1-24 手がかりを求めた先に
正式に生徒会役員となったレンは、特別に許可を受けて授業時間中に学園から外に出た。
向かった先は女子学生寮。通常であれば男子は立ち入り禁止の場所だが、寮入口にいた管理人に先程もらった生徒会役員の腕章を見せるとあっさりと通してくれた。思っている以上に生徒会の力というものは強いものらしい。
とはいえ流石に女生徒の居住区となっている二階以上のフロアへの立ち入りは禁止され、エファの部屋まで行くことはできない。
もっとも用事があるのはエファの部屋などではなく、別の人物だ。
学生寮には男子寮、女子寮ともに別棟が存在していて、そこには貴族生徒の従者が居住している。
そこを尋ねたレンは、さっそく目的の人物と接触した。
「エニスタさん」
女子寮入口で管理人に彼女を呼び出しておいてもらったので、別棟ロビーで待っていた執事服のエファの従者―――リーナ・エニスタにレンが声をかける。
すると彼女は不機嫌そうな顔のまま、しかし礼儀正しく頭を下げてレンを迎えた。
「これはレン様、ようこそいらっしゃいました。して、もうお帰りになられますか?」
「いやまだ来たばっかりですし帰りませんって」
とことん嫌われたものだなぁ、とレンは苦笑する。
それはともかく、レンが女子寮に来た目的は彼女と会うためだ。エファの従者である彼女であれば、何かを知っているかもしれない。
「お忙しいところ時間をいただいてしまってすみません、少し聞きたいことがありまして」
「お嬢様のことですか?」
「その通りです。どうやら昨晩から行方知れずみたいなのですが、何か知りませんか?」
「むしろこちらが聞きたいくらいですね。お嬢様は昨晩から寮にお戻りになっておりません。わたくしなどよりも最後にお嬢様とお会いしていたレン様の方が何かを知っているのでは?」
どうやら従者であるリーナも何も知らないらしい。
とはいえ、エファが昨晩から寮に戻っていないということはわかった。それなりに身を潜めようと思えば一度寮に戻って荷物を纏めるはずだが、それすらなかったということは長期戦を想定して行方を眩ませたわけではないということになりそうだ。
考え事をしていると、リーナからチョップを食らった。
「やはり、何かご存知なのですね」
レンは驚いたようにきょとんとした顔をした後、苦笑いをした。
「すみません、生徒会でもエファが行方不明になっているということ以外は把握していなくて。現在全力で捜索中なのですが」
「そういえば貴方、生徒会に入られたそうですね」
「ええ、はい、ついさっきのことですけど。管理人さんから聞いたんですか?」
「まぁそんなところです」
うーん、とレンは難しい顔をする。
ここまでは普通の会話なのだが、なんだか互いに腹の探り合いをしているような感じだ。
レンはニュービーキラー事件のことを隠して話をしているが、どちらかといえばリーナの方が隠し事をしているような。
「ところでレン様、この後お時間はございますか?」
「時間、ですか。すみませんがエファの捜索のためにいろんな場所に行ってみる予定でして」
「そのエファお嬢様の行き先について心当たりがあるのです」
それは思ってもいなかった言葉だった。
何か手がかりを求めてここに来たレンだったが、本当に手がかりがあったとは。
「それは一体?」
「はい、この島に来た時にお嬢様と一緒に迷い込んだ場所なのですが―――森の中にある場所でして、魔獣の出る場所にわたくし一人で行くわけにもいかず……」
それでレンに護衛役を頼みたいということらしい。
「……」
少しレンは考える。このまま捜索を続ける上で、エファの手がかりはなんとしても欲しいものだ。それに、話からするとエファがその場所に潜伏している可能性もありそうだ。
しかし、とレンはリーナを見る。彼女は困ったように顔を俯かせ、レンの返事を待っていた。
どうしたものかと考えはしたが、とりあえずこういう時は動くに限る。
「わかりました、その場所に案内してください」
「ありがとうございます、ではさっそく向かいましょう」
歩き出したリーナの後にレンは続く。
女子寮従者居住棟を出て、そのまま森の中へ。
リンクライン島の森林地帯に入るのは昨夜以来だが、昼の森も夜ほどではないがそれなりの不気味さがある。時折聞こえる鳥の声や風が葉を揺らす音が心を癒してくれないことはないが、ここは魔獣の居住区である。
危険地帯ではあるのだが、リーナはずんずんと迷いなく森の奥へ奥へと進んでいく。レンは顔を顰めつつも、凹凸の激しい地面をしっかりとした足取りで踏みしめた。
そうして進こと数分。もはや人の気配がまったくしない場所まで来て、少し木々が開けた場所でリーナが足を止めた。その数歩後ろを歩いていたレンも自然と足を止める。
鳥の鳴き声が木霊する中、レンは険しい顔をする。
「どういうことか、説明してもらいましょうか」
「さて、何のことでしょうか」
リーナは振り向くことなく、その場で森を見上げるようにして応えた。
「ああ、お嬢様のことですか。申し訳ありません、お嬢様はここにはいませんよ。場所を知りたいというのは本心ですけどね」
「どういうことですか」
「どうでもいいじゃないですか」
ジャキン、とリーナの手に三本の爪が装備される。
「あなたはここで、死ぬのですから」
地面を蹴って、リーナがレンへと襲い掛かる。
疾い。だが、レンの反応速度であれば余裕でついていける。袋から素早く太刀を取り出し、突き出された右手の三本爪を鞘で受け止める。
力任せにそれを弾いて、その反発力で両者は後方へと飛んだ。互いに距離を取り、構えを取り直す。
「まさか、貴女がニュービーキラーだったとは、正直考えたくなかったですよ、リーナさん……!」
「ふふ、それはどうもすみませんね」
謝罪の言葉とは反面、リーナは一瞬でレンとの距離を詰めて三本爪を振るう。
ガキキキキキキ、と二人の武器の間で火花が散る。昨夜の応酬の再現。間違いない、彼女があのローブ姿の集団のリーダー格だった三本爪使い。
そう確信したレンは、やはり昨夜と同じように両方の三本爪を思い切り弾いて距離を取り、周囲を警戒する。すると出てくる様子はないがいくつか気配があった。仲間が潜んでいることは確実だろう。
「何故だ、どうして新入生狩りなんて馬鹿な真似をしている!?」
「言ったでしょう、どうでもいいことだと!」
右手による三本爪の振り下ろし。それをレンは鞘でガードし、左による追撃が来る前に体を右方向へと回転させ、踊るようにリーナの左側に移ると、左手でのガードを継続しながら右手による裏拳を放つ。
瞬間、ずしりと左手にかかる重力が増した。リーナはレンにガードされた右手の三本爪に体重をかけ、その体制のまま地面を蹴って上方に跳んだのだ。それによって裏拳は空を切る。
そうしてレンが体勢を崩した時には既にリーナが次の攻撃態勢へと移行している。空中で一回転すると、その回転の勢いのまま左の爪をレンに向けて振るう。だが、レンは気力を操作して身体能力を強化し、通常ではありえない速度で体を動かすと、その攻撃を鞘でガードした。
ギィン、と武器同士がぶつかり、なんとか三本爪を受け止め切ったレンは、一瞬の間も与えずに鞘を前方に押し出し、リーナを弾き飛ばす。大きく後方に飛ばされたリーナは、くるくると体を丸めて回転させてから着地すると、すぐに地面を蹴ってレンへと駆ける。
それを待ち構えるレン。そうして両者が再びぶつかろうとしたところで―――
「待ちなさい!」
凛とした声が森の中に響いた。
リーナの動きが止まり、それを確認した後にレンは声のした方を見る。
森の木々の間から姿を現したのは、大剣を携えたエファだった。
レンの「エファ」とリーナの「お嬢様」という声が重なる。
息を切らせて立つエファは、やがて二人へとゆっくりと近づいてくる。
「リーナ、これはどういうことなの?」
「……なんということはありませんわ、レン様に稽古をつけて差し上げていただけです」
「下手な嘘はやめなさい」
怒りと困惑に満ちた表情で、エファは大剣の切っ先をリーナへと向ける。
「やっぱり、一年A組の生徒を襲撃していたのはあなただったのね」
「さすがお嬢様、そこまで気付いていらっしゃいましたか」
「当たり前でしょう、あなたとは長い付き合いだもの。でも、わからない。どうしてこんなことを……」
大剣の切っ先は震えている。
唐突に進んだ話にまだ追いつけないままでいるレンだったが、それで大体の事情を察した。
「答えて!」
エファがリーナに向けて叫ぶ。
逡巡するような間があったが、やがてリーナは肩の力を抜いて周囲へと視線を向ける。
「撤退しなさい」
そう告げると、周囲で複数人の動く気配がした。数にして10人程度だろうか。どんどんこの場から遠ざかっていく。
リーナ自身もそれに続くようで、身を翻した。
「待ちなさい、質問に答えて!」
「お嬢様、こうなった以上わたくしはあなたと共にいることはできません」
「え……」
「ですがご安心ください、必ずや目的を成し遂げてみせます。ですから、お嬢様はどうか充実した学園生活を送ってください」
地面を蹴り、リーナは猛スピードで森の中を掻い潜って遠ざかっていく。
追うべきかとも考えたレンだったが、諦めて鞘を下げる。逃げたニュービーキラーよりも今は後ろにいるエファの方が心配だ。振り向いて彼女の元へと向かう。
エファは茫然としていた。どうやら彼女もこの一連の事件がなぜリーナによって引き起こされたのか、事情を把握していないらしい。つまり、新入生狩りはリーナの独断で行われているということになる。
「エファ……」
声を掛けるが、エファは反応しない。ずっとリーナが去っていった方角を見ている。
仕方がないとレンはエファに近づき、その肩を掴んだ。
「エファ、しっかりしろ」
「えっ、ああ、レン……」
ようやく気が付いたエファは、力なくその場にへたり込む。それに付き合うように、レンも身を屈めた。
「大丈夫か?」
「ええ、ちょっと力が抜けてしまっただけ」
とはいうが、エファは立ち上がろうとしない。
その肩は小刻みに震えている。
「昨日も話したけど、私とリーナは幼い頃からの付き合いなの。だから、私はリーナのことお姉ちゃんみたいに想ってる」
「そうなのか」
「リーナのことはなんでもわかってるつもりだった。でも、この学園に入学してからリーナが時々私の前からいなくなることがあったの。そういうこともあるかなって思ってたけどなんだか様子が変だったから後をつけてみたら、リーナがローブ姿の集団と何かを話しているところを見てしまった。多分、あのローブの人達はヒルデブランドの家に仕える従者の一部だと思うんだけど」
「どうしてそう思うんだ?」
「使っている武器よ。あの三本爪は、ヒルデブランド家の従者が使う武装なの」
ということは、今回の事件はヒルデブランド家が関わっているということだろうか。
だがエファは何も知らない様子だ。それに、ヒルデブランド家が関わっているにしてはやり方がそれほど徹底していない。仮に家ぐるみで今回の事件を起こしているのであれば、帝国でも上流貴族であるヒルデブランド家の兵力をもっと投入できたはずだ。それこそ、それだけの兵力があったのであればここで目撃者であるレンを見逃したりはしないはず。
そうなると、リーナ率いる一部ヒルデブランド家の従者の一部が引き起こしていると考えるのが自然か。
「以来、私はそのローブ姿の集団を調べるために学校を休んで島中を探し回っていた。そんな時、ローブ姿の集団が新入生を襲撃しているところを偶然目撃したの」
「それはいつの話だ?」
「12日よ。その襲撃された生徒がA組の人だって知ったのは翌日のこと」
なるほど、だから13日にエファは学校に来ていたのだ。襲われた学生の素性を調べるために。
「いろいろと調べている内に、襲撃者はA組の生徒をターゲットにしているってことを私は知った。だから、A組の生徒を監視していればいつかローブ姿に行きつくんじゃないかと思って」
14日から登校を開始した、というわけだ。
「そして昨夜、そのローブ姿の人間が森の中に消えていくのを見たの。その後を追ってみたんだけど、途中で撒かれてしまって」
「交戦はしたのか?」
「いいえ、でも逃げる時に閃光弾を使われたわ」
おそらく、そのローブ姿の人間はレンを狩るために森の中に入ったのだろう。しかしエファに後を追われたことによって到着が遅れた。そうだとするなら、エファが昨夜ニュービーキラーの出現場所に向かったことにも説明がつく。
そしてエファが後を追ったローブ姿は、レンが逃げるローブ姿を追っていた時に閃光弾を投げてきた三人目と同一人物だろう。待ち伏せではなく合流からの咄嗟の援護だったとするなら、レンがローブ姿に攻撃を当ててダウンさせた後という中途半端なタイミングで援護に入ったことにも納得がいく。
「リーナ、一体どうして……」
エファはリーナのことを姉のように想っていると言った。そして、リーナもエファに対して親愛の情があるように見えた。でなければ、充実した学園生活を送れなどと言い残して去って行くことはなかったはずだ。
だが、リーナの行動はエファの、ひいてはヒルデブランド家の名誉を貶める行為だ。
そこまでのリスクを冒して何故新入生を狩るようなことをしているのか。
そして、主人であるエファを悲しませてまで達成しようとしている目的とは何なのか。
「ごめんなさい、もう大丈夫」
顔を背け、エファは目元を拭う。レンの方から涙は見えなかったが、悲しみの感情は伝わってきた。
立ち上がったエファは、レンから少し距離を取る。
「とにかく、今回の一件はヒルデブランドの者が起こしたことよ。だから、私はこの事件を私の手で解決したいと思ってる」
「エファ……」
「リーナは強いわ。それに加えてヒルデブランド家の使い手達もいる。武力で制圧できるなんて思ってないけど、それでもこれは私がやらなきゃいけないことだと思うの」
そう言うと、エファは身を翻す。
「どこに行くんだ?」
「学園に戻るわけにはいかないわ。生徒会は私のことをこの事件の重要参考人として扱うつもりなんでしょう? だったら学園に戻っても多分身柄を拘束されるでしょうからね」
「なら、一人でやるつもりなのか?」
「ええ、そしてこの事件を解決したら、私は責任を取ってこの学園を去る。従者が起こしたこととはいえ、この事件の責任はヒルデブランド家が取るべきよ」
エファの言うことは、筋が通っている。
被害に遭った三人の新入生は将来勇猛な才覚に満ちた若者だったのだ。その若者達を傷つけた罪は重い。そして、従者の犯した罪の責任は主人が負うのが筋だ。保身を求める貴族ならば尻尾切りのように事件を起こした従者を切り捨てる者もいたかもしれないが、エファの性格でそれはあり得ない。
「それじゃあ、さよなら、レン」
振り返ることなくエファは森の中を駆けていく。
それを追うこともできず、レンはその場で立ち尽くしていた。




