炎を使い続けたことによって上がった狼煙。他の生徒会員がこの場所を見つけるのに大した時間はかからない。どういう事情があれ、レアードの生徒に手を出したあなたは捕縛されなければならない」
言われてみて、グリッドは初めて周囲を見る。
ぱちぱちと煙を上げながら燃える地面。頭上に広がる枝葉のせいで見えなかったが、立ち上る煙は空まで伸びている。レンの言う通り、この場所の特定は容易い。
「だからどうした、たかが学生が何人集まろうが、全員燃やしつくしゃいい話だろうが」
「そのたかが学生にこうして時間を稼がれている。それに、レアードの上級生は俺なんかよりもはるかに強い使い手がたくさんいる。あなたは確かに強いかもしれないが、生徒会のメンバ-が集えば決して勝てないことはないと俺は踏んでいる。その上で問おう、ここで退くか、それともたかが学生達の力を試してみるか」
炎を発生させたまま、グリッドはしばらくの間その場で閉口していた。
やがてふっと炎を消すと、身を翻して歩いていく。
「白けちまったな、今日のところはここまでにしておいてやるぜ、セシル」
「グリッド……」
「だが、こっちも任務で来てるんだ。いいか、よく覚えとけ。お前を連れ戻すためなら、俺は手段を問わねぇ」
そう言い残して、グリッドは森の奥へと去っていく。
取り残された三人は、ただひたすらその背中が去っていった方角を見つめていた。




