1-23 決意と理由
翌日、レンは生徒会室を訪れていた。
ニュービーキラーに撒かれた後、ミィンと合流する術を持たなかったレンは素直に寮に帰ったのだが、今朝になってエイゼルから伝言を受けて生徒会室へと呼び出されたのだ。
話はやはり、昨夜の一件のことだろう。
生徒会室には一昨日と同じく、アークとミィンだけがいた。ちなみに今は授業時間中で、レンは特別な許可を受けてここにいて、おそらく二人もそうなのだろう。他の生徒会メンバーがいないのは全員授業を受けているからだろうか。
「なるほど、事情はわかった」
ひとまずその場に居合わせなかったアークに、レンとミィンはそれぞれ知り得る情報を共有する。
結局あの後、ミィンもローブ姿の人物を取り逃してしまったらしい。聞くところによると、ニュービーキラーは森林地帯での移動にかなり慣れていたらしく、ミィンは簡単に撒かれてしまったとのことだ。
これはミィンの責任というわけではなく、あのリーダー格の人物の実力がそれだけ高いということだろう。報告を聞いたアークも、「まさかミィンが簡単に撒かれるとは」と少し驚いていた。
「事態は我々が考えていたよりも深刻なようだな。それほどの使い手が出てきたとあらば、他の生徒が襲われたとしても自衛は難しいだろう」
「そうだね、それに生徒会の護衛ごとやられる可能性もある」
「生徒会の護衛?」
気になった言葉が出てきて、レンは思わず疑問を口にする。
するとミィンがいたずらっぽい笑みを浮かべて頭の後ろに手をやった。
「いやぁ、われわれ生徒会も今回のニュービーキラー事件にそれなりに力を入れていてね、三人目の被害者が出てからは常に一年A組の生徒一人一人に生徒会役員を尾行させているのさ。で、キミの担当がこの私というわけさ」
「ああ、だから昨日俺が襲撃された時にすぐに駆け付けることができたということですか。変だとは思っていたんですよ、複数方向から尾行されている気配があったので」
「やっぱり尾行してたことはバレてたんだね。ちなみにいつからか聞いていいかい?」
「街に入ったあたりからですね。その前までは単に帰る方向が同じ生徒の気配だと思っていたんですけど、街まで付いてきたとあらばどう考えても目的は俺達だと思っていたので」
「うわ、ほとんど最初からじゃないか。ってうん? 尾行の気配はその時点で複数方向からあったのかい?」
「そうですね、明らかに害意がある気配は一つでしたが」
ふむ、とミィンは顎に手を当てる。
「ということはニュービーキラーは私と同じくレアード学園の敷地内からキミを尾けていたということになるのか」
「そういうことになりますね。このことから、犯人は普段から学園の敷地内に潜伏していると思われます」
「その通りだ。これまで襲撃を受けたA組の生徒三人も、レアードから学生寮へと戻る途中の道で襲われている。学園の敷地内に潜伏でもしていない限り、襲撃は不可能だろう」
アークがそう結論付ける。
しかしそうなると、やはりニュービーキラーは学園の関係者であるという可能性が高くなってくる。
レアードの敷地内に潜伏するとなると、それは校舎内か寮のどちらかである可能性が高い。レアードの周囲には森があるが、森には魔獣が多くいる。長期間野営するには向かない環境のはずだ。
街から学園敷地内に毎日侵入しているという可能性もあるが、街から学園まで来るような一般人はほとんどいない。生徒会もその辺りはチェックしているはずだろうから、アークが学園敷地内に潜伏しているという結論を出したのであれば、おそらく街からの侵入者である可能性は低いということになるのだろう。
「ところでレン君、今朝キミのクラスのヒルデブランドは登校してきていたか?」
唐突にアークが話題を変える。
何故エファの話がここで上がるのかはわからなかったが、レンは今朝のクラスの様子を思い出す。
「いえ、朝のホームルームが終わって俺がここに来るまで姿は見かけてませんが」
「そうか。そうなるとやはり……」
アークとミィンは重々しく沈黙する。
ニュービーキラー事件の話をしている時に、何故エファが登校しているかどうかの話が出るのか。おかしく思ったが、なんとなく不穏な空気を感じ取った。
「エファがどうかしたんですか?」
「……我々としても、あまりこういう疑いをかけたくはないんだけどね」
ミィンが重々しく口を開く。
「さっきキミ達一年A組の生徒全員に生徒会役員を尾行させているという話をしただろう。当然、ヒルデブランドにも一人生徒会役員を尾けさせていたんだ」
「ということは、俺とエファが共に行動していた時には二人で俺達の尾行をしていたということですか?」
「その通り、そしてキミ達が分かれた後、私はキミを、もう一人はヒルデブランドの後を尾けた。その生徒会役員から今朝、おかしな報告があった」
「おかしな報告?」
「帰路に就いたはずのヒルデブランドが、街を出る直前でなぜか急に寮とは違う方向へと走り出したのさ」
それは確かに、おかしな話だ。
エファはレンと共に行動している間、尾行されていることに気付いていた気配はない。レンのように尾行されていることに気付き、それがニュービーキラーである可能性を考えてわざわざ人気のない場所に誘い出すような真似をしたとは思えないが。そもそも、尾行の気配は全て自分の元へと向かっていて、エファの方には行っていなかった。
様々な判断要素から今のところニュービーキラーとエファがなんらかの接触をしたという可能性は低いが、それならばエファはどこに向かったのか。
「不甲斐ないことに、その生徒会役員は追跡の途中でヒルデブランドのことを見失ってしまってね、彼女がその後どこに行ったのかは不明だ」
まったくもって情けないね、とミィンはその生徒会役員の顔でも思い浮かべているのか、呆れたように肩を竦める。
「だが、報告によると彼女が向かった方角はちょうど昨日われわれがニュービーキラーと戦った例の場所だったらしくてね、それはなんだかおかしな話だとは思わないかい?」
「それは―――」
その言い分は、まるで―――
「エファが、ニュービーキラーの正体であると言いたいんですか?」
「まだそう決まったわけじゃないさ。だが、いま彼女はこの事件の重要参考人となっている。できれば身柄を確保したいと思っているのだが、どうやら寮にも戻っていないみたいでね」
「寮に戻っていない? それじゃあエファは行方不明ってことですか?」
「そういうことになるね」
否定したい気持ちはあるが、あまりにもタイミングが合いすぎている。
昨晩のエファの行動と、今朝から行方不明であること。そしてそれがニュービーキラーの襲撃と重なっていること。ここまで条件が揃っていて、エファがニュービーキラーの全くの無関係だと言い張る方が難しい。
「我々生徒会はニュービーキラー事件の解決のため、エファ・ヒルデブランドの身柄の確保に尽力している。彼女が白であれ黒であれ、まずは話を聞く必要があるからね」
「放課後になり次第、我々は大規模な捜査網を敷くつもりだ。レン君、それにあたってキミからヒルデブランドの行く先について何か心当たりがあることはないか?」
「いいえ、ありません」
心当たり、といってもレンとエファの付き合いはまだ一日やそこらだ。心当たりなどまるでない。
むしろレンが聞きたいくらいだ。一体どういう事情があって姿を消したのか、ニュービーキラー事件とどのような関係があるのか。
「そうか、ならばひとまずのところ、キミは普段通りに過ごしたまえ」
「普段通り?」
「この後は授業に戻り、今日の放課後は寄り道することなく寮に帰るんだ」
「なっ……」
アークの言葉に、レンは怒りを露わにする。
「納得できません。俺も捜査網に加わります」
「ダメだ、許可できない」
「何故ですか!?」
「キミは生徒会の人間ではなく一般の生徒だ。多少腕は立つようだが、これ以上一般生を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
そんな理由でレンが納得できるわけがない。
実際にレンはニュービーキラーに襲撃された当事者だし、もはやこの事件と全くの無関係というわけではない。
しかし一般の生徒を巻き込むわけにはいかないという生徒会の言い分も理解できる。特に今回の事件に関しては、相手がかなり危険な存在であるということが判明している。下手をすれば命すら落としかねないかもしれない。
「……一般の生徒でなければ、この事件に関わってもいいということですね」
静かに問いかけるレンに、アークは間を置いてから答える。
「ああ、その通りだ」
「だったら、一昨日の返事をさせていただきます。俺を生徒会に入れてください」
アークが深く息を吐き、ミィンが「おお」と嬉しそうな声を漏らす。
「聞かせてもらおうか、なぜ生徒会に入ろうと思った?」
「俺がこの学園に来た目的のためです」
「ほう、それは何だ?」
未だ謎の多い生徒であるレンの目的。
しかしそれは、レンからしてみれば大したことではなかった。
「守るためです」
「守る?」
「はい、俺はこの手で大切な人を守る力を身に着けるためにこの学園に来ました。だから、生徒会に入ろうと思いました」
え、それだけ? とでも言いたげにミィンがポカンとしていた。
対して、アークは何かを悟ったように微笑む。
レンの指す大切な人というものが誰のことなのかはわからない。だが、アークはレンの言わんとすることは理解している。
「なるほど、大切な学友を守れないようであれば、ここに来た意味がないということか」
「はい、そうです」
「そうか。いいだろう、生徒会に入ることを許可する。して、キミの最初の仕事は何がお望みかな?」
通常であれば生徒会長であるアークが決めるはずの事項を、何故かレンに訊ねる。
そして、既に決まっているとでも言わんばかりにレンは即答した。
「エファ・ヒルデブランドの捜索を」




