1-14 最新鋭の建物
リンクライン鉄道中央管制塔は街の中心にある。
なぜかこの建物に向かって伸びる線路を横目に側面階段を上ると、建物入り口前にあたるであろう場所にある広場に出た。
綺麗に整った石畳と、切り揃えられた草木やその周りを流れる水路が調和されたその広場は、まるで公園のような場所だったが、多くの自動車や人が出入りしているせいか公園というよりは施設前広場と表現した方が適切だと思える。
スーツ姿の大人達が多く出入りするその広場を制服姿のレン達が歩いているのはかなり場違い感があるが、それでもこの施設に学生が出入りしてはいけないというルールはない。遠慮なく公共施設の中へと入らせてもらう。
入口の自動扉を抜けると、内部はさらに近代的な造りになっていた。ところどころがガラス張りの綺麗なロビーは、もはや近代的というよりは近未来的という表現すらできるとレンが魂消たくらいだ。それは隣にいたエファも同じだったらしく、二人して入り口前で立ち止まって内部を見回してしまう。
「これはすごいな」
まさにその一言に尽きるというもの。
リンクライン島は各国にとって要所であり、そのために国々の最新技術が集まる場所であるという話は聞いていたが、世界の最先端というものを目にすると予想以上の驚きに襲われるものだ。
いつまでも入り口前に立ったいるというわけにもいかず、圧倒的な光景による感動冷めやらなぬままレン達は受付へと向かう。入口から真っ直ぐ歩いたところにある受付カウンターには、三人の受付嬢がそれぞれ待機していた。その中で他の客に対応していたのは二人だったので、レン達は残った右側の受付嬢の元へ。
カウンターの前に着く手前でぺこりと頭を下げた受付嬢は、レン達がちょうど話をできる距離まで近づいたところで頭を上げた。
「ようこそ、リンクライン鉄道中央管制塔へ。本日はどういったご用件でしょうか?」
「すみません、レアード学園の者です。エイゼル マストウェイ教官からこの書類を届けるようにと」
封筒を取り出し、受付嬢にそれを見せる。
するとどうやら事情は知っていたようで、「少々お待ちください」と一言レン達に告げてから横合いにあった連絡器を手に取る。その連絡器すらレンが知っているものよりもかなりの小型のもので、そこまで最新化されているのかとまたも驚かされたものだ。
それはともかく、受付嬢は数秒ほど誰かとやりとりをした後、受話器を元に戻した。
「お客様、お手数ですがその書類は私の方で預かることができないようになっておりまして。担当者が受け取りますので直接その方にお渡しいただけないでしょうか?」
「はぁ、わかりました。俺達はどこに向かえば?」
「三階、メインコントロールルームです。そこにスペット主任という方がいらっしゃいますので、その方に。こちらは入館許可証となっております」
受付嬢から「入館許可証」と書かれた札を受け取る。手のひらサイズのカードだったのだが、少し重い。質感から金属か何かでできているらしい。
「ここから左手に進んでいただいたところにエレベーターがございます。そちらでそのカードをかざしていただきますと、自動的にエレベーターが動きますので、それで三階まで上がってください。三階に上がった後は、道なりに進んでいただくと通路の中ほどで『メインコントロールルーム』の札が見えるはずですので、そちらにお入りください。なお、当館には機密事項が多く含まれており、二階以上の許可を受けていない場所に立ち入りすることは禁止されております。今回お二方に許可されているのは三階通路とメインコントロールのみですので、それ以外の場所に無断侵入された場合処罰の対象となります。くれぐれもお気を付けください」
各種注意に「わかりました」とだけ答えて二人は受付を離れる。
そのまま左手、建物を正面から捉えると右方にあるエレベーターホールへと移動する。
四基あったエレベーターの中から適当なものを選択して、その横にあるパネルに先程受付で受け取ったカードをかざすと、ピッという音が鳴って稼働音が聞こえてきた。エレベーターが上階から下ってきているのだろう。
「あなた常識に欠けてるって話だけど、こういう機械の扱いには慣れてるのね。そのカード、そんな風に使うなんて思わなかったわ」
六分歴532年現在において、タッチパネル式のカードキーというものはまだ導入されたばかりの最新技術だ。実際に使われているのはここリンクライン島の一部施設と、一部国家の重要施設くらいのものなのだが―――
「あー、前にこういう機械に触れることがあったから」
「ふーん」
誤魔化そうとするレンの言い分はあまりにも弱い。怪訝な視線を彼に送るエファに、どうしたものかと考えていると、やがてエファがため息を吐いた。
「別にあなたが何を隠していようといいけど。ほら、エレベーターが来たわよ」
チーンという音と共にエレベーターが到着し、扉が開いたので二人して中に入る。
内部はそれなりに広く、二人で乗ると空間が余って少し寂しい感じもしたが、それが気にならないほどに圧倒的な景色が二人の目の前に飛び込んでくる。
「おお……」
と思わず感激の声が漏れるような景色。エレベーターの内部もガラス張りになっていて、外の景色が見えるようになっているのだ。
元々リンクライン管制塔は人工的に作られた台地の上に建っているため、一階でも十分な高さがある。そこから一望する街は、壮観の一言に尽きる。いや、一階から見てこれなら最上階の景色はもっとすごいものになるだろう。
「噂には聞いていたけど、本当にすごい技術ね」
「ああ、俺もここまですごい施設がリンクラインにあるなんて想像すらしてなかったよ」
自動的に動き出したエレベーターが上がるにつれ、街に経つ高いビルすら超す高度へと到達していく。数秒して三階に着いたのか、エレベーターが止まる頃にはガラスの向こう側の街を見下ろせるほどになっていた。
その景色をもう少し見ていたいような気もしたが、エレベーターの扉が開いたので二人は三階へと足を踏み入れる。
二階以上は一般人は立ち入り禁止と聞いていたのでまったく人がいないのかと思いきや、三階の通路を歩いている人はちらほらといる。おそらくここで働く職員なのだろう。三階へと上がってきた学生服姿の二人を珍しげに見てくる者もいたが、忙しいのか構う者はいない。
それなら遠慮なく、とレンは一本道になっている通路を進んでいく。エファは少し物怖じしていたようだが、レンに置いて行かれまいと彼の一歩後ろについて歩いていた。
道なりに歩いているといろいろな部屋が視界に入ってきたが、全て扉が閉まっている。とはいっても施錠されているというわけでもないようで、たまに人が出入りしている。入ろうと思えば入れるが、入ったら処罰の対象になる可能性もあるのでやめておいた方が良いのだろう。
数メートルほど歩いて通路を曲がると、それはすぐ目の前に現れた。
「ここか」
明らかに他の部屋とは違う雰囲気。両開きの扉の上に「Mein Contorol Room」という文字がある部屋。受付から指示されたのは間違いなくここだろう。
なんとも仰々しい雰囲気だが、指定された以上は入らざるを得ないだろう。
「なんかすごいところに来たって感じがするわね」
「まったくもって同感だ」
本来であれば特別な許可を得て入れるような場所であるかのような雰囲気に気圧されつつも、扉に手をかける。そして思い切って開くと、二人を待っていたのはまたしても圧倒的な空間だった。
部屋中の壁にびっしりと張り付けられたような特殊な鏡板。それはモニターと呼ばれる最新技術の結晶で、鏡の内部に映像を映すことができるという代物だ。そのモニター前には細かい凹凸のある機械が埋め込まれた机があり、そこに職員であろう人間が座っている。また、部屋の中央部は少し高い場所があって、そこを上がった先は円状の机が配置されている。その机も壁際のものと同じように、細かい凹凸のようなものがある。その凹凸はキーボードと呼ばれる機械を操作するためのものだったのだが、二人がその名称を知っているはずもなかった。
ここまで来ると近未来的というのを追い越して意味不明だ。いったいこの部屋は何なのだろうか。
二人して部屋の入口で茫然としていると、それに気付いた部屋の中央部にある頂上部が平らになった円錐状の高台にいた髭を生やした男性が、職員に声をかけてからこちらに近づいてくる。
「君達がレアード学園から来たレン君とエファ・ヒルデブランドさんかね?」
男性にしては少し高音な声。黒縁の丸メガネに白衣というその姿は、研究者を彷彿とさせる。そんな初老の男性は、何故かレンとエファの名を知っていた。
きょとんとしてから二人は顔を見合わせる。いろいろと疑問は尽きないが、ひとまず返事が先だろう。
「はい、レアード学園から来ましたレンです。受付でこちらの部屋を訪れるようにと言われたのですが」
「話は聞いておるよ、とりあえずこっちに来なさい。あー、すまんがミレイ君、お茶を用意してくれんかね」
白衣の男性が部屋の高台の上にいた職員に声をかけると、その女性職員は軽く手を挙げてから席を立った。
「えっと、俺達は書類を届けに―――」
「わかっとるわかっとる、とりあえずこっちに来んさい」
手招きをして、白衣の男性は勝手に高台へと戻っていく。
またもレンとエファの二人は顔を見合わせるが、とにかくあの男性についていくべきだろうという結論に達し、数秒遅れてから彼の後に続いた。
「そういえば自己紹介がまだじゃったなぁ。わし、スペット=グ=マルティン。よろしくの」
カツカツと階段を上りながら自己紹介を済ませる白衣の男性ことスペット。
階段を上りきると、そこに広がっていたのはやはり不思議な光景だった。部屋を一望できるようなスペースに、鉄道の映像を映した複数のモニター。中央部にあるテーブルの上には、多くの書類が散乱している。その書類をばさばさと乱雑に片付け、スペットは椅子を二つ持ってくると片付いた場所の前にそれを置く。
「ほれ、座りんしゃい」
促されてしぶしぶ座ると、コトンと女性職員が持ってきたカップがテーブルの上に置かれる。中身は何の変哲もないただの紅茶のようだったが、素直に飲む気にもなれずにそれをまじまじと見つめていると、スペットがもう一つ椅子を持ってきて二人の対面に座った。
それに合わせるようにして先程の女性職員がスペットの前にも一つカップを置く。中身は二人とは違ってコーヒーだったのだが、それをスペットはぐいっと一口で飲み干してしまった。その後リラックスしたように息を吐き出すと、その辺にあった書類を手に取って何やら書き込み始める。
さすがに状況についていけなくなってきたレンとエファ。痺れを切らしたようにレンが口を開く。
「あの、俺達はエイゼル教官に言われて書類を届けに来たのですが」
「わーっとるわいそんなことくらい。ほれ」
そう言って、スペットは今まで何かを書き込んでいた書類を二人の目の前に滑らせる。それを手に取って内容を見てみると、見出しに「施設見学許可申請」という文字が書かれていた。
「さっさとそれにサインせぇ!」
急かされるが、レン達の頭はまったく状況についていけない。封筒を渡すつもりが何故かこちら側が謎の書類を渡されてしまったのだ。
どうしたものかと二人でこの施設に来てから何度目かの顔を合わせていると、先程カップを持ってきた女性職員が近づいてきた。
「スペット主任、さすがにいきなりが過ぎるのではないかと」
「おお、なんのことじゃ?」」
「お二人は多分、例の書類を届けにきただけかと。それを主任が勝手に勘違いして見学希望者だと思い込んでいるだけかと思われます」
「なんじゃと!? おぬしらこの施設に見学に来たんじゃなかろうてか!?」
驚かれても、どうしてそういう話になっているのかがレン達にはわからない。という事情を察した女性職員がレン達の方に向き直る。
「申し訳ありません、主任はこの施設を自慢したいがためにここを訪れる方にいつも見学を強要するお方なのです」
「強要はしておらん、じゃからこうして書類にサインしてもらって承諾を得とるんじゃろが」
「やり方が強要に近いかと」
どうやら目の前のやりとりから察するに、これと同じような状況は初めてではないらしい。
「そ、それでスペットさん」
「スペット主任と呼ばんかい!」
「す、スペット主任、この封筒は受け取ってもらえるのでしょうか?」
懐から封筒を取り出し、机の上に差し出す。スペット主任はそれを一瞥すると、ふんとそっぽを向いた。
「貴様らがこの施設を見学していくというのであれば、受けとってやらんでもないぞい」
どれだけ見学してほしいんだ、と心の中でツッコミが入る。げんなりしているエファを見るに、彼女も同じ感想を抱いたようだ。
しかしスペット主任の見学押しはともかく、レンはこの施設自体には非常に興味がある。これだけの最新鋭の技術を用いている場所など、世界各国を探してもそうはないだろう。加えてここは普段立ち入り禁止場所であり、書類を渡して立ち去った後は二度と入る機会がないかもしれない。そう考えてみると、これは逆にチャンスなのではないかとすら思う。
じっとスペット主任が差し出してきた書類を凝視し、内容を読んでみるが本当に見学に関する内容のみの同意書のようだ。純粋に見学のみを勧めているのは確かだろう。
封筒をこの施設に届けるのが仕事であるレンからすれば、別にこのスペット主任に直接封筒を渡さずとも隣にいる女性職員なり受付なりに押し付けて帰っても良いのだが、なんというかそれはそれでスッキリしない。
だったら、いっそスペット主任の条件を呑んでしまえばいいのではないか。むしろ一石二鳥ですらある。
「わかりました、ぜひ見学させてください」




