2-4 レアード学園の一日(2)
三限目、歴史。
ある意味において、この科目は最も優しいものであり、ある意味において、この科目は最も厳しいものである。
なにせこの科目において一番重要なのは記憶力。いつどこで何が起きたのか、そしてその結末はどうなったのか。そういった歴史上に起きたあらゆる事象を暗記し、自分の脳に刻み込む。勉強という行為において最も単純な部類にあって、最も難しいものがそれだ。
結局のところ勉強というものは記憶することが一番重要になってくる。それが一番顕著になるのがこの歴史という授業だ。
ただし、単純ゆえに歴史の授業では記憶しなければならない情報が多い。本日の授業も、生徒達に新たな記憶を刻み込もうと男性教師が教壇に立っている。
「えー、つまりチミ達が今いるこの島、リンクライン島はおよそ二百年ほど前に大航海士エーゲ=ギ=グライストンによって発見されたとされているわけだね。もちろんチミ達の知っての通り、この島に最初に乗り込んだのはエーゲではない。他国から来た船も同時にリンクライン島に上陸しておった。だが、公的な記録にはこの島の第一発見者はエーゲということになっておる。まぁつまり、エーゲはこの島を発見した人々の代表者ということだね」
誰もが知っているリンクライン島発見の歴史。今日はその歴史をさらに深堀りして詳細を知るといった内容だ。
「そしておよそ百六十年前、各国は孤島へと繋がる線路『リンクライン』を建造することを立案した。当時から現代に至るまで最速の移動手段は鉄道だったからねぇ。それはどの国も同じことで、国々は競うように海洋を横断する巨大な橋を造っていった。幸か不幸か、各国からリンクライン島への距離はほぼ同じだったから、それは対等なレースのようだったと当時の伝承には綴られていた」
海洋横断鉄道「リンクライン」の建造はこの世界にとって重大な出来事であったはずなのだが、それが対等なレースの上に成り立ったという事実は現代を生きるレン達にとってはなんだか複雑なことだ。偉業であることには変わらないのだが、当時の人々にとってはお遊び気分で造ったもののような、そんなもので今の世界の繋がりができたというのは、ある意味すごいというべきなのか。
とはいえ、歴史とはそんなものなのかもしれない。どれだけの偉業も悪行も、あるいは当時の人々にとっては大したことのない出来事だったのかもしれないのだから。
「かくして一つの孤島によって世界は繋がったわけだね。六つの鉄道によって世界が一つになったのは六分歴378年のこと。これまでは各国への交通は船であったが、これにより鉄道での移動が可能となった。それにより各国の交流は盛んになり、この世界に国交というものが生まれたというわけだね。この出来事を何というか、それではケイス・ラースヘル君」
呼ばれて、苦い顔を浮かべるケイス。心の中では「また俺!?」とか思っていることだろう。
彼はしぶしぶ「はい」と返事をして立ち上がると、しばらく考えた後に真面目な顔をした。
「わかりませーん!」
「チミィ、ちゃんと予習をしてないね? まったく仕方ない、それじゃあ他にわかる人」
わかるかどうかと問われれば、わかる。仕方ないとレンが手を挙げようとしたところで、それよりも早く手を挙げた者がいた。
「はい」
やはりというべきか、それはセシル・A・ネームレス。
数日間出席していなかった見慣れない生徒が手を挙げたことで男性教師は少し意外そうな顔をしたが、同時に興味深そうな視線を向けていた。
「お、それじゃあネームレス君、答えてみなさい」
「『リンクライン維新』です」
「その通り、正解だ。ネームレス君はきちんと予習をしてきていたようだね」
「恐縮です」
またも完璧な解答。もっとも、この問いは予習さえしてきていれば(あるいは独学で既知であったのであれば)簡単に答えられるものなので、前の二つと比べればそこまで凄みがあるわけではないが。
それでもセシル・A・ネームレスが優等生の集うA組の中でも特に目立っていることは事実だった。
四限目、魔力学。
「この世界には魔力というものが存在しまーす。主にそれは『地脈』と呼ばれる地中に巡る大きな力の流れの中に存在していてぇ、世界中に満ちている力のことでーす」
やたら色っぽい声を出す若い女性教師が魔力について復習するために基本的な知識を説明する。
「魔力は私達人間の中にも存在しているものでぇ、訓練をすれば誰でもこの力を扱うことができるようになりまーす。ですがぁ、魔力を扱うためには特殊な手順が必要となりますねぇ。この辺は私の担当じゃないので省略しますがぁ、とりあえず魔力っていうのはそういう感じのものなんでーす」
なんともアバウトな説明である。
この人は本当に教師なのだろうかと疑問すら抱くが、間違いなく名門レアード学園に認められた人間である。想像は難しいが、それなりにすごい人物ではあるのだろう。
それはさておき、この魔力学という科目はこの世界に満ちる魔力という力について学ぶ授業だ。流力といいこの世界にはいろいろな力があるわけだが、レン達にとって魔力も流力も空気と同じくらい身近なものなのである。
「この魔力ですがぁ、昔は魔力を扱うことのできる一部人間だけが扱っていたマイナーな力だったんですよねー。それが近年とある出来事によって一般的なものになりましたぁ。それがぁ、魔石の発見でーす」
そう言って、女性教官はじゃじゃーんという擬音が似合う勢いで懐から一つの石を取り出す。
石英のような輝きを放つその緑色の石は、一見してみれば何の変哲もないただの綺麗な石だ。ただし、その雰囲気はただの石ではないことを明確にさせていた。
「これが魔石でーす。みなさんも一度くらいは見たことがありますよねぇ。この石の中には魔力が宿っていてぇ、その性質によっていろいろな力を発揮しまーす。たとえばこの石だとぉ」
コツコツ、と女性教官は石を指先で軽く叩く。すると、魔石からヒュオ、と軽い風が吹いた。その風に煽られ、教卓の上にあった資料がぱたぱたと揺れる。
「風の魔力が内包されていたのでぇ、こうやって風の力を呼び起こすことが可能なわけですねぇ。この魔石の力を使ってぇ、人類は今の文明を構築できたということでーす」
たとえば自動車。あれは火と雷の魔石を動力として動いているもので、機械というものは大抵魔石の力を利用して動いているものである。
魔石は大きさ、純度に保有魔力量が比例する。たとえばサイズの小さな魔石であっても純度が高ければそれなりの魔力量を誇る。自動車などの小型の機械に組み込まれているのは、そういった類の魔石だ。逆に巨大な機械であれば純度が低くサイズの大きな魔石を使ったりすることもある。
現代社会において魔石はあらゆる機械の動力として使われている、いわば人類の文明に欠かせない重要な資源なのである。
「ですがぁ、この魔石の力を利用して現在の文明を築き上げることができたのは今からたった百年前の話なんですねぇ。ではここで問題でーす。この魔石が発見されてぇ、力を引き出すことによって人類の文明が飛躍的に発展した出来事のことを何というでしょーか? はい、ケイス・ラースヘル君!」
「おおい! また俺かよ!」
「聞いたゾー。ラースヘル君は前の授業でも当てられた質問に答えることができなかったんだってねー。ささ、これは汚名返上のチャンスだぞっ!」
もはや今日は教師陣からいじられっぱなしのケイスだが、残念なことに授業において教師は絶対である。
しぶしぶと立ち上がったケイスはすぅ、と息を吸って黙っていればイケメンな顔で真面目に答える。
「わかりませんごっ!?」
女性教官が魔石を叩いて発生させた風を収束させ、ケイスの額に命中させたことによって彼はぐらりと後ろに倒れる。
「はーい、今のが魔石の危険な使い方でーす。良い子は真似しちゃダメだぞっ!」
いやあんたがやったんだろうとクラスのほぼ全員からツッコミが入るが、それは心の中だけに留めておくことにする。
「それじゃあえーっとぉ、セシルちゃん答えてみて!」
「はい」
またもケイスの次にセシルが出てくる。もっとも今度は教官に指名された形だが。
「六分歴425年、ケイテナ キルシュタリア博士によって起こされた『魔石革命』です」
「だーいせいかい! さっすがA組の生徒だねぇ」
教室の後ろの方で大の字になって倒れている出来ない子のことは棚に上げておいて、女性教官はセシルと当然のように知識を持っていたA組の生徒達を褒める。
哀れ、ケイスはそのまま放置されて授業は先へと進んだ。
「セシルちゃんが言ってくれた通りぃ、魔石による文明はだいたい百年前にケイテナっていう博士が魔石から魔力を引き出す技術を確立、それを世に広めてくれたことによってここまで発達できたんだよねぇ。じゃあどうやって魔石から魔力を引き出すかっていうとぉ、簡単に二種類の方法があるのよねぇ」
そう言って、女性教官はもう一度魔石をこつこつとつつく。
するとまたもや弱い風がヒュオ、と吹いて女性教官の左手のひらの上に小さな竜巻を生んだ。
「一つはこうやってぇ、魔力の扱いに長けた人が意図的に引き出す方法でーす。といっても、魔石から魔力を引き出すこと自体は一般人でも一日くらい練習すればできることなんだけどぉ、それを自在に操ろうと思えばそれなりの訓練が必要なのねぇ」
左手のひらを閉じて、女性教官は小さな竜巻を消す。
「でもってもう一つの方法がぁ、機械によって引き出す方法ねぇ。魔石って外部からの魔力によって指向性を与えることによって魔力を引き出すことができるんだけどぉ、それができるのって魔力を持つ人間とかだけなのねぇ。だから当初は機械に利用するなんて発想自体がなかったんだけどぉ、その方法を考え出したのがケイテナ博士ってことなのぉ」
機械は魔力を持たない。魔力によって魔力を引き出すことのできる魔石を利用するにはどうしても人間が直接手に触れる必要があるのだが、それでは人間の手を借りずにほぼ自立して動くことのできる機械は完成し得ない。
ではどのようにして人間の手を借りずに魔力を引き出すことができるのか。
「ケイテナ博士はねぇ、魔石と魔石をぶつけることによって魔力を引き出そうと考えたのぉ。魔石っていうのは元々魔力を帯びてるものだからぁ、単純にぶつけるだけでも魔力を引き出すことは可能なのぉ。それは昔から誰でも知ってたことなんだけどぉ、それを機械に利用しようとすることはできなかったのよねぇ。なぜかっていうとぉ、確かに魔力自体を引き出すことはできるんだけどぉ、制御ができないよねぇ」
女性教師はもう一つ、赤色の魔石を懐から取り出し、緑色の魔石にかつんと軽くぶつけた。すると一方からは小さな火が、一方からは弱い風がそれぞれ引き出された。
教室内で火を扱うのは危険な気がしないでもないが、その辺は教師がうまく操作しているのだろう。
「こんなふうにぃ、ぶつけた衝撃に比例して魔力が漏れて出てくるのぉ。たとえるならぁ、水を注いだコップ同士をぶつけたら中身が零れちゃう感じかなぁ。あれってぇ、ぶつけた勢いがすごければすごいほど大きくこぼれるでしょぉ。それと同じ感じでーす」
言いながら、今度は魔石同士を激しくぶつける。するとそれに比例するように大きな炎と風が生み出された。教師がうまく操作していないとあわや大惨事といったレベルだ。
「この魔石同士をぶつけたら魔力が漏れ出る現象のことをぉ、『魔石反応』って言うのねぇ。じゃあこの魔石反応をどうやってうまく調整して機械に反映してるかっていうとぉ、それは次の時間に説明しまーす!」
言い終えると同時に、四限終了のチャイムが鳴った。
お決まりの起立、礼の流れが終わると女性教師は淡々と教卓の上の資料を纏めて教室を去っていく。
そこで思い出したかのように、教室で大の字になって寝ていた一人の男が起き上がった。あまりにも哀れだったので、あとで気絶していた間の授業内容について説明してやろうと決めたレンであった。




