2-16 グリッド・A・ネームレス
「ぐっ、大丈夫、エファ?」
「な、なんとか……それにしてもいきなりね」
大男の攻撃は一切の容赦がなかった。
邪魔だ。たったそれだけの理由でエファに対して圧倒的な攻撃を放ってきた。
あの炎に呑まれていたら、などということは考えるまでもない。男は息をするように簡単に、道端の雑草を引き抜くように気楽にエファの命を奪おうとした。
「いったい、アイツは何なの?」
セシルに問いかける。
あの大男は間違いなくネームレス盗賊団だ。それは先程のセシルとの会話の内容から簡単に推察できる。
だが、あの男はセシルとはあまりにも違いすぎる。元団員のセシルだが、あそこまでの容赦のなさと残忍さは持ち合わせていない。まるで、エファが想像していた通りのネームレス盗賊団員のような、いやそれよりももっと酷いか。
少なくとも目の前にいる元ネームレス盗賊団員よりは遥かに好戦的だ。
「グリッド・A・ネームレス。ネームレス盗賊団の隊長なんかをやってるモンだ」
森の中から声。
二人が一斉にそちらを向くと、先程の大男がのっそりとした動作で木々の間から現れる。
反射的に武器を構える二人。それをまったく脅威ではないというかのように、男はゆるい体勢を崩さない。
「それにしてもよぉ、どうしてそいつを庇うんだ? お前にしちゃ珍しい行動じゃねぇかよ、なぁ、セシル」
「っ、そっちは相変わらずみたいね、グリッド」
「変わりゃしねぇよ、俺らはネームレス盗賊団なんだからよぉ。それとも何か、お前は変わったっていうのかよ、セシル?」
「わたし、は……」
力なく腕を下ろし、セシルはグリッドと名乗った男から視線を逸らした。
彼女の中でどういった葛藤があるのかはわからない。だが、今は目の前の脅威をどうにかするのが先だ。
「あなたがどういう目的でやってきたのかは知らないけど、話は身柄を拘束した後でじっくり聞いてあげる」
「おいおい、どうして俺が身柄を拘束されなきゃいけないんだ。なんか悪いことでもしたか?」
「思いっきりしたじゃない、私を殺そうと!」
「別に殺しなんて普通のことだろ。でもま、なんにしてもさっきからお前はうるせぇ」
再び炎が唸る。
手品のように出現した火炎だが、よくよく見てみるとグリッドが身に着けている指輪が光を放っている。あの指輪についている赤い石は、間違いなく魔石だ。そこから魔力を取り出し、炎を扱っているのだろう。
つまり男は魔術師。魔石を使った戦術を得手とする者の一人だ。
「くっ―――」
大剣を持つエファに炎を防御する手段は、剣を盾にすることだけ。しかしそれでは相手の姿を見失いやすくなり、不利になる可能性がある。
よって回避を選択したエファは、左手に跳んで木の陰を経由する。
爆発音と共にエファのいた場所を炎が飲み込む。攻撃前に光った指輪についている魔石のサイズは直径にして3センチほどだったが、おそらくかなり高純度のものなのだろう。魔力量は極めて高い。
木の陰を利用することによって爆風からも逃れたエファは、続いて一直線にグリッドに向けて駆ける。
「flmma(炎よ)―――」
グリッドが言葉を紡ぐと、それに呼応するように炎が巻き起こる。
それは巨大な火炎の球だった。小さな太陽のように存在するそれは、エファの真正面、グリッドの体の側面に出現した。よって、エファはそれに突っ込むこともできずに制止せざるを得ない。
「titatus(直進せよ)―――」
その号令と共に、炎球がエファに向けて直進してくる。
直径およそ3メートルほどの火炎弾だ。直撃すればただでは済まないことくらい誰にでも理解できる。
右方に跳んでそれを回避。多少不安定な姿勢からの跳躍だったため、エファは地面を転がる。しかしすぐに体勢を立て直すと、再びグリッドに向けて進み始める。
それを許すグリッドではない。次に彼が出現させたのは、唸る鞭のような炎の剣だ。
「はぁっ!」
嗤うようにそれを振るう。リーチは炎のサイズを自在に変更できるグリッドの方が有利で、3メートルほどの距離を難なく炎が一薙ぎにする。
これには咄嗟の回避も間に合わない。最後の手段である大剣を盾にした防御を実行し、その炎を凌ぐ。
「隙だらけだぜ、お嬢さん!」
しかし案の定、それは大きな隙を生んだ。
グリッドが巨大な炎を出現させ、それを大きく掲げる。
炎の巨大さから察するに、エファのいる辺り一面を焼け野原にする算段か。それだけの魔術をこの短期間で行使できるほどの実力だとは思っていなかったエファは、次の行動を必死に模索するが何も思いつかない。
そんなエファの窮地を救うように、鎖が伸びてグリッドが炎を掲げていた左腕に絡まった。
ギロリと、その鎖が飛んできた方向をグリッドが見る。
その視線の先にいたのは、困惑したような表情をしているセシルだった。
「何のつもりだ、セシル!」
炎はそのままに、グリッドはセシルを睨む。
セシルは戸惑ったように体を竦め、なぜ自分がそんな行動を取ったのかもわからないといった様子でその場に立ち尽くしている。
「なんだぁ、お前。このガキになんか未練でもあんのかよ」
「エファは、その、私の友達よ。それに、あなたの目的は私のはずでしょう、だったらエファは関係ないわ」
「そうだ、俺の目的はお前だ。その目的を達成するためにこいつが邪魔だったから消してやろうってんじゃねぇか」
「目的って、私を連れ戻すこと……?」
「だからそうだって言ってんだろうが」
白けたのか、グリッドが発生させていた炎が収まる。
それを見てセシルは鎖を解き、自分の元へと引き寄せた。
「私、は……帰りたくない」
「あ?」
「私は、団には戻らない。戻りたく、ない……」
絞り出すような声。
その意図を測りかねたグリッドが、眉を顰めて両手を広げる。
「おいおい、冗談だろ。俺らネームレス盗賊団が公国軍のクソ野郎どもに潰されてから二年。ようやく復活の準備が整ったんだぜ、普通なら喜ぶべき場面だろ」
「確かに、みんなが生きていてくれたことは嬉しい。でも、どうして団を復活させる必要があるの? 二年前に団が壊滅して、みんなはそれぞれ別の道を辿ったと私は思っていた。なのに、元いた場所に戻るなんて……」
「当然だろ、俺達にはそれ以外の道がねぇんだからよ。お前の方こそおかしいぜ、こんな学園で呑気に学生なんて身分に甘んじやがって。すっかり腑抜けになっちまったもんだな!」
「でも、やっぱり団を復活させるなんて……そんなの間違ってるわ」
「てめぇ、そりゃどういうことだ」
二人の口論が続く中、エファが隙を突くようにグリッドに肉薄する。
「盛り上がってるところ悪いけど、勝負はまだついてないわ!」
魔術師はその性質上、接近戦があまり得意ではない。
なにせ魔術は魔力を生み出し、遠方に向けて発射すればそれだけで済むのだ。いわば銃と同じ。わざわざ接近戦などしなくとも、接近される前に相手を仕留めればいい。
故にこそエファの領域である接近戦に持ち込んだ以上、この勝負は着いたも同然。
そう考えたエファに、予想外の出来事が起こる。
「えっ……?」
大剣がグリッドの体に命中する寸前で止まっている。
グリッドが発生させた炎を右手に纏わせ、それで大剣を受け止める形で。
炎は質量を持たないはずだが、事実としてエファの剣は炎に止められている。常識的ではない出来事に、エファの思考は一瞬止まった。
「人が話してる最中によぉ」
その隙に、グリッドが左手に炎を発生させる。
「邪魔すんじゃねぇよ」
咄嗟に身を引くエファだったが、間に合わない。
轟炎がうねり、接近して爆発した。なんとか剣を引き戻してガードに専念し、直撃は避けられたがあまりの威力に体ごと吹き飛ばされる。
「あぐっ!」
「そら、もういっちょだ」
右手に発生させた火炎を、グリッドがエファへと投げつける。
地面に叩きつけられたエファのダメージはそこまで大きくはなかったが、体の痛みで回避は間に合いそうにない。大剣を地面に突き立て、防御を試みる。
剣に炎がぶつかると同時、巨大な爆発音が炸裂した。その爆音に比例するだけの威力を伴った衝撃が、エファに襲い掛かる。
とはいえ、エファも素人ではない。流術によって身体を強化し、全神経を防御に回すことによってその一撃をなんとか凌ぎきった。
爆発により発生した煙が晴れ、エファが息を切らせながら立ち上がる様を見て、グリッドが「ヒュウ」と口笛を鳴らす。
「やるねぇ、お嬢ちゃん。こりゃ手加減の必要はなかったかな?」
「ヒルデブランドの剣をあまり舐めないでほしいわね」
などと強がってみるものの、エファは相手との力量差をこれ以上なく思い知らされていた。
圧倒的だ。先程はセシルの想定外のアシストと、男の慢心からくる油断があってなんとか懐に入ることができたが、今のエファの技量では二度目の成功はあり得ないだろう。
さらに、近接戦にも対応し得るだけの技術。そして大量の魔力を魔石から引き出し自在に操るセンス。それらを総合したグリッドの戦闘能力は、おそらくニュービーキラー事件を引き起こしたリーナよりも高い。
あるいは届くかもしれないという実感が全くなく、このままこの男との戦闘を続行すれば間違いなく死が待ち受けている。そう思わせるほどの実力差。
痛みを引きずる全身に鞭を打ち、どうにか剣を構えるエファだったが、その状態からどう動くべきかがわからない。
「おもしろいねぇ」
ゴウッ! と、男の両手から炎が迸った。
「なら存分に見せてもらおうじゃねぇの、そのヒルデブランドの剣ってヤツをよぉ!」
「待って!」
グリッドが再び戦闘行動へと移行する直前、横合いからセシルの制止の声が飛んだ。
「もうやめて、グリッド。それ以上、エファを傷つけないで」
「あぁん、なんだそりゃ。おいセシル、俺の任務はお前を団に連れ帰ることだ。そのためにこの女が邪魔だから排除しようとしてる。それがわからねぇお前じゃねぇだろ」
「ネームレス盗賊団らしいやり方ね。そんなこと、元団員の私は嫌というほどわかっているわ。でも、それ以上エファを傷つけることは私が許さない」
「ほう、じゃあどうするってんだ?」
「あなたと戦ってでも、止める」
わずかに腰を落とし、鎖を鳴らしながらセシルが戦闘態勢に入る。
そんなセシルを、グリッドは鼻で笑った。
「確かにお前はつえーが、俺には勝てねぇ。そんなことがわからねぇお前じゃないだろ」
「そんなこと、やってみないとわからないでしょう」
言って、エファが一歩前に出る。
二対一。確かにグリッドは強いが、セシルの戦闘力もかなり高い。二人がかりで戦えばあるいは、という考えあっての行動だ。
「グリッド、お願いだからもう帰って。私は団には戻らないし、あなたともできれば戦いたくない」
「……関係ねぇな」
燃え盛る劫火が勢いを増す。あたかも、彼の戦闘意志が膨れ上がるのを表現するかのように。
「俺の任務はセシルを連れ帰ることだって言ってんだろ。お前が帰りたいか帰りたくないかは別なんだよ。連れ戻せって命令があったなら、引きずってでも連れ戻す」
「……昔のやり方と随分違うわね」
「そうか? 俺の部隊じゃ割と普通のやり方だったぜ。なんにせよ、抗うってんなら話は単純だ。そっちの女殺して、お前を引きずって帰る」




