2-14 エファとセシルの昼食会
そうしてやってきた昼休み。
エファはセシルに連れられ、クラブハウスの裏手に来ていた。
この場所はいわゆる裏庭のような場所で、あるのは鬱蒼と生い茂った雑草と、数本の木。あとはフェンス越しに見える森と、その向こうにある青い海原くらいだろうか。
景色はいいが、座る場所がない。
「ねぇ、こんなところでお昼を食べるつもり? さすがに地面の上に座るのは遠慮したいんだけど」
「そんなわけないでしょう。目的地はあそこよ」
言って、セシルは上を指差す。
上―――即ちクラブハウスの屋根。
「本気?」
「本気。じゃあお先に」
セシルは周囲を見渡し、誰もいないことを確認すると地面を蹴って跳び上がる。
そのまま木の幹を蹴り、校舎の壁を蹴り、再度木を蹴って屋根の上へ。
あまりの身軽さにエファがぽかんとしていると、屋根の上からひょっこり顔を覗かせたセシルが手を振った。
「さ、エファも早く」
「無茶言わないでよ、そんな簡単に上れるわけないじゃない」
一階くらいまでの高さならともかく、エファの跳躍力はそこまで高くはない。セシルのように身軽でもないので、彼女の真似をして立体的な動きをすることもできない。
というかお弁当を片手にそんな激しい動きをすれば、中身がどうなることやら。
「やれやれ、仕方ないわね」
勝ち誇ったような顔をしたセシルは、懐から取り出した魔石を光らせ、出現したチェーンブレードを手に持つ。
それを屋根の上から垂らし、エファの前に差し出した。
「捕まって、引き上げるから」
「……すっごい癪なんだけど、私やっぱり食堂で食べていい?」
「ダメ、早く捕まりなさい」
諦めたようにため息を吐き、エファは左手で弁当箱を抱えながら、右手でその鎖を持つ。するとゆっくりとセシルが鎖を引き上げ始めて、エファの体がどんどん上昇していった。
「ふぃーっしゅ」
「わっ!?」
最後にぐっと力を込めたセシルが、思いっきり鎖を引っ張る。まるで一本釣りのような形になって、エファの体がふわりと持ちあがった。
なんとか空中で体勢を整え、屋根の上に着地する。
「ちょっと、危ないじゃない」
「あら、無様によじ登る方がお好みだったかしら?」
確かにセシルが勢いをつけてくれなければ、普通に引き上げていただけでは両手の塞がったエファは屋根の上に上ることはできなかった。いや、片手の弁当箱を先に屋根の上に置いて、両手を使ってよじ登れば可能だったが、それはそれで彼女の言う通りちょっと無様だ。
別に誰が見ているというわけでもないが、男ならともかく女の身をしてはそういう真似をしたくはない。これもセシルの気遣いなのだろうが、それでも素直に感謝を述べる気は起きなかった。
「それよりもエファ、見て」
促され、セシルの視線を辿る。
「わっ……」
思わず声が漏れた。
手前にはうっそうと生い茂る森林。その向こうに、どこまでも青い大海原。視界いっぱいに広がる美しい自然に、エファは息を呑む。
「ここ、私のお気に入りの場所なのよ。屋根の上だから誰も上ってこないし、切妻屋根だから校舎側の屋上からも見えない。なかなかの好立地でしょう?」
すとんと座って、セシルも景色を眺める。
悔しいことに、彼女の言う通りだった。本校舎の屋上から眺めるリンクライン島の景色も捨てがたいが、あそこは誰でも立ち入ることができる場所だ。それに比べてクラブハウスの屋根の上は誰もこないので静かだし、校舎屋上から見る景色にも劣らないものを見ることができる。
多少足場が不安定ということを除けば、本校舎屋上よりも好きな場所になれそうだ。
「でも、こんなところに勝手に上っていいの?」
「クラブハウスの屋上に上ってはいけませんなんて校則はないわ。バレなければ大丈夫でしょう」
バレなければ、ということはつまりここには原則として上ってはいけないということなのではないか。
そこまで考えて、エファはいろいろと諦めた。別に規則やらに必要以上に縛られる気はないし、もう上ってしまった後だ。今更とやかく言ったところで仕方がない。
「それよりも食べましょう、ゆっくりしているとお昼休みが終わってしまうわ」
確かにその通りである。エファはセシルから少し離れた場所に腰を下ろして、弁当箱を包み布から取り出す。
同じように包み布をほどいたセシルが持っていたのは、弁当箱ではないバスケットだった。
興味本位で見てみると、バスケットの中に詰まっていたのは色とりどりのサンドイッチだ。
「なにそれ、食堂で売ってるの?」
「手作りよ。女たるもの料理くらいできないと、ね」
いじわるな笑みを浮かべて、セシルはエファの弁当箱を見る。
リーナが作ってくれた自慢の弁当だが、エファが作ったものではない。そして、彼女はセシルが考えている通り料理ができない。それ故に従者に作ってもらっているのだ。
「別に、いいじゃない料理くらいできなくても」
「そんなこと言って、レンに愛想尽かされても知らないわよ?」
「ど、どうしてそこでレンの名前が出てくるのよ」
「どうしてって、そりゃねぇ」
それ以上は言葉にはせず、からかうようにしてエファの表情を楽しむセシル。
顔を赤くしたまま何も言えなくなってしまったエファは、そんな視線を無視して弁当箱を開くと、両の手のひらを合わせた。
「いただきます」
「ふふっ、いただきます」
二人して昼食を食べ始める。
沈黙。もくもくと昼食を摂るその様は、昨日とまるで同じだ。
しかし、今日は昨日とは気分が違っていて。エファはなんだか気まずいような雰囲気を感じている。
「ねぇ、エファ」
サンドイッチを一つ食べ終わったセシルが、遠く水平線の彼方に目を向けながら声を掛けてくる。
「なによ」
「聞きたいんだけど、レンってどんな人なの?」
唐突な質問に、エファは怪訝な顔をする。
「どんな人って、私はどういう風に答えればいいのよ」
「別に、普通でいいわ。あなたが思った通りのことを教えてほしいの」
それはまた非常に難しい質問だ。
思った通りのことと言われても、思うところがありすぎてどこから語っていいのかわからない。
というかなぜ思うところがありすぎるのか。レンとは知り合ってたった一か月くらいの仲だというのに。
頭の中でいろんな考えが浮かんでは消え、ぐちゃぐちゃになって混乱しそうになる。思いっきり頭を振ってそれらの考えを全て吹き飛ばすと、エファは質問に質問を返すことにした。
「ど、どうしてそんなことを聞くのよ」
セシルはしばらく黙っていた。バスケットからサンドイッチを一つ取り出し、はむりとそれに齧り付く。はむはむと咀嚼してそれを飲み込むだけの間を置いて、ようやく口を開いた。
「不思議な人だから、かしら」
「なにそれ」
「ねぇエファ、あなたって私達ネームレスのことが嫌いなのよね?」
問われて、エファは逡巡するような間を置いてから小さく頷いた。
なぜ逡巡する間を空けたのかわからなかったし、頷いてしまったのもなんだかもやもやとしたが、今はそうすることしかできなかった。
未だ水平線の彼方へと目をやるセシルがその頷きを見たとは思えないが、気配でイエスだと察したのだろう。その返答で会話が進む。
「世間の人達は、どんな人でも私達ネームレス盗賊団にいい印象を持ってはいないわ」
「でも、ケイスみたいに普通に話しかけてくるヤツもいるじゃない」
「ちょっと話して印象が変わることはあるわ。でも、最初はそんなにいい印象を持っていない。ケイスだって、自分から進んで私に接近してきたりはしなかったでしょう」
確かに、ケイスがセシルに話しかけるようになったのは、昨日いろいろとセシルと接することが多かったというのが大きい。
比較的誰にでも分け隔てなく接するケイスだが、昨日のことがなければセシルに積極的に関わろうとはしなかったのではないだろうか。なんとなく、エファはそう思う。
「団を抜けて、いろいろな人と接してきたけど、どんな人であろうと最初は私に向ける目は同じ。好か悪で言えば悪。そんな目を、私はたくさん見てきた」
そう語るセシルの瞳には、哀しみのような感情が混じっているような気がした。
「違ったのはたった二人。まぁ、特殊な例であるカミトはこの際置いておきましょうか」
「さりげなくひどいわね」
「というわけで実質、私に好の目を向けてきたのは団を抜けてからたった一人だけ。それがあのレンなの」
はむんとセシルはもう一口サンドイッチを齧る。
「んぐんぐ、うん、今日のサンドイッチはまぁまぁの出来ね」
「急に話変えないでくれる?」
「あの目を『好』って言っていいのかどうかはわからないんだけどね」
「急に話戻さないでくれる?」
若干イラつきながら、エファは卵焼きをつまんで口に放り込む。
くすりと笑ったセシルが、エファが咀嚼を続けている間を繋ぐようにして話を続けた。
「少なくとも『悪』ではない目を向けられたのは初めてのことよ。その彼がね、昨日の放課後、私に言ったの。学校に来てくれって、友達だからって」
優しい笑みが零れる。
「ちょっとね、嬉しかったの。たった一日しか関わってないのに、私は彼のことを探りまわっていたのに、そんな風に言ってくれるなんて。変わった人だなって思ったけど、でも……ううん、だからこそ嬉しかったのかな」
「レンが変わった人だっていうのは認めるわ」
「そうよね、本当に変わった人。なんだ、それじゃあエファの目にも同じように映っていたってことね」
そこまで聞いて、エファは最初の質問を思い出す。
レンがどういう人物であるか。その問いに対するエファの答えは、かなり纏めるとセシルと同じく「変わった人」。
その答えがセシルと一致しているというのは少しばかり気に食わなかったが、同じなものは仕方がない。というより、そういう風に見られるレンがいけないのだという怒りが込み上げてきた。
むっとした表情をしていると、それを覗き込むようなセシルの視線が刺さる。
「何よ」
「別に、安心して。あなたが考えているような感情を私は彼に対して持ち合わせていないわ」
「どういう感情よ……」
わかっているくせに、という顔をするセシルに、目を逸らすエファ。
愉しそうにするセシルだが、この件に関しては特に追及する気もなかった。
「でも、彼にそう言われた時、私は学園に通ってみようかなって思ったの。もしかしたら団がなくなって空っぽになった私でも、彼と一緒に学園に通っていれば何かを見つけられるんじゃないかって」
サンドイッチを片手に、セシルはもう一度水平線の彼方に目を向ける。
つられてエファもそちらに目をやると、そのタイミングで一陣の風が吹いた。
さわさわと二人の髪が揺れ、穏やかな時間が流れる。
「ねぇ、エファ。私達っていい友達になれると思わない?」
「なによ、いきなり」
「別に、ただなんとなくそう思っただけ。だからお昼に誘ったの」
愉しそうに笑いながら、セシルはまたサンドイッチを頬張る。
「うん、やっぱりまぁまぁの出来ね」
笑顔でそんな風に感想を言うセシルに、エファもおかずをつまみつつ、今日の弁当はまぁまぁの出来だと考えていた。
ちなみにこれは余談だが。
二人が屋根の上から下りる時、また一悶着あったらしい。どんな出来事があったのかは語るまいが、教室に戻ってきた彼女の表情がかなり不機嫌そうだったのを見て、レンは首を傾げていた。




