1-25 方針と決意
森を抜け、寮の脇を通ってレンは通学路をゆっくりとした歩調で歩いていた。
生徒会に入ってニュービーキラー事件を追うと決めて、手がかりを求めて最初の心当たりに当たったところでさっそく事件の核心へと迫ることができた。
あとはこのことを生徒会に報告し、生徒会総出でリーナ・エニスタの行方を追えば事件は解決する。いかに彼女が達人であろうと、学園を敵に回してしまえば捕まるのも時間の問題だろう。
だが、リーナを捕まえればエファは学園を辞めてしまう。
至極真っ当な結末だ。残念な部分はあるが、レンにとってエファはまだ一日二日の付き合いだ。いなくなったところでさほど問題はないはず。
本当にそれでいいのだろうか?
レンは心の中で自分に問いかける。自分がこの学園に来た目的は、大切なものを守る力を身につけるためだ。
このまま生徒会に協力し、順当にリーナを捉えて学園の平和を取り戻して、その結果エファが学園を辞めることになったとしても、本当にそれが自分の歩む道なのだろうか。
わかっている。それは何かが違う。だが、犠牲を出さずにこの事件を解決することはもうできない。既に被害に遭っている生徒がいて、その生徒は全国から選び抜かれた才覚だ。中には貴族生徒だっている。
この事件がヒルデブランド家の起こした事件だなどと大きく世に知れ渡れば、被害に遭った貴族生徒の親とて黙ってはいない。ヒルデブランド家に抗議の声は入るだろうし、下手をすれば国際問題に発展しかねない。
もはや一生徒がどうこうできる規模の話ではないのかもしれない。それでも、どうにかする方法はないのか。
「おーい、レン君!」
考え事をしている間に、どうやら学園の門の前まで来ていたらしい。顔を上げてみると、校門からミィンが駆けてくる姿が見える。時刻もそれなりに経ってしまっていたらしく、いつしか夕日が水平線の上で輝いていた。
何かあったのだろうか。よく集中してみると、学園の様子が少し騒がしい。
「ようやく帰ってきてくれたか。それよりも大変だ、また出たんだよ」
「出たって、まさか」
「ニュービーキラーだ。今回襲われたのは第八位のセシル・A・ネームレス。しかも、大胆にも校内での犯行さ」
「なっ……」
レンは驚愕した。これまで姿を隠して新入生狩りをしていたリーナ達が、そんな大胆な行動に出るとは。
いや、リーナ達がニュービーキラーであることはもうレンによって割れている。もはや正体がバレるリスクを恐れる必要がなくなり、大胆な行動に出れるようになったということか。
「幸いにもネームレスは無事だ。彼女は生徒会の護衛をすぐ撒くような厄介者だったんだけどね、どうやらかなり腕が立つらしく、しばらくニュービーキラーと交戦していたところを我々生徒会役員が騒ぎを聞きつけて駆け付け、それに気付いた相手が逃亡したということさ」
「そうですか、被害がなくて良かったです」
「それにしても一体どういうことなんだろうか。いきなり犯行の手口が大胆になったね」
「ああ、それは……」
少し迷ったが、レンはこれまでのことをミィンに報告した。
ニュービーキラーの犯人がヒルデブランド家の従者であったこと。その従者を追ってエファが姿を消したこと。
簡単な説明を終えると、ミィンはかなり驚いた顔をしていた。
「まさかこの短時間でここまで突き止めてくるとは。キミ本当に何者だい?」
「いえ、偶然かと。多分エニスタさんは昨夜取り逃がした俺をなんとしても仕留めたかったんでしょうね。それこそ、正体を明かしてまでも」
「どうしてだい、正体を隠したいニュービーキラー側としては、また身を布で覆い隠して奇襲した方が良かったんじゃないか?」
「それはそうですけど、彼女にとって予定外のことがあった。それはエファの行動です」
エファは昨日の夜、ローブ姿の人間と遭遇している。
そして、俺はそのローブ姿の集団がニュービーキラーであると知っていた。
「多分、エニスタさんは恐れたんですよ。俺とエファが情報を共有することによって、自分の正体がバレてしまうことを」
「だが、エニスタとやらはヒルデブランドがローブ姿の集団と自分が繋がっているということは知らないと思っていたのではないか?」
「気付いていたでしょう。いや、あるいは気付かれているのではないかと思っていたところに、昨夜の一件で確信したといったところでしょうか」
確証はなかったが、リーナはエファが自分のしている行動に気付いているのではないかと思っていた。エファは入学式から一週間ほど登校もせずに調べものをしていたし、怪しい行動を取っているリーナの普段の行動に目を光らせていたはずだ。そういう態度から大体のことを察し、そして昨夜、ローブ姿の一人が実際にエファと出会ってしまったことで確信を得たのではないか。
でなければ、リーナ側からすると昨夜にエファがわざわざ見知らぬローブ姿の人間を追った理由に説明がつかない。
「そして今朝、エファが学園を休んだ。この時点で生徒会がエファを探していることがエニスタさんに伝わったはずです。そんな時に生徒会役員としてエファを探しに俺がエニスタさんの前に現れた。そこでエファを探し出される前に俺のことを消したいと考えたのではないでしょうか」
「なるほど、ついでにニュービーキラーとして仕事も果たせて一石二鳥というわけか」
「そうでしょうね。ですが、それもエファの乱入により失敗した。完全に正体が割れたエニスタさんは、もはやなりふりを構わないと考えているのでしょう」
「厄介だな、あれほどの実力者になりふり構わず新入生を片っ端から襲撃されたらどうしようもないぞ」
いかに生徒会役員といえど、所詮は学生の身分だ。一年A組の生徒一人一人に護衛をつけているとはいうが、リーナの実力は普通の学生程度でどうこうできるものではない。加えて、十人程度のヒルデブランド家の従者も戦闘要員として加わっているのだ。
生徒会役員が何人いるかはわからないが、ニュービーキラーの総力から一年A組の生徒一人一人を守り切れるほどの戦力をつけることができるとは思わない。いっそA組全員を学園に匿うという策の方がまだ現実的だ。
問題は加速していく一方で、こうしている間にも刻一刻と最悪の事態が近づいている。
自分の手でどうにもできなくなってしまった時のために生徒会にリーナのことを伝えたはいいが、これでタイムリミットができてしまった。生徒会が動き出し、リーナを確保される前にどうにかしなければレンの胸のもやもやが晴れることはない。
だが、レンは一体どうして動こうとしているのだろうか。このまま生徒会としてリーナを捕らえ、ニュービーキラー事件を解決する。それが最善策のはずだ。それにエファが絡んでいるから話がややこしくなっているということはわかっている。
このまま順当に事件を解決すればエファは間違いなく望まない結末に行きつく。それをレンが望まない理由は何だろうか。
「なんにせよ敵の正体は割れた。こうなった以上バウンサーズギルドにも依頼して全力で犯人の確保に当たる」
ミィンが動き出そうとしている。もはや時間はない。
ならば、ここで考えている時間だってない。いま必要なのは、これからどのように動くべきなのか、その方針と決意だ。
それは問うまでもなく決まっていることではないではないか。
「わかりました、俺も犯人確保のため動こうと思います」
「動くって、キミ個人でかい? できれば生徒会に協力してほしいんだが」
「すみません、生徒会役員として事件の解決に尽力するつもりはありますが、力は貸せません。俺は、エファを守らないといけませんから」
「それは、ヒルデブランド家に加えられる制裁のことを気にしているのかい? だが、どう転ぼうとそれは避けようのないことだ。今はこれ以上被害が広がる前に、一刻も早くリーナ・エニスタの身柄を確保することがヒルデブランドにとって一番ためになることだと思うが?」
ミィンの言うことはもっともだ。これ以上ヒルデブランドの罪が重くなる前にリーナを確保すれば、それだけエファが受ける被害が少なくなる。
だが、それでもレンはどうにかしてエファを守りたい。それは他の生徒会役員と共に行動していてはきっと成し遂げられない。
「すみません、ですが、俺は俺で動きます」
深々と、レンは頭を下げる。今日生徒会に入るといったばかりなのに、さっそく組織に反するような行動。
軍であれば決して許されないはずの規則破りを、レンは自分の勝手な理由から行おうとしているのだ。
「顔を上げるんだ、レン君」
ミィンに肩を叩かれ、レンはびくりと体を震わせる。言われた通り恐る恐る顔を上げてみると、ミィンはレンの予想に反して微笑みを浮かべていた。
「それがキミの信じる道なら、その道を進んでみるんだ。生徒会としてはこの状況下でキミという戦力が抜けるのは痛手だが、私はキミのことを信じてみたいと思う」
「ミィン先輩……」
「出会ってまだ間もないが、キミにはかなり期待をしているんだよ。その期待を、裏切らないでくれ」
はい! とレンは力強く頷いて踵を返した。そうして夕暮れに照らされる通学路を走る。
エファやリーナの行き先に心当たりなどない。だが、今のレンはもはやなりふり構うつもりはない。
この事件を穏便に解決する手段が思いついたわけではないし、頭の中はまだぐちゃぐちゃだ。それでもレンは、その固い決意を心の中に握りしめる。
必ずエファを、全てを守る。その決意を。




