1-18 巨大魔獣戦1
「確か、場所は二番街道だったな!」
「ええ、こっちよ、急ぎましょう」
街並みを抜け、街道との境界である門をくぐると、その勢いのまま二人は二番街道へと出た。
二番街道はリンクライン東部にある、リゾート地へと繋がる一歩道だ。
このあたりは未開拓地で、まだ森林やら茂みやらといった自然が多く残る場所だが、街道というだけあって石畳で道が整備されており、魔獣除けのためか森と道の間には鉄柵が儲けられている。越えようと思えば一般人でも乗り越えられるような高さの柵だが、魔獣は自分のテリトリーからあまり離れない習性があるし、障害物があれば回避しようとする。これだけの鉄柵でもないよりはかなり違ってくるのだ。
もちろん完全に安全が確保されたとは言い難い道だが、その辺りはバウンサーやらといった戦闘職の人間の手によって定期的に魔獣のテリトリーを遠ざけるような駆除作業が行われているのだろう。実際、レンの出身地であるアニエスタ共和国でも軍が同じようなことをしていた。
右手にある海岸線を横目に、二人は街道を走る。その速度は自動車ほどとは言わないが、一般人の全力疾走よりは疾い。レンは太刀袋を、エファはアタッシュケースをそれぞれ荷物として抱えているにも関わらず、ペースを落とさないままこの速度で駆けることができるのはひとえに彼らのこれまでの努力の成果だろう。しかし、本人たちはこの程度の技術は基礎中の基礎に過ぎないと考えている。
息も切らさないまま速度を維持して走っていると、「グルアァ!!」という獰猛な叫び声が森の向こうから聞こえてきた。まだ少し距離はあるが、決して遠いわけでもない。
「まずいな、魔獣の叫び声だ。かなり攻撃的なものだから、多分バスを襲ってるヤツだろう」
「なんで攻撃的な叫び声ってわかるのよ、確かに狂暴そうな声だったけど」
「何度か同じようなものを聞いたことがあるからな。時間がない、先行するぞ!」
そう言うと、レンはさらに速度を上げた。今までの倍ほどの速度だ。
「ちょ、ええ!?」
驚きの声を上げている間に、エファの視界からどんどんレンが遠ざかっていく。確かに大剣の入ったアタッシュケースという重荷を持っているエファとレンでは、走るにあたってはレンの方が有利だろう。それにしても疾すぎる。ぐんぐんと加速するその速度は軽く自動車並である。
先行したレンは海岸線に沿って曲がっている道路をカーブを描いて駆け抜け、後ろのエファからは森を挟んで視認できないほど道を進んでいた。するとそのカーブから先は視界が開けており、なんとかそれを視認することができた。
「あれか!」
街道の途中の、海側が少し広くなっているスペース。本来の走行ルートである石畳から外れたその場所に、一台のバスが留まっている。
どうやらバスはまだ無事らしいが、その近くに巨大な四足獣が迫っている様子が確認できた。運転手らしき男性が何かを獣の前で振り回して牽制している。おそらく、魔獣除けの灯篭だろう。それのおかげでギルドに報告に来た男から話を聞いたレン達が現場に来るまでバスが攻撃されていなかったらしい。
距離にしておよそ二百メートル。魔獣除けの灯篭といえど、危険度が低いと魔獣が理解すればすぐさま攻撃に移ることだろう。あまり時間はない。
―――間に合うか? 肩にかけた太刀袋を手に取り、中から太刀を取り出す。すぐに戦闘に移行できるようにするためだ。
グアァァァ!! と魔獣が叫んだ。おそらく、攻撃に移行する合図だろう。前足を大きく上げ、運転手らしき男を狙う。
ズゥン! と重い音が街道に響いた。
レンが魔獣の前足を鞘で受け止めた音だ。どうにか、彼は間に合ったのだ。
「あ、貴方は? バウンサーの方ですか!?」
「いいえ、レアード学園の者です。バウンサーズギルドで話を聞いて駆けつけました。危険ですので下がっていてください!」
「わ、わかった! 気を付けてくれ!」
運転手らしき男は急いでバスの中に避難する。バスの中には十数人程度の乗客がいて、労うような声と共に彼を出迎えた。
乗客達の命が助かったのは、レンがここに到着するまで彼がたった一人で粘っていたおかげだ。それも、この巨大な魔獣を相手にたった一人でだ。
魔獣の全長はおよそ10メートルほどある。鋭い牙と爪を持った、獅子のような魔獣。狂暴な瞳に理性はなく、太い尻尾を威嚇するようにぶんぶんと振り回している。ただ人を襲うという行動を本能的に行っているような様子だ。
ぐぐっと前足にかかる力が徐々に強くなるが、エファの大剣の一撃すら容易く受け止めるレンにとってはそれほど苦でもない。むしろ防御に当てている左手に右手を当て、力を籠める。
「せいっ!」
勢い良く両手の力を上方へ加えると、魔獣の前足が跳ね上がった。その隙にレンは一歩下がり、構えを取り直す。
魔獣も一瞬体勢を崩しはしたが、すぐに前足を地面につけた。そして警戒するように「グルル」と唸る。
対峙して改めて魔獣の全身を視界に入れてみると、かなり巨大だ。魔獣にも様々な種類が存在し、人間よりも大きい魔獣はそう多くない。教本に載るような魔獣といえば、狼のようなものや1メートル程度の巨大昆虫といった、少し人の手が加わっていない場所に入ったら良く見かけるようなサイズのものだ。
だが、これほどのサイズとなると森の主やナワバリのボスといった、いわば強力な力を持つ魔獣だ。こういった魔獣は人里に近い場所に来ることは滅多になく、森の奥深くのような人間が誰も来ないような場所にいる。
ガァッ! という咆哮。左前足を薙ぎ払うように振るってくる魔獣の行動に対応するため、レンは一度思考を切る。
今度の一撃は受け止めるようなことはせず、足に流力を送って身体能力を強化し、高く跳びあがる。
ブォン! という凄まじい風切り音を下方に、レンは魔獣の顔面の前に来る。
「―――ハァッ!」
そのまま空中でくるりと一回転すると、回し蹴りを顔面に当てる。
グオォ、と魔獣は唸り、左前足で目の前にいるレンを振り払おうとする。
その攻撃を鞘で受け止めるが、空中にいるレンは足で踏ん張ることができず、勢いを殺し切ることができない。そのまま地面に向けて吹き飛ばされる。しかし、再び空中で一回転すると綺麗な姿勢で地面に着地する。靴底が地面を擦り、数メートルは後方へと流されたが、その勢いが止まると同時にレンは地面を蹴って前に出た。
魔獣も顔面に一撃を受けたことで警戒対象をレンに変えたらしく、向かってくるレンを迎撃する構えを見せた。
しかしその攻撃の内容は単調で、再び前足による薙ぎ払い。太い腕によるその攻撃は確かに強力だが、受け止めることも回避することもできるレンにとってはさして脅威ではない。今度は右前足による薙ぎ払いを鞘でガードすると、最初にやったのと同じようにそれを弾き飛ばす。
それを予想していたというかのように、魔獣は右前足を弾かれたままの体制で、倒れ込むようにレンに噛みつこうとする。
「勝手に先に行かないで、よっ!」
噛みつき攻撃に対応してようとしていたレンの前に乱入してきたのは、大剣を携えたエファだ。彼女は上空から現れ、魔獣の左目を斜めに斬る。
痛みに怯んだ魔獣は「グガァア!」と苦しげな声を上げて数歩引き下がった。そのままかなり痛むのかぶんぶんと顔を振り回している。
「あら、魔獣のくせに、片目に、切り傷なんて、いい顔になったじゃない……」




