2-6 ネームレス盗賊団
なにはともあれ昼食である。
レアード学園の学生食堂はレン達の教室のある本校舎と職員室などがある特別棟の間にある渡り廊下を曲がった先にある。
渡り廊下といっても簡易的な屋根と簀子で造られた吹き抜けの道なのだが、昼休みになると食堂の利用者が多くなるので必然的に人通りも多くなる。そこを通って食堂へ。
学生食堂は昼休みや放課後に利用する者が多く、座席数はそれなりだ。教室で一悶着あったために出遅れたレン達だったが、それでも四人分の座る席くらいは空いていた。そこに腰かけ、ケイスがカウンターで定食を、セシルがサンドイッチセットを買って戻ってくるのを待つと、全員で揃って食べ始める。
もくもくと、周囲の騒がしい雰囲気に反して全員が無言で。
いつもこうというわけではない。レン、エファ、ケイスが三人で揃って食べていた時はケイスが盛り上げ役になって楽しい会話の飛び交う食事会になっていたものだが、今日に限ってそれはない。
それというのも、レンとケイスの対面に座る女子二人が原因である。一方は何故か眉間に皺を寄せて不機嫌そうに、一方はすまし顔で隣から放たれる険悪な雰囲気を受け流すように。この空気があるせいで、いかにケイスであろうとそう簡単に口を開こうなどと思えないのであった。
「な、なぁ、なんでエファはあんなに怒ってるんだ?」
険悪な雰囲気に耐え切れずレンが隣のケイスに小声で訊ねる。
訳知り顔のケイスは、ややレンに身を寄せてさらに対面の二人に聞こえないようにする。
「あくまで予想の域を出ねぇんだが、多分ネームレスが原因なんじゃねぇかなぁ」
「ネームレスが?」
ネームレスといえば、セシルのファミリーネームだ。故にレンはエファが怒っている原因を作っているのはセシルにあるのだと言っていると解釈したのだが。
「お前はネームレスって組織のことを知らねぇんだよな」
組織という単語が出てきて、レンの頭上の疑問符が増える。ネームレスとはセシルのファミリーネームのことではなかったのか。
というわけで、ケイスですら知っている世界の常識講座の時間である。
「リリエイツ公国にな、ちょっと前まででっけぇ盗賊団があったんだ。名前が『ネームレス盗賊団』。旅団規模の人員で構成された大盗賊団で、10年くらい前に姿を現してから公国で大暴れしまくってたせいで世界的に有名になっちまった団なんだよ」
「『ネームレス盗賊団』? それってそこのネームレスと同じ名前だよな。どういう関係があるんだ?」
「そのネームレス盗賊団なんだけどな、構成員の全員が名前を失った孤児とか身元不明者なんだよ。だから『ネームレス』ってわけだ。団の人間は名前のない証明にファミリーネームに『A・ネームレス』をつける。つまり、そこにいるセシル・A・ネームレスもその一員だったって話だ」
大盗賊団の一員。
こんな同年代の少女が? と思ったレンだったが、彼女は確か入学時総合成績で8位を修め、あのニュービーキラー事件でリーナ・エニスタの襲撃を凌いだという実績がある。そう考えると大盗賊団の一味だったという話も一応納得ができるのかもしれない。
「団自体は二年くらい前に公国政府の正規軍に全滅させられたって話なんだけどな、まぁ当然アイツみたいに生き残りもいるわけだ」
「なるほどな……」
納得しつつ、レンは白米の上に桜でんぶで描かれたピンク色のハートを丹念に崩していく。さりげなく行われるえげつない行為にケイスは若干引いていた。
「でも、それとエファの機嫌が悪いことにはどういう関係があるんだ?」
「そりゃやっぱあれじゃねぇの、ネームレス盗賊団否定派ってヤツ」
またも聞きなれない言葉。崩した桜でんぶと白米を口に運びつつ、レンは首を捻った。
「なんだそれ?」
「ネームレス盗賊団は盗みのためにいろいろやってたんだよ。まぁ全体がってわけじゃないらしいけど、でけぇ組織だったから一部では焼き討ちとか大量殺人みてーなえげつねぇことをしてたって話だ」
「ということは彼女もそうなのか?」
「そこまでは知らねーよ。でもそういうことしてた連中ってことで、団が全滅した今でもネームレス盗賊団のことを良く思ってねぇヤツは多い。察するに、エファもそうなんじゃねぇか?」
内容の重さに比例するかのように美味な弁当をつまみつつ、レンは納得する。
エファはかなり実直な性格をしている。正義感が強く、曲がったことは許せない。それ故に最初は実力を隠すように振る舞うレンにやたらと突っかかってきたし、リーナが起こしたニュービーキラー事件にも積極的に関わって解決しようとしていた。
そのエファの性格からすると、非人道的な行為を行っている盗賊団の一味というのはおそらく許し難い存在なのだろう。
「なにをこそこそと話しているのかしら?」
小さな喉をこくんと鳴らして口の中にあったサンドイッチの欠片を飲み込んだセシルが、小さな声で会話をするレンとケイスに声を掛けてくる。
彼女から見れば二人は正面に座っているので、身を寄せ合って内緒話をしていればそんなものは丸見えなのであるが、今まで声を掛けてこなかったのは単に話が終わるのを待っていたからだろうか。
なんにせよセシルの話をしていたところで当人から声が掛ったということで、ケイスが慌てて取り繕った。
「い、いやまぁ、今日の昼飯の話をしてたんだよ、なぁレン」
「ネームレス、キミが大盗賊団の生き残りだという話は本当か?」
唐突にレンがセシルに質問する。それに、ケイスどころか周囲に座っていた人間がどよめいた。
レンが知る由もないが、ネームレス盗賊団の話は団が全滅してから世界的にあまり語られないことが暗黙の了解となっているものだ。
確かにネームレス盗賊団は歴史に類を見ないほどの大罪を犯した団だったが、全滅したとあらばそれを掘り返すのはあまりにも哀れだからである。彼らは既に公国によって正式な処罰を下された身であり、これ以上追及するのは酷であるというのが大多数の総意である。それを認めていないのは実際に被害に遭ったりエファのようにその存在を認められないネームレス否定派くらいのものだ。
まさか堂々と当事者に訊ねようとは、それこそ地雷原に突っ込むようなものである。
ぱちくりと目を瞬かせたセシルは、やがてくすくすとおかしそうに笑った。
「あなた、やっぱり興味深いわね。まさかそんな単刀直入に聞いてくるとは思わなかったわ」
「何かおかしかったか?」
「いいえ。そうね、私は確かにネームレス盗賊団の生き残りよ。それがどうかしたかしら?」
「気になったんだ、どうしてそんな大盗賊団の生き残りがレアード学園に入学できたのか。犯罪者みたいに扱われたりはしなかったのか?」
「至極真っ当な疑問ね。そうよ、私は元犯罪者。だからこの学園の入学は特殊な手続きや契約の上に成り立ってるわ。契約の方はぶっちゃけるとおとなしくしてなければ退学ってトコロかしら」
それについては他の生徒も同じなのでは、と思わないでもなかったが、要は観察処分という扱いなのだろう。少しでも妙な真似をしたら即退学、しかるべき施設へと送る。そんなところだろうか。
「それじゃあ、キミは何のためにこの学園に来たんだ?」
「別に、大したことじゃないわ。ただ成り行きというのと、普通の学生生活っていうものを満喫してみたかっただけよ」
ふと、レンはそう語るセシルの瞳に何か哀しみのような感情が混じったような気がした。しかしそれは一瞬で、すぐに彼女はすまし顔に戻る。
「最初は何も期待していなかったのだけれど、学生生活というものも悪くはないわね。おかげであなたみたいな人に出会えたし」
「どういうことだ?」
「さぁ、どういうことでしょう」
くすりと笑んでセシルは話を煙に撒く。
掴めない少女だ、というのがここまで彼女と話してみてのレンの感想だ。だが、決して重大なことを隠しているという風でもない。単にからかって楽しんでいるというのが一番納得ができる。
「私は納得できないわ」
いろどり豊かな弁当を黙々とつついていたエファが、不機嫌そうな様子のまま口を挟む。
「あなたみたいな犯罪者が名門レアードにいることは間違いよ。面倒なことになる前にここを去ることをお勧めするわ」
まさにずばりと斬り捨てるような一言。
さすがに言い過ぎなのでは、とケイスがあたふたとしていたが、セシルはほとんど気にしていないというかのように笑みを崩さない。
「あら、ずいぶんとひどい言われようね。ヒルデブランドのお嬢様は私のような元犯罪者を受け入れられるような広い心は持ち合わせていないということかしら」
「案外察しがいいのね、その通りよ」
「まぁ、それはひどい」
そう言うセシルだが、さほど気にしている様子はない。彼女の余裕は依然として一切崩れていないように思える。
正直、エファの言い分は厳しい。レンがネームレス盗賊団とやらをあまり知らないということもあるかもしれないが、それでも彼女の態度は少し行き過ぎている。
「エファ、少し言い過ぎなんじゃないか。ネームレスの過去に何があったのかは知らないけど、今のネームレスが何かをしているってわけじゃないだろう」
「……」
窘めるようにレンが言うと、エファは不機嫌な様子なまま食事を再開する。
やれやれ、とレンが首を竦ませていると、セシルがいたずらでも思いついたかのような顔をした。
「ところで、さっきから私のことをネームレスって呼んでるけど、別にセシルで構わないわよ、レン」
レンという名を呼ぶ時だけ強調し、セシルはちらりと横目でエファを見た。
むっとしたエファに、してやったりという顔のセシル。何がなんだかわからないが、名前で呼ぶくらいは別に構わないだろう。
「ああ、わかった。それじゃあセシルと呼ばせてもらうよ」
「じゃあ俺も。セシル、俺のことも名前で呼んでくれていいぜ」
「あらそう、よろしくね、ケイス」
名前で呼び合うような関係になったおかげか、いくらか空気が緩和する。
相変わらずエファは仏頂面で弁当を食べていたが、それはともかく。
「ほう、なかなかに面白い組み合わせだな」
唐突に、レンの後ろで声がした。
驚いた様子でケイスが「どわっ!?」と仰け反り、レンは冷静に背後を振り向く。
そこにいたのはレンよりは少し薄い色の黒髪に、勝色の瞳の男子生徒だった。
「今や島中の有名人である今年度最大のトピックメーカーのレン サイクスに、世界三大剣術流派の一つ『ヒルデブランド流』の本家長女であるエファ・ヒルデブランド。そして優秀生徒の集うA組で成績最下位のケイス・ラースヘルの仲良しトリオと、セシルが昼食を共にしているとは。いやはや、写真の一枚でも撮っておきたいような光景だな」
うんうん、とその男子生徒は腕を組んで頷く。
いきなりのことだったのですぐに言葉が出なかったレン達ではあったが、その男子生徒のことは知っていた。
「キミは……確か、カミト・S・エイデンだったか」
「ほう、俺の名前を知っているか。もっとも、同じクラスなのだから当然といえば当然か」
一年A組所属、総合成績7位のカミト・S・エイデン。あまり会話をしたことはないが、毎日教室で顔を合わせる程度の仲だ。
「はろ、カミト。写真ならいつでも受け付けるけど、その時はレンとのツーショットでお願いしようかしら」
「いいだろう、と言いたいところだが生憎写真機を持ち合わせていなくてなぁ。残念だ」
セシルがカミトに気軽に挨拶をする。その時に付け加えた言葉にエファが反応するが、それはさておき。
気安く話をする二人の顔を交互に見て、ケイスが口を開く。
「なんだよ、お前ら知り合いだったのか?」
「当然。なんせセシルをこの学園に入学するよう手筈を整えたのはこの俺だからな」
自信満々にカミトが言う。
一学生であるカミトがセシルの入学に関与している。それもおかしな話だが、もしかしたらカミトはそれなりに力を持った貴族家の子息だったりするのだろうか。そうだとするなら説明も付くが。
いろいろと聞きたいことはあったが、それよりも前にエファが箸を置いて会話に入った。
「元犯罪者の入学を手助けするなんて、あまり褒められた行為じゃないわね」
「ふむぅ、ヒルデブランドよ、貴様がネームレスに良くない印象を持っていることはわかったが、あまり先入観から物を語るのはよくないぞ?」
「どういう意味よ」
「このセシルが所属していたネームレスの部隊は他と比べればおとなしい方だったというだけだ。他の者のように刑務所に入れられても仕方ないほどの重度な犯罪は犯していない」
「それでも、盗賊団なんだから窃盗くらいはしてたんでしょう。それなら他の犯罪者と大差ないわ」
「だとしても、年端もゆかぬ少女に他の連中が犯した罪と同じ量の罰を与えることが正義だと言えるのかな?」
カミトの論に、エファが口ごもった。
決してエファの言うことは間違いではない。が、カミトの論も間違えてはいない。道徳や人情というものを考えるならば彼の方が正しいとすらいえる。
ただ、カミトとしても論争をしたかったわけではないらしく、肩を竦めて首を横に振る。
「ま、細かいことは気にするなということだ。そうして眉間に皺ばかり寄せていると……老けるぞ?」
「だはははっ! 確かにその通りだんごっ!?」
大笑いしたケイスの額に、エファの箸が命中する。
ばたんと後ろに倒れたケイスのことに目もくれず、エファは食べ終わった弁当箱を片付け始めた。
「別に構わないわ、ただ私は何があろうと認めるつもりはないけど」
「老けていることをか?」
「違うわよっ!」
ぷんすかと怒りながら席を立ち、学食の出口へと向かっていってしまったエファ。
その様子を眺めていたカミトが「難儀な性格よな」と呟いたが、まさにその通りなので何も言えない。
ぐぐぐ、と机に縋って立ち上がったケイスが、額を抑えながら席に着く。
「んなことよりもよぉ、お前はいったい何しに出てきたんだ?」
問いかけられて、カミトはふむ、と少し考える。
「なぁに、大したことではない。たまたま通りがかったから挨拶をしただけだ。セシルともどもこれからよろしくな、といったところか」
「くすくす、よろしくね、レン、ケイス」
愉快そうに笑うカミトとセシル。
なんだか変な二人と知り合いになってしまったなぁ、と思わないでもないレンだったが、決して悪い気分ではないことは確かだった。




