2-7 五限目、流術について
昼休みも終わり、五限目が始まった。
レアード学園の午後の授業は基本的に実技だ。つまり武術の勉強である。
もちろん、実技というものは狭い教室で行えるものではない。よって生徒達は体育館やグラウンドに移動するわけだが、一学年七クラス、それが三年まであって合計二十一クラスあるレアード学園の生徒達が、それぞれクラスごとに違う場所を使うということは施設の数的にも不可能なことである。
よって実技の授業はクラス合同で行われるのが基本だ。
一年A組と合同で実技の授業を受けるのは、D組戦術科である。
その名の通り、戦術科は戦闘に特化したクラスである。戦闘力だけならA組の生徒に並ぶという者もいるので、A組のレベルについてこれないという事態は避けられる。
「さて、それでは本日は流術のおさらいから始めましょう」
この日、一年A組、D組は第一体育館二階を使用していた。
合同クラス30人が入るには十分な広さのある空間で、彼らは中央に集まっている。その前に立つのはA組の担任教官であるエイゼル マストウェイだ。
彼が手に持つのは巨大な鉄塊とでもいうべきだろうか。持ち手の部分が厚い鉄棒のようなものになっていて、先端になるにつれてやがて丸みを帯びていく。
どういった武器なのか、あえて種別するのであればそれは「ハンマー」ということになるだろう。
全長にしておよそ1.5メートルほどもあるそれは、エファの大剣よりも重量感がある。ハッキリ言って人間が扱える武器ではないのだが、それをエイゼルは片手で軽々と担いでいた。
「流術とは、われわれの体の中に流れる『流力』という力を自在に操作し、肉体の強度や瞬発力を上げる技術のことです。たとえば私が持っているこの巨大なハンマーですが、流術を使わなければこんな風に片手で持てる人なんてそうそういないでしょう。仮に持てたとしても振り回したりすることなんて不可能です」
ぶぅんぶぅんと軽くハンマーを振り回してみせるエイゼル。
風切り音がかなりの重量感を纏っている。あれを誤まって壁にぶつけようものなら、コンクリートであろうと粉砕できることだろう。
「しかし、流術によって身体を強化することによって、このようにどれだけ重いものでも振り回すことができるようになります。もちろん流術を体得すれば誰でもできるというわけではありません。その練度のほど、また流力の量によって流術というものはその力を増します。ぶっちゃけてしまえば流術を体得したばかりの初心者ではこんなに重いものを片手で持つことなんてほぼ不可能でしょうという話です」
ぶぅんと一回振ると、エイゼルはまたそのハンマーを肩に担ぎ直す。
「そして流術というものは身体を強化するだけのものではありません。流術の扱いに慣れてくると、流力の影響を体内だけでなく体外にも与えることができるようになります。たとえば―――」
エイゼルは懐から直径30センチほどの丸い魔石を取り出すと、それをコツンと叩いて横に放り投げた。
するとそれは光を放って、やがて巨大な岩石に変化する。
ずぅんと重い音を立てて床に巨石が落ちる。床が抜けるのではないかと思うほどの巨大さと重量感だが、なぜか床には罅一つ入っていない。
「いま私が床に流力を流し込み、床の強度を上げたことにより巨石の落下という衝撃を受けてもこの通り、床は無傷で済んだわけですね」
おお、というどよめきがD組の方から起きる。一方のA組はさも当然というかのようにその様子を見ていた。この辺はエリートクラスとその他との差なのかもしれない。
「今のが身体能力強化の応用、物体の強化。まぁ自分の身体に対して行っていたことを物体に対して行うので、難易度はそう高くありません」
その通りなのだが、それでも流力の体外放出の技術はそれなりにレベルが高い。訓練すれば誰でもできる芸当だが、それを戦闘に応用できるかどうかはまた別の話だ。
「そしてもう一つ、流力の体外放出によってできることがこれです」
ぴたりとエイゼルは巨石に左手をつける。
そして精神を統一するかのように一拍置くと、短く息を吐いた。
「はっ!」
掛け声と共に、砕け散る巨岩。
決してエイゼルが巨岩に力を加えたわけではない。彼はただ岩に触れていただけである。
知った風なA組の生徒とは対称的に、驚いた様子のD組に向けてエイゼルは説明をする。
「今のも流術です。流力を岩に流し込むことによって、対象を破壊することができます。このように、流術というものは物体に対して様々な力を与えることができるものなのですね」
簡単に言ってのけるが、エイゼルが行った技術は全て応用である。
流術の体外放出という応用技は、エリートであるA組の生徒ですら一部しか習得していない技術だ。というより、一般の士官学校ですら学ばないような高度なものなので、さすがにこれは今すぐに実践しろという話ではないだろう。
「さて、そんな流術ですが、もちろんこれを戦闘に使うと危険極まりない『力』となります。それでは実際に戦闘に使うとどうなるか、この中で最も流術の扱いに長けたレン サイクス君に実践してもらうとしましょう」
にっこりと微笑んでレンを手招きするエイゼル。
なんとなくそんなことになるんじゃないかと思っていたレンは、観念して前に出る。
左手には彼の武器である太刀が握られていた。
生徒達と距離を取り、エイゼルと対峙する。
にこにことした微笑みを絶やさない教官だが、彼の実力は本物だ。
「鉄塊のエイゼル」。そんな通り名を持つ彼は、かつて所属していた共和国軍の部隊で敵戦車をたった一人で四台も破壊したという伝説を持つ。世界的にも有名な使い手で、一般生徒程度では彼の足元にも及ばない。
「それではみなさん、今から私がレン君を攻撃しますので、私達の動きをよく見ていてくださいね」
D組の生徒がざわめく。
彼らとてエイゼルのことはよく知っているのだろう。というか入学してからこの一か月ほど、実技の授業で何度か指南を受けているのだ。
それゆえにエイゼルがどれほどの力を持っているのか、彼らはよく知っている。それが一生徒を攻撃しようというのだ、危険であることなど火を見るよりも明らかである。
だからといって止まるエイゼルではない。レンが構えたのを確認すると、容赦なく接近して鉄塊を振り下ろす。
ズドン! という激しい衝撃音。
レンが左手に持つ鞘に収まった太刀で、エイゼルの巨大な鉄塊を受け止めた音だ。
ぶあっ、と衝撃派が広がり、風圧が生徒達の体を舐める。それほどの衝撃を生む一撃を受けて、レンは余裕を保っていた。
「はい、では速度を上げていきますよー」
軽い口調で言って、エイゼルは次々と鉄塊を叩き込んでくる。
右から、左から、上から、あらゆる角度から襲い来る鉄塊を、レンは全て受け止める。
徐々に速度が上がってゆき、最初は「ズドン、ズドン」という一拍を置くように伝わってくる音が、次第に「ズドドドド」と音の隙間がなくなっていくように変化していく。
もはやD組の生徒は開いた口が塞がっていなかった。
レンとエイゼルの攻防は、お遊びの範疇では決してないようなレベルである。D組の生徒から見れば、もはや殺し合い以外の何物でもない。
ガァン! と最後の一撃を受け止めて、レンとエイゼルが互いに距離を取った。もちろん、互いに無傷である。
「はい、このように流術で身体を強化することにより、私のように重い鉄塊を振り回すことが可能となります。一方でレン君は流術による身体強化だけでなく武器の硬度を上げて重い一撃に耐えきったというわけですね。素晴らしい腕前です」
「ありがとうございます」
ぺこりと一礼をしてレンは下がる。途端、周囲から拍手が巻き起こった。
少し照れながらレンが生徒達の輪の中に戻ると、ケイスが出迎えた。
「やっぱすげーなお前、もはやすげーと通りこしてきめぇレベルだ」
「褒めてるのか、それ」
「褒めてる褒めてる」
「まったく、毎度のことながらあなたには驚かされるわね」
腕を組んだエファが、腕を肩に回してじゃれ合うレンとケイスに近寄ってきた。
「私だけでなくリーナの攻撃を凌ぎ切った実績で十分だと思ってたけど、まさかマストウェイ教官と打ち合いまでできるなんて、あなたほんとに学生なの?」
「エイゼル教官も手加減はしてくれていたからな。でなきゃ、床にまで流力を割く余裕なんてなかったさ」
言われて、エファは先程まで二人が打ち合っていた場所を見る。
あれほど激しい打ち合いをしたにも関わらず、床には傷一つない。普通であればあれほどの猛攻を受け止めれば防御の際にかなり地面に圧力がかかるはずなのだが、その痕跡が一切なかった。
つまりレンはあの攻防の中で足元にまで流力を流し込んで床を強化していたのだろう。それほどの余裕があったということだ。
「ほんと、化け物ね」
「やっぱキモいわお前」
「ほ、誉め言葉として受け取っておくよ」
ざわざわ、と生徒達が先程の攻防について語り合う中、エイゼルがぱんぱんと手を鳴らす。
注目の合図だ。生徒達は一斉に話をやめてそちらを見る。
「はい、今レン君がやってのけたのは流術の基礎中の基礎を鍛錬によって磨き上げた結果のものです。皆さんもきちんと学び、鍛えれば、彼のように上手に流術を扱えるようになります。というわけで、本日の授業では流力の扱い方を学び、実践してもらいたいと思います」
先程の攻防を見た生徒(主にD組)から、いやいや無理無理という雰囲気が表れる。
それを察したエイゼルが、柔らかい笑みを浮かべた。
「心配せずとも、レン君と同じレベルのことをやってもらおうなんて言うつもりはありません。今日やってもらうのは流術の基礎部分ですから」
その話を聞いて、D組の生徒達はほっと胸を撫で下ろす。
しかしここは名門レアード学園。授業内容がそんなに甘いはずもなく。
「ただ、今日中には先生の一撃を受け切れるくらいにはなってもらおうとは思っていますけどね」
にっこりと笑みを浮かべるエイゼルの姿に、D組の生徒達は悪魔を連想したのだった。




