2-15 下校路にて
「一緒に帰ろうぜ~、レン!」
放課後になると、ケイスが荷物を片手に踊るようなステップを踏みながらレンの席へと近寄ってきた。
隣の席のエファも荷物を纏め終え、レンを待っている形だ。この三人は基本的に下校する時は一緒である。
だが、レンは少し申し訳なさそうな顔をした。
「すまない、今日は生徒会の用事があって、ちょっと一緒に帰れそうにないんだ」
「あれ、そうなんか。そういやお前、朝にミィン先輩に呼び出されてたよな。それと関係あんのか?」
「そんなところだ。というわけで、エファもすまないな」
そう言ってたったと荷物を纏めると、レンは手を振って教室を出ていく。
しばらくその背中を見ていた二人だったが、やがてケイスがいつもの調子に戻った。
「しゃーねぇなぁ、じゃあエファ、今日は二人で寂しく帰ろうぜ」
「残念、あなたは一人で寂しく帰るのよ、ケイス」
背後から近寄ってきて無慈悲な言葉を述べたのは、セシルだ。
「どういうことだよ、セシル」
「言った通りの意味。エファは今日は私と一緒に帰るの」
はい? と顔を顰めるエファ。
しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに、当たり前のような顔をしてセシルはエファの隣に並ぶ。
「んじゃあ俺も一緒に―――」
「女子だけの秘密の放課後を過ごそうっていうのに、そこに男が土足で踏み入るなんて、教育がなってないにも程があるわよ。いいからさっさと一人で帰りなさい」
「なにそれひどくない!?」
「それとも何、ケイスは乙女の花園に入りたいっていうの?」
「ちょ、ちょっとだけ興味があるかも……」
恍惚とした表情で妄想を膨らませるケイス。
そんな彼に二つの冷たい視線が突き刺さった。
「ケダモノね」
「最低」
「じょじょじょ冗談だって、わかったよ一人で帰ればいいんだろ?」
ぶつぶつと文句を垂れながらケイスは教室から出ていく。
その背中にはかなり哀愁が漂っていたが、同情の念を向ける者は誰一人としていなかった。
哀れ、ケイス・ラースヘル。はひとまず置いておいて、トントン拍子に進んでいく話についていけなくなってぽかんとしていたエファの手を、セシルが引っ張る。
「さ、帰りましょ、エファ」
というわけで学園を出て通学路。
数歩先を期限良く歩くセシルを見ながら、エファは困ったように肩を落としていた。
「どうしてこうなったのかしら……」
たった一日前までは何の関わりもなかったクラスメイト。しかも、個人的には少し苦手な部類にあたる少女だ。
だというのに昼休みは二人で昼食を共にしたし、なぜか放課後まで一緒に下校するハメになっている。いったいこの短期間に何があったのかと自分で自分に問いたくなるような出来事だ。
「あら、別に変わったことじゃないでしょう。私達はもう、友達なんだから」
振り返って、けろりと言ってのけるセシル。
否定してしまっても良かったのだが、もはやそんな気力も起きずに閉口する。
対するセシルはなんだか上機嫌で、下校する生徒が多い中で気にすることなくスキップをするようにあっちに行ったりこっちに来たり。あくまでもエファとの距離を離さないようにだが。
「ねぇ、エファ」
最初に口を開いたのは、やはりというべきかセシルだ。
「あなたってとっても真っ直ぐよね」
「突然、何?」
「一言で表すと、頑固?」
「喧嘩を売られているのかしら?」
にっこりと怒気を孕んだ笑みを浮かべるが、セシルはそれにまったく反応しない。
「エファにとって、ネームレス盗賊団ってそんなに許せないもの?」
問いかけられて、エファは真剣に考える。
エファがネームレス盗賊団について知っていることは、新聞や情報誌などで見たことだけだ。だからネームレス盗賊団についての知識は世間一般程度にしかないのだが。
「あなたたちがしたことは、許されないことだと思うわ。たくさんの人に迷惑をかけて、ひどい時には人を殺したり、家に火をつけたり、いろんな破壊工作だってしたって話じゃない」
「だから許せないの?」
「悪行は悪行よ。それで苦しんだ人の気持ちを考えれば、許されることはないわ」
「そう、かもしれないわね」
ぴたりとセシルの足が止まる。
「私は過激な部隊にいたわけじゃないから、あんまり破壊工作とか人殺しを経験したことはないけど、でも確かに私の手は汚れているわ」
「そうでしょうね、ネームレス盗賊団だもの」
「でも、私達だって生きるために必死だった」
ゆっくりとセシルはエファに近寄っていく。
「ねぇ、ネームレス盗賊団がどうしてできあがったかエファは知っているでしょう?」
言われた通り、エファはネームレス盗賊団発足の理由を知っている。これも世界的に有名な話だからだ。
新聞や情報誌で見た情報を、そのまま復唱するかのようにして語り始める。
「20年前、リリエイツ公国で起きた『独占戦争』。その戦争孤児が主に盗賊団に入ったって聞いてるけど」
「その通りよ、団の構成員はほぼ全員が身寄りのない戦争孤児。何の罪もない―――戦争の犠牲者たちよ」
セシルの声は極めて平坦だった。恨みや悲しみといった感情が声音からは感じられない。
それは彼女が戦争に対して何の感慨も抱いていないことの証明だった。
「捨てられていた私を団長が拾ったのが大体13年くらい前ね。当時は小さかったからあんまり憶えてないけど、たしかスラム街の一角だったかな。何で捨てられてたのかもわからないし、気付いたらそこにいた私に、団長は手を差し伸べてくれた。その時の笑顔ははっきり憶えているわ」
「あなたって私と同い年よね。ってことは当時四歳だったってこと?」
「そうね、だから物心がつくかつかないか、それくらいの時期」
「よくそんな時期の記憶があるわね」
「それくらい私にとって印象的な出来事だったの。でも、おかしな話よね。私なんてどこにでもいる普通の孤児だったのに、それをあえて拾うなんて」
「どこにでもいるって……」
「それくらい当時の公国は荒れてたのよ。そんな荒れた公国で、団長は特に理由もなく孤児を拾って歩く変な人だった。気付いた時には大所帯で、まるで軍隊みたいだって笑ってたわ」
当時のことを思い出しながら、セシルはくすくすと笑う。
「でも、それだけの人数が食べていけるだけのお金はなかったわ。だから、私達は盗みをするしかなかった。団長が元々物取りだったから、それを真似たのが始まりね」
「そんな単純な理由で盗みを始めたの? 畑を耕すとか、人が大勢いたならできることはいろいろあったでしょう」
「私達は子供だったのよ、畑の耕し方なんてわからないし、団長だってそんな経験はなかった。唯一団長が私達に教えられたのは盗みの技術だけ。だからネームレス盗賊団ができあがったの」
踵を返して、セシルはまた歩き出す。数歩遅れてエファもそれに続いた。
「最初は何もかもうまくいかなかった。うまく盗みをできる子はいたけど、できない子だって当然いた。そういう子はどんどん捕まっちゃってね、悲しい想いをしたこともあったわ。でも、それでも大抵の子は生き残った」
「あなたもその中の一人ってこと?」
「私は要領が良かったみたいだから。だから、盗みはうまくできたし、他の子にいろいろ教えてたりもしたわね」
思い出すようにしてセシルは虚空を見上げる。
一方でエファは、険しい顔をしていた。
「でも、盗みは罪よ。あなたはそれがいけないことだってわかっていて、それでもやったの?」
「……」
歩は止まらない。相変わらず二人は距離を空けたまま、ゆっくりとした速度で通学路の坂を下っていく。
十歩くらい歩いたところだろうか。不意に俯いたセシルが口を開く。
「わかっていたわ、私達がいけないことをしているってことは」
「それなら、やっぱりあなたのしていたことは―――」
「間違いだった、そう言いたいのよね」
「……そう、よ」
「本当にそうかしら。ねぇ、エファ、人間ってそんなに強い生き物だと思う?」
論点が急に変わって、エファは答えに詰まる。
セシルはエファの解答を求めてはいなかったように次の言葉を紡いだ。
「戦争によって孤児になった子供たち。貧困に苦しみ、食べたいものすら食べられない。一般的な幸福だって享受できない。そんな子供たちが、戦争孤児を生み出したものに対して悪いことをするのはそんなに悪いことかしら?」
やはりセシルの声音の哀しみや憎しみの類はなかった。
あくまで確認のような、この問題はこの答えかあの答え、どっちが合っているかな程度の疑問。
しかしその問題は、エファにとっては難しすぎた。
「それ、は―――」
「間違っちゃいねぇよなぁ」
答えに詰まるエファの元に、男の声が届いた。
見ると、彼女達の前、通学路のど真ん中に一人の男が立っている。
明らかに怪しい男だった。じゃらじゃらと全身にアクセサリーをつけた、20代後半くらいの赤髪の大男。
通常であればレアードの通学路に一般人が入ってくることはない。だからこそ下校中の生徒達は彼に目を向けているのかと思っていたが、違う。
彼のあまりの異質さに、自然と目を向けているのだ。それほどまでに圧倒的な存在感が、その大男にはあった。
「ぐ、グリッド……?」
セシルだけが、その男に対して明確な反応を示していた。
ぞわりと全身が粟立つような感覚がして、エファは反射的にアタッシュケースを持つ手に力を籠める。
「何者ですか、あなたは」
ヒルデブランド家で仕込まれた礼儀作法に則り、お嬢様モードで問う。
するとその男は懐に手を入れてまさぐり、一本の煙草を取り出した。
何も言わずにそれを加えると、指先から火を出現させてそれで煙草に火をつけた。
突然の手品に驚くが、それよりも警戒心が上回っている。この目の前にいる男は、明らかに只者ではない。実践経験の少ないエファですらそう感じることができるほどの異質さがその男にはある。
「なんだお前、セシルのツレか?」
睨まれただけで、エファの肌から汗が噴き出した。
反射的にアタッシュケースを開き、大剣を取り出す。それに気付いた下校中の生徒達が、逃げるようにしてその場から退いていく。
「グリッド!」
セシルが叫んで、一歩前に出る。
するとその大男はにこりとセシルに微笑みかけた。
「おー、セシル、久しぶりだなぁ」
「久しぶりじゃないわ、どうしてあなたがこんなところにいるの?」
懐かしむような、しかし確実に戸惑っているセシル。
大男はそんなセシルとは対照的に極めて落ち着いた様子で煙草の煙を吐き出す。
「簡単な話だ、お前を連れ戻しにきたんだよ、セシル」
「え……」
「団復活のためにお前の力を貸せってことだ。そのためにわざわざリンクラインまで迎えに来てやったんだぜ、感謝しろ」
さらにセシルの戸惑いの色が濃くなる。
見ていられなくなったエファは、大剣を構えてセシルの前に立った。
「あなた、ネームレス盗賊団の残党ね」
「残党っつか、うーん、まぁ説明が面倒だな。それよかてめぇは邪魔だな」
ゴウッ、と男が横に手を掲げると、激しい炎が発生した。
エファが驚いている間に男が腕を振るうと、その炎が一直線に迫ってくる。突然の事態に反応しきれなかった彼女は炎に飲み込まれるかと思ったが、寸でのところで横から割り込む影があった。
ぐんっ、と横に引っ張られる感覚。セシルがエファの腰を抱いて、左側に思い切り引っ張ったのだ。そのままガードレールを超え、崖側に跳び出すほどの勢いで。
「あんた、何して―――」
「黙って、舌を噛むわ!」
襲ってくる浮遊感。垂直な崖から投げ出された体は、重力に従って真下へと落下していく。
高さにして30メートル。落ちて助かる高さではない。だが、セシルが懐から取り出した魔石から武器を取り出すと、チェーンを真下にあった木に向けて投げる。
そうして二人の体は森の中へと突っ込んでいくが、太い枝に巻き付いたチェーンブレードのおかげで地面に叩きつけられることはなかった。そのまま勢いを殺しつつ弧を描くようにして落下の勢いを殺すと、セシルはうまく力を加減して枝に巻き付けたチェーンを回収した。
再び空中に放り出される体。しかし、30メートルの垂直落下ほどの勢いはなく、二人は地面を転がりつつもうまく受け身を取ってなんとか着地することに成功した。




