2-11 明日も―――
職員室で教頭先生にこっぴどく叱られ、ぐったりとしていたエイゼルに報告を済ませた後。
レンは水平線の向こう側に落ちゆく夕日を横目に帰路に就いていた。
最近のレアード学園は落ち着いていて、かなり平和だ。レンはまだ正式な役員ではないので、生徒会の仕事もない。
そもそもレンの生徒会役員としての立場は未だに曖昧なもので、たまに自分が生徒会役員であることを忘れそうになるくらいだ。腕章も、ニュービーキラー事件以来つけていない。
ミィン曰く、新入生が生徒会役員として正式に加入できるのは後期からの話で、レンはかなり特別な扱いを受けているのだそうだ。それゆえに、生徒会側としてもきちんとレンを迎え入れる準備ができておらず、こうして曖昧なまましばらく放置されているらしい。
とはいえ、それも今月までの話で、長くとも来月末までにはレンの生徒会正式加入の手続きが完了するらしい。それまでは一般の生徒と変わらず過ごしてくれというのが生徒会長命令だそうだ。
そういうことで放課後は特に何もなく、今日は共に帰る友人もいないのでこうして一人で歩いているわけだが。
ふと、レンが足を止める。
何かの気配を感じて森の方へと目を向ける。レンがいる場所から3メートルほど進んだ先にある木の上、その葉に紛れるようにして誰かがいる。
「ふふ、流石ね」
しばらくその一点を見つめていると、やがてがさがさと葉をかき分けながらその人物が道路に降り立つ。
藍色の髪に碧色の瞳の背の低い少女、セシル・A・ネームレスだった。
「わざわざ俺のことを待っていたのか?」
「そんなところね」
「……」
思えば今日一日、レンはこの少女に振り回されていたような気がする。
学科の授業ではケイスを振り回していたように思えたが、違う。彼女はレンがケイスに救いの手を伸ばす前に行動を始めていた。まるでレンの行動を阻害するかのように。
昼休みの時も、エファとのやりとりで有耶無耶になってしまってはいたが、最初に昼食を共にしようと声を掛けられたのはレンだ。
極めつけが実技の時間で、セシルは積極的にレンに関わってきた。
今日一日の彼女の行動は、全てレンに対するアプローチだ。それをレンは理解していたが、その理由が未だに計り知れない。
「なぁ、キミの目的は一体何だ? 今まで授業をあまり受けなかったキミが、どうして今日になって突然積極的に参加するようになったんだ?」
単刀直入に聞く。嘘を吐くにせよ煙に撒かれるにせよ、何かを探るにはこれが最善手だ。
そしてレンはこの質問では正確な答えが得られないと考えていたのだが。
「あなたの情報を探るためよ」
あっさりと、まるで隠す必要がないとでもいうかのようにセシルは白状する。
「私、こう見えても学内で諜報活動をしているの。といってもどこかの国家の依頼を受けてとか、そういう大層なものじゃないわ。そうね、情報屋の収入源といったところかしら」
「情報屋?」
「カミトのことよ。彼、ああ見えてものすごい量の情報を取り扱ってるの。別に情報屋として商売をしているわけじゃないみたいだけどね。一種の副業みたいなものだって言ってたわ」
「よく、わからないんだが。そもそもキミ達はいったいどういう関係なんだ?」
「う~ん、難しい質問ね。かつて助けられた恩で私が情報を集めて、彼がそれを元にいろいろ悪巧みをしているといったところかしら。私も、カミトのことをあまりよく知っているわけじゃないからね」
セシルの言葉を吟味していみるが、嘘を吐いているような様子はない。あまり要領を得ないが、彼女の言っていることは事実だろう。
「じゃあ、キミはカミトの協力者として情報を集めていて、今回は俺の情報を集めている。つまりカミトは俺の情報を欲しがっているってことか。それはどうしてだ?」
「さぁ、でも大したことじゃないと思うわ。彼、べつにどこかの国家と繋がっているというわけでもなさそうだし。単に情報を所持しておきたいだけなんじゃないかしら」
これも嘘を吐いているようには思えない。
カミトがどこかの国の諜報員で、セシルと組んでリンクライン中の情報を集めて回っている。内容がそこまでシンプルであれば、信憑性もある。しかし、セシルの話を信じるのであれば、カミトの目的はまったくの不明だ。話の信憑性も欠けてくるが、嘘を吐いている気配がないとなればどう扱ったものか。
腕組みをして考えていると、すっとセシルが近づいてくる。
反射的に一歩退くが、
「動かないで」
と言われてしまい、レンは動きを止める。
特に殺気もなく、危険もなさそうだったのでその接近を許した結果、セシルはレンの体に顔を寄せて鼻をすんすんと鳴らし始めた。
つまり、彼女はレンのニオイを嗅いでいる。
「お、おい?」
戸惑い、声を掛けるがセシルはやめる様子がない。
そのまま数秒ほどじっくりニオイを嗅いだ後、満足したように息を吐いて身を離した。
「やっぱりね。あなた、とってもにおうわ」
「におう?」
「ええ、闇の世界の臭い」
「……」
思わずぐっと肩に回した太刀袋をぶら下げる紐を持つ手に力が籠る。
そのあからさまな反応に、セシルはさらにくすくすと愉しそうに笑う。
「詳しいことはわからないけど、あなた、どちらかというと私達に近いわね」
「どういう意味だ?」
「闇の世界の住人ってことよ。エファや、他の生徒とは違う。ものすごい数の死線を潜ってきてるってカンジ」
「なぜそれがわかる?」
「だって私は元ネームレス盗賊団だもの。闇の世界で生きてきたから、そういうものには敏感なの。あなたもそうなんじゃないの?」
そういうものなのか、とレンは首を傾げる。
確かに相手の目を見れば闇の世界に生きている者かどうかがわかる時もあるが、それも曖昧なものでほとんどそんな技能に頼ったことはない。それに闇の世界の臭いなどと言われると、そんなものがあるのかどうかすらレンにはわからない。
きっと彼女が特殊なだけだろう。実際、言動も雰囲気もかなり他の生徒からはかけ離れている。
「それじゃあキミは、俺が闇の世界で生きる人間だとわかっていて接近してきたってことか?」
「違うわ、最初に言った通り私があなたのことを調べ始めたのはカミトに依頼されたからよ。そうして今日一日あなたのことをいろいろ調べている内にわかってきたってだけ」
「なるほど、やっぱり俺のことを試していたんだな」
「あら、そこまでわかっていたのね」
くすくすとセシルは微笑する。
レンは疲れたように肩を落として、首を縦に振った。
「ああ、授業中に俺にちょっかいをかけてきたり、昼食の時にエファを煽って俺の反応を窺ったり、実技の授業で俺の腕に張り付いて動きを制限したり。いろいろと試されているという感覚はあったよ」
授業中にレンの行動を遮ったのは、そうすることでレンがセシルに対してどういう反応をするのか試したかったから。
昼食時にエファを煽ったのは、レンが友人達の言い争いにどういった対応をするのかを試したかったから。
実技の授業でレンの腕に絡みついたのは、その状態でどこまでレンが動けるのか、その実力を試したかったから。
全てはレンを調査する上で、レンのことを試すための行動だった。セシルの話を聞いて、今ようやくその確信に至った。
「それで、キミ達は俺のことを調べてどうするつもりだ?」
「だから別に何も。私は情報をカミトに渡すだけで、カミトがあなたの情報をどう扱うかは知らないわ」
これも先程と同じ回答。
どうやらセシルから情報を引き出すのは不可能であるらしい。彼女はいわば末端であり、これ以上のことを聞き出すなら大元カミトに直接問いただすしかないだろう。
幸いにもセシルに渡った情報はなんてことはない。レンと仲の良いエファやケイスでも知っているようなものばかりだ。レンが闇の世界の住人であったという情報も確証があるものではないし、その程度の情報なら渡ってしまってもまったく問題ないだろう。
ならば、レンに解せないことは一つである。
「なぁ、キミはどうして学校に来ないんだ?」
唐突に今までの話題から逸れる質問に、セシルはきょとんとした表情をする。
「どうしてって、特に深い理由はないけれど。カミトに依頼をされて情報収集や学内にいろんな工作をしているからかしら」
「すごい不健全な理由だな。せっかく入学したっていうのに、学校に通いたいとは思わないのか?」
「別に」
ふとセシルは笑みを消して、夕日の方を見やる。
「私はただ、新しい世界を求めてやってきただけ。だから、学校なんて本当はどうでもいいの。ただカミトに入学しろと言われたからそうしただけ」
「カミト、か。キミにとって彼はそんなに大事な人なのか?」
「そうじゃないわ。ただ恩義があるってだけ。特にやることもないし、手伝いくらいならしてもいいかなって」
無気力な声。
そこには喜びもなく、怒りもなく、哀しみもなく、楽しさもない。
ただ機械的にカミトの命令をこなすだけの毎日。それが彼女の―――セシル・A・ネームレスの今の世界だというのか。
なんとなく、レンはそれは違うのではないかと思った。
「明日」
「え?」
「明日も学校に来てくれ。というか生徒なんだから登校するのは普通のことだろう」
窘めるように言うと、セシルは訝しげな顔をする。
「どうして、私に学校に来いなんて言うの?」
「決まってるだろ」
それはたった一日の付き合いだったかもしれない。彼女からすればただの観察に過ぎなかったのかもしれない。
だけど今日一日を通じて彼女と触れ合ったレンの考えは違う。きっと、彼女は―――
「友達だからだよ」




