1-17 ギルドの見習いバウンサー
バウンサーズギルドという建物は、リンクライン島主街区の南部にある。ちょうどアンデルス帝国駅とリリエイツ公国駅の境目あたりの、若干街に入ったあたりだ。港に近い場所にあるので、島中央部にあるレアード学園からは結構離れた位置になる。
主街区の中央部あたりは管制塔に群がるようにビルが立ち並んでいたが、港に近づくにつれ建物の高さも低くなっていく。このあたりになると、三階建て程度の建造物が多い。
そんな中でバウンサーズギルドは、比較的大きな建物だといえるだろう。
石レンガ造りの中世風の砦のような建物。それがバウンサーズギルドの特徴だった。砦というには小さすぎるが、おおよそ街中にあるような建造物には見えない。
明らかにその建物だけ異質だった。そもそもバウンサーズギルドは少しだけ開けた場所にあり、まるで周囲の建物から避けられているようだ。
「ここがバウンサーズギルド、なのか?」
その見てくれに、思わずレンが信じられないといったようにエファに訊ねる。
「そうよ、ここがバウンサーズギルド」
「なんというか、個性的な建物だな」
「私もこんな建物だとは思わなかったわ。バウンサーズギルドって結構有名な組織だからもう少しまともだと思っていたのだけど」
建物の見てくれはともかく、バウンサーズギルドとやらがそれなりに名の通った組織という話は事実らしい。入ることも遠慮させるようなその建物には先程からそれなりの人が出入りしている。
「ま、まぁとりあえず入ってみるか」
「そうね、どのみち封筒を届けないといけないのだし」
気は進まなかったが、レン達は意を決して中へと入る。
内部は外見からは予想もできないような、一言で表すならレストランのような造りになっていた。
壁が石レンガなのはともかく、床は板張りで、そこら中に丸テーブルが不規則に並べられている。実際に飲食をしている人もいるようで、ウェイターらしき女性達が忙しなく料理を運んでいる。三階建ての建造物だったが、建物の中央部分は三階まで吹き抜けになっている。ちらりと見える二階にも同じようにテーブルがいくつかあったが、人の姿は見当たらない。
「なぁエファ、バウンサーズギルドってレストランの名前なのか?」
「違うわよ、ただギルドの中にはここみたいに飲食店も兼ねている支部もあるみたいね。実際帝国にもそういった支部があるわ」
支部ということは、バウンサーズギルドとやらはここ以外にもたくさんあるものらしい。
ともかく、レン達は食事をしにきたわけではない。周囲を軽く見渡してみると、店の奥にカウンターがあり、そこに受付嬢らしき人物が立っている。ひとまずそちらに向かうことにする。
受付の横には何かボードのようなものがあり、そこにいろいろな紙が貼りつけられている。ボードの上部を見ると、「QUEST Board」という文字があった。
「いらっしゃい! 学生さんなんて珍しいですね! 今日はどういったご用件ですか?」
受付に近づくと、声の大きい受付嬢が元気いっぱいな笑顔を向けてきた。
活発な笑顔が似合う、まだ十代程度の少女だった。若草色の髪に、黒に少し朱を差したような色の瞳。鼻の周りにあるソバカスが特徴的で、麦わら帽子でも被せれば農場の娘と言われても違和感がないような風貌だ。
大きな声に少しだけ驚いたレンだったが、すぐに立ち直って懐から封筒を取り出す。
「レアード学園の者です。エイゼル マストウェイ教官からこの封筒を届けるようにと言付けられてお伺いさせていただいたのですが」
「ああ、お話は聞いてます! わざわざご足労いただきありがとうございます! そちらの書類は確かにこちらでお預かりして、きちんとマスターに届けておきますね!」
にぱっと笑顔を咲かせて彼女は素直に封筒を受け取る。スペット主任の時とは大違いである。
「しかしお二人ともまだ学生なのに、先生のお手伝いなんてすごいですね!」
「大したことじゃありません、ただ封筒を届けるだけでしたし。それよりも貴女の方こそ俺達と同年代なのにこんな大きな施設の受付嬢をしているなんて、すごいですね」
素直な感想をレンが述べると、受付嬢はぱちくりと目を大きく見開き、その後におかしそうに笑った。
「あははは、違いますよぅ学生さん!」
唐突に笑われ、レンは怪訝そうな顔をする。
それを気にせず受付嬢はその場で居直ると、ぺこりと頭を下げた。
「申し遅れました、私、相浦ミナと申します。このギルド所属のバウンサー見習いです! 気軽に『ミナ』って呼んでください!」
「バウンサー、見習い?」
「はい、だから受付嬢ってわけじゃないんですよぅ」
なるほど、この少女―――相浦ミナが受付嬢ではないということを言いたいことは理解できた。が、その後がレンには理解できない。
「失礼ですが、バウンサーって何ですか?」
再びミナがぱちくりと目を見開いた。そして隣ではエファが額に手を当ててため息を吐いている。
「あのー、学生さん、本気で言ってるんですか?」
「ごめんなさい、彼、世間に疎いの。だからバウンサーのことも知らないみたいで」
エファがレンに代わって謝罪をする。どうやら本当に失礼なことを言ってしまっていたようで、レンは少し居所が悪くなる。
「はー、なるほど。まぁそういうこともありますよね!」
ものすごく軽い調子でそう言うミナ。なんというか、ものすごく天真爛漫である。
「それでは、バウンサーというものがどういうものであるのか、僭越ながらこの相浦ミナがご説明いたします!」
「よろしくお願いします、ミナさん」
「いやだなぁ、同年代なんですからタメでいいですよぉ。あ、私の敬語は素なので気にしないでください!」
「わかったよ、よろしく頼む、ミナ」
レンがそう改めると、ミナは「ではでは」と咳払いを一つする。
「バウンサーとは、魔獣退治を主とするいろいろな仕事を請け負う、言ってみれば一般人の味方であるお助け屋さんみたいなものです! その起源は二百年前にも遡り、今では全国に支部を持つ巨大組織なんですよ! 組織といっても、それぞれのギルドが独立して存在しているようなもので、言わば暫定的なギルドの集合体みたいなものなんですけどね! この辺の説明はややこしいので省略しますが!」
「ギルドっていうと、依頼された仕事をこなすっていうあの?」
「はい! 私達バウンサーは民間の方から依頼を受け、その内容を書いた紙を横にあるクエストボードに張り付け、そこから仕事を受注します! 仕事内容は基本的に『民間人の助けとなること』になります! 魔獣退治から紛失物捜索まで、民間の方が困っているようなことを解決するために尽力するのが私達の仕事です!」
「なるほど、言葉通り『お助け屋』というわけか。でも魔獣退治っていうのは流石に危険なんじゃないのか?」
この世界には魔獣と呼ばれる獰猛な生物が存在する。
魔獣は普通の動物とは違い狂暴で、人を見るとすぐさま襲い掛かってくるような存在だ。昔と比べ技術力が発展した現代では魔獣の脅威は減りつつあるが、一昔前までは人類は魔獣の脅威に常に晒されていた。それこそ、魔獣に奪われた人命は数えきれないほどだ。
今でもその脅威は健在で、魔物が街の中に入ってくることは滅多になくなったが、ひとたび人の手のあまり入っていない街道などに出ると魔物に襲われることも少なくない。その被害は毎年のように出ている。
鋭い牙や爪といった武器を持つ魔獣は、一般人程度が適う相手ではない。
「その通りです! ですから、バウンサーはきちんと訓練を受けて、試験を受けた腕の立つ人のみが就くことの職業なんですよ!」
「そうなのか。それじゃあミナもそれなりに強いってことなんだな」
「私なんか全然ですよぅ! でも、このリンクライン島には強いバウンサーがたくさんいますよ! 今はちょっと忙しい時期なのでみんな出払っていて、ギルドにいるバウンサーは私くらいですが」
「へぇ、でもどうしてバウンサーであるキミが受付なんてしているんだ? 話を聞く限りだとバウンサーっていうのは実際に依頼を受けて現場に出るのが仕事なんだろう?」
「それが、いつも受付をしている人が今は別の用事で出かけてまして。その間、私が受付を任されているんです!」
なんというか適当な体制だ。いや、ここは臨機応変ということにしておいた方が良いのだろうか。
「よくわかったよ、ただ一つ気になるんだが、どうして何でも屋なのに『用心棒』なんだ? 魔獣退治が主な仕事だからなのか?」
「半分正解です! 私達バウンサーは、元々街道を往く行商人なんかの護衛を生業としていた組織なんですよ! 今みたいに何でも屋になったのは大体百五十年前くらいの話だって聞いてます!」
「いろいろな仕事を請けるようになったのは何か理由があるのか?」
「諸説あるようですが、一番はやっぱり護衛職だけじゃ収入があまり良くなかったという説ですかねぇ。お金儲けのためにいろいろな依頼を請けるようになっていく内に、今の体制になったというわけですね!」
なんとも打算的な理由だ。しかしそれで成功しているのだから、実際バウンサーというのはすごいものなのだろう。
いろいろと無茶苦茶な組織ではあるが、エファの様子やレアード学園と通じているということから、それなりに凄い組織だということはわかる。
「わかっていただけましたか、バウンサーズギルドのこと!?」
「ああ、ありがとう。おかげでまた一つ世間のことを学ぶことができたよ」
「その調子でどんどん世間知らずを直してほしいものね。まさかバウンサーのことまで知らないなんて思いもしなかったわ」
エファの呆れ声を、誤魔化すようにレンは苦笑する。
話は逸れてしまっていたが、ひとまず封筒を渡すというレン達の任務は終わった。
「さて、それではお二人ともどうされますか? なんでしたらこちらでお食事などどうでしょう!」
「せっかくだけど遠慮させてもらうよ。もうすぐ寮の夕食の時間なんだ」
「私も。寮の食事はおいしいし、なにより人を待たせてあるから」
はて、それは初耳だ。エファは今日から学校に登校し始めたばかりで、知り合いはレン達くらいしかいないと思っていたのだが、どうやら他にもレアード学園に知人がいるらしい。
ともあれ二人が申し出を断ったことで、ミナは少ししょんぼりとする。
「そうですか、残念です。あ、そういえば聞き忘れていたのですが、お二人のお名前をお伺いしてもいいでしょうか!?」
「ああ、そういえば名乗ってなかったな。俺はレン。レアード学園一年A組所属だ」
「同じく一年A組所属のエファ・ヒルデブランドよ。よろしく、ミナ」
「レンさんにエファさん、とても良い名前ですね! 学生のお二人と見習いの私、まだまだ発展途上の私達ですが、お互い頑張りましょう!」
「そうだな、頑張ろう、ミナ」
眩しいほどの笑顔で握手を求めるミナ。断る理由もなく、レンはそれに応じる。
「た、大変だ!」
と、二人の手が繋がったところで、一人の男が大声を上げながらギルドの中に転がり込んでくる。
かなり慌てた様子だ。全身汗だくで、全力で走ってきたのか息を切らせている。
ギルド中の注目が集まる中、男は最後の力を振り絞るようにふらふらとミナの前までやってくると、倒れ込むような勢いでカウンターに両手を置く。
「ど、どうなさいました?」
尋常ではない様子の男に、ミナは戸惑いつつも事情を訊ねる。
男は切らせた息をある程度整えると、がばっと顔を上げる。
「大変なんだ、街道を走っていたバスが魔獣に襲われた!」
ざわっと店の中がどよめく。
リンクラインの中は移動手段として街の中や街道をバスが走っている。だが、バスが走行しているのは魔獣が現れない安全を保障された場所のみで、それは街中ももちろんのこと街道でもきちんと整備されている道路に魔獣は出ないはずなのだが。
「急いでバウンサーを派遣してくれ! 場所はリンクライン二番街道だ!」
男は必至に依頼するが、ミナは困った顔をしていた。
「で、ですが、今現在ギルドのバウンサーは全員他の仕事で出払っていて、私がここを空けるわけにも……」
現在ギルドに待機しているバウンサーは見習いであるミナだけだ。事情は知らないが、他のバウンサーは全員多忙で呼び戻すこともできないのだろう。
まさかこんな時にそんな緊急事態が起きるとは、とその場にいた誰もが思ったことだろう。
しかしその中で、二人だけ違う考えを持つ者達がいた。
「ミナ、その依頼、俺達が受けてもいいか?」
レンはバウンサーではない。だが、この中で戦闘技術を持つ者で、手が空いていて現場に向かうことができる者はレンとエファのみだ。
「で、ですが……」
「人命がかかってるんだ、キミが行けないというのなら、俺達が行くのがきっとベストなはずだ」
「無茶です、魔獣というのは学生さんが相手にできるほど甘い相手じゃありません! 見習いバウンサーでも苦戦するような相手なのですから、お二人に行かせるわけには―――!」
「大丈夫よ、ミナ」
もはや話し合っている暇すら惜しいと、エファは踵を返す。
「私達をそんじょそこらの学生と同じにしてもらっては困るわ」
「そういうことだ、任せておいてくれ」
ミナの返事を待たず、二人してギルドから飛び出る。
何事かと通行人が目を剥くが、それを気にすることなく二人はリンクラインの街並みを駆けて行く。
「確か、場所は二番街道だったな!」
「ええ、こっちよ、急ぎましょう」




