1-22 暗夜の襲撃
レアード学園は島の中央にある、小さな山の頂上に建っている建物だが、その周辺は整備された通学路を除き、ほぼ全てが森になっている。
具体的な位置関係としては、街から北に少し進んだ山の中間の平らな土地に学生寮が存在し、そこからさらに北に行ったところにあるのがレアード学園である。
街から北上し、人工的な明かりが少なくなって、やがてレンは道から逸れて森の中に入る。そこから先は人の手が加わっておらず、月の光のみが光源の暗闇の森林地帯だ。
森の中は魔獣の住処になっているので、人が入ってくることは滅多にない。そんな危険地帯をずんずんと進むレンの足取りはかなり手馴れている。整備されていない道だというのに、まったく体のバランスが崩れることがない。
どんどん人気のない道なき道を進んでいくと、やがて木々が開けた自然の広場に出る。ここに来るのはレンも初めてのことだったが、とりあえずここでいいかと木が開けた自然の広場の中央あたりまで進んだところで足を止める。
ザァっと風が吹き抜け、草木が揺れる。かなり不穏な気配が立ち込めているのは、単にここが人気のない森の中だからというわけではない。
「俺を尾行していることはわかっている、出てこい!」
体を正面に向けたまま、レンは後方へと向けて言葉を投げかける。
数秒して、木々の間から二つの人影がぬるりと現れる。
黒いフード付きローブで身を包んだ、明らかに怪しい二人組だった。ローブは上半身の全てを覆い隠しており、フードを深く被っているため顔も見えない。
謎の二人組を前にして、レンは怪訝に思った。
「二人か、もう少し大勢に尾行されている気配があったんだが」
「……」
独り言とも質問とも取れるレンの言葉に、謎の二人組は何も答えない。
会話をする意思はないらしい。雑草を踏みしめながら徐々に近寄ってくる。その途中でジャキン、と二人組がローブの奥から何かを取り出した。
手の部分からだ。出てきたのは月明かりを反射してギラリと光る、刃渡り30センチほどの三本爪だ。それも両手に装備している。
少し歩く速度が上がり、やがて二人組の内の一人の歩みが疾走に変わった。左手の大きく上げ、レンへと三本爪を振り下ろす。
余裕のある、しかし確実に素早い動作で袋から太刀を取り出したレンは、鞘でそれを受け止める。
「なるほど、お前たちが噂のニュービーキラーというわけか」
「……」
やはり口を開かない襲撃者は、右手の三本爪を下段から突き上げる。後ろに飛び退いてそれを回避したレンは、続いて二人目が左斜め後方にいることを察知した。
三本爪による突きがレンに向けて放たれ、それを鞘の側面で受け止めて軌道を逸らしてやり過ごす。しかし襲撃者はガードすることも読んでいたのか、次の攻撃を仕掛けようと空いている左手の三本爪を大きく振りかぶる。
「隙だらけだ」
しかしそれが振り下ろされる前に、レンの右手の掌底が襲撃者の鳩尾に命中する。
苦悶の声を上げることもできずに襲撃者は後方へと吹き飛ばされると、木に背中から激突した。
ある程度手加減をしておいたので、致命傷には至っていないだろう。実際襲撃者はその場でへたり込んで咳き込む程度の被害で済んでいる。
片方がダメージを受けたことで、もう一人の襲撃者は様子見に移ったようだ。レンの背後で三本爪を構えていたが、襲ってくる気配はない。
それにしても、とレンは不思議に思う。襲撃者はそれなりに訓練を受けているようだが、あまり手ごたえがない。問答無用でレンに襲い掛かってきたことからこの二人がニュービーキラーであることはほぼ間違いないだろうが、とても上位成績保持者を仕留められるほどの実力の持ち主だとは思えない。
不意打ち、特殊な武装、様々な可能性を考えたが、なんにせよ無力化をしてから話を聞き出せば済む話だ。そう考えて戦闘を続行しようとした時だった。
レンの背後に三つの人影が出現する。
既に三本爪を振りかぶっているそれにギリギリのところで気付いたレンは、すぐさま振り返って迫る刃を鞘で弾く。
その時にはもう一方の三本爪が既にレンに迫っていた。それを驚異的な速度で腕を動かし、鞘でガードする。
ガギキキキキキ、と両者の間に無数の火花が飛び散る。襲撃者が三本爪を振るい、レンがそれを弾く。その応酬で発生したものだ。それは先程の魔獣戦で繰り広げた攻防とは比較にならない速度で行われていた。
三本爪というリーチが短い分、攻撃速度の速い武器がその連撃を可能としているのだろう。しかしその練度は明らかに先程の二人とは違っていた。いかにレンが刃を弾こうと、相手は決して体勢を崩さないどころか次々と攻撃を繰り出してくるのだ。
それを凌ぎ切るレンの技量もすさまじいが、このままこの攻防を続けていてもジリ貧である。
ザッとレンの背後で草を踏みしめる音。未だ健在だった最初の襲撃者が、高速の攻防を繰り広げているレンへ向けて爪を振るう。
「くっ―――」
気配でそれに気付いたレンは、思い切り前方の襲撃者の三本爪を二つとも弾き、後ろに向けて蹴りを放つ。
しかし不安定な状態から放ったせいで、攻撃の精度は甘い。背後の襲撃者は攻撃を中断すると、両腕を交差させてそれをガードする。
後方へと地面を擦りながら退かされた襲撃者だったが、ダメージを受けているようには見えない。
そこに三人目の襲撃者が再びレンへと襲い掛かる。
再び振り下ろされた三本爪を鞘で防ぐ。次に右方から襲い掛かる三本爪を右手で相手の左手首を掴んで止め、そのまま間髪入れずに上方―――顎目掛けて蹴りを放つ。
襲撃者はそれを顔を後ろに引くことで交わすと、強引にレンの手を振りほどいて二、三度バック転をして距離を取った。
(……まずいな)
仕切り直しの形になったわけだが、状況は圧倒的にレンの不利だった。
二対一、いや今しがた回復したのか、最初にレンの攻撃を受けた襲撃者が体を起こして臨戦態勢へと移っている。これで三対一の形になり、数的に不利だ。
なによりも厄介なのが、最後に現れた三人目の襲撃者だ。最初の二人と同じようにローブとフードで姿を隠しているが、他の二人とは明らかに動きが違う。おそらくはかなり腕の立つ武人だ。あの人物がニュービーキラーだというのであれば、上位成績保持者である三人がやられたという話にも納得がいく。
おそらくあの三人目が本物のニュービーキラー、あるいはニュービーキラーという集団を率いているリーダー格だ。
あの厄介なリーダー格の襲撃者に加え、他にもある程度訓練を受けた二人。さすがに状況が良くない。
「レアード学園一年A組、総合成績第三位、レン」
リーダー格の襲撃者が低い声を出す。
おそらく意図的に声色を変えることによって個人の特定を下げるつもりだろう。だが、レンはどこかでこの声を聞いたような気がしていた。
「ここで貴様には消えてもらう、覚悟」
しかし記憶の引き出しをいじる暇もなく、じりじりと襲撃者達が距離を詰めてくる。
既にレンの思考はこの場をどう切り抜けるか、その手段を考えることに切り替わっていた。だが、あのリーダー格の三本爪使いがいる限りそれは難しいだろうと思われる。
「そこまでだ!」
どうしたものかと思案していたところで、森の広場に新たな乱入者が現れる。
月夜に照らされたその姿は、見覚えのある人物だった。
「生徒会の―――ミィン ラクティア先輩?」
「ああ、無事でなによりだよ、レン君。そしてお手柄だ。キミを尾けていた甲斐があったよ」
放課後になってかなり時間が経ち、下校時間すら過ぎているこの時間帯に何故かまだ制服姿のまま(もっともそれはレンもだが)のミィンは、ぱちりとウィンクをして堂々と歩み寄って来る。
「さて、ようやく尻尾を掴ませてもらったよニュービーキラーの諸君。ああ、ニュービーキラーというのはこちら側で勝手に名付けたキミ達の名称なのだが、悪くはないだろう?」
「……生徒会」
「先程から様子を見ている限り、そちらの御仁がリーダー格のようだね。一応聞くけど、このままおとなしく投降してもらえないかな?」
ミィンがにっこりとそう言うが、襲撃者達が臨戦態勢を解く気配はない。
「そうか、それは残念だ。それじゃあ実力行使といこうか」
右腕をゆっくりと持ち上げながら、ミィンはさらに距離を詰める。
生徒会風紀委員長という肩書を持っているミィンがどれほどの実力者なのかレンはまだ知らないが、それなりに腕に自信はあるらしい。ならば、彼女と二人で共闘すればこの三人を捕らえられるかもしれない。
おそらくミィンも同じ考えなのだろう。だからこそここまで強気に出ているし、それを察したのかリーダー格以外の二人の襲撃者はじり、と一歩足を退いた。
「……撤退するぞ」
低い声で、リーダー格の襲撃者が命令を下す。そこからニュービーキラーの行動は速く、三人ともすぐさま身を翻すと森の中へと消えていく。
リーダー格は一人、他二人は固まっている。それぞれ別の方向へと逃げるようだ。
「待て! 追うぞ、レン君! キミは二人の方を頼む!」
「わかりました!」
勢いでそう返事をしてしまったレンだが、ニュービーキラーを逃がすつもりがないのは同じだ。あの実力者の後を追うミィンのことは心配だったが、とにかく考えてる時間が惜しく、すぐに駆け出す。
月明かりという光源があることにはあるが、夜の森はかなり視界が悪い。しかしレンは確実に森の中を走る二人の姿を捉えていた。足場の悪いこの地形を逃げる二人の速度はなかなかのものだったが、凹凸のある地面をもろともせず、時に樹木を蹴って駆けるレンの速度はそれを上回っている。
数分暗い森の中を駆けて二人組に追いついたレンは、左手に持つ鞘を大きく振りかぶる。
「逃がすか!」
一閃するように鞘を振るう。背後からの襲撃に気付いた襲撃者はそれを三本爪で受け止めるが、勢いの乗ったレンの攻撃を防ぎきれず、体勢を崩したところにレンは蹴りをねじり込む。
ローブ姿の人物の体が宙を舞い、二度ほど地面をバウンドして5メートルほど転がった。片方がやられたことで、もう片方のローブ姿は足を止めた。
「お前たちを逃がすつもりはない。大人しく観念してもらおうか」
強い口調でそう宣言し、レンはゆっくりとローブ姿との距離を詰める。
その二人の間に、ボトリと何か玉のようなものが落ちた。いや、横合いから投げられたのだ。
次の瞬間、その玉はカッと光って周囲を眩い光が覆いつくした。
「しまった!」
目を覆い、レンは全身の神経を集中させて襲撃を警戒する。
だが、何者かが接近してくる気配はない。その代わりに前方でガサガサと音がする。それは足音で、この場から遠ざかるようにどんどん小さくなっていった。
「待て!」
ニュービーキラーが逃げたのだと察したレンは、まだ回復しきらない視界のことは置いて前へと駆ける。
そこから三秒ほどして、ようやく視界が回復したレンは足を止めた。
暗闇に沈んだ森を見回してみるが、もはや人影はなく気配の欠片もない。レンが一撃を入れた一人も仲間の手助けを受けたのか、姿を消していた。完全に撒かれたようである。
「まさか四人目がいるとはな」
完全に油断した、とレンは悔いる。
あの閃光弾を放った第三者は、間違いなくニュービーキラーの一味の一人だろう。どうやらニュービーキラーとは、少なくとも四人以上で組織された集団であるらしい。
「ニュービーキラー、思ったより厄介な相手らしいな」
月明かりの森に一人取り残されたレンは、ぽつりとそう呟いた。




