1-19 巨大魔獣戦2
「あら、魔獣のくせに、片目に、切り傷なんて、いい顔になったじゃない……」
強がるエファだが、かなり息を切らせている。おそらく全力で走ってきたのだろう。
「それにしても、アンタ、なんであんなに、走るの速いのよ」
「修行の成果、かな」
「なによそれ、ど、どうでもいいけど……はぁ、ふぅ」
ようやく息が整ったようで、エファは大剣をしっかりと構えなおす。
それに倣って、レンも構えを取った。
「この魔獣、デカイだけであって動きが単調でそこまで強くない。唯一決定打に欠けていたという懸念も、キミが来てくれたおかげで解決した」
「そうね、これだけの巨大さでも私の大剣なら斬り伏せられるわ」
「俺はアシストに回る。攻撃は任せたぞ!」
ガァッ! と魔獣が爪を振り下ろし、レンとエファはそれを左右に分かれて回避する。
「了解!」
空中で返事をしながら、エファは追撃してきた爪を大剣で振り払う。
四足歩行獣というだけあって、どこかの足を攻撃に使えばどうしても体のバランスが崩れ、隙が生まれる。そこを突くようにレンが走った。
だが、魔獣もそこまで甘い相手ではない。すぐさまレンの気配に気付くと、鋭い爪を振り下ろす。
それを受け止めるレン。すると今度は、魔獣がもう片方の前足を使ってレンを爪で引き裂こうとする。それによって力の緩んだ右足を押しのけ、繰り出された攻撃をガード。
魔獣は両方の前足が宙に浮いた状態になったが、決して体のバランスを崩したわけではなかった。後ろ足で立ち、次々と左右交互にレンへと爪を振り下ろす。乱れ舞う爪はものすごい速度でレンへ襲い掛かったが、その全てをレンはガードしていた。ガガガガガガガッ! と工具で地面を抉るような音が周囲に響き、爪と鞘の間で何度も火花が散る。
魔獣へと向かって走るエファから見ても、それはすさまじい攻防だった。エファであればああいう状況にならないように立ち回るだろうが、もし仮にレンが置かれている状況と同じ場所に自分が置かれたら、全ての爪を凌ぎ切る自身はない。
防御に圧倒的な自信のあるレンだからこそ可能な芸当だったといえるだろう。そしてそれほどまでに凄まじい防御力に対して圧倒的な攻撃を振るわなければならない魔獣には、どうしても隙が生まれる。
「隙だらけよ!」
裂帛の気合と共にエファが魔獣の左胴体を斬りつける。
かなり深く抉ったという手ごたえ。その通りに、魔獣の腹から大量の血が溢れ出る。
グガアァ! と苦しむ魔獣だったが、まだ決定打には至っていない。左前足を振るってエファに爪を向けるが、後方へと跳んで彼女はそれを回避する。
そして魔獣の注意がエファに向いたことで、レンが動く。
四足獣の足元まで接近し、流力を集中させた回し蹴りを魔獣の右後ろ足に命中させる。かなり強引な足払いに、魔獣はたまらずその場に転んでしまう。その時にはもう、エファが再び魔獣の胴体に肉薄していた。
「ハァァァッ!!」
凄まじい速度で大剣を振るい、魔獣の左胴体を何度も斬り裂く。五度ほど斬ったところで苦しんだ魔獣が暴れ始め、エファは激しく動く巨体に巻き込まれないようにその場から退いた。
ぼたぼたと血を垂らしながら立ち上がった魔獣は、しかしまだ戦うだけの体力があるらしい。咆哮し、エファに向かって突撃してくる。
その間に割り込んだレンは、左手に持った鞘を前に構え、それに右手を添える構えを取った。そして、彼と魔獣の右前足が激突したところで―――
「無月の型―――『天衝』」
ズン! と右手で鞘に衝撃を与える。その衝撃は魔獣の右前足に直に伝わり、前へと向かう足のベクトルを無理矢理後方へと変更させた。それによって勢いよく走っていた魔獣は、その勢いのまま滑るように前へと転倒する。
ちょうどエファの目の前に頭を差し出すような形になり、エファはそれを斬らんと大きく剣を振り上げる。
だが、それが振り下ろされる直前でレンが叫んだ。
「ダメだ、横に跳べ、エファ!!」
その声に、エファは視界の端から迫るものにようやく気付いた。それは魔獣の巨大な尻尾だ。先程までは2~3メートルほどしかなかったそれが、今は15メートルほどにまで伸びている。
一体何故―――と考えている暇に尻尾はエファに迫っていた。既に剣を振り下ろす体勢にあったエファは、それを回避する余裕と時間がない。
避けられないと悟ったエファは、目を瞑って数瞬後に来るであろう衝撃に備えた。しかし、それは杞憂に終わる。
「―――おお!!」
ドォン! という衝撃音。エファが目を開くと、魔獣の尾はエファに届く寸前でレンが鞘で受け止めていた。
「嘘……」
レンとエファの距離は、かなりあったはずだ。レンが叫んでからここまで走ったとしても、一秒程度しか余裕はなかった。
だが事実としてレンはここにいる。見ると、レンが先程までいた位置に地面を踏み込んだような痕があった。本当にレンはあの一瞬でここまで移動してきたらしい。
とても学生だとは思えない疾さだ。確かにこの世界には目にも留まらない速さで動く者もいることをエファは知っているが、たかが十代でその領域に達している者は未だ見たことがない。
「エファ、ぼーっとするな!」
はっとしたエファは、レンが受け止めていた尾に向けて剣を振り下ろす。魔獣の尻尾の外皮はそれほど硬くはなく、直径にして60センチほどあったそれをばっさりと両断する。
唐突に伸びた尾だったが神経は通っていたらしく、魔獣は苦悶の声を上げた。
これで魔獣が負傷した部分はかなり多くなってきた。街道の地面には大量の血がまき散らされているが、巨大な体躯を持つ魔獣はそれでもまだ体力に余裕があるらしい。
「まったく、しぶとい魔獣ね」
ガシャリと大剣を構えなおすと、エファは軽く愚痴る。
同じように構え直したレンは、その場で魔獣の様子を窺う。
「最後まで油断するな、魔獣はどんな攻撃手段を持っているかわからないことが多い。さっきみたいに尻尾がいきなり伸びる以外にも、まだ奥の手があるかもしれない」
「ぐ、その、助かったわ。ありがとう。あなたの言ったこと肝に銘じておく。その上で、これからどうするの? タフな上にいろんな攻撃を警戒しなきゃいけないんじゃ、持久戦でも仕掛ければいいの?」
「いいや、それだとこの魔獣が逃げるかもしれない。今回街道に下りてきたこの魔獣がまた現れないという保証はないし、できればここで仕留めておきたい」
「それじゃあどうするのよ?」
「俺が大きな隙を作るから、キミが止めを刺してくれ」
「すっごいアバウトな作戦ね。でも、やってみるわ」
苦悶していた魔獣は尻尾を元のサイズに戻すと、再び吠えて突進してくる。
エファはその場から左方へと飛び退き距離を取る。レンは動かず、突進を正面から待ち構えた。
魔獣の巨体による突進は、かなり速度が乗っている。あれを正面から受け止めるということは、戦車の突撃を止めることと等しい。
頭を下げ、全体重を乗せた質量がレンへ迫る。しかしレンは動じることなく、鞘を前に構えた。
ズゥン、とまるで巨大な鉄塊を高所から地面に落としたかのような重い音を発し、両者が激突した。さすがのレンもその場で受け止めることはできず、数メートル足が地面を擦って後方へと押しやられる。
しかし、確かに受け止めた。
驚異的な防御力だ。やはりレンの力は学生の域を逸している。
(今年度のレアード学園のレベルは、こんなにも高いの……?)
総合成績十一位であるエファだが、その腕にはかなり自信があった。実際エファは世界三大剣術流派の一つ、ヒルデブランドの当主であるヒルデブランド家の長女だ。幼い頃から剣術の英才教育を受けてきた彼女の実力は、同年代の中ではトップクラスだろう。
それでも今、エファはレンとの間に圧倒的な差を感じている。たった8しか順位が違わないはずのレンが、これほどまでに圧倒的な実力を有しているのだから、その上にいる二人はどれほどのものなのか。
考えて、エファはぶんぶんと頭を振る。今は魔獣を撃破することの方が大切だ。レンは隙を作ると言ったのだから、必ずその時はやってくる。それを信じて、エファはいつでも動けるように魔獣に接近する。
「―――っあぁ!!」
ちょうどその時、信じられないことにレンが魔獣を押し返した。流力を使って全身を強化したのだろうが、それでもあの巨体をたった一人で押し返すとは。
しかし、驚くにはまだはやい。レンはそのまま魔獣へと突撃すると、ぐっと身を屈める。
「飛べ」
そのまま前方へと跳躍すると、魔獣の顎に掌底を放つ。
砲弾をイメージさせる勢いのその掌底は、そのイメージ通りの威力を魔獣に与え、その巨体が吹き飛んで背中から山肌へと激突した。
「今だ!」
腹を見せる形で山肌をずり落ちる魔獣へとエファは全力で駆ける。その勢いのまま跳躍すると、大剣の切っ先を正面に向けた。
「やあああぁぁぁぁ!!!」
全身全霊の力を籠め、魔獣の右胸部に大剣を突き刺す。大剣の四分の三ほどがその体内に埋まり、動きを止めた。
ガアアァァァァァ!!! と巨大な叫び声を上げる魔獣。エファは急いで剣を引き抜いてその場から離れた。次の瞬間、大剣が突き刺さっていた右胸部から大量の血が噴き出す。
どうやらエファの剣は魔獣の心臓を貫いていたらしい。山肌から地面に落ちた魔獣は、それから一度立ち上がろうとして、それが叶わずズゥンとその巨体を地に伏した。
かくして、二番道路に突如現れた魔獣は、今年度からレアード学園に入学した新入生二人によって討伐されたのだった。




