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黒幻のリンクライン  作者: 水無雲夜斗
第一章 ニュービーキラー編
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1-26 新入生狩りの理由

 六分歴532年4月15日午後8時47分。

 リンクライン島はすっかり夜の暗闇に沈み、この時間でも明るい都心部を除けば、島中は闇が支配する領域へと姿を変えつつあった。

 その暗闇の中でギシャアッ! と魔獣が苦悶の声を上げた。

 巨大なクワガタのような、甲虫型魔獣だ。一メートルほどの甲虫にしては大きいその体は、放物線状に宙を舞って地面に落ちる。どうやら死滅してしまっているらしく、そのまま動かなくなってしまった。

 場所はレアード学園男子寮から森に入って五分ほどの場所だろうか。魔獣を仕留めたのは、昼に引き続いて再び森に入ったレンだ。

 完全に魔獣が沈黙したことを確認し、ついでに周辺の気配を探る。

 どうやら他に魔獣らしき気配はない。きのう巨大な魔獣と戦ったことからリンクライン島は多くの魔獣が生息する場所なのかと考えていたが、案外そうでもないらしい。もっとも、森の奥の方まで進んでいけば話はまた別かもしれないが。


 「出てこい、いるのはわかっている」


 魔獣の気配はなかった。だからこそ、唯一そこにあった気配に向けて声をかける。

 ぱちぱちぱち、と拍手をしながら木々の間から現れたのは、ローブを羽織ったリーナだ。もはや正体を隠すつもりは完全にないらしく、フードは被っていない。

 にこやかな笑顔で出てきたリーナは、数秒間続けていた拍手をやがて止めた。


 「魔獣退治に気配読み、まったくもってお見事ですわ、レン様。あなたのその能力の高さは脅威に値します」

 「それはどうも」

 「だからこそ不思議なのです。どうして貴方のような方がレアード学園などにいるのか」

 「……」

 「明らかに学生離れした能力。貴方ほどの力があれば学園になど来なくとも、十分に活躍できる場所がどこにでもあるはずです。それなのにどうして、どうしてお嬢様の邪魔などするのですかねぇ?」

 「どういうことだ」


 レンの質問に答える前に、リーナはローブの中から三本爪を取り出すと、レンへと斬りかかる。右から振り下ろされた爪を最小限の動きで避けると、軽いステップで三歩ほど後方に下がる。

 三本爪を回避されたリーナは、怪訝な顔をする。


 「どうしました、太刀を出さないのですか?」

 「まだ話は終わっていない、俺がエファの邪魔をしているというのはどういうことだ」


 話し合いが終わるまで争う気はない。レンが太刀を取り出さないのはその意思表示だ。

 てっきり生徒会としてニュービーキラーを捕まえにきたと思っていたリーナは、その態度を訝しげに思ったが、逡巡した後に構えを解いた。


 「そのご質問には、主役が来てからお答えしましょう」

 「主役?」


 そこでレンは、こちら側に近づいてくる気配を察知する。

 接近してくるのは気配だけではない。何度も響く剣戟の音が森の中を反響しながら、こちら側にやってくる。

 最後に巨大な剣戟音を響かせ、レンとリーナのいる場所にローブ姿の人間が二人ほど着地する。それに続くようにして、大剣を携えたエファが飛び込んできた。


 「エファ!」

 「レン! それにリーナ!」


 おそらくローブ姿と戦闘中だったのだろう。この場に飛び込んできたエファを含む三人は軽く息を切らせている。若干余裕があるのはエファの方か。

 なぜローブ姿と交戦しているのかとか、どうやってここまで来たのかとかいろいろ聞きたいことはあったが、それはエファの方も同じだったようでレンをキッと睨んできた。


 「どうしてあなたがここにいるの、レン!」

 「お誘いを受けたのさ、エニスタさんにな」


 レンがここまで来たのは昨晩と同じような理由だ。

 通学路を駆けている途中、明らかにこちらに敵意を向ける気配がした。誘っているのだと感じたレンは、こうして人気のないところまでやってきてからリーナに出てくるよう促したというわけだ。


 「リーナ、あなたはまだ新入生狩りをやめないつもり?」

 「はい、やめるつもりはございませんわ」

 「どうして! 一体誰の命令でこんなことをしているの!?」

 「いいえ、誰の命令でもございません」


 目を瞑って、リーナははっきりと告げる。


 「レン様、貴方がた生徒会が『ニュービーキラー』と呼んでいる此度の事件を計画、立案して実行しているのは他でもないこのわたくしです」

 「何を、言ってるの、リーナ」

 「申し訳ございませんお嬢様、できればこの件はお嬢様の耳に届かないようにしておきたかったのですが」

 「……どういうことなのか、ちゃんと説明して」

 「ええ、そのつもりです。お嬢様、我々のアンデルス帝国が世界的にはどういう国であるかわかりますか?」


 アンデスル帝国。このリンクライン島から北に向かった先にある六大陸の内の一つ、その一番の特徴は―――


 「圧倒的な軍事力を誇る、力の国」

 「その通りでございます。我々の帝国は六大陸の中でも力を象徴する国。それが誇りであり、そうでなければならない」


 それが帝国が帝国と呼ばれているが所以。六大陸の中で一番巨大な軍事力を持っているからこそ、力を意味する「帝国」の名を冠するに至ったのが北の大陸アンデルスだ。

 そのことと今回の事件に一体何の関係があるのか。未だピンと来ていないレンに対し、エファは何か気付いた様子だった。


 「リーナ、あなたまさか」

 「そう、わたくしの目的はただ一つ。力の帝国の中でも最強を誇るヒルデブランド流。その正統後継者であるお嬢様にこのレアード学園の頂上に立っていただくことです」


 リーナは両手を広げ、高らかに宣言する。


 「ヒルデブランドの剣が総合成績11位であってはならない。力を象徴する帝国の者は常に上位にいなければならない。お嬢様はその中でも頂点に立たなければならない人物なのです。だからこそ私は邪魔な上位成績者を排除し、お嬢様に総合成績一位の席に着いていただく」


 なんという幼稚な思想なのだろうか、とレンは驚き半分呆れ半分で聞いていた。

 だが、リーナは本気でそれを実現する気だ。それもかなり強引な、物理的にエファより上位の成績を持つ者を排除するという方法によって。

 だからこそのニュービーキラー。彼女の目的は一年A組の生徒ではなく、そこに所属しているエファよりも上位の成績を保持している生徒だったのだ。


 「馬鹿げているわ」


 エファが吐き捨てるように言う。


 「なによそれ、私が総合成績11位なのは、私の至らなさが原因でしょう! どうしてそんな馬鹿げた方法で上位に上がらなければならないの? そんなことをして、私が喜ぶとでも思っているの!」

 「思っておりません。ですがお嬢様、帝国というのは力で成り立ってきた国なのです。レアード学園は世界情勢の縮図のようなもの。なにせ、レアード学園の卒業者はその誰もが学園で培った力を自国のために振るうことになるのですから。つまり、レアード学園内での勢力図はそのまま未来の国家勢力図になり得る。だというのに、その中で帝国最強流派であるヒルデブランド流の正統後継者が総合成績11位などという順位に甘んじているのは、決してあってはならないことなのです」

 「なによ、それ……」


 エファにもレンにも、その思想はまったく理解できなかった。

 レアード学園の勢力図の話は現実味がないし、自分の力がそのまま国家の未来を決めるなどとは思えない。仮にリーナの言葉をそのまま受け止めたとしても、それは未来であり得るかもしれない可能性の話だ。絶対の話などでは決してない。

 狂った思想であるとすら言えるリーナの考え方は、絶対に間違っている。だというのにそれがさも当然であるとでも言うかのように彼女は至って真剣だ。


 「お嬢様、決して理解してくださいとは言いません。ですがきっと嫌でも理解することになります。我らが帝国にはもう力しか残されていないということを」

 「どういうこと?」

 「北の帝国アンデルスは、決して肥沃な土地の多い大陸であるとはいえません。しかし力のみで国を統治し、人口を増やし発展を続けてきた今、帝国は非常に困難な状況にあります。それは、他国との交易がなければ国民全員に食料を受給することができない。そして、その交易も帝国が『力』を示すことによって、帝国を恐れた他国から格安で食料を輸入しています」

 

 そういえば昨日、リンクライン鉄道中央管制塔で見た貨物列車はアンデルス帝国に大量の食糧を運ぶものだった。

 なぜ帝国が貨物列車一台分の食糧を輸入しているのかその時は少し不思議に思った程度だったが、帝国が自国内で食料の供給を満たせていないというのであれば納得だ。


 「帝国から力がなくなれば、諸国は帝国を恐れなくなる。そうなるとこれまでは帝国を恐れているが故に行っていた、いわば一種の平和条約であった帝国との貿易を断ち切られる可能性もあります。だからこそ帝国は侮られてはならない。仮に貿易を断ち切られても相手国を圧倒できるだけの力がなければならない。そうでなければ、帝国の国民は食糧難に見舞われ飢え死ぬことになります」

 「そんな事情、レアード学園とは関係ないじゃない!」

 「先程も申し上げた通り、レアード学園は世界情勢の縮図ですわ。もちろんレアードの情勢がそのまま世界に反映されるほどの影響力があるわけではありません。ですが、それなりに影響する程度の力をレアードは有してしまっているのです。その万が一の可能性を、私は排除しなければならない」


 ジャキン、と三本爪をレンの方に向ける。


 「だからこそわたくしはお嬢様の障害を全て取り除く。お嬢様が頂点に立つまでの間、全ての上位成績保持者にはおとなしくしておいていただく必要があるのです」


 それこそが、ニュービーキラー事件の真実。

 まるで馬鹿げた話だ。国家の問題を子供でも考え付くような方法で解決する。しかし、リーナにはそれを成し得るだけの力があった。

 エファは肩を震わせて、怒りに満ちたような目で剣を構える。


 「ふざけないで! そんなの私が弱いからリーナがその尻拭いをしているようなものじゃない! それに方法があまりにも幼稚だわ、そんな方法で国家の問題を解決して、それで全ての人々が納得するとでも思っているの!?」

 「納得するしないは問題ではありません、帝国に力をあることを誇示することが一番重要なのです」

 「いい加減にして!」


 地面を蹴ってエファが駆ける。大剣を構え、リーナに向けて振り下ろした。その大振りの攻撃を、リーナは容易く左方へと回避した。


 「わたくしはこれがお嬢様の尻拭いだとは考えておりません。全ては他国の脅威、今年度のレアード新入生が異常だったというだけです」

 「そんなの、ただの言い訳よ!」

 「いいえ、実際そこの男は学生とは思えない力を有しています。どうしてこのような男がこの学園に入学などしてきたのか。そしてこの男と同じように、帝国最強の剣術流派であるヒルデブランドの才覚を上回る実力者が何故10人も入学してきたのか」

 「それは彼らの実力よ、そして、私の努力が足りていなかっただけ!」


 リーナを追い、エファが剣を振るう。その全てを容易く回避しながら、リーナは語る。


 「仮にそうだとしても、それは不運な出来事です。そんな不運で国家が傾くことがあってはならない。お嬢様が貶されてはならない。だからこそ異分子は排除しなければならないのです」

 「なによそれ、ぜんぜん意味がわからない!」


 大剣による左から右への大きなフルスイング。一回転しながら大きく後ろに跳ぶことによってそれを回避したリーナは、着地すると同時にエファとの距離を一瞬で詰めた。

 素早く反応したエファは、大剣を防御姿勢へともっていく。金属音がして、エファの大剣と双三本爪が激突し、そのまま拮抗状態になる。


 「どうあっても既に新入生狩りは始まっております。もう後戻りすることなどできない、そしてここで止めるつもりもない。わたくしは帝国とお嬢様のため、この身を捧げるのみ」

 「身を捧げるって、あなたまさか」


 そこでリーナはあえて拮抗状態を緩め、一瞬体勢が揺らいだエファに蹴りを入れる。

 苦悶の声を上げ、エファは後方へと飛ばされがなんとか空中で姿勢を立て直し、地面を擦って停止した。

 手加減はされたのだろうが、痛みから咳き込んでいる。

 リーナはそんな彼女を見て一瞬だけ痛々しい顔をしたが、やがて無表情になる。


 「既に今回の新入生狩りの犯人がわたくしであることは生徒会に伝わってしまった。このままではヒルデブランド家への法的制裁は避けられないでしょう。しかし、その罪は全てわたくしが背負います」

 「ごほっ、リーナ、あなた……」

 「わたくしはこの時よりヒルデブランドとの縁を断ち、事を成した後に自首しましょう。決してヒルデブランドや、お嬢様にご迷惑はおかけしません」

 「何を言っているの、そんなのダメよ!」


 痛む腹を抑えて、エファは強引に立ち上がる。


 「私の至らなさから引き起こされた事件なのに、あなただけが罪を背負うなんて間違ってる。ヒルデブランド時期当主として、私はこの事件の罪を背負う!」

 「駄々をこねないでくださいませ!」


 リーナが叫び、エファはびくりと体を震わせる。

 これまで冷静に話してきたリーナが突如として大声を上げたのだ。エファはもちろん、周囲にいた誰もが驚きに動きを止めた。


 「わたくしは、ただお嬢様にふさわしい学園生活を送っていただきたいだけなのです」

 「ふさわしいって、何? 私にはわからない」

 「正直に申しますと、国のことなどどうでもいいのです。わたくしはお嬢様がこれまでヒルデブランド流のために人一倍努力してきたことを知っております。その努力に、お嬢様の順位は見合っておりません」

 「なによそれ」


 リーナの悲痛な声に、エファは顔を伏せる。


 「私に見合った学園生活って、何? 私はただ、この学園で自分を研鑽したかっただけ。確かにここに来て入学時総合成績が11位だったと聞いて悔しい思いはした。でも、上には上がいるんだなってはっきりと認識したの。そして、私自身がその上を目指したいとも思った。私は、私自身の力で上り詰めたかった。こんな方法で順位が上がっても、私、ちっともうれしくない」

 「お嬢様……」

 「もうやめて、リーナ。たぶん私はもう学園にいられないけど、それはとっても悔しいことだけど、でもあなたを失うくらいなら私はそっちの道を選ぶ。それくらい、私にとってあなたはかけがえのない存在なの」

 「それはできません、わたくしが犯した罪を、お嬢様に償わせることなどあってはなりません。そして、やはりお嬢様はこのレアードでふさわしい地位に就くべきお方です。その考えは変わりません」

 「だったら」


 大剣を構え、エファはしっかりとリーナを見据える。


 「力づくでも、あなたを止める」


 それは決闘の申し込みだった。もはやそれしか手段はないとエファは悟ったのだ。そして、リーナにしてもそれは同じ。


 「いいでしょう、その決闘、受けて立ちます」

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