1-16 リンクライン鉄道中央管制塔訪問終了
しばらくして、ようやく落ち着いたレンとそれを待っていたせいでげっそりとしたエファが中央管制塔の正面入り口から外に出た。
ちなみに見送りに来たミレイが二人の後ろにいる。先程までスペット主任も見送りに行くと駄々をこねていたのだが、ミレイによってそれは阻止された。どうやらレンはかなりあの偏屈な男に気に入られたらしい。本人は世紀の大発明をした人物とコネクションができたという重大事項をまったく自覚していないようだったが。
ちなみにスペット主任はあのコントロールルームを任された室長でもあるらしい。仕事中は常に往来する列車を監視してはいけない立場上、レン達の見送りに来れないのも当然の話である。
「それにしてもすごかったなぁ、あれは」
未だ興奮冷めやらぬ様子のレンがほっこりとした顔で言う。
「何がそんなに良かったっていうのよ、あなたらしくもない」
「エファはすごいと思わなかったのか。あんな巨大なものがぐるっと一回転したんだぞ。こう、胸に熱いものがこみ上げてきただろう?」
「ごめん、すごかったのは認めるけど、あなたの言ってることちょっとよくわかんない」
流石のエファもレンの興奮っぷりにはドン引きである。
二人とも気付いていないようだが、巨大な機械が動くというのは男のロマンなのだ。レンはそれに惹かれたに過ぎず、女性であるエファがそれを理解できないのも仕方がない。
「しかしあそこまで主任の開発をべた褒めしたのはレンさんが初めてかと」
後ろに控えていたミレイが、呆れ混じりに言う。
しかしその声には呆れだけではなく、嬉しそうな感情も混じっているようだった。
「本日はありがとうございました、書類を届けていただいただけでなく、主任のお相手までしていただいて」
「いえ、非常に貴重な経験をさせていただきました。本当はもうちょっと見学していたかったんですけどね」
「私はもう十分よ……」
二度とごめんだと言わんばかりに疲れた様子のエファに、ふふっとミレイが柔らかく微笑む。
「しかしいかがだったでしょうか、この中央管制塔は。本日の内容だけでどういう施設であるか理解していただけましたか?」
「まぁ、大体は」
無論、今日レン達が見た内容だけがこの塔の全てというわけではないのだろう。レン達が立ち入ったのは三階だけで、管制塔はまだまだ多くの階層がある。その全てが一般人には立ち入り禁止となっているのだから、いろいろな秘密が隠されているのだろう。
今日レン達が知ったのは、この管制塔では不法走行する列車の監視、事故の未然防止、そして貨物列車または特別車両の路線変更という役割を担っているということだけだ。
「でも、どうして貨物列車と特別列車だけがここで路線変更できるのかしら? リンクラインを経由して他国へ渡る人はたくさんいるのだから、一般車両も乗客を乗せたままここで路線変更してしまえばいいのに」
というエファの疑問はもっともだ。
しかし誰にでも思いつく疑問というものには、高確率で答えが用意されているものだ。
「理由は多くありますが、一番の問題は手続きの手間かと」
「手続きの手間?」
「確かにこのリンクラインを経由して他国へ渡る方はたくさんいらっしゃいます。しかし六大陸のどこに向かうかは人それぞれです。帝国からの列車に乗ってきた乗客の方でも、ある方は共和国へ、ある方は王国へ、その方によって行く先は違うものです」
確かにそうだ。各国からこのリンクラインへと延びる列車は一本しかない。そして各国の乗り場から外国まで一直線で行ける線路などない。
「故に乗客の方にはこの島で一度降りていただき、各駅へと自分の足で向かってもらった方が楽なのです。一方、貨物列車や特別列車は一定量の物資をどこの国へ運ぶか最初から決まっております。そういった列車であればあのターンテーブルを稼働して進路を変更してしまった方が、荷物をわざわざ一度降ろし、もう一度乗せる手間が省けるということになるかと」
つまりは効率の問題だ。行き先の違う小さな荷物(つまり乗客)は一度降ろしてもう一度乗せ換えた方が早く、行き先の同じ大量の荷物は乗せ換えずに一気に運んでしまった方が早い。
理屈さえわかってしまえば納得の理由である。
「なるほど、いろいろ考えられているのね」
「その中でもスペット主任の発明は本当に画期的だったかと。あのような性格でなければ、百点満点を差し上げられるのですが」
それにはエファも全面的に同意である。レンは首を傾げていたが。
「それにしても今日は本当にいろいろとありがとうございました、クローデンさん。多くのことを学ばせていただけて、本当にどう感謝していいか」
「このような島の施設で働く私どもとしても、このリンクライン島のことをいろいろな方に知っていただけることは喜ばしいことです。こちらこそ、改めて感謝を」
そしてどちらともなく、エファとミレイは握手を交わす。
それを最後に、ミレイは管制塔の入口前で一度だけ礼をして中へと戻って行ってしまった。
後ろ姿を見送った二人は、いろいろな感情の混じった息を同時に吐く。
「それにしてもすごい人達だったな」
「ええ、そうね。本当にいろいろと信じられないことばかりだったわ」
あのスペット主任という男性の性格はともかく、間違いなく歴史に名を遺す偉人であるということは確かだ。
と、そこでエファは「ん?」と首を傾げる。
「あの人『達』? もしかしてスペット主任だけじゃなくてクローデンさんもってこと?」
「そうだけど……もしかして気付いてなかったのか?」
「なんのこと?」
「ミレイ=ナ=クローデンさん。彼女はかなり腕の立つ武人だ。多分スペット主任の護衛か何かなんだと思うけど、俺達が主任に近づいてからずっと主任を警護できる態勢にあった。唯一油断してたのは、俺がスペット主任の手を掴んだ時だったな。もっともあの時に俺への警戒度が少しでも高ければばっさり切られてたかもしれないけどな」
茶化したようにレンは笑う。
エファは言葉を失った。
まったく気づかなかった。あのコントロールルームの凄さに意識を奪われていたということもあるが、その後もミレイが常に警戒態勢にあったなど微塵も感じなかった。
ミレイがそういった素振りを隠していたのは事実だろう。流石に警戒している態度を隠そうともしていなかったならエファでも気づいていたはずだ。だが、その隠していた事実さえ見抜いたレンの洞察力は普通じゃない。
やはりレンには謎が多い。ファミリーネームを隠している時点で何かを抱えているのは間違いないだろうが、それにしても本当に彼は何者なのか。
気になりはするが、無理に聞き出すこともできない。それはエファの信条に反するし、実力的にも不可能だからだ。
「あー……」
仕方がないとエファが心の中を整理して諦めをつけていると、なぜかレンが右の方を向いていた。何があるのだろうとエファも視線を向けてみるが、そこには人工的に整備された水路と木々が並んでいるだけだった。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、次はバウンサーズギルドだったっけ。そろそろ行こう」
「あ、ちょっと待ちなさいよ」
すたすたと歩き出してしまうレンの後を、慌ててエファが追いかけた。




