2-10 反省会
「あっはっはっは!」
無残にも破壊された第一体育館二階に、大きな笑い声が木霊する。
笑い声の主は紅いリボンでおさげを作った緑色の髪に薄紅色の瞳の女生徒―――ミィン ラクティアである。
生徒会風紀委員長の腕章をつけた彼女は、体育館の惨状を見てどうしてこうなったのかの事の顛末を聞くや否や、まず最初に大声で笑うというリアクションを取った。
そして、彼女の傍で正座をさせられている生徒が二名。
未だに不機嫌そうな顔を崩さないエファと、愉快そうに口の端を釣り上げているセシルだ。二人とも反省の様子がまったくない。
そんな二人の傍に立っていたレンは、疲れたように肩を落としていた。
「笑いごとじゃないですよ、ミィン先輩」
「いやいや、これは笑わずにはいられないよ。よくもまぁここまで派手にやってくれたものだ」
ひー、ひー、と笑いすぎで溢れた涙を拭いながら、ミィンは無残にも破壊された体育館を一瞥する。
「毎年一年生が体育館の一部を破壊することはあるんだけどね、ここまで派手なのは初めてだよ。本当に、今年度の一年生は活きがいい」
愉しそうに言って、ミィンは正座している二人に視線を移した。
「さて、とりあえず弁明を聞こうじゃないか」
「弁明も何も、私はただ逃げていただけですが」
目を逸らしてまったく悪びれた様子もなくセシルがそう言ってのける。
現場に居合わせたレンは、彼女がこの惨劇を作り上げた原因の一つであることを知っているし、そのことはミィンにも報告している。なのでセシルがただしらばっくれているということは伝わっているはずなのだが、ミィンはそれを咎めることをしない。
「そのことはレン君の報告で聞いてるから、間違いじゃないってことはわかっているけどね」
「それじゃあ、帰ってもいいですか?」
「ダメ。レン君がこちら側に立っていて、キミがそこに正座させられている理由をよく考えなさい」
今回の件、一応はレンも当事者の一人である。彼が立っていてセシルだけが座っているというのはおかしな話だが、ミィン曰く公平なジャッジの結果というわけらしい。もっとも正論ではあるが。
「で、ヒルデブランド。いつまでそうやってむくれているつもりだい?」
ぶー、と頬を膨らませて一言も喋ろうとしないエファ。
声をかけても返事をしようともしない様子に、ミィンはやれやれと首を横に振る。
「いちおう負傷者も出ているんだ、ごめんなさいの一言くらいは聞かせてほしいものだね」
「……私は悪くありません」
そこでようやく口を開いたエファだったが、出てきた言葉は非を認めようとしない頑固な子供のようなものだった。
「だいたい、そこの女がレンに―――」
「あら、私がレンに、何かしら?」
「~~~っ!」
言葉にできないのか、セシルの追及にエファは顔を赤くして黙り込んでしまう。
「やれやれ、青春だねぇ」
にやにやとしながらミィンがそんなことを呟いた。
事情はよくわからないが、この惨状はちょっとやりすぎである。
なんせ負傷者は約10名。もちろん全員軽傷だが、下手をすればニュービーキラー事件の二の舞になりかねない事態だ。それに、体育館の床はところどころ抜け、壁には亀裂が走り、果てには天井まで貫通している箇所がある。しばらくはこの第一体育館は使い物になるまい。
「ま、でもこの件に関してはキミたちは不問なんだけどね」
「あら、そうなんですか?」
「だって一番悪いのは授業ほったらかして外をぶらついてたマストウェイ教官だからね」
あっけからんとミィンはエイゼルのことを非難する。
まったくもってその通りなのだが、それにしてもここまでやらかしたエファ達が不問というのも不思議な話だ。最低でも反省文くらいは書かされるだろうと思っていたのだが。
「あんまり気にしなくてもいいよ、このくらいのことは割と日常茶飯事だし。それに一週間後くらいには元通りになるから」
「一週間って、流石に早すぎませんか?」
「ふっふっふ、最新鋭の魔術を舐めてもらっては困るよ。まぁ、それなりに値の張る魔石を使うことになるんだけどね」
流術ならともかく魔術にはあまり造詣の深くないレンとしては、そんなものかと納得をしたが、もちろん常識から考えれば最先端も最先端の超技術だったりする。
「じゃあとりあえず今日はこんなところで解散かな。あ、でもあんまりはしゃぎすぎるのはダメだよ。今回は不問だけど、次やったらタダじゃおかないからね。特にセシル、キミは学園の問題児として生徒会のブラックリストに登録されているのだから、今後はもう少し大人しくしてくれ」
「生徒会のブラックリスト、ですか? どうしてセシルが?」
つい最近までセシルは授業をサボり気味であまり登校していなかった。しかしその行動を問題として取り上げるのは学園側で、生徒会の管轄ではないはずだ。
生徒会の仕事はあくまで学生が引き起こした問題を解決すること。その点に関すれば、授業をサボりがちだったセシルに何かがあるということは考えられないが。
「あら、バレていたんですね」
にやりと、セシルは唇の端を釣り上げる。
それに対抗するようにミィンも不敵な笑みを浮かべた。
「当然、生徒会を舐めてもらっては困るね」
「あの、いったいどういうことなんでしょう?」
レンが聞くと、ミィンは腰に手を当てて答えた。
「キミのクラスにカミト・S・エイデンという生徒がいるだろう。彼は今年度新入生の中でも特に要注意の問題児でね。入学式で大きな騒ぎを起こしているんだ」
「大きな騒ぎ?」
「怪我人が出るようなものではなかったんだけどね。いうなれば生徒会の許可なく行われたサプライズイベントといったところかな。とにかく、ちょっとやんちゃが過ぎる新入生なのさ。当然ブラックリスト登録済み」
「あのカミトが、ですか」
確かにものすごく変わった生徒ではあったが、まさかそんなレベルでの変人だとは思いもしていなかった。
というより入学して早々生徒会のブラックリストに載るとは、いったいどれほどのことをしでかしたのか。
「そのカミトのやんちゃに、このセシルも一枚噛んでるのさ」
「噛んでるというと、具体的には?」
「爆発物の設置、諜報活動、その他もろもろだね。おおよそ裏方で表に出てくることはないけど、生徒会はちゃんと把握してるって話」
じとーっとミィンがセシルを睨むと、彼女はピースサインを作った。
「結構楽しませてもらっているわ。レンもどう?」
「こらこら、生徒会の人間をそっちに引きずりこもうとしない。まぁ、レン君も割と問題児といえば問題児なんだけどね」
「心外ですが反論できませんね……」
ニュービーキラーの時といい今回といい、レンが学園で騒動を起こしているのは確かだ。
生徒会の人間であるレンだが、生徒会からしてみれば問題児として見られていても仕方がない。下手をしたらブラックリスト送りである。
「ふむ、ならいっそこちら側に寝返るというのはどうかな?」
にゅっとレンの背後からカミトが現れる。
現れるほんの一秒前まで気配すらなかったのでどこから来たのか不明だが、なんとか気付くことができたレンはため息を吐いた。
「ほんと神出鬼没だな、カミト。まるでエリアみたいだ」
「はっはっは! ストライン嬢と同格として扱ってもらっては困るなぁ。俺の神出鬼没っぷりはその遥か上を行く」
「行かなくていいから。それより、何の用だ?」
「ふむ、用件なら今済ませたところだ」
何の話だ、と聞く前にレンははっと気付く。
カミトに気が取られている内に、正座をしていた生徒の内一人が消えていた。つまりセシルである。
「さすが元盗賊、逃げ足は速いね。どのみち解散の予定だったから構わないけど」
関心したようにミィンが呟く。
「だがカミト、キミは逃がしは―――」
ミィンが振り向いたところで、カミトもその場から姿を消していた。
「逃げられましたね」
「に、逃がしてたまるか! 待てカミトー!!」
叫びながら走っていくミィン。
そうして体育館に取り残されたレンとエファは、二人で顔を見合わせた。
「えっと、とりあえずエファももう帰っていいぞ。教官への報告は俺からしておくし」
「なんで私こんなに長時間正座させられていたのかしら……」
どっと疲れた表情でエファは立ち上がると、体育館から去っていく。
それにしても、とレンは改めて体育館の惨状を見る。
見事なまでの破壊痕はまるで戦場のようだったが、幸いなことにそこまで大きな事件にもならなかった。
考えるのはこの破壊を施したエファではなく、セシルのこと。
彼女が妙な行動を取らなければエファはここまですることはなかっただろう。それに、今日一日の彼女の行動。
平穏だったはずの日常を乱した彼女は、いったい何を企んでいるのだろうか。そう考えずにはいられないレンだった。




