1-33 剣士の証明をここに。物語は始まりを迎えたばかりである
用事があるからと先に帰路に就いたケイスと校門で別れると、レンとエファはレアード学園本校舎の屋上までやってきた。
特に何か用事があったわけではないが、なんとなく両者ともが二人きりで話がしたい気分だったのだ。
それなりに標高のある土地に建っているレアード学園の一番高い場所ともなれば、かなり高い場所になる。遠くに見えるリンクライン鉄道中央管制塔よりも高い位置にあるそこで、エファは欄干まで歩くと大きく深呼吸をした。
「それにしても今日もいい天気ね」
春先とはいえ、リンクラインのここ数日の天候は常に快晴である。
まだ冬の寒さの名残が尾を引いているが、それが陽の光の暖かさで相殺されてちょうど良い心地になる。吹き抜ける風は清々しく、人が生活するにはちょうどいい環境だろう。
レアード学園の屋上ではそれをよく味わうことができる。おそらく島でこの場所が一番季節を感じることのできる場所に違いない。
「リンクラインっていいところよね、ほんと」
「ああ」
レンは素直に同意した。
決してレンの住んでいた共和国が良い環境ではなかったなどとは言うつもりはないが、リンクライン島はレンが今までいたどこよりも良い環境だ。
リンクライン島は世界の中心に存在する各国の緩衝地帯であると同時に、それ故に様々な思惑の蠢く不穏の島だ。裏の世界だけでなく表の世界でもそうであると広く知れ渡っているような魔島だが、島の表の面だけを見れば自然と科学が調和した美しい島だといえるだろう。
「ねぇ、レン、あなたってどうしてこの島に来たの?」
唐突に、エファがレンに訊ねる。
その答えは既にエファも知っていることだろうが、改めて確認したいのだろうかと考えてレンは再度答えてやることにする。
「大切なものを守ることができる強さを身につけるためさ」
「それじゃあ、どうして強さを身につけたいと思ったの?」
「それは……」
レンは答えることができなかった。答えが用意できていなかったわけではない。だが、それは答えることのできない質問だからだ。
口を噤むレンに、たたみかけるようにエファは問いかける。
「ねぇ、あなたって何を隠しているの?」
「……」
レンは答えない。いや、答えられない。
その様子に、エファはあの日のことを思い出す。
あの日、ニュービーキラー事件の幕引きにレンとリーナが闇夜の中で決着をつけた後。
「リーナ!」
どさりと地に伏したリーナの姿を見て、エファはまだ完全に回復し切らず痛む体に鞭を打って駆け出した。
よろよろとおぼつかない足取りで、しかし歩くよりも速く。
リーナまでの距離は10メートルもなかった。そこまで辿り着いて、気絶しているであろう彼女を抱えてやろうとそう考えていた。
しかし、そんなエファの目の前に切っ先が突きつけられた。
思わず足を止める。
切っ先といえど、そこにあるのは刃ではない。丸みを帯びた鈍色の鞘の先端である。
突きつけたが誰かは言うまでもない。だが、エファは彼の姿を見てぞくりと冷たいものが背筋を駆けるのを感じた。
それはまぎれもない殺気だった。それも、エファほどの使い手が怯えるほど強力なものだ。
傷を負っているからだとか、そういう言い訳は通用しない。もしも万全な状態であったとしても、この殺気の前に絶対に立ちたくないと思えるほどの冷たさ。
レンは、至って平静な顔をしながらも鬼を彷彿とさせるような瞳でエファを睨んでいた。
「れ、レン……?」
絞り出すようにしてようやく出せたその声は、果たして彼の耳に届いただろうか。
ふっと殺気がなくなったかと思えば、レンはどさりとその場に倒れた。
殺気にあてられ、しばらく呆けていたエファは勇気を振り絞るようにして一歩前に踏み出し、レンの様子を見る。
どうやら気絶したのはリーナとの戦闘で負った傷と疲労が原因らしい。ゆっくりと浅い呼吸をしている様子を見る限り、命に別状はなさそうである。
「今のは、一体……?」
気絶したレンの右手に握られている太刀を見ながら、エファは呟く。
どうしてレンが殺気を向けたのか、あの驚異的なまでの殺気は何だったのか。そして、リーナとの戦いにおいてどうして太刀を鞘から抜かなかったのか。確かめたいことはたくさんあった。
だからこそ、家名を明かした今でもレンが何かを隠していることは確かだ。
じっとレンの目を見つめ、エファは答えを待つ。
しかしレンは答えることができず、目を逸らしてしまった。
ふぅ、とため息を吐いて、エファは身を翻す。
「まぁいいわ、無理に聞き出そうとは最初から思ってなかったし」
「なんというか、すまない」
「だからいいって、ただ一つだけ教えてほしいの。どうしてあなた、サイクス家の長男だってことを隠していたの?」
あるいはこれも話せないことなのかもしれないとは思ったが、なんとなくこの質問にだけは答えてくれそうだとエファは思っていた。
そして、その予想は当たっていたようで、それならとレンは微笑んだ。
「ああ、前にも言ったかもしれないけど、それは俺の意地みたいなものなんだ」
「意地?」
「俺はまだまだ未熟だ。サイクス家の人間だというのにサイクス流を修めず、他の流派に手を出して、その師からは一つの型以外の使用を禁じられている。そんな俺はサイクス家の長男としても相応しくないし、名乗る資格もない。だから、せめて誰かに誇れる自分になるまでは家名は伏せておこうと思ったんだ」
「え、なにそれ、すっごいくだらない」
くるりと振り返ったエファは、思いっきり馬鹿にしたようにばっさりと言い切った。
「自分に家名を名乗る資格がないって、あなた本気で言ってるの? リンクラインに来てからいろんな事件を解決して、あのリーナすらも倒して私達を救ってくれたほどの力を持ったあなたが?」
馬鹿にするというより、もはや怒りすら込み上げてきた。
レンという少年は、どこまで自分を卑下するのか。自分が認めた剣士がそんな風に振る舞うのが、エファには耐えられなかった。
「あなたはサイクス家の家名に恥じない立派な剣士よ。確かにサイクス流を修めていないのかもしれないし、光月流の師範からもダメな部分を指摘されてしまったのかもしれない。それでもあなたはとっても強い。だから、もっと胸を張りなさい。あなたにはその資格があると、この私が保証するわ」
微笑むエファの笑顔に、レンはつかえが一つ取れたような気がした。
「そう、か。俺はもう、サイクスを名乗っていいのか」
これまでどうしても自信を持つことができず、名乗ることができなかった家名。
自分には重いものだと思っていたそれを、名乗ってもいいとエファは言ってくれた。そうだとするなら、レンは少しは誇れる自分になれたのだろうか。
「ありがとう、エファ」
ぐっと拳を握り、前を見る。
「俺はまだまだ、自分に自信を持つことができない。でも、キミが俺の力を保証してくれるのなら、俺は少しは自分を誇ることができるような気がする。キミと一緒なら、俺はきっと前に進める」
手を前に出し、レンは握手を求める。
「だから、これからもよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
何かを誓うように、二人は手と手を結ぶ。
彼らを待ち受ける道のりはきっと険しいものだろう。だが、決して踏破できないものではない。
同じ剣の道を進む者同士、その極みに至る約束をここに交わす。
そんな二人を祝福するように、リンクラインに一陣の風が吹いた。
風はどこまでも遠く、遠くに吹き抜け、それを追いかけるように海洋を横断する鉄道の上を列車が走っていく。
こうして、このリンクラインから始まった物語はようやく序章を終えた。
これにて一章は終わりです。
ご意見、ご指摘、ご感想など、もしよろしければ書いていただけると嬉しいです。
同時に評価もしていただけるとありがたいです。
また、一章のあとがき、制作秘話などについては活動報告の方に掲載させていただいております。
もし興味があればそちらの方もご覧ください。




