1-15 最先端技術はすごい
「わかりました、ぜひ見学させてください」
書類を自分の方に寄せ、レンは近くにあったペンを手に取ってサインをする。
「ちょ、ちょっとレン」
隣のエファが狼狽するが、既にサインを終えた後だ。
「どういうつもりよ」
「俺は単純にこの施設に興味があるんだ。見学させてもらえるというのなら願ってもない話だ。もし嫌なら、エファは先にロビーに戻っていてくれてもいいんだぞ?」
「先にって……ああ、もう、そんなわけにはいかないでしょ」
やけくそ気味に書類を手に取り、サインをするエファ。といっても彼女は状況についていけてないだけであって、この施設に興味がなかったというわけではないだろう。
「ほう、なかなか見どころのある学生じゃの」
「なんだか不安かと。主任、私も同席させていただいてよろしいでしょうか?」
「勝手にせい」
と言うと立ち上がるスペット主任。どうやら何か準備があるらしく、円状の机の方へと行くとキーボードを操作し始める。
そのあいだ手持無沙汰になった二人の話し相手をするのは、紅茶を出してくれた女性職員だ。
くせっ毛だらけの茶髪を乱雑にまとめ上げたサイドテールに、眠たげな浅葱色の瞳。ここの職員の制服と思われるものの上にくしゃくしゃの白衣を羽織った彼女は、まるで寝起きのような風貌をしている。
「申し遅れました、私はミレイ=ナ=クローデン。主任の助手をしている者です」
「助手、ですか。やはりスペット主任はそれなりの立場ということになるんですか?」
「そうですね、主任はこのリンクライン鉄道中央管制塔の基礎構想の開発者にして、コントロールルームの室長になりますから」
「き、基礎構想開発者!?」
大仰な反応をしたのはエファだ。いまいちピンとこないレンに対して、彼女にとってはかなり驚くべきことだったらしい。
「それって、このリンクライン鉄道中央管制塔を建てた最高責任者の一人ってことですよね?」
「有り体に言ってしまえば、その通りになるかと」
「うそ、あの人そんなすごい人だったの……」
信じられないものを見るかのようにスペット主任に目を向けるエファ。
一方でやはりというべきかレンには何がどう重大なのか理解できない。
「なぁエファ、あのスペット主任って人はそんなにすごい人なのか?」
「当然よ、あなたはこの施設のことを知らないからよくわからないのでしょうけど」
「うーん、それじゃあ聞きたいんだけど、ここって一体どういう場所なんだ?」
「その質問には私がお答えした方が良いかと」
スペットの座っていた椅子に何の躊躇いもなく座ったミレイが、会話に割り込んでくる。確かに、エファよりはここの職員であるミレイの方がより詳しく説明できるだろう。
「まずお二人は、このリンクライン鉄道中央管制塔という施設がどういった目的で存在しているかご存知ですか?」
「リンクライン島を行き来する大陸横断鉄道の管理のため、ですよね」
エファの答えに、ミレイが満足気に頷く。
「その通りです、この巨大な塔では六大陸から伸びる全ての海洋横断鉄道の管理、および監視を行っております。鉄道でなんらかの事故が起こった場合、あるいは問題が発生した場合、鉄道を走る列車がこのリンクライン島に近ければ全て情報はこの塔に集められます。それに対応するのが我々の仕事の一つです」
「それって普通の鉄道会社とどう違うんですか?」
そうレンが質問すると、ミレイは人差し指を立てた。
「この中央管制塔から、六大陸の鉄道を全て管理しているという点かと。通常の鉄道会社であれば、事件や事故が発生した場合に真っ先に連絡を入れるのは最寄りの駅になりますが、リンクライン付近を走る鉄道が連絡を入れるのは全てこの管制塔になります」
「なるほど。それじゃあこの中央管制塔はリンクライン島における鉄道会社の代わりであるというわけですね」
「はい、そういう役目も担っているかと」
なるほど、とレンは納得する。おそらくこの辺りまでは一般常識の範囲なのだろう。
だが、ミレイの口ぶりから察するにこの中央管制塔にはまだ他にも役割があるらしい。
「またこの中央管制塔は大陸横断鉄道を全て監視できるようになっております。お二人はもうこの塔の頂上付近にある球状の階層を見ているかと思いますが」
「ああ、確かに見ましたね。あれはいったい何なんですか?」
「あの階層は海洋横断鉄道を目視で一望できるようになっています。列車内で何か問題が発生し、その連絡が困難である場合で明らかに異常な状況であることが目視で確認できる時。または走行を許可されていない列車が走行している場合、それを発見することが主な目的です」
確かに海洋横断鉄道でミレイの言うような問題が発生した場合、事態の早期解決が必要だ。
リンクライン島に繋がる鉄道は各大陸ごと―――つまり六つ存在し、それら全てに駅が存在しているが、一つ一つの駅が自分の担当する線路のみの問題に対応するというのが定石だろうが、それを中央管制塔で一手に引き受けてしまえばより効率的なのだろう。
「端的に言ってしまえばここは海洋横断鉄道の見張り台ということになるかと」
「なるほど、よくわかりました。でも見張り台というには少しこの施設は大きすぎませんか?」
六つもある鉄道を監視するのだからそれなりの規模は必要だろうが、それにしてはこの塔は大きすぎる。なんせ塔の土台となっている台地ですら一般公園程度の大きさがあるのだ。台地は下に向かって斜めに広がっているので、この管制塔が占めている土地はそれなりだ。
それに鉄道を監視するためだけに存在している塔だというのなら、このコントロールルームとやらは何なのか。
「それは―――」
「おおい、なにしとるんじゃ。さっさとこっちに来んかぁ!」
ミレイが何かを言いかけたところで、スペット主任がモニターの前で叫んだ。
会話の途中ではあったが、あの偏屈な人間を待たせるとまた面倒なことが起きる。仕方なく三人は主任の元に集合した。
主任の前にあったのは一つのモニター。映っているのはただの線路だ。しかし、何か様子がおかしい。
「これって海洋横断鉄道の線路じゃありませんよね、何を映しているんですか?」
「ふふん、察しがええのう。そうじゃ、これは海洋横断鉄道を映しているモニターではない」
スペット主任やレンの言う通り、海洋横断鉄道を映しているにしては少し周囲の明度が低い。今日は快晴のはずで線路もかなり明るく照らされているはずなのだが、これはまるで―――
「室内を映してるみたいね」
というエファの見解は間違っていないだろう。線路は斜め上方から映されているようだが、海洋横断鉄道の鉄道橋には屋根がないのでこのような角度からの撮影は不可能だ。
「スペット主任、ここはどこなんですか?」
「おぬしら、さっきこの建物がデカすぎると言っておったな。その理由が何故かわかるか?」
「いえ、見当もつきません」
「簡単な話じゃ、塔の方はともかくとして、この下にある台地、それこそがこの施設のメインの部分なんじゃ」
そういえば、この巨大な台地に上ってくる時に線路がこの台地の下まで続いているのをレンは見ている。
「まさか―――」
「ほう、お主はなかなか勘がええようじゃのう。ほれ、来たぞ」
促され、レンとエファはモニターに注目する。すると、ちょうど映し出された線路の上に列車がやってきたところだった。
やってきた列車は普通の乗客車ではなく、多くのコンテナを積んだ貨物列車のようだ。線路は行き止まりというわけではなかったが、なぜか列車は途中で停車している。これだけを見ると、ただの貨物列車が線路のど真ん中でただ止まっているだけの映像だ。
「あの、この貨物列車が何か?」
「いんや、この貨物列車自体はただの、普通の貨物列車じゃ」
エファの質問に、スペット主任は「ただの、普通の」という部分を強調して答える。
「スペット主任、もしかしてこの貨物列車は今この建物の下に来てるんですか?」
「ピンポーン、正解じゃ」
レンの質問に、スペット主任は嬉しそうに答えた。
「この施設の下の台地はのう、貨物列車や特別列車を収納するスペースになっとるんじゃ。そこに今ちょうどやってきたのがこの貨物列車というわけじゃな」
「どうしてこんなところまで列車が? 普通の列車はリンクラインの港にある駅で止まるはずでしょう?」
「そりゃあ見てりゃわかるわい。ほれ、そろそろ始めるぞい」
モニターを見ると、整備員らしき人々が列車の点検を終えたところのようだ。数人の作業員が貨物列車から離れていく。
作業員が十分に距離を取り終えたところで、モニターの端にあった緑色のランプが黄色に変わった。それを見たスペット主任が頷いた。
「よし、三番線路、回転開始!」
その声を合図に、スペット主任の隣にいた職員がレバーを動かす。
ブーッ、ブーッという警戒音がモニター内から聞こえてきたかと思えば、画面内で信じられないようなことが起こった。
貨物車がいきなり線路ごと回り始めたのだ。よくよく見てみると線路の周囲には円状の線があり、その内部の床が回転しているようだ。
「お、おお……!!」
思わずレンから感動の声が漏れる。
ゆっくりと回転した床は、75度ほど回ったところでガタンという大きな音を立てて止まる。それはちょうど貨物列車が乗っている線路と先程とは違う線路が繋がる角度。つまり、列車が進行する線路を別のものへと変更したのだ。
「この貨物列車はリリエイツ公国から来たものでな、これからこの全ての車両に積まれた大量の食糧をアンデルス帝国へと運ぶものなんじゃ。じゃがのう、その輸送物資をいちいち港で下ろして、それを他国行きの駅まで運ぶのは面倒じゃろう?」
「そのため、線路を繋げてしまおうという計画が上がったのが今から二十年前、立案者がここにいるスペット主任ということになるかと」
言っていることは単純だが、やっていることは単純なことではない。六大陸に向かう線路はそれぞれ方向が違うので、線路を一つに繋げることは不可能だ。
それこそ、線路が丸ごと回転でもしない限り。
「嘘でしょ……」
エファは唖然としていた。無理もない。線路が床ごと回転するなど、この世界の常識からすればとんでもテクノロジーもいいところだ。世情に疎いレンですらそう思うほどの出来事だったのだから。
二人の反応を見て、スペット主任は満足気に何度も頷く。
「どうじゃどうじゃ、これぞワシの開発したターンテーブル式線路じゃ」
「主任はネーミングセンスが単調すぎるかと」
ミレイが呆れたようにツッコむ。
このネーミングセンスから察するに、おそらくこのリンクライン鉄道中央管制塔という名前を考えたのもこのスペット主任なのだろう。
それはともかく、とんでもないものを見せられた二人は開いた口が塞がらない状態である。
「ふふん、ワシの作品はすごいじゃろう、二人共ワシを尊敬するが良い」
胸を張るスペット主任。もちろんそんな言葉を本気にする者はいないだろうが―――
「はい」
静かに、レンが動いた。
ゆっくりとした動作でスペット主任の方へと向いたかと思うと、素早い動きでがっしと両手を掴む。
「スペット主任、とても素晴らしい発明です、正直感動しました!」
「お、おお? そうじゃろうそうじゃろう、お主はわかっておるのう!」
いきなりの奇行に、またもエファが唖然とした。そしてミレイは驚いたように目を見開いていた。
「ま、まさか主任の自慢話を真に受けてここまで素直に感動する人がいるとは思わなかったかと」
「どうしちゃったのレン……」
茫然とする女性陣を置き、二人の男は何が通じ合ったのかしばらく周囲がドン引きする勢いで盛り上がっていた。




